苦悩
オレは…どうすればいいんだ?
バレンタインデーからオレはずっとこの自問自答を繰り返していた。
やっぱりいくら考えても答えは出ない。
あれから美香は相田さんに気を使ってか、オレと登下校はしていない。
二人はいつも通りに話しているみたいだけど、オレは相田さん、美香、二人とまともに話すことが出来なかった。
「誠二くん、最近変だね。どうしたの?悩み事?」
「渉…」
やっぱり周りの人にもわかってしまうんだな。気をつけようとは思うけれど…。
「ああ…ちょっとな…」
「僕でよければ相談乗るけどね」
「あ…いや…いいよ。サンキュ」
渉に相談したってな…。でも確かに誰かに話しを聞いてもらいたい気持ちもある。
「ま、元気出してよ。誠二くんらしくもない。こんな時って産みの親を頼ってみるっていうのもいいんじゃない?」
母さん…か。そうだな、たまにはいいか。…いやいや、こういった話題には喜んで食らいついてきてちゃかされそうだ。
同じクラスの相田さんがすごく遠く感じる。
どうしても意識してしまって目を向けることが出来ない。
「はぁ…」
ため息だって自然に出てしまうんだ。
毎日の部活も行きたくなくなっていた。あんなに楽しかったのに、美香と相田さんもいるから気まずくてしょうがない。
「誠二…」
紗耶香が心配そうに声を掛けてくる。紗耶香はもちろん相田さんから事情は聞いている。
「紗耶香…オレは…」
「私は何も言えないわ…」
…そうだよな、紗耶香は相田さんを応援してるんだろうし。
「でも、結局決めるのはあんたなんだから」
それもわかってるんだ。わかってるはずなんだけど…怖いんだ。
自分で答えを出すのが。
そのせいで人が傷ついてしまうのが。
「なになに~?」
オレと紗耶香のやりとりを興味深そうにアリサ先輩が聞いてきた。
「アリサ先輩、どうやっても答えが出ない問題があるんですけど、そんな時どうすればいいと思いますか?」
「う~ん…答えが出ないんなら~答えは~ないんじゃな~い~?」
答えはない…か。
初めっからそうなのかもな。
「ありがとうございます」
「いえいえ~」
アリサ先輩は首をかしげていたが、それ以上何も聞いてくることはなかった。
答えがないにしても答えは出さないといけない。ホワイトデーまでには。
「椿くん、ちょっといいかしら」
「え?あ、はい」
突然、奈美先生から呼び出された。
奈美先生がオレを呼ぶなんて珍しいことだった。
練習場の外で立ち話。
「何か悩み事?」
「え?」
「上の空で全然練習が手についてないようだけど?」
「あ…すいません…」
それだけしか言えなかった。告白されたから悩んでるなんて部活には関係ないもんな。
「何かあれば相談に乗るわよ?悩んでる生徒の相談に乗るのも教師の役目なんだから」
でも…。
「…何でもいいんですか?」
「ええ、もちろん」
いい…のかな?
「ここじゃちょっと…」
オレと奈美先生が話している姿は何かと目立ってしまう。
「じゃあ部室にでも行きましょうか」
「はい…」
それから練習中は誰も使わない部室へと移動した。
部室に入ると奈美先生は椅子に座り、両肘を机について手を組み顎を乗せた。なぜだか尋問されるような気分だったな。
「えーと、それで?」
「はい…。えっと…実は恋愛事で悩んでまして…」
「うんうん」
聞いてくれるみたいだ。というか非常に興味深そうに目を輝かせた。
大丈夫なんだろうな?
「最近…同時に二人の女の子に告白されまして…どうしようかと…」
「相田さんと川口さんね?」
「なっ!?」
「ふふんっ」
奈美先生は得意気に鼻を鳴らしていた。
「見てればわかるわよ」
どうしてこの部には…いや、オレが鈍いだけなのか?
「で、どうするの?」
「それがわからなくて…」
「何がわからないの?」
「え?」
何がって…。
「オレが一人を選べば残されたもう一人が傷ついてしまう…から…。どうしたらいいか」
「優しいのね。椿くんは」
「そんなこと…。オレのせいで人が傷つくことがイヤなだけです」
「ふーん、逃げてるんだ」
「…………」
逃げてる…?逃げてるって…オレは本当に傷つけたくないだけなんだ。
「椿くん自信がイヤな思いをしたくないから」
「そんな…!」
そんなことはない!
「もし、あなたが二人の気持ちをどちらも受け入れなかったらどうなるかしら?」
「え?さ、さぁ。わかりません」
「多分…また同じ繰り返しになるでしょうね。お互いにダメだったってわかったら」
また…繰り返し…。
「そしてあなたはまた傷つける」
「………!」
そんなことって…。
でも、オレは何も答えることが出来なかった。
「それとも二人が他の誰かを好きになるのを待ってる?私が思うに椿くんが悩んでるのは本当はどちらかを好きだから」
「え?」
「他に好きな人がいるならそんなに悩まないはず」
「…………」
「でもあなたはその答えを出すのが怖い。傷つけて、傷つくから」
優花の泣き顔が頭の中に浮かんだ。
目の前で泣き崩れた優花。それに耐えきれなくなって逃げ出したオレ。あんな思い…したくない。
「椿くんは誰かに告白したことあるの?」
「…ないです」
「でしょうね」
「どうしてですか?」
「もし、あなたが誰かに告白するとして、フラれることは考えない?必ずうまくいくと思う?」
オレが告白するとして…?
断られることは考えるに決まってるだろ。
「考えますよ」
「そうでしょ?相田さん、川口さんだってそうよ。覚悟はしてるのよ。ましてや同時に告白なんてね」
「…………」
そう…言ってた。覚悟はしてるって。受け入れるって。
「覚悟してないのは椿くん、あなた」
「え?」
「傷つける覚悟」
「傷つける…覚悟…」
「そう。二人は勇気を出したわ。なら椿くんは?このまま逃げ続けるの?」
「オレは…」
「クスッ…。そうね、あとは椿くん次第よ」
奈美先生は軽くウインクしてそう言った。
「…………」
ガタン…。
「私にはこれくらいしか言えないわ。ごめんなさい」
奈美先生すぅーっと大きく息を吸って席を立って部室を出て行こうとした。
オレはその場を動くことが出来なかった。
「そうそう、もうすぐ卒業式でしょ?先輩を見送る時くらいはしゃきっとしなさいね?」
「あ…はい。先生、ありがとうございました」
「部活はちゃんとこなすことー!」
奈美先生は笑って部室を出て行った。
覚悟…か。
オレにはオレの……。
それから部活に戻りいつも通りに部活をこなした。紗耶香も誰も何も聞かずにいてくれた。
そして部活が終わり、今日も一人で校門を出る。
毎日通る道。だけど一人で通る道はなんとも寂しく感じられる。
「おーい!」
「ん?」
後ろから勇介が走りながら近づいて来ていた。
こいつはいつも寄り道をしていて、あまり一緒に帰ることはなかったんだけど。
「よー!最近一人だな!たまにはオレが付き合ってやるよ!」
「はぁ…相変わらず何も悩みがなさそうでいいよな」
「お前は最近おかしいよな、いっつも一人だしよ。美香とケンカでもしたか?」
「そんなんならまだいいんだけどな」
勇介にも話しておかないといけないかな…。
「実は…告白されたんだよ」
「へぇ~、誰に?」
「…美香と相田さん」
「な、なにぃ!お前ってやつは美女二人も!なんて羨ましい!」
はぁ…やっぱこいつに話すとこうなるか…。
「で、美香と付き合うんだろ?あいつ、昔っからお前のこと好きだったもんな」
!!!
「お前…知ってたのか…!?」
オレは思わず立ち止まって聞いてしまった。
「ふん…実は前に美香に告白したことがあーる!ま、お前の事が好きだからって断られたけどな。お前ならしゃあないかって思ったよ」
「…………」
こいつ…案外強かったんだな。
近くに居たのに全然気がつかなかった。そんな素振りなんてまったく見せなかったもんな。それとも、やっぱりオレが鈍いだけだったのかな。
それから家の近くまでいろいろ話しながら帰って来た。
「じゃ、美香のこと大事にしてやれよ」
「あ、あぁ」
…悩んでること、言えなかったな。
「はぁ…」
ため息をつきながら家に入り、制服を着たままベッドに倒れ込んだ。
あんまり何も考えたくなかった。
でも、否応なしにいろんなことが頭の中をよぎる。
相田さんと出会ってから今までのこと、美香と過ごして来た今までのこと。そして二人の告白。奈美先生の言葉。勇介の言葉。
頭が痛いくらいにぐるぐるぐるぐるいろんなことが巡っていた。
「誠二ー!夕飯食べなさーい!」
「はーい…」
母さんからお呼びがかかり一階へ下りて行く。
ここのところあんまり食欲だってないんだ。
今日の献立はすきやき。
オレの気分とは裏腹にずいぶんと豪華だな。
「あんた、学校でいじめられてるの?」
「はぁ!?」
オレがあまり箸をつけないことに対して母さんが言った一言がこれだ。
「そんなんじゃないし」
「なっさけない顔しちゃってさ!」
「うっさい」
「あらま!母親に向かってそんな口の利き方するなんて!」
やっぱり母さんには言うまい。
絶対に変な答えが返ってくるに違いないからな。
「あんた…自分の気持ちに正直に答えを出しなさい」
「ぶっ!?」
な、何をいきなり核心をつくことを…。
「私はあんたの母親よ?」
恐ろしい。オレにもその読心スキルは備わっているのかぜひ試したいもんだ。
でも自分の気持ちに正直にか…。
確かにそうなのかもな。
ありがとう母さん。口に出して言うのは恥ずかしいから心の中で礼を言うよ。
「どういたしまして」
…無心だ。
この人の前で何も考えてはいけない。
オレはその日、少しだけ早目に眠りにつくことが出来た。