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ホワイトデー

 昨日から眠れなかった。

 一晩中考えていた。

 朝、いつものように学校へ登校する。

 そして、いつものようにクラスメートへ挨拶していつも通りに授業を受ける。

 そんないつも通りの一日でもオレには違っていた。

 授業の内容は頭に入らない。

 クラスメートの言葉も右から左へと通り過ぎて行く。

 オレの頭の中は今日のホワイトデーの放課後のことでいっぱいだった。

 今日は相田さん、美香、二人に返事をする日。

 放課後の部活のあと、相田さんはこの教室、美香は部室で待つという。久しぶりに美香とまともに会話した内容がこれだった。

 オレは考えて自分なりの答えを出した。

 考えて…か。いや、初めっから答えは出ていたのかもしれない。

 でも、オレがこの一ヶ月考えていたのは傷つけ、傷つくことばかりじゃなくて、彼女の覚悟を信じてみよう。二人の覚悟を信じてみよう。きっとまたみんな笑い合えるって、そう思ってきた。

 今日のホワイトデーでは男子が女子にバレンタインデーのお返しをする姿が至る所で見られた。バレンタインデーに見た光景の逆バージョンだな。

 オレは昼休みになるとあてもなく校内を歩きまわった。何をするわけでもなく、ただ、ぼーっと歩いていただけだった。じーっとしてられなかったんだ。

 一人の女の子の泣き顔を思い浮かべると、ものすごく胸が痛い。

 それをぬぐい去るように歩き回った。

 いまだに逃げ出したい気持ちもないわけじゃない。

 でも時間をもらった。その時間でオレは覚悟した。

 大きくこれまでの日常を変えることになるんだろう、そのことも。

「紗耶香、これ、お返しな」

「ん、変なもんじゃないでしょうね?」

 きちんとバレンタインチョコをくれた人にはお返しを用意してきていた。

 部活で紗耶香にそれを渡した。

「いらないなら返せよ」

「やーよ。……誠二、あんた…」

「大丈夫だ、ちゃんとする」

「そう…」

 紗耶香はそれ以上何も聞かなかった。不安そうな目でオレを見ていた。紗耶香にとってもオレが出した答えは重要なんだろう。

「心配すんな、曲がりくねってオレは紗耶香が好きだなんてことはないから」

「は…はぁ!?ふざけないでよ!」

「お、まんざらでもなさそうじゃん」

 紗耶香が顔を赤らめて反応していたから。

「…ぶっとばすわよ?」

「おーこわっ」

「覚悟してっ!」

 っとオレは紗耶香に腕を掴まれた。

「……誠二…」

「な、なんだよ」

「今日はそんなに寒くないわよ?」

「寒いっつーの」

「震えるほど?」

「……うっせーな」

 紗耶香は掴んだ腕を放してため息をついた。

「ま、めぐに免じて勘弁してあげるわ。めぐに会うのにボコボコの顔じゃあね」

「お前…、どれだけ殴るつもりだったんだよ…」

「そのだけ口が利ければ上等ね」

 オレは震えが止まらなかったんだ。

 この部活のあとを想像してしまって。

 でも、それは体の話しで、オレの頭の中は不思議なほど冷静だった。心の底では怖かったのかもしれないけれど。

 冗談も言えた。

 去勢を張っていただけかもしれない。

 刻一刻と迫るその時におびえながら。

 …………

「じゃあね、誠二くん。お返しありがとう!」

「いえ、お疲れ様でした」

「ばいば~い、つじく~ん」

 部活も終わりを迎えた。

 オレは一度部室をあとにして人がいなくなるのを待った。

 それは相田さんが教室へ向かう時間でもあった。

 そしてしばらく待ったあと、オレは動き出す。

 パンッ!

