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30.探偵女男爵②

 アメリアとローシュ警視が沈黙したままお互いを見据えていると、アメリアの背後からヘイスティングス警部が群衆をかき分けてやってきた。


「申し訳ありません、ローシュ警視!私の独断でこちらのメラヴェル女男爵様に事件についてご相談しておりました」

「ヘイスティングス!どういうことなんだ?君は部外者の貴族のレディに捜査情報を漏らしていたということか?」


 ローシュ警視が警部を睨みつけたが、警部は引かずにアメリアと警視の間に入ろうとした。

 しかし、アメリアがそれを制した。


「警部、ありがとうございます。でも、私からお話しさせてください」


 そう言って彼女はまず、周囲で彼らのやりとりを見守っていた事件関係者の方を向いた。

 

「まず、ここにいらっしゃる事件関係者の皆さんには、お詫びしなければなりません。私は母が女性参政権運動組織の資金援助を希望しているという理由で皆さんに接触していました。また、ミスター・グリーヴスとは、"ミセス・グリーヴスの弔問に来た匿名の貴族の女性参政権運動家"としても一度お会いしています。しかし、それらは全て嘘――いえ、方便と申しましょう。私はヘイスティングス警部からの相談を受けて"探偵"としてこの事件を捜査していました」


 アメリアがそう言うと、彼女と面識のある関係者たちの顔には戸惑いが映った。

 ミセス・プレストンだけは「どうもおかしいと思っていたのよ」と言って、アメリアを探るように見つめた。


「ヘイスティングス!この事件は複雑で繊細だから慎重に捜査を進めるようにと主任警部を通じて指示をしていただろう!」


 最も衝撃を受けたと見えるローシュ警視は警部を怒鳴りつけたが、アメリアは怯むことなく続けた。


「ローシュ警視、あなたのおっしゃる通りです。この事件は、事件に深く関係のある方からほとんど関係ない方まで、複数の人々の思惑が複雑で繊細に絡み合っています」

「はあ……私が言ったのは、この事件が政治的な問題と関わっているというだけの話です。事件自体は単純です。息子の結婚の経緯のことで被害者に恨みを持っていたミセス・ベネットの犯行としか考えられません」

「本当にそうでしょうか?」


 アメリアのヘーゼルの瞳が警視を静かに見つめた。

 すると、警視は長いため息をついてから、諦めたように言った。


「まあ、いいでしょう。あなたが身分のあるレディであることはわかりました。どうしてもというなら、このまま公衆の面前で荒唐無稽なお話をなさればいい。その方が私としては、このヘイスティングスを処分する正当な理由ができますので好都合です」

「ありがとうございます。でも、私の話が荒唐無稽でなかった場合は、警部を処分なさらないと約束してください」


 警視が渋々頷いたのを確認すると、アメリアは一つ咳ばらいをして切り出した。


「この事件で最も疑わしいのは、警視もお気づきの通りミセス・ベネットです。そもそも事件全体が彼女を犯人として指し示すよう綿密に計画されていました」


 アメリアがそう言うと、周囲の人々は息を呑んだ。

 

「計画されていた?」


 とヘイスティングス警部が聞き返した。


「ええ、全ては真犯人による計画です。まず、真犯人は、ミセス・ベネットと被害者ミセス・グリーヴスの間にミセス・ベネットのご子息の結婚をめぐるトラブル――被害者はご子息夫妻がベネット夫妻の反対を押し切って結婚した際、騙される形で婚姻の証人になってしまいました――があったことを知っていました。更に、事件当日にミセス・ベネットが講演会前に本部に立ち寄ることと、講演会後に被害者と本部で会う約束をしていたことも知っていました。前者は会合室の予約表からわかりますし、後者は被害者本人から聞いたのでしょう。真犯人はこれらの状況を利用してミセス・ベネットに罪を着せられるよう工夫を凝らしました」

「その工夫とは何なのですかね?女男爵様」


 ローシュ警視はわざとアメリアを急き立てるように言ったが、アメリアは焦る必要がないことをわかっていた。

 既に警視は彼女の推理に真剣に耳を傾け始めている。


「工夫は主に二つあります。第一の工夫は、ミセス・ベネットが被害者に睡眠薬を盛る機会があったかのような状況を整えたことです。真犯人はある理由から『まず睡眠薬を飲ませた上でナイフで刺す』という方法で被害者を殺害することを選んだので、ミセス・ベネットにそれが可能だと見せかける必要がありました。そこで、真犯人は、事件当日彼女に被害者用の紅茶を用意させたのです」


 そう言いながらアメリアはミセス・ベネットに視線を向けた。

 当日の自分の行動が仕組まれたことだったと言われた彼女は、戸惑いの表情を浮かべていた。


「そして、第二の工夫は、被害者が少なくとも午後3時台までは生きていたように見せかけたことです。それはもちろん、当初の真犯人の想定では、ミセス・ベネットが講演会後に約束通り被害者に会いに行き、遺体の第一発見者になることになっていたからです。午後3時台まで生きていた被害者がミセス・ベネットにより遺体で発見され、彼女が遺体を発見するまで本部には誰も出入りしなかった――となれば、第一発見者のミセス・ベネットが最も疑わしくなります」


 アメリアの話を聞いた関係者や群衆は皆、真犯人探しでもするように辺りを見回していた。


「しかし、実際には、真犯人の想定外のことが二つ発生しました。一つは、ミセス・プレストンがロンドン市街からの帰りに予定外に本部に立ち寄ったことです。それにより、ミセス・ベネットを第一発見者にするという真犯人の目論見は外れました。しかも、ミセス・プレストンには当日の午後1時半から午後4時少し前まではロンドン市街にいたという確かなアリバイがあるので、ミセス・プレストンに罪を着せる方向に舵を切ることもできません」


