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吹奏楽部送別会

 吹奏楽コンクールから一週間後。午後五時。

 空は良く晴れていて、遠くに見える入道雲が夏を感じさせた。

 今日は予定されていた吹奏楽部を引退する三年生を送る送別会だ。

 場所は部長の両親が経営しているというレストラン。

 今日はそこを貸し切って送別会が行われる。

「誠二、早く行こうよ!」

「待てって!そんなに急がなくても料理は逃げないって」

 コンクールの日になぜか不機嫌になって一人先に帰ってしまった美香は、翌日に玄関先で顔を合わせた時にはもう機嫌は直っている様子だった。

 それからはせっかくの休みなので前のように勇介と美香と三人で遊ぶ毎日だった。

「そんなんじゃないし!早くみんなに会いたいの!ほら早く!」

「勇介がまだだぞー」

「いいじゃん、先に行こうよ」

 美香にまでこんな扱いをされるなんて、本当に終わってしまうぞ、勇介。

 別に先に行ってもかまわないんだが、さすがにこんな暑い中で一人寂しく歩かせるのは忍びないと思うんだな…。

「おーい!」

 勇介が走りながらやってきた。

「ほら、勇介来ちゃったじゃん」

 いや、来ていいだろ。

 ひどい奴になったな、美香。

 それから走ってきたために汗だくになった勇介から五メートル程の距離を置いてレストランに向かった。

 歩いて約十分程。

 暑さも手伝ってたどり着く頃には少し疲れていた。

 レストランのドアを開けると部長が迎えてくれた。

「あ、いらっしゃい、みんなもう来てるよ」

「こんにちは、部長」

「もう部長じゃないってー。なら、なんて呼べばいいかわかるよね?」

 うっ……。

「ち、千秋って呼べばいいんすか?」

「わかってるじゃない!」

「こんにちは!!」

 うわっ!

「い、いらっしゃい、美香ちゃん」

 美香はオレの後ろから大声であいさつをした。いきなりでかなりびっくりしたぞ!

「誠二、行こう!」

 オレの手を引いて中に入ろうとする美香。

「お、おい!すいません、またあとで!」

「まったねー」

 なんだなんだ?勇介置きっぱだぞ?

