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序章 夢

 まだ、いる。

 レーダーは、五つの生体反応を示していた。後ろに、二人。右斜め前の物陰に一人。左の建物のなかに二人……。

 どうして逃げないんだろう。あたしはそればかり考えていた。どうして逃げないの? あたしの力は、知っているはずなのに……。どうしてなの。あたしはもうこれ以上、何もしたくないのに。

 空気がピリピリと張り詰めている。それは肉食獣が獲物を狙うときの緊張ではなくて、『背水の陣』の緊張。すぐそばにいる敵は、まさに必死の反撃を試みている。

 砂漠の風が、足元で渦をつくる。火薬と、煙と、血の臭いが漂い、その異臭が、より一層空気を張りつめていく。

 戦場。

 人間の欲望と信条が、破壊や殺戮という形で現れる場所。全てが崩壊し、消え、失い、生まれ来るものは悲劇、それだけの世界。そして……。

 後ろの二人が動いた。

 バシュ! バシュ!

 ほぼ同時に、敵とあたしは光線銃を撃った。敵のレーザーはあたしの頬をかすり、あたしのレーザーは敵の胸に命中した。二つの生体反応が消える。

 息つく間もなく、残りの三人が同時にあたしを狙う。反射的にあたしは地面を転がり、三人の胸に照準を合わせ、引き金をひいた。

 三つの断末魔の叫びが聞こえ、そして静寂が訪れた。

 生体反応が全て消えたことを確認し、あたしは一部炭化した死体に近寄った。今更無駄なことだけれど、五つの死体を物陰に運ぶことにする。このまま野ざらしにしておくのは、忍びない。

 大柄な肉体を抱えあげようとして、ふと、彼らの着ていた軍服を見た。昨日この街を襲った小隊のとは違う。

 やっぱり、思ったとおりだ。敵は、すでに新しい小隊をこの街に投入している。

 死体を側の建物の中へ運び入れた。五体を床に並べて横たわらせ、拾ってきた大きな布を覆いかぶせる。

 ごめんなさい。本当はこんなことなんてしたくなかったんだけど……。

 十字を切る。どうかせめて、安らかに眠ってください。

 今いる建物の中に、住民は誰もいなかった。それもそのはず、昨日の市街地戦で、この街はほぼ壊滅状態になってしまったのだ。生きて動くものは何もない。この五人が、この街の最後の生物だった。大型爆弾などの大量破壊兵器は使われなかったけれど、重機関銃や対戦車砲などが登場したせいで、街の建物は、その原型をほとんどとどめていない。この建物だって、天井は跡形もなく、太陽の光が差し込んでいる。

 とにかく、いつまでもこんなところにいるわけにはいかない。

 ここは敵国の国境にもっとも近い街。一進一退を続けているこの戦争では、常に戦火にさらされている。

 昨日の戦いでも、結局あたしが勝ってしまった。敵とあたしの戦力には格段の差があるから。でも、敵の一個師団とともに、民間人も巻き込んでしまった。死者は約七千五百人。

 そうせざるを得なかった。戦場で生き残るには、自分の持ちうる全ての力を持って戦うしかない。今までの経験が、それを語ってくれる。そして。

 そして、あの人の声が。

『彼らは敵、祖国を脅かすもの』

 造られて間もないころから、この言葉ばかり聞かされていた。

『彼らは敵。祖国の自然を破壊し、殺戮を繰り返す。彼らを滅ぼさなければならない。祖国の平和のために、祖国を守るために。お前は、そのために造られた……』

 だけど、あたしはもう人を殺したくない! だって、敵だって人間なのよ!

 いつか、敵の死体の所持品を改めていたとき、懐から一枚の写真を見つけたのだ。それには、敵兵士の家族らしい人々が写っていた。暖かそうな女性と、十才くらいの男の子、三才くらいのちっちゃな女の子……。本当に幸福そうな笑顔で写っていた。

 このとき、あたしははじめて知ったのだ。敵も人間なんだって事を。敵にも家族がいる。愛する女性がいる。可愛らしい子供がいる。あたしの国にいる人々と同じ姿、同じ生活、同じ人間。そんなことを知ってしまって、どうして殺すことが出来る? 出来るわけがないじゃない。

 だから、こんなところには居たくないのよ。ここに居れば、必ず敵に出会ってしまう。あたしの因果な体は、敵に出会うと自然に反応してしまうのだ。あたしの意志なんて、ここではまったく存在を許されない。全ての武器が、反射的に作動するように造られているのだから。

 建物の外へ出た。瓦礫で埋もれている道路の真ん中に立ち、空を仰いだ。砂漠気候特有の、雲一つない抜けるような青空。心が洗われるような、セルリアンブルー。でも、すがすがしく感じるのは、この青空を見る一瞬なのだ。見下ろせば、そこは戦場……。

 東へ行こう。真っ直ぐの道路の遥か彼方を見つめる。国境沿いに、東へ行こう。隣の中立国へは、さほど遠くない。亡命はできるわけがないから、密入国してしまえば……。

 と、そのとき。

 レーダーが、金属の反応を示した。

 位置は、北西八十九キロメートル地点の上空三千二百メートル。マッハの速度でこの街へ近づいている。何だろう、これ。戦闘機だろうか。でも、生体反応はない。

 だとしたら、ミサイル?

 それだったら簡単に撃墜できる。でも、たったひとつだけ発射されるなんて、いったい……。

 迷っていられない。なんにせよ、撃墜しよう。これ以上、この街を破壊するわけにはいかないわ。死んだ人達も、これ以上傷つけさせたくない。あたしはミサイルらしきもののほうを向いて、攻撃態勢をとる。

 レーザー砲を構えた。射程内にそれが侵入してくる。レーザーを発射しようとした、その瞬間。

 それは、凄まじく強烈な光を放って爆発した。距離二千五百メートル。ややあって、地面が揺れるほどの爆発音が轟き、そして、高温の熱を含んだ猛烈な爆風が襲ってきた!

 あたしの体は宙に浮き、何の防御もできないで百メートルも飛ばされて、地面に叩きつけられた。鈍い音を立てて左腕が肘から折れた。

 いったい何が爆発したの? 激しく砂ぼこりが舞う中、あたしは立ち上がって態勢を立て直した。火薬の類じゃない。あの光が気になった。こんなことは、はじめてだ。

 そこへ、追い打ちをかけるように、センサーが巨大な電磁波をキャッチした。通常兵器より、数十万倍大きい。

 あたしの体を磁気が覆っていく。体内の全機能が、急激に停止していく。立つことも出来なくなり、あたしはまるで電池の切れた玩具のように倒れた。瞳に地面の砂が写ったけれど、それもすぐ真っ暗になった。

 まさか、敵は核兵器を使ったんじゃ……。

 薄れていく意識のなかで、あたしはこう思った。だけど、それは確認することなく、闇の底へと沈んでいく。深く、深く……。


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