 思いがけず名指しされたミセス・プレストンは仲間たちと顔を見合わせていた。


「もう一つの"想定外"は、演説会に出かけたはずのミスター・トーマス・ベネットが密かに本部に戻っていたことです。遺体を発見した彼が母ミセス・ベネットの犯行だと思い込み、彼の結婚を巡る母と被害者のトラブルと事件が結び付けられないように、現場に残された被害者が作った旗に"DEEDS NOT WORDS"(言葉より行動を)という急進派女性参政権運動家のスローガンを書き残したことは真犯人を大いに混乱させたはずです、当初は誰が何の目的で書いたのかわからなかったのですから。その後、ミスター・ベネットの行動は警察の知るところになりましたが、結局は、彼が本部に戻ったのはミセス・プレストンが遺体を発見した後だったことがわかり、一旦彼の容疑は晴れました」


 アメリアの説明にミセス・ベネットは息子の無実を保証するように深く頷いた。


「その際に、ミスター・ベネットが警察の取り調べに正直に答えたお蔭で、ミセス・ベネットと被害者の間に彼の結婚問題を巡るトラブルがあったことが自然に警察に伝わったことは、真犯人にとっては都合が良かったはずです。おそらく、当初は真犯人自らその件を警察に話すつもりだったのでしょうが、想定外の事態が次々と起こったので、慎重な真犯人は一旦その件を持ち出すのは控えていたはずです。ただ、同時に都合の悪いこともありました――」


 そう言ってアメリアはある人の表情をさり気なく確認した。

 アメリアの予想通り、その表情は少しも揺らいでいなかった。


「ミスター・ベネットは、密かに本部に戻ったときに、真犯人が見られたくなかった光景を目撃してしまったのです。昨夜、彼が命を落としかけたのはそのせいだと思います」

「トーマスは一体何を見てしまったというのです?そして、誰が息子を殺そうとしたのです?」


 ミセス・ベネットが震える声で問いかけた。

 これまで抑えていた不安がいよいよ抑えきれなくなっているようだった。


「昨日、私は、ここにいらっしゃる何名かの関係者の方と共にミスター・ベネットと面会し、彼に事件について話を聞きました。その中で、彼は、事件当日、演説会を抜け出して本部に戻った際に『二冊の本がミシンのペダルに引っかかるように落ちていたのを見た』と証言しました。これこそが真犯人が最も見られたくなかった光景でした」


 関係者たちはまるで意味がわからないというように互いに目配せをし合っていた――ただ、一人を除いて。


「私は数時間前にロンドンの自邸である実験をしました。それは事件現場以外の場所から足踏みミシンを操作することが可能かを試す実験でした。結論から言えば、ある方法を使えば、それは十分に可能なことがわかりました。その方法は――まず、ペダルに二冊の本を(おもり)として括り付け、ペダルが常に傾くようにします。そして、ペダルに十分な長さの紐を結び付け、高い位置に支点を設けた上で紐を引っ張ったり緩めたりします。すると、紐による操作でペダルが前後に傾き、誰かがミシンを足で踏んでいるかのような音を立てることが可能なのです。事件当日、現場でも同じことができたはずですわ」


 アメリアの説明にヘイスティングス警部が顔を上げた。

 

「なるほど、通気口ですね。事件当時、現場の作業室にあった足踏みミシンの背後の壁の通気口の蓋が外れて、壁の穴がむき出しになっていました。先ほど女男爵様がおっしゃった細工をして、紐を通気口から壁の中のダクトを通して真下の部屋の通気口から紐を出せば、その紐を引っ張ることでミシンのペダルを操作することができます。実際に現場の作業室には二冊の本も残されていました」


 アメリアは警部に向かって頷いた。

  

「ええ、警部のおっしゃる通りです。ミセス・グリーヴスがミシンを使用している間は他人に邪魔されることを嫌うことを皆さん知っていたので、彼女がミシンで作業中だと言われれば、敢えて作業室に入室する人はいなかったでしょう。ですから、事件当日もこの細工が露見することはありませんでした。この方法により、真犯人はミセス・ベネットに罪を着せるための第二の工夫――被害者が午後3時台までは生きていたように見せかけること――を実現しました」


 アメリアは警視と警部を見据えながら先を続けた。


「私たちは本部で会合をしていた人々の証言により、被害者は午後3時台までは生きていたと考えていました。しかし、彼らが証言したのはいずれも『被害者がミシンを操作する音を聞いた』というものであって、その時間帯に実際に被害者が生きている姿を見た人はいませんでした。真犯人は午後3時より前に被害者を殺害していたにもかかわらず、この細工を使って彼らにミシンのペダルの音を聞かせることで、まるで彼女が午後3時台までは生きてミシンを操作していたように偽装したのです。そして、もちろん、真犯人自身はその間のアリバイを確保しておいた――」


 そこでローシュ警視が慌てたようにアメリアの言葉を遮った。

 

「待ってください。そうだとすると、あなたが言う"真犯人"に該当する人物は一人しか思いつきません。本気でおっしゃっているのですか?」

「ええ、私は本気ですわ、ローシュ警視」


 アメリアはそう言ってただ一人、その人を見据えた。

 

「真犯人は被害者のご主人ミスター・グリーヴスです。……認めていただけますか?」

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