 結局そのままみんなの中に紛れ込んだかたちになった。

 レストランの中は吹奏楽部全員が入ってもまだ余裕がありそうなくらいに広くて、大きく丸いテーブルにバイキング形式で料理が並べられていた。

「うわー、おいしそうー」

 美香は料理を見てさっそく品定めを始めている。

「ったく、さっきのは一体なんなんだよ?」

「見て、誠二。これおいしそうじゃない?」

 聞いちゃいねー。いいけどさ、別に。

「まだ食うなよ?」

「え?ダメかな?」

 ダメ…だよな?まだ始まってないし。

「みんなー!注目ー!」

 え?あ、奈美先生だ。もう来てたんだ。どこから持ってきたのかマイクを片手にすでにテンションMAX

のご様子。

「全員そろってるわね?えー…今日はかたっ苦しいことはなし!全員無礼講で!とにかく楽しい時間を過ごしなさーい!ではー、グラスを持ってぇー…」

 みんなが近くに置いてあるグラスにジュースを注いで手に持った。

 奈美先生はビールだ。飲む気満々の構えだな。

「かんぱーい!!」

「かんぱーい!!!!!!」

 乾杯を終えた後、みんなさっそく目の前の料理に舌鼓していた。

「ぷはぁーー!!」

 奈美先生、マイクを通して聞こえてますよー。

「じゃんじゃん飲むわよー!!」

 わざとか…。ビールを一気飲み。

 勇介も対抗してコーラの一気飲みをしていたが途中で吐き出して周りをヒンシュクをかっていた。

「誠二、料理取ってあげるね」

「ああ、悪い」

 気が効くじゃないか、美香。

 好き嫌いが多いオレでも、美香に任せておけば大丈夫だ。オレが食べれるものは知り尽くしている…はず。

「はい」

 美香が料理を皿に盛ってきてくれた。

 料理はパスタとローストビーフとパンだった。

 うん、大丈夫、食べれる。

 美香の皿にはサラダやパエリアなんか、オレが食べれないものしかなかった。

「さすがだな」

「え?何が?」

「いーや、別に」

 なんとなく恥ずかしくなってしまったんだ。

「ふーん…。あ、私ペット(トランペット)の先輩のとこ行ってくるね」

「ああ、ゆっくり話してこいよ」

 オレ達パーカッションには三年生はいないけれど、他のパートにはだいたい引退する三年生がいるからな。オレは三年生で親しいのは部長くらいしかいないし…。

「せ~い~じ!」

 この声は…。

「どうも」

「なにー?元気ないなぁ。そっか、私がいなくなるのが寂しいんだよね!」

 部長…じゃないんだっけ。

 寂しくないなんてことはないけど、そう言ったらまた面倒臭そうだしなぁ。

「素敵なレストランですね」

「でしょー?ちょっとした有名店なんだよ」

「へー、部長は卒業したらこの店継ぐんですか?」

「…………」

 あっ……もう…。すました顔して…。

「千秋は卒業したらこの店継ぐんですか?」

「うーん、呼び捨てなのに敬語っておかしいと思わない?」

「……卒業したらこの店継ぐんですか?」

「ゆずらないね、誠二」

 ……いつも思ってたけどなんの意味があるんだろうね?

「ち、千秋は卒業したらこの店継ぐの?」

 いや、上級生にタメ口なんて気色悪いぞ。オレには無理だ。

「私はそんなつもりはないよ。進学希望だしね。なぁに?気になる?わたしと誠二の将来」

 …わからない、この人の思考回路が。

「別に気にならないので失礼します」

「えーん、誠二のいけずぅ」

 不思議な人だ。

 でも、部長のおかげで楽しかったです。

 恥ずかしいから口には出せないけど。

「ありがとう、私も楽しかったよ」

 完璧な読心術!?

 やっぱ怖ぇよ、部長。

「椿くん」

 ん?相田さんだ。

「楽しんでる?」

「まぁね」

 どうなんだ?オレは楽しんでるのか?

「三年生が引退したら寂しくなるよね」

「そうだね……って、ははっ」

「え?何かおかしいこと言ったかな?」

 思わず笑ってしまった。だって…。

「いや、会ったばっかりの相田さんからは想像も出来ない言葉だなって。変わったよね、相田さん」

 以前、あんまり人と話さなかった時の相田さんは寂しいなんて絶対思わなかっただろう。

「……うん。だってそれは……椿くんが―――」

「誠二!」

 紗耶香の声だ。

 相田さんの後ろから歩み寄って来ている。

「どうした?紗耶香」

「理恵先輩が呼んでる」

「理恵先輩?ああ、わかった。あっ、相田さん、何か言いかけてなかった?」

「ううん、いいの」

 相田さんは少しだけ微笑んで答えた。

「めぐ!あっちにあるケーキがすごくおいしいんだ!行こ!」

「あっ、紗耶香ちゃん!つ、椿くん、またね」

 本当に紗耶香は相田さんにべったりだな。

 それにしても理恵先輩か。何か用事か?

 どこに理恵先輩がいるか紗耶香に聞きそびれたオレは、しばらく探しまわってやっと見つけた。

 理恵先輩とアリサ先輩が楽しそうに話していた。

「あっ!誠二くん遅い!何してたの!」

「す、すいません。どこにいるか探してて…」

「ま、いいけど。早くこっち来て飲みなさい!」

 えらいテンション高いけどまさか…。

 二人の周りを見てみると、ビールの空き缶がいくつも転がっていた。

「はやく~飲む~」

「あっははは!飲みなさーい!」

 うっ、酒くさ!

 おいおい、いくら無礼講だからって酒はさすがにマズイだろ。

「あらー?椿くん」

 うわ!な、奈美先生もいるじゃないか!やばいやばいやばい!どうするどうする!

「ほらー!椿くんも飲みなさーい!」

 ……あんたか、犯人は。どこに生徒に酒を飲ませる教師がいる!?

「さすがに酒はダメでしょ!」

「いいのよ!ほらぁ!」

「ちょっ!先生!」

 んぐっんぐっ……。

 にげぇ!!…って何これ?

 無理やりビールを飲まされたと思ったんだけど、酒の匂いがしない。

 あれ?

「アリサ先輩、何飲んでるんですか?」

「ん~?これらよ~」

 渡された空き缶を見てみると…。

 ノンアルコールビールと書いてある。

 じゃあこの酒臭さとビールの空き缶って…。

「まだまだまだまだ飲むわよ~ん!!」

 全部奈美先生かよ。

 じゃあ理恵先輩もアリサ先輩も雰囲気と酒の匂いで酔っぱらってるってか?

