吹奏楽部
「誠二~」
放課後、美香がにんまりと笑ってオレの教室へやってきた。
目的はそう、オレを吹奏楽部の見学に連れて行くこと。
まだこっちはSHRが終わったばかり。帰りの身支度も出来ちゃいない。
「まだ?早く行こうよ」
「そんなに焦らなくても逃げはしないって。ちょっと待ってろよ」
急いで準備を済ませてしまう。
実はあんまり乗り気じゃないんだよな。
音楽は良く聞くけどJ-POPばっかりだし、楽器なんてやったことないしな。
リコーダーくらいかな。あとは口笛。
ああ、そう。
某有名ゲームの太鼓を叩くゲームなら得意だけどな。
「よし、いいぞ」
勇介は先に行っているみたいだった。
女子のこととなると一生懸命なんだよな、あいつ。
それから吹奏楽部の練習場に足を向ける。
美香の話しによると吹奏楽部の練習場は校舎の中でもはずれの方にあるらしい。
屋外から直接行くことも出来るみたいだ。
廊下を歩き、練習場に近づくにつれて楽器の音が聞こえてくる。
楽器のことなんてまるでわからないからどの音がどんな楽器なのかも想像出来なかった。
ちなみに美香はトランペットを中学からやっている。
美香の家の前を通るとたまにその音色が聞こえてきていた。うまいか下手かなんてわからないけど。
そしてしばらく歩くと、教室がある校舎とはまた違う雰囲気の校舎が見えた。
一応本校舎とつながってはいるものの用事がなければ誰も近寄らないだろう。
コンクリートで出来ている本校舎とは違い大半が木製だ。
まるで吹奏楽部のためだけにあるようなもの。そんな感じだった。
「もうすぐそこだよ」
美香が足を弾ませて言う。
相当吹奏楽部がお気に入りのようだった。
楽器の音も、よりはっきり聞こえている。
練習場への道は一枚のドアをはさんである。
そのドアを開けると、まずは通路。そして十段もない階段を上った先に建物が見える。
そこが吹奏楽部の練習場だった。
校舎からは完全に切り離された建物で、一つの古い小屋のような感じだった。
通路を抜けて練習場に向かう途中、先輩たちだろう、それぞれが楽器を持って音を出していた。
メロディーじゃない、多分練習をしているんだろうな。
「どう?吹奏楽部。なんか特別って感じじゃない?」
美香がそう言うのは、多分この校舎から離れた空間だからなんだろう。
オレの第一印象は、まず一つ、男子がいないってことだ。
目に見える範囲にはいない。部員の数はけっこう多いみたいだけど女子ばっかりだ。
なるほど。
勇介が即決めるはずだ。
「あー!川口さん!今日も来たんだ!」
オレがきょろきょろ周りを見ていると誰かが美香に話しかけてきた。
「村田部長、こんにちは!今日は友達を連れて来ました!」
美香がそう言ってオレの方に手を向けた。
どうやらこの村田って人が吹奏楽部の部長らしい。
黒髪のポニーテールで目元のほくろが大人っぽく見えた。
「こんにちは!えーっと……」
「初めまして、椿誠二です」
「椿くんだね!初めまして。私は村田千秋!一応部長だよ!よろしくね」
人当たりが良さそうな先輩だ。
それなりにかわいいし。
「椿くんは何か楽器の経験あるの?」
「いえ……あっ、太鼓の鉄人なら得意です」
「太鼓……あっははは!椿くんおもしろいね!今日は一曲演奏するから聞いていってね、じゃ」
そして村田部長は練習場の中に消えていった。
「もうっ、誠二ったら恥ずかしいよ」
だって、ホントのことだし。
そんなことを話しているときだった。
♪♪~♪♪~
いろんな音が入り混じる中、ひときわ耳に残る音色があった。
なんだろう、この音……。
なんだか引き込まれるようだ。
誰が……。
「美香、あの人は?」
オレはその耳に残る音源を見つけ、指を差して美香に尋ねた。
「ああ、あのフルートの子?どうかしたの?」
「いや、なんか聞いてて周りの人と違うなって…」
あれがフルート…か。
「あんまり詳しくない誠二にもわかるんだ…。すごいな。あの子は特別。両親が有名な奏者なんだ。でも、確か誠二と同じクラスだったと思うけど?」
なんですと!?
