旅立ち
「向こうに行ってもオレのこと忘れるなよ?」
「誠二くんの方こそ!浮気したらダメだからね!」
めぐが日本を発つ二日前。
めぐが発つ日は学校があるからオレは今日、めぐを見送り…というか会い来ていた。
「まだ…私たち付き合って一年経ってないんだね」
「一年なんかほんの少しさ!いつかまた一緒になって歩いて行んだろ?」
「うん!」
こんな話しをしているけれど、それがどんなに難しいことかは分かっていた。
三月一日。
理恵先輩とアリサ先輩が卒業した。
先輩たちは学校とオレたちとの別れ以上に、めぐがフランスへ行ってしまうことを悲しんでいた。
いつかまた会える。みんな口を揃えて言う。オレ自身もそう思っていた。それぞれの場所へ旅立ってもまた会える。先輩たちとだって、めぐとだってきっと。
「また、必ず会えるよ」
「このリングは、私たちのエンゲージリングだよね」
クリスマスに贈ったリングを見て笑って言う。
「向こうにプリクラがあるかわからないけど、これにも新しいやつ貼らないと」
もらったチョーカーのコンパクトを手にとって言う。
「手紙、書くね」
「オレも。絶対書くから」
字、うまくならないとな。
「写真も…送るから」
「うん」
アルバム…買わないと…。
「電話も…する…から…ね…」
「…うん」
そこまで言ってめぐは耐え切れなくなり涙を流した。
「めぐ…」
きつく…今までで一番きつくめぐを抱き締める。
「せっ…せい…誠二くん…!誠二くーーーん!!うわーーーん!!」
めぐ……めぐ……。
ホントに…お別れなんだな。
「あっ……うっ……ひっく…うわーーーん!!」
めぐは泣き続けた。
声が枯れてしまうような大きな声で。今まで我慢してきた分まで思いっきり。オレの腕の中で泣き続けた。
オレも声を殺して、力を弱めて、優しくめぐを抱いて泣いた。
「うっ……ひっく………」
めぐが落ち着いてきたくらいに、優しい、出来る限りの優しいキスをした。
「んっ…………ひっく…」
めぐも涙を流しながらキスに答えた。
そしてまた抱き締めあった。
………
「……グスン…もう、大丈夫」
「めぐ…」
めぐはオレと違ってみんなとも離れなくちゃならない。オレの何倍も何倍も辛いだろう。
「へへ…次に会うときはとびっきりいい女になってるからね!」
「はは…それ以上いい女になったら余計心配するって」
「誠二くんのためだよ!」
「それじゃ楽しみにしとく」
オレも胸張ってめぐに会えるような大人にならないと。
「…………」
「…………」
もう…行かないと…かな。
「めぐ、そろそろ行くよ」
「…うん」
「手紙、絶対だぞ?めぐが手紙くれないと住所わかんないんだから」
「うん…」
………
「じゃあ…元気でやるんだよ」
「うん…」
「サヨナラは言わないから。……またね」
「…うん!私、今までもこれからもずっと誠二くんが大好き!」
「オレだって、これからもずっと!めぐが大好きだ!」
「ふふっ…またね。誠二くん」
「また…会うその時まで…」
最後のキスをして俺はその場を走り去った。
もう笑っていられそうになかったから。
めぐが覚えているオレの最後の顔が笑顔でありますように。
元気で…。
また会う日まで。
―――――
めぐが旅立つ当日―
今日、めぐが日本から旅立つんだな。
いつか会えるから大丈夫。この空が続いているところにいる限り必ず会えるから。
確か…十二時の飛行機だったよな。
もう学校でも会えないんだよな。わかっちゃいるけど。
登校して、自分の席に着く。
あの、めぐの席にはもう誰もいない。
寂しいな…。
「あんた、何やってんの?」
紗耶香…。
「紗耶香、おはよ」
「おはよ、じゃないわよ。めぐの見送りは?」
「二日前に会ったよ。お前も別れは済ませたのか?」
「私はとっくに。じゃなくて!何でここにいんのよ?」
「何でって。今日から平日だし、学校だろ?」
何言ってやがる。
「はぁーっ…めぐにとってあんたが全てって言ったでしょ!最後の最後にあんたが見送り行かなくてどうすんのよ!」
最後…そんなわけない。
「最後じゃないさ、めぐにはまた会える」
必ず…。
「絶対そう言えるの?」
紗耶香がに睨む。
「ぜ…絶対だ!」
「あんたがそう言うならいいけど、後悔しても知らないからね」
後悔か。また会えるんだ。また…。
また……会える…よな…?