 どれだけ酒弱いんだよ。

 オレも飲んだことないし簡単に酔うものかもしれないけど。

 楽しんでるみたいならいいか。

 良い子のみんな、お酒は二十歳を過ぎてから!

 でもノンアルコールったってビールはビールだよな?未成年が飲んでいいの?そこんとこどうよ。

「誠二くん誠二くん、ちょっと」

「なんですか?」

 理恵先輩に手招きされる。

「うーん!かわいいー!」

「むがっ!ちょっ!理恵せんっ…ぱっ…」

 いきなり抱き締められてオレの顔が理恵先輩の胸の谷間に……。

 なんて最高なっ!いやっ!苦しい!

「く…くる…し…い」

「いやーん、暴れないでーん」

 し、死ぬ…。

「ちょっと!何してるんですか!」

 ガバッ!

 ぶはっ!

 誰だか知らないけど助けてくれて……み、美香…。

 美香が鬼の形相で立っている。

「せ、誠二…な、何をしてるの?」

 こ、拳が震えてるぞ、美香。

「お、落ち着け。これは理恵先輩が無理やり…」

「えー?喜んでたでしょ?」

「そういうこと言わないでください!」

 まったく…。

 お?おおぉ…。

 み、美香が怒っている。これほどに怒りを露わにする美香を見たことがないかもしれない。

「誠二、ど、どういうこと?」

 こ、怖い…。怖すぎる!

「ご、ごめんなさい!」

 謝るんだ!とにかく謝るんだ!

「ごめんなさいってなによ!やっぱりうれしかったんじゃない!誠二のバカーー!!」

 美香はそう叫んでどこかに走り去ってしまった。

 オレ達三人はその様子をあっけにとられて見ていた。

「理恵先輩……」

「ご、ごめんね?悪ふざけが過ぎちゃった…かな」

「オレは美香を探しに行きますから理恵先輩も後で謝ってくださいね!」

「う、うん」

「でも…」

「え?」

「ありがとうございました!」

「…ふぇ?」

 オレはそれだけ言ってその場を去った。

「つじくんのえっちぃ~」

「またしてあげちゃおうかな…」



 はぁっ…はぁっ…。

 くそ!美香のやつどこに行ったんだ?

 店内を探しまわってみたけれど美香の姿はなかった。

 帰った?

 いや、一応送別会なんだし、帰ったりするようなやつじゃない。

 いったいどこに…?

 そこでオレは二階のバルコニーへの階段を見つけた。

 オレは階段を駆け上がりバルコニーへの扉を開けた。

 外はもう薄暗くて周りはよく見えなかった。

 よく見ると人影が見え、近づいてみると後ろ姿で美香を確認出来た。周りに美香以外の人はいない。

 夜風に美香の髪がなびいている。

「美香…」

「…………」

 あー…どうすりゃいいんだ?

「あれは理恵先輩が無理やりやったんだって」

「ふんっ!」

「なぁー、悪かったってー」

 ん?

 悪かった?

 どうして?

 別に美香が怒ることじゃないんじゃないか?

 付き合ってるわけじゃないんだし、ただの幼馴染だろう?

「っていうか、別にオレ悪くないよな?美香が怒るわけもわかんないし」

「えっ!そ、それは……」

「だよな。じゃあもういいだろ?」

「うぅぅぅ…ダメ!」

「はぁ?じゃあどうすりゃいいんだよ」

「……一発殴らせて」

 殴る!?そ、そんなに怒ってたのか?

「まあ、それで美香の気が済むなら……や、やれよ」

「うん、じゃあ目つぶって。顔見たまんまじゃ殴れないから」

「お、おう」

 そんなに思いっきり殴るつもりなのか?

 オレは言われた通りに目をつぶる。

「じゃあいくよ」

「おう!」

 力が入り、歯を食いしばる。

 美香が近寄る足音が聞こえて、そして…。

「ん!?」

 不意に唇に柔らかいものが触れた。

 目を開けると、美香の顔がすぐ近くにあった。

「み、みみみみ美香!?な、何を…!?」

「…勝ったよね?」

「え?」

「これで理恵先輩に勝ったよね?」

「な、何の勝負してるんだよ!」

「別に!それと、私のファーストキスだからね」

「なっ…!」

「クスッ…顔真っ赤。さ、戻らないとみんなが心配するよ?」

「え?あ、おう」

 美香の機嫌はそれで直って、何事もなかったように一人で会場へと戻って行った。

 ドキドキドキドキ……。

 な、何だったんだ…。

 キス…だったんだよな?