……よく見れば確かに……いた。
自己紹介の時にはあんまり話さなかった子だ。
確か名前は相田恵。
ふーん、あの子も吹奏楽部なんだ…。
「おっ、今日も何人か来てるわねー。みんなー!集合ー!」
その時、担任の本田先生がやってきた。
なんと、吹奏楽部の顧問らしい。
「誠二のとこの担任でしょ?やりやすいんじゃないの?」
美香が言う。そうだな、やりやすいっちゃやりやすいけど面倒事も多そうだ…。
程なくして部員が練習場へと集まってきた。
人数は……結構多い。
やっぱり大半は女子生徒。男子は数えられる程度しかいない。
現部員は所定の持ち場だろうか、段があってその上に置いてある椅子に座っていった。
オレ達新入生はその後ろの席に座らされた。
「さ、みんな、今日も新入生の子たちが見学に来てるからいい演奏お願いね」
その本田先生の言葉に対して部員が元気よく返事をすると、本田先生の指揮棒?が上げられた。
そして部員の人たちが順番に音を出していった。
「チューニングっていうんだよ。音程を合わせるの」
美香がその行動の説明をしてくれる。
そう言われても何のことかわからないんだけどさ。
全員のチューニングというものが終わり、本田先生の指揮棒が再び振り上げられた。
それと同時にみんなが楽器を構える。
そして。
指揮棒が振り下ろされた。
演奏が始まったんだ。
静かに曲が奏でられていく。
オレは少しだけドキドキしていた。
こんな間近で聞いたことなかったから。
素直な感想は、すごいと思った。
なんていうか、みんなが一体になって一つの曲を作り上げていく。それがすごいと思った。
うまくひとつひとつの楽器が組み合わさって絶妙に奏でられる音楽。
にわかに感動してしまった。
きっと、こんなふうにみんなと一つになって演奏出来たら気持ちいいんだろうな。
みんなが演奏している光景を見て、一瞬、その中で演奏している自分の姿を想像してしまった。
悪くないな。
この音楽だって嫌いじゃない。
むしろもっと聞きたいと思った。
なぜ?
生で聞いたから?
とにかく、オレはこの音楽に引き込まれていた。
それに…。
あの相田さんのフルートの音。
もう一度聞いてみたいと思ったんだ。
だから…。
「美香……やってみようかな…吹奏楽」
「ホント!?よかったぁ」
そうやって満面の笑みを見せる美香。
その時オレは、なぜか少しばかりの罪悪感を感じてしまったんだ。
それがなんなのかわからなかった。
ただ、吹奏楽部に誘ってくれた美香に少しだけ心の中で感謝していた。
新しい自分に気がついた、そんな気がしたから。
それから少しの間演奏に耳を傾けていたら演奏が終わった。
周りで聞いていた新入生から、オレも含めて拍手が巻き起こる。
「新入生のみんな、どうだったかしら?少しでも興味が沸いたならこの後も楽器別に分かれて練習するから、それも見て行ってね」
本田先生がそう言って部員のみんなは散っていった。
周りで見学していた新入生は興味がなさそうに帰る人もいれば、さっそく楽器を持たされている人もいた。
「椿くん」
え?
「あ、どうも、村田部長」
「どうだった?興味沸いた?」
「あっ、はい。なんていうか…かっこよかったです」
「クスッ…そっか。ね、どうかな?吹奏楽やってみたいと思わない?」
どうやら勧誘されてるみたいだな。
「はい、やってみたいと思いました」
「うんうん、そっかぁ!正式な入部にはまだ一週間くらいあるけどさ、毎日来ていいからね」
うれしそうに話している。
部長として新入部員が入るっていうのはうれしいんだろうなぁ。
でも、まだこう、一歩踏み出せないっていうか…。
入部はしようと思うけど、顔を出すのは正式入部の時からでいいかな…。
「今日は帰りますね、入部はしようと思ってますから」
「うん!わかったよ!男子が入ってくれたら助かるなぁ」
そんなことを言いながら部長は別の新入生のところへ向かっていた。
「誠二、帰るの?」
「おう。美香は気にしないで残ってていいからな」
「ううん、私も帰るよ。誠二が入部してくれるみたいで安心したし」
それと帰ることとは関係ないと思うけど…。
「まぁ、それなら帰るか。勇介は?」
「いいと思うよ、楽しんでるみたいだし」
そう言って美香が指差した先には、先輩たちと楽しそうに話している勇介の姿があった。
「だな」
いつ勇介が変態扱いされるようになるのか楽しみに思い練習場を後にした。
帰り道では、美香と吹奏楽部のことについて話していた。