ロザリアの選択
夜明け前の空を見上げながら、ロザリアは静かに目を伏せた。
(アレクは、私の傍にいると言った……)
その言葉が、なぜか心の奥深くに響いていた。
「……ロザリア様?」
アレクシスの声が優しく響く。
ロザリアはそっと彼を見上げ、微笑んだ。
「いいえ、何でもないわ」
彼の隣に立っているだけで、妙に心が落ち着く。
この世界には、幾千の魔女が存在するが、暁光の魔女はただ一人。
彼女は“神の代理人”として、世界の均衡を守るために生まれてきた。
だが、それはあまりにも孤独な役割だった。
──けれど。
「アレク、貴方がいてくれるのなら……」
ロザリアはふと呟く。
その言葉の続きを、彼女自身もまだ知らなかった。
♦・♦・♦
その日、ヴァルフォルニア魔法学院にて、ロザリアに王宮からの招集が届いた。
「王命だそうです。第四王子カイロス様からの申し出ですね」
学院の教師が告げると、ロザリアは優雅に微笑む。
「……また、あの方?」
カイロス──ロザリアを執拗に口説いてくる王子。
彼の申し出は、これまで幾度となく断ってきたが、それでも彼は諦める様子を見せなかった。
「ロザリア様、どうされますか?」
アレクシスがすぐに問いかける。
彼の青い瞳には、明らかに警戒の色が宿っていた。
ロザリアは軽くため息をつきながら、微笑む。
「行きましょう。あまり長引かせたくないもの」
「……わかりました」
アレクシスは少し不満そうにしながらも、ロザリアの隣を離れない。
王宮に到着すると、すぐにカイロスが現れた。
「やあ、ロザリア!待っていたよ」
いつものように軽薄な笑みを浮かべながら近づいてくる。
だが、ロザリアは変わらぬ淑女の微笑みを浮かべたまま、冷ややかに告げる。
「ご用件は?」
「そんなに冷たい顔をしないでくれ。今日は話があるんだ」
「……どのようなお話?」
カイロスは意味ありげに微笑み、側近に手を振った。
「実はね、父上にお願いして、お前の騎士を別の役職に移すことにしたんだ」
ロザリアの表情が、ほんの一瞬だけ冷えた。
「……それはどういう意味かしら?」
「簡単なことさ。お前の護衛がいるから、俺はなかなかお前に近づけない。
だから、彼を別の護衛にしてもらったんだよ」
カイロスは得意げに言う。
ロザリアは微笑みを崩さないまま、ゆっくりと告げる。
「……カイロス殿下」
「なんだい?」
「貴方に恋焦がれることは絶対にあり得ませんわよ?」
その一言に、カイロスの顔が強張る。
そして、ロザリアは静かに振り返ると、アレクシスの手を取り、優雅に王宮を後にした。
これが、二人の運命を大きく変える出来事になるとは、まだ誰も知らなかった。
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