 うん、多分…。

 あーーーー!わけわかんねえ!

 とにかく戻ろう。

 それから美香を追いかけて会場へ戻ってきたけど、美香は相変わらず平然としていた。

「じゃっじゃーーん!みんな注目ー!ここで元部長を村田さんから一言ー!」

 奈美先生がいきなりマイクでそう叫んだ。

 みんなは驚いて一斉に部長を見た。

「へ?わ、私!?」

 何も聞かされてなかったようで本人も驚いていた。

「え、えっとー。あっはは…急だったからなぁ、何も考えてないや。えっとー、みんな、今までありがとうございました!こんな部長でみんなには迷惑ばっかりかけてたと思うんだけど……」

 部長のその言葉にみんなは「そんなことない!」とか「部長だったから楽しかったよ!」とか声をかけていた。

「みんな……。へへっ、ありがとう…。私、本当にこの部に入ってよかったって思ってる。二年生は一年間、一年生はほんの少しの間だったけど、本当に楽しかった!みんなと頑張ってきたこと、みんなと笑い合ってきたこと、あれもこれも全てが大切な……思い出…だよ。………グスッ……えへっ……ごめん…ね。泣けて……きちゃった。グスッ……」

 頑張れ部長ー!

「……しんみり……しないはず…グスッ……だったのに………。とにかく!……へへっ……みんなと過ごしてきた吹奏楽部は、最高でした!!」

 わーーーーーーーーーーー!!!!!!!!

「部長最高!」

「ありがとうございました!」

「部長だったから続けてこれたー!」

「また遊びに来て下さいね!」

 みんなそれぞれ様々な言葉を投げかけていた。

 部長も満足そうにそれに笑顔で答えていた。

「村田さん、ありがとう。先生もちょーっと涙しちゃったかな。それでは!続きまして新体制になる吹奏楽部の新部長を発表します!」

 新部長?

 これまたサプライズだな。誰なんだろう。

「では発表します」

 その場にいる誰もが先生の言葉を静かに待った。

「田口理恵さん、よろしくね」

 奈美先生は理恵先輩の方を見て言った。

「ふぇ?えええええぇぇぇぇぇ!?」

 な、なんだ?

 理恵先輩も聞いてなかったのか?

「な、なんで?む、無理ですよ!私…なんかじゃ…」

「私が推薦したの。理恵ちゃんはリーダーシップがあって明るいし、きっとうまくみんなを引っぱっていけると思ったから」

 部長も理恵先輩を真剣に見つめて言った。

「そ、そんな…」

「みんなも納得するはずよ」

 奈美先生のその言葉に理恵先輩は周りをキョロキョロと見回した。

 目が合う人はみんなうんうんと頷いていた。

「えー…じゃあ…やってみます。よろしくお願いします!」

 と、理恵先輩は部長に頭を下げた。

 あ、元部長か。

「クスッ、私にじゃなくてみんなにでしょ?」

「あっ…」

 そして恥ずかしそうにみんなの方を見渡した。

「こ、こんな私ですけど、よろしくお願いします!」

 わーーーーーーーー!!!!!!!

 みんな歓声を上げて理恵先輩が部長になったことを迎えた。

「えへへ…」

 理恵先輩もまんざらじゃない様子だった。 

「じゃあめでたく新部長も決まったところで今日はここまで!遅いから気をつけて帰るのよ?部活は明日いつも通りにあるからねー!」

 今は…もう八時か。

 送別会っていうか、ただのパーティーだったな。

 でも、いろいろ楽しかった。

 千秋部長がいなくなるのはなんだかんだでやっぱり寂しい。

 本当にありがとうございました。

「誠二、帰ろう」

「お、おう」

 美香は相変わらず何もなかったかのように…。

 帰り道でも特にあのことに触れることもなく、送別会のことを話しながら帰った。

 この日から。

 オレは美香をただの幼馴染としてだけではなく、少しずつ一人の女の子として意識するようになっていった。

 



 


   


 

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