約束したんだ。信じてる。
でも…。
「本当にいいのね?」
紗耶香…。オレ…。
「はーい!みんな席に着いてー!SHR始めるわよー!」
奈美先生が来てしまった。
オレ…オレは…。
「~があるから今日は午後から――」
オレは…!
ガタンッ!
「先生!」
オレは立ち上がり奈美先生の話しを遮った。
「な、何?椿くん」
「す、すいません!あの、オ、オレ…!」
「…行ってらっしゃい」
「え?」
奈美先生はにっこりと笑ってそう言った。
「椿くん、早退ね!早く帰らないとどんどん具合い悪くなるわよー?」
奈美先生…。
「あ、ありがとうございます!」
オレはすぐに荷物をまとめて教室を飛び出した。
「こらー!病人なんだから走らないの!まったく…。でも…うーん!青春だわー!」
あとで紗耶香から教室の様子は聞いた。
-―――
「はっ…はっ…」
めぐが発つ空港はここからだと車で一時間はかかる。
どうする?電車?いや、直接行けないし。バスは…時間がわからないし、そう本数も多くないはず。仕方ない。
一度自宅を目指す。
「はっ…はっ…はっ…」
もっと早く!
蘇れ!陸上部だった頃のオレ!
うおおぉぉぉぉ……!
-―――
ガラララ!!
「母さん!」
「な、なに!?」
「走りきった!走りきったよオレ!」
「はぁ!?」
って違う違う!
思わず一度も立ち止まることなく走りきった喜びを言葉にしてしまった。
「お金、貸して欲しい!」
母さんは顔をしかめた。
「どうしたのよ、急に。それにあんた今の時間学校でしょ?何があったの」
「めぐが!めぐが今日、日本を発つんだよ!あんまり時間がないんだ!タクシー代だけでいいから貸してくれ!」
多分タクシーが一番早いと思ったから。でも、持ち合わせなかったし。
「そういうことね。ほら、持って行きなさい」
「ありがとーーー!!」
お金を受け取りすぐに言えを飛び出した!
「これで話しのネタが増えたわね。タイトルは”我が息子の青春”ありきたりだけどぴったりだわ」
近所にはオレを噂が広まった。
………
「へい!タクシー!」
アメリカ的ノリでタクシーを停めようとしていたオレの前に一台のタクシーが停まった。
「学生、遅刻かい?」
あっ…そうか、制服だった。そんなことどうでもいい!
「空港まで!急いでくれませんか?」
「空港?訳ありみたいだな。しっかり摑まっときな!」
キキキキキーーーーー!!
タクシーは走ってきた方向に180°ターンを決めて豪快に走り出した。
「うわっ!わっ!わーーーーっ!」
「まだまだこれからぁ!昔の血が騒ぐなぁオイ!!」
ちょっ!まっ!あぶなっ!
車と車の間を縫うようにスイスイすり抜けて行く。
「運転手さん!ちょっ!うわっ!急ぎっのっ!安全っ!運転っ!でっ!」
「学生!急ぎの安全運転なんかねぇんだよ!男がガタガタ騒ぐんじゃねぇ!
男がどうのとかいう問題じゃなくて!法律上やばいんじゃないの!?
ウ~~~~!ウ~~~~!
『そこのタクシー!今すぐ暴走運転をやめて停まりなさい!』
ほらほらほらぁ!警察だってそりゃ来るさ!
「学生!しっかり掴まれよ!」
「えっ!うそおぉぉぉぉ!!」
『タクシー!停まりなさいー!』
ホントマジヤバイって!
ウ~~~~!ウ~~~~!
パトカーの数増えてるし!
何で!?どうして警察とカーチェイスになるの!?
「もうすぐだぜ!学生!」
「いやあぁぁぁぁぁぁ!!」
さらにスピードを上げて突っ走って行く!
『タークシーー!!』
警察も意地になってるみたいだ。
「ご到着だっっっぜい!!」
早っ!もう着いた!
「行けー!学生ー!オレはここまでだぁー!」
何これ!?何の映画!?
