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文化祭

 体育祭が終わり、平穏な日常を過ごしながら季節は秋。

 少しだけ肌寒くなって、みんな制服の衣替えも済んでいた。

 三年生が抜けた吹奏楽部は理恵先輩が部長としてみんなをよくまとめていた。

 練習中にもオレ達パーカッションだけじゃなくて、他のパートにも気を配ってたりする。いつも忙しそうに動きまわっていた。それでも充実しているんだろう、前よりも楽しそうに部活をしている。

 さて、そんな吹奏楽部なんだが、ただ今文化祭に向けて練習中なんだ。

 文化祭ともなれば当然、オレたち文化部に活躍の場がまわってくることになる。

 オレ達、吹奏楽部の文化祭での出番は文化祭閉会式の直前にある。

 体育館のステージで演奏したあとそのまま閉会式が行われて、そこで生徒会が歌を歌うらしいんだ。そこでの伴奏もオレ達がやるってわけだ。

 ステージで演奏する曲は四曲。

 吹奏楽曲三曲に、生徒会が歌うj-pop一曲の合計四曲。

 文化祭の前にテストもあるし、クラスでの催し事も用意しなくちゃならない。クラスの方の準備もあるから練習時間っていうのはあんまりないんだ。だから結構頑張らないといけない。

 放課後はクラスの準備もさることながら、文化祭の曲練習にも励んでいた。

 でも今は美香と紗耶香で文化祭のクラスの出し物について話しているところなんだ。

「誠二、あんたんとこのクラスなにするの?」

「オレたちはお化け屋敷だよ」

「えっ、お、お化け屋敷?」

 美香はおばけとかそういった類が苦手なんだ。

「おう、美香、お前も来いよ」

「う、うん、い、行けたら行こうかな」

 ふふふ、こういうやつなら脅かしがいがあるってもんだ。

「紗耶香のとこは?」

「うちは焼きそば屋よ、ベターでしょ」

「それも言うならお化け屋敷だってベターだろ。美香のとこは?」

「え?う、うち?うちはー…コ…コスプレ…」

 なに?

「何だって?」

「コ、コスプレ喫茶!!」

 コスプレ喫茶……よくある話しっちゃよくある話しなんだが美香がコスプレか…。

「ぷぷぷっ、か、必ず見に来るからな」

「い、いい!来なくていい!」

 そんなに顔を赤くされたらますますいじりたくなってくるじゃないか。

「はーい!みんなおしゃべりはそれくらいにして練習練習!保護者の人たちだってくるんだから下手なとこ見せらんないよ!」

 理恵先輩が部長らしく仕事をしている。

 そうだよなー、四曲とかコンクールの時よりか曲数多いんだし、しっかり練習しないとな。

 オレのクラスでは、吹奏楽部であるオレと相田さんはクラスの準備をある程度免除されていた。放課後の部活に大体の時間を使えるように。担任が吹奏楽部顧問の奈美先生っていうのもあるんだけど。他のクラスはわからないな。

「誠二くん」

 いつものように練習をしようってとこで相田さんがやってきた。

「何?相田さん」

「あのね、さっきまで教室にいたんだけど、誠二くんにはお化け屋敷の最後で脅かし役をやってもらいたいんだって。ただ叫ぶだけでいいって。私は受付だって」

「脅かし役で叫ぶだけ…?」

「きっと私たちが部活いそがしいから気を使ってくれたんだね」

 そ、そうなのか?脅かし役なんて誰もやりたがらないからじゃないのか?叫ぶだけって、驚いてくれなかったらかなり恥ずかしい思いをすることになるんだぞ?

「わかったよ、ありがとう。ところで、相田さんはもう曲は出来るようになった?」

「え?うん、曲の方は大丈夫だよ」

「さすがだね」

「だって…私にはフルートしかないんだもん…」

 相田さんは少し寂しそうにそう言った。中学の時のこと、忘れるなんて簡単には出来ないだろうしな。これも事情を知っているオレの前だからこそ見せられる表情だろうけれど…。

「そんな…そんな寂しいこと言うなよ。何かあったらオレが守るって言ったじゃん」

「え?」

「あっ、い、いや、ほら、紗耶香だっているし、美香や勇介だって、もうフルートだけだなんて思わなくてもいいでしょ?」

 またオレは毎度毎度変なことを…。

「うん!」

 でも、ま、相田さんがこんな顔で笑ってくれるんなら悪い気はしないか。

「じゃあね、誠二くん。練習頑張って!」

「うん、ありがとう」

 笑って練習に行く相田さんを見送った。

 あの笑った顔にはいつも赤面させられるよな…。

 さーて、練習練習!

「”オレが守るって言ったじゃん”なんて、よくそんな恥ずかしいことがさらっと言えるわね」

「うわ!さ、紗耶香!」

 み、見られてた!聞かれてたのか!?な、なんてことだ…!

「誠二、はっきりさせときたいんだけど、あんたってめぐのこと好きなの?」

「…は?」

 いきなり何を言ってるんだ…?相田さんのことを…好き?オレが?………なんだろう、そうなのかな?はっきり違うって言えないよな。でも、好きっていうのは…。

「わからない」

「そう…、じゃあ美香ちゃんのことは?」

「はぁ?」

 ますますわけがわからん。何で紗耶香が美香のことを?美香のことなんて……好き…じゃないよな?でも…あの送別会の時から、オレは今までとは違った目で美香を見ていた気がする。けど、それも好きっていうのとは…。

「わからない」

「またわからない…か。誠二、もし誰かから告白されたりしたらどうするの?」

 告白…か。あんまり聞きたくないキーワードだな。

「紗耶香、あんまりそういう話しはしたくないんだ」

 しばらく考えてなかったけど、あいつ、どうしてんのかな?泣かせたっきりろくに話さないまま違う高校に行ってしまったもんな。オレのこと、恨んでるかな?

「誠二?」

「ああ、わりぃ。何だっけ?」

「私が思うに二人とも……別にいいわ。ボケっとしてないでさっさと練習しなさいよ」

「お前が話しかけてきたんだろうが!」

「あぁん?」

「いえ、すいません」

 負けた…紗耶香の鋭い眼光に。この目は骨の髄まで食らい尽くしてやるっていう獣の目だったぜ。

 

 クラスの準備もある程度こなし、部活の練習もこなし、渉の要点メモでテストも一夜漬けでこなし、文化祭当日がやってきた。

 文化祭は二日間に亘り行われる。吹奏楽部の出番は二日目の最後だから、今日の文化祭一日目はクラスのお化け屋敷に専念だ。

「どう?私怖いでしょ?」

「相田さんが?はっははは!全然!かわいいくらいだよ」

 受付の相田さんは長い髪をワックスで濡れた髪のようにして、白い着物を着てそれらしく見せていた。だがしかしあの相田さんだ。どれだけ雰囲気を出したところでかわいさに揺るぎがない。

「か、かわいいだなんて」

 オレはというと、ボロボロのシャツを着てフランケンシュタインのかぶり物をしていた。前が見づらくってしょうがないけど、誰かわからないから思いっきり脅かせるってもんだ。恥ずかしさも半減だな。そもそも脅かし役が恥ずかしがってちゃね。

「じゃあオレは持ち場につくから。相田さんも受付しっかりね」

「う、うん!頑張ってね!」

 相田さんはご機嫌だ。ずいぶんとにこやかなお化け屋敷の受付だな。今からお化け屋敷に入ろうってする人たちを和ませるんじゃないの?

 お化け屋敷っていっても所詮は教室の中で高校生が手作りで作ったもの。たかが知れてるってもんだけど、一生懸命準備してそれなりにらしくはなっていた。暗幕で真っ暗にすることはもちろん、誰が持ってきたかわからないけれど、大きなスピーカーで効果音を鳴らしていた。ギミックだって暗闇だから荒は目立たない。

 そして最後の最後に待つオレの絶叫。

 ふふふ…楽しみだ。最初の餌食は誰かな?

 コツコツコツ…。

 教室の中を歩く足音が近づいてくる。

 コソッと覗いてみると男女カップルのようだ。お化け屋敷ではありがちな、女子が男子の腕を掴んで歩いてきている。

 もうすぐ…。

 来たっ!

「があああああああああ!!」

 オレはカップルが近づいて来たところに物陰から叫び声とともに襲いかかった。

「うわぁ!」

「きゃあ!」

 カップルは驚きの声を上げて、出口へと走って逃げて行った。

 大成功!!

 あのリアクション…、楽しいじゃないか!

「あれ反則だよね」

「うん、マジびびった」

 外からさっきのカップルであろう声が聞こえてくる。

 そうだろうそうだろう、反則的に驚いただろう。

「でも、ずっと守っててくれたよね。…かっこよかったよ」

「よ、よせよ。ほら、行くぞ」

 …なんだこれは?

 あれか?恐怖でドキドキすると恋してドキドキしているのと錯覚してしまうという吊り橋なんとかってやつか? 

 …良いことをしたな、オレ。

 結構人気があるのか、その後もどんどん人がやってきた。

「がああああああああ!!」

「きゃあ!」

「うおっ!」

 だいたいは二人組でやってくる。全部カップルってわけじゃないけど、大体が男女ペアか女同士で来ていた。

 楽しそうに話しながらやってきたやつらも、オレの手により恐怖のどん底に堕ちて行くわけだ。それと同時に恋に落ちていったりもする。

 今年の文化祭でここのお化け屋敷に来た男女は結ばれるという伝説が出来たり出来なかったり。

 ん?

 初めて一人で来たやつがいるな。物好きか、気が強いやつか。それでもこのオレの手にかかれば…。

「がああああああああ!!」

「出たわね誠二!きゃああああああ!!」

「ぐほぁ!!」

 ぐはぁっ!だ、誰だ、思いっきりボディーブローをかました奴は。かなり効いたぜ。

「あら、ごめんなさい。びっくりしてつい手が出ちゃったわ」

 さ、紗耶香…。

「い、いきなり何しやがる!」

 オレはフランケンシュタインの頭を取って紗耶香を睨みつける。

「あら、誠二だったの。謝って損したわ」

 出たわね誠二とか言っておきながら何を言うか!

 明らかにオレを狙ってきやがったな。

「じゃあね」

 あっさりと紗耶香は行ってしまった。

 何をしに来たんだ。ただオレを殴るためだけに来たな、あいつ。

 どっと疲れが来たぜ。

 あいたたた…。

 外はどんな感じなんだ?

「あ、誠二くん。紗耶香ちゃん来たでしょ?」

「うん、一発殴られた」

「最後で誠二くんが待ってるって言ったから…」

 えー…。

「お化け屋敷の中身話したらだめだよ、相田さん」

「あ、そっか。わかった」

 本当にわかったんだろうか。

「椿くん、休憩していいよ」

 クラスの子が休憩していいと言ったのでちょっと他のクラスを覗いてみることにした。

 少し腹が減ったしな、紗耶香のとこの焼きそばでも食いに行くか。

 オレは紗耶香の教室へ向かった。

 廊下にはおいしそうな匂いが漂っていた。

 中に入ると紗耶香のクラスの人たちがエプロン姿で忙しそうに動いていた。

 なかなか賑わっているじゃないか。

「あ、誠二」

 紗耶香がオレに気がついたらしく声をかけてきた。

「焼きそば一つくれ」

「了解、そこに座って待ってて。焼きそば一つ!」

 紗耶香が料理している生徒に注文を伝えて、オレは近くの空いている席に座らされ待つことに。

 ジュージューと焼きそばを料理する音が聞こえてくる。

「賑わってるじゃないか」

「今年は食べ物出してるとこそんなに多くないみたいだしね」

 少し待つと紙皿に盛りつけられた焼きそばを持ってきてくれた。

 さっそくいただいてみる。

 もぐもぐ…。

 おっ、うまい。

「なかなかうまいな」

「当たり前よ、私がみんなに教えたんだもの」

 なんだと!?

 聞き間違いか?

「紗耶香、もう一度言ってくれないか」

「私がみんなに教えたの!」

 …なんと。

 この焼きそばを紗耶香が指導しただと?

「冗談…」

「は?」

「い、いや、うまいなー!」

 殺気がにじみ出てるぞ、紗耶香。

「ふん!」

 でもしかし、少しだけ照れくさそうにしている。

「料理なんて、似合わないこと出来たんだな」

「あんた…一言多いