再会
「うう~、もうだいぶ寒くなってきたねー」
「もっと着こめよ。十二月だぞ?」
「家の中は暖かかったもん」
「子供かよ」
そう、もうカレンダーは十二月。冬だ。
今、美香と一緒に柳ヶ浦町商店街に買い物に来てるんだ。吹奏楽部の部室をクリスマス仕様に飾り付けをするための飾りを買いに。
街中はクリスマスムード一色。ところどころにクリスマスツリーが飾られて、いろんなところからクリスマスソングが聞こえてくる。
子供じゃないけど、なんだかワクワクしてくるよな。この雰囲気は好きなんだ。
街中には子供連れの家族やカップルで賑わっていた。
理恵先輩からの部長命令で今日の休みに買い物してくるようにと言われたんだ。
オレなんて部屋とかクリスマスで飾り付けなんてしたことないから美香にいろいろ聞こうと思って一緒に来た。
美香はすんなり引き受けてくれた。
それにしても…。
「美香ー、スカート短すぎないか?だから寒いんだよ」
ただの買い物だっていうのに気合い入れて来てるよなー。
「女心がわかってないなー、どんな時だっておしゃれはしたいの」
「そんな、誰が見るわけでもないのに」
「ほんっと、誠二ってば昔っからそう。女心が何一つわかってない!」
え?な、なんか怒らせた?
美香は口を尖らせてそっぽを向いてしまった。
「そ、そういえば、さすがにクリスマスが近づいてカップルばっかだよな」
いたるところに手を繋いだり、腕を組んだりして歩いているカップルが目に止まった。
「じ、じゃあ私たちも便乗して、う、腕とか組んだりしてみる?」
「えー、やだよ、恥ずかしいよ」
「あ……ふんっっだ!」
「え?あ、おい!」
美香は腹を立てて一人で先につかつかと歩いて行ってしまった。
オレは美香に対して恥ずかしいと思っただけなんだけどな…。
何にせよ追いかけないと。一人で買い物なんて出来ないし。
そうして美香のあとを追いかけようと走り出すと…。
ドンッ!
いてっ!しまった!誰かにぶつかった!
「すいません、大丈夫ですか?」
「いたた…もうー…」
ぶつかったのは同い年くらいの女の人だった。ちょっと化粧は濃いくらいだけどなかなかかわいい。
女の人が持っていたバックや荷物が散乱してしまったので拾いあげた。
「ホント、すいません」
そう言いながら荷物を返す。
「あなた!気をつけてよね!……って、あれ?」
さあ今から文句の嵐を受けようかって時にその人はオレの顔を見て考え込んだ。
そして閃いたようにポンッと手を叩いた。
「誠二くん!誠二くんだよね!?」
「え?」
そう言われてオレはしばし考えた。こんな子オレの知り合いにいただろうか?記憶の中を探っていると、にわかに過去の映像と一致するものがある。
口元にあるほくろに見覚えが…。
!!!
「まさか…優花?」
「なーにー?気がつかなかったの?冷たいなー、昔の彼女の顔覚えてないなんて」
「い、いや、印象がずいぶん違ったから」
昔、オレが知っている優花は少しおとなしそうな感じで、化粧なんて全然しそうにないくらいの子だったんだ。
「ふふーん、かわいくなったでしょ」
「あ、ああ」
まるで別の人物と話しているかのようだった。
少し頭の中を整理しないといけないかもしれない…。
あれは…。
「あ、あの…よ、よかったら私と付き合ってくれませんか?」
中学三年の夏。
突然、非常階段に呼び出されて告白された。
それが優花だった。初めて告白された。
それまではあんまり話したこともなく、ただのクラスメート。それだけだった。
その時のことはあんまりはっきり思い出せない。その告白に対してオレはOKの返事を出した。
優花のことを好きだったわけじゃない。ただ、なんとなく、かわいかったし、嬉しかったから。
その告白された日に一緒に帰った。
会話もあまりないまま、ただ黙って歩いて帰った。話題が見つからなかった。
そして「また学校で」と言って別れた。
その日も次の日も一緒に帰った。
優花はいろいろ話そうと頑張っていたんだと思う。本当はおとなしい子だったんだ。
いろいろ聞いてきたし、友達のことなんかもよく話していた。
でも、オレは何も聞かなかった。