 両手で自分の頬を叩き気合いを入れる。

 半端な気持ちじゃ何も言えそうになかったから。

 オレは廊下を歩いている。

 彼女が待つ場所に向かって。

 一歩一歩確かに向かっていた。

 そして…。

「待たせたかな?」

「…誠二…」

 オレがやって来たのは美香の待つ部室だった。

 か細い声でオレの名前を呼んだ美香は、オレが来てもなお不安そうな顔をしていた。

「…………」

「…………」

 美香からは何の言葉も出てこなかった。

 オレからの言葉を待っているのか…。

 オレは静かに話しだす。

「これ…バレンタインのお返し。チョコ、うまかったぞ」

「クスッ…ありがと」

 美香はオレが渡した紙袋をそっと自分の後ろへ回した。

 やっぱりうまく言葉が出てこない…。

「美香…オレは…」

「…………」

「オレは自分に正直に答えを出した。どちらか一人に悲しい思いをさせる覚悟もしてきた…」

「うん…」

 …

 ……

 ………

 …………

「美香…ごめん。オレは相田さんのところに行くよ」

「…………」

「返事はオレがやって来た方になってたみたいだけど…美香には謝りたかった…」

「…………」

「今まで…ごめん。今までオレが美香を立ち止まらせてしまってたこと…。長い間、想っていてくれてたのに気持ちに答えられなかったこと…ごめん…」

「…………」

「オレは…相田さんが好きだ。相田さんのところに行くよ。ホントに…ごめん」

「…謝らないで?」

 美香が…口を開いた…。

「私…なんとなくこうなるんじゃないかって思ってたんだ…。誠二のことは今だって私が一番良くわかってるつもりだから」

「美香…」

「だからかな…。誠二が目の前に来ても不安は消えなかった。なんとなく…私…フラレるんだなって思ったんだ」

「ごめん…」

「だから…謝らないで?誠二は何も悪いことはしてないの。私は誠二が前に進めたことがうれしい。それに、これで私も前に進めるんだよ?」

「み…美香…」

「クスッ…泣かないでよ。泣きたいのはこっちなんだからさ」

「え!?あっ…」

 気付かなかった…。オレの目からは涙が自然と流れていたんだ。

「恵ちゃんのところに行ってあげなよ。待ってるよ?涙は拭いて。笑顔で好きって言ってあげてよ」

 …………

「み、みがぁ~…ごめんな!本当に、ごめ…んな…!」

 涙が止まらなかった。

 オレは泣いて謝っていた。

「誠二も…辛いんだよね?苦しいんだよね?…ほら、顔上げて…」

 美香はオレの涙を拭ってくれた。

 美香はオレなんかよりずっとずっと辛いんだろう…泣きたいんだろう…。

 それなのに…オレが泣いてちゃダメだ。

「グスッ…美香、オレ行くよ」

「…うん!」

 そして最後に今までで最高の笑顔を見せてくれた。

 美香…。

 今まで想っててくれて…本当にありがとう。

 オレは美香の前から走り去り、相田さんが待つ教室へと向かった。

「誠二…うっ…誠二……誠二……あぁ…!…うっく……誠二ーーー…!」

 美香は誰もいなくなった教室で堪えきれなくて泣いていた…。

「うっ…えぐっ…私も…前に進まなくちゃ…。笑顔で…また二人に会おう…」

 …

 ……

 ………

 …………

 はぁっ…。

 はぁっ…はぁっ…。

 息を切らしながら教室までの廊下を走る。

 …………

 ガララ…!

 オレは自分の教室までたどり着きドアを開けた。

 教室の窓側の一番後ろの席で彼女ま待っていた。教室の電気もつけずに、外灯から差し込むわずかな光だけが相田さんを照らしていた。

「誠二くん…もう来ないと思ってた…」

 オレは息を整えて落ち着くまで待った。

 頭の中は冷静でまっすぐに相田さんを見ていた。

「美香に…会って来た…」

「えっ…。そっか……」

 相田さんはうつむき悲しい表情を浮かべた。

「どうしても…相田さんに会う前に謝りたかったんだ。今までのこと…それに今回のこと」

「えっ……?」

 相田さんは顔を上げ、何を言ってるの?といった顔でオレを見ていた。

 オレは目線を反らさずにまっすぐに見つめて言った。

「オレは…相田さん、君が好きだ。初めて会った時から惹かれていたのかもしれない。オレでよかったら、隣に居てくれないかな?守らせてくれないかな?甘えて…くれないかな?」

「えっ…?……えっ?」

 オレはもう一度、大きく息を吸い込んで…。

「もう一度言うよ。今なら自信持ってはっきり言えるから。オレは相田さんが好きだ…好きなんだ!」

「………!」

 相田さんは両手で口元を押さえて涙を零し始めた。

「せ…誠二くん…!」

 オレは相田さんに近づいて流れる涙を拭った。

 小さく震えていた…。

「誠二くん…怖かったの!本当はすごく怖かったの!」

「うん…」

「今日まですごく不安で…覚悟してたけどすごく怖くて…!怖かった…!」

 よくわかるよ…その気持ち。

「もう安心していいよ。オレは相田さんの隣に居るから。どこにも行かないから」

「ふぇ…ふぇーーーーーん!!」

 相田さんは泣きながらオレの胸に飛び込んで来た。

 もういいんだよな…。

 オレは自然に抱きしめた。

 …

 ……

 ………

「誠二くん、暖かい…」

「相田さんも暖かいよ?」

 この腕の中のぬくもりはずっと大事にしよう…。

「オレは…相田さんの笑顔をずっと見ていたいと思った。ずっとそれを守ってあげたいって思ったんだ。相田さんの笑顔のそばに居たいって」

「誠二くん…」

「だから、いつまでも笑っていようね?」

「うん!」

 相田さんはさっそくとびっきりのかわいい笑顔を見せてくれた。

「それそれ!可愛いよ、相田さん」

「えへへ…。ねぇ誠二くん。私、誠二くんの彼女なんだよね?」

「うん…そうなるよね」

「じ、じゃあさ、私のこと『相田さん』じゃなくて名前で呼んで欲しいな」

 恵…でいいのかな?なんか照れくさいよな。

「恵…って呼べばいい?」

「うーん…『めぐ』…って呼んで欲しいな」

 めぐ…か。相田さんがそう言うなら。

「めぐ…」

「えへへ…よろしい!」

 か、かわいい!

 こんな子がオレの彼女なんだな。

 …いいよな?

 ギュッ。

「あっ…。誠二くん…」

 まためぐを抱きしめた。

 ………

 オレの初めての恋だった。

 めぐの暖かな表情を見た時から恋に落ちてたのかもしれない。

 美香にあんな悲しい思いをさせたうえでオレたちがいる。

 …絶対に大事にしよう。

 改めてそう思ったんだ。

「みんなとはうまくやっていけるかなぁ…?」

 不意に呟いてしまった。

「…後悔してない?」

 不安そうな顔でめぐが聞いてくる。

 あぁ…心配させちゃったな。

「してないよ。オレはめぐが好きだよ。ただ、これからもみんなと変わらない日常があつのかなって少し不安になって。めぐが一番大事だけどみんなとも仲良くしていたいから」

「美香ちゃん…だね」

 それだけじゃない。

 勇介は美香と付き合うって思い込んでたし、紗耶香もめぐとこれまで通りに接してくれるんだろうか?

 そんなことを考えていた。

 初めてだったから、嬉しい気持ちと先の不安も消せはしなかった。

「めんな、いい人たちだよ…」

 そうだな…そうだよな…。

 きっと大丈夫だよな。

「めぐ…そろそろ帰らないとダメだろ?遅くなるよ」

「え…あの…私は…。…うん、帰ろう」

 何か言いかけてた。

 その時はそれくらいしか思わなかった。

 それからめぐをバス停まで送って行った。

 オレは帰り道、今日の出来事を一人想い浮かべていた。

 幼馴染の気持ちに答えられなかったこと。別れたあとでおそらく流したであろう涙。今まで美香がどんな気持ちで過ごしてきたんだろう。今さらだけど、それを思わずにはいられなかった。

 ………

 家に帰り夕食を食べる。

「誠二、今度彼女連れて来なさいね」

 …もうこんなことも慣れたな。

「今度ね」

「予想通りの答えね。楽しみにしてるわよ」

 これも母さんの想定内なのか。

「かわいくていい子だからあんまりからかうなよ?」

 こんな会話をした。

 それも初めてのことだった。

 夕食も済ませ自分の部屋へ。

 今日の出来事を思い返してベッドに潜り込む。

 その日は久しぶりにぐっすり眠った。


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