「か、感謝します!」
とりあえずお金だけは払って空港のロビーに走る。
「はっ…はっ…」
フランス行きは?
………
三番ロビー!あっちか!
めぐっ!どこだ!?
もしかしてもう搭乗口の方に?
いや、まだ早い。どこかにいるはずだ!
そうだ、携帯…!
『お客様のおかけになった番号は…』
くそっ!つながらない!
どこだよ…!
ロビー内をくまなく探す。
めぐ…!めぐ…!めぐ…!
……
………
…………
「めぐっ!」
「誠二…くん?」
やっと見つけた…。
「めぐちゃん、私たちは先に行ってるから時間には来るのよ?あなた!」
「あ、あぁ。恵、遅れるなよ?」
「う、うん」
めぐの両親は先に搭乗口に向かった。めぐのお母さんはウインクしていたかのように見えた。
「誠二くん、どうして?」
「やっぱり…最後まで見送りたくて」
「学校は?」
「早退してきた。いや、むしろさせられた」
「え?あははっ、なにそれー。変なのー」
また、めぐの笑顔を見れた。
「あはっ、再会は意外と早かったね」
めぐは笑いながら言う。
「ははっ!そうだな!」
また話せた…。
「めぐ、オレ…」
「なーに?」
「めぐが大好きだ!高校卒業したら仕事しながらでもフランス語勉強して、お金貯めて絶対会いに行くから!」
「誠二くん…。うん!あんまり遅いとおばさんになっちゃうからね!あんまり待たせないでね」
「ははっ、頑張らないとな」
「ちゃんと頑張ってよ?でも誠二くんっておつむは弱いもんなぁ」
「なんだとー!」
「あははっ!」
今までお互い涙は見せなかった。笑顔で話してたんだ。
「頑張ってめぐに会いに行けたらその時は…」
「ん?」
「その時は結婚しよう!」
「えっ…誠二くん…。うん!絶対だよ!おばあちゃんになってからのウェディングドレスなんてイヤだからね!早くね!」
めぐは笑顔を見せつつも泣いていた。
「約束だよ」
「約束…だね」
人生の目標だ。
あと少し時間があるみたいでベンチに腰掛けて話す。
「子供はたくさん欲しいな。誠二くん頑張ってね。小学校の卒業文集の夢叶えてよね?」
「まだ覚えてたの?人生の汚点を」
「でもそれが現実になったらスゴイよね」
確かにそうだ。それがめぐとの将来ならなおさら。
「現実にするよ」
「うん!」
二人の将来のことを話す。それがオレたちにとっての希望であり、支えだった。
二人で住む家のこと。子供が男の子なら、女の子なら。二人の家事分担。オレの好き嫌いのこと。
その二人の将来のこと全てが二人を繋ぐものだった。
「あははっ…はは………もう…行かないと…」
「……うん」
「絶対に…二人の夢、叶えようね!」
めぐは涙を流しながらも笑顔で話していた。
「約束だよ!」
オレも笑顔で…。
互いに笑って別れのキスを。
「へへ…じゃあ、行くね…」
「うん、待っててくれよ?」
「信じてるよ!」
めぐ…。
「「またね!」」
笑ってめぐと別れた。
見えなくなるまで手を振っていた。
行っちゃったな…。
めぐ…。
元気でやっていけるかな?
泣いたりしないかな?
食べ物とか大丈夫かな?
知らない土地で不安だろうな。
友達出来るかな?
めぐなら、大丈夫だろうな。
めぐ……。
「うっ……うぁーーーーーー!……めぐぅ…うっうっ……あーーーーーー!……うぐっ…」
その日、学校には行かなかった。いや、行けなかった。
とにかく泣いた。
家に帰ってからも部屋に閉じこもって。
誰にも会いたくなかった。
オレの目の前でめぐは行ってしまったんだ。
最後の、手を振って消えて行っためぐの姿が目に焼き付いていた。その姿を思い出してはまた涙が溢れてきた。
めぐ…。
思わず布団を抱きしめる。
あのめぐの笑顔、めぐの声、めぐの優しさ、めぐのぬくもり。
全てが目の前から消えたんだ。
オレ、また会えるまで耐えられるかな?
めぐが愛おしい。
ただただ、それだけだった。
もう…めぐはいない。
この現実を受け入れなくちゃ。
また会える日まで…。
また会えた日のことを支えに思って。
行ってらっしゃい。
めぐ。