優花のことを知りたいと思わなかったんだ。その場の雰囲気で告白を受けて、結局はこうだ。付き合ったら好きになるんだなって、当然のように思ってた。
そして付き合い始めてから一週間後。
「ごめん…。やっぱりオレ…付き合えない。別れよう」
「そ、そんな…!じゃ、じゃあどうして…!」
彼女はオレの目の前で思いっきり泣いた。
そしてオレは逃げ出したんだ。その場から。彼女の泣き顔を見続けることが出来なかったんだ。だから、逃げた。
ひどく傷つけた。
泣かせてしまった。
軽はずみに告白なんて受けたから。
ぬか喜びさせてしまった。
なんとなく付き合ってしまったから。
次の日から、優花と目を合わせることが出来なかった。
最後にはっきりと見た優花の顔は大粒の涙をこぼす泣き顔だったんだ。
その泣き顔だけは今もはっきりと覚えている。
それから恋愛というのが怖くなってしまったんだ。
「誠二くん、かっこよくなったねー。ね、どっか遊びに行こうよ!」
「え?いや、オレ連れがいるから」
「ふーん、彼女?」
「違うけど…」
「じゃあいいじゃーん!私、この前彼氏と別れて今フリーなんだよね」
そうやってオレの腕を掴んで無理矢理連れて行こうとした。
「優花、変わったな」
オレのその一言に優花は不機嫌に返した。
「私は変わってなんかない。少しの間付き合っただけでわかったような事言わないで」
「あの時、泣いてたよな」
「あの時は…だって…」
優花は顔を曇らせた。
やっぱり気にしてたのかな。
「あの時は…悪かった…」
「え?何?うっそ、マジな顔して、まさかまだ気にしてたの?」
「え…?」
優花は信じられないといった顔で驚いたあと笑った。
「あっははは!どんだけよ、いつの話しだと思ってんの?誠二くん。マジびっくりしたんだけど」
「おま…だってさっき…」
暗い顔してたから、てっきり気にしてるものだと…。
「悪いと思ってんならさ、今から私に付き合ってよ。ね、いいでしょ?」
そうやってまたオレの腕を掴んだ。
「ほらほら、早く~」
「止めてくれ!」
オレは強引に優花の手を振りほどいた。
「な、何よ…」
「やっぱ変わったよ、優花」
「あっ!ちょっと…!」
「じゃあな、人待たせてるんだ」
オレは優花の方を振り向くことはなく、美香のあとを追い始めた。
「誠二くんは…変わらないね」
優花のその言葉に振り向いた時にはもう優花の姿はなかった。
「優花…」
オレはずっと優花っていう幻影から逃げていたのかもしれない。もっと早く優花と向き合っていれば…。いや、それもオレの勝手な都合だな。
オレの中に居た優花はもういなかった。
昔の優花と今の優花、どっちが本当の優花なんてわからないけれど、オレは正直ほっとしてしまっていた。
優花が気にしていなくてよかった。そんなことを考えている自分がイヤになった。優花を傷つけたことには変わりないんだ。
でも…。
「美香!」
商店街の中にあるショッピングビルの前に美香は立っていた。
「誠二!何で追いかけてこないの!?電話しても出ないし!」
「わりぃ…気がつかなかった…」
「……誠二?」
オレの様子に美香はすぐに気がつく。
「偶然…優花に会ったんだ」
「え?優花って…あの優花ちゃん?」
「ああ」
「……そうなんだ」
少しだけ、肩の荷が下りた気がした。
「なーんか、すっきりしたって顔してるね」
「ん、まぁな」
「優花ちゃん、元気してた?」
「ああ。最初は誰かわからなったな。別人みたいだったよ」
「へー…」
「なぁ、美香」
「ん?」
「オレさ、少しだけだけど、前に進めるような気がするよ」
「…そっか!……ね、早く買い物済ませて遊ぼうよ!」
「ん、そうだな!」
「誠二は荷物持ちとご飯おごりだからね!
「は!?何でだよ!?」
「私を一人で待たせた罰!男なんだから文句言わないの。さー、いっぱい買うぞー」
「ほ、ほどほどにしてくれよ?」
本当に少しだけだけれど、すっきりした。
でも、忘れたらいけないんだ。優花がどう思っていようと、多分オレは一生あの時逃げ出した事は忘れないと思う。
そしてもう人を傷つけたくない。
オレも、あんな思いはしたくない。
だけど、少しずつでも前に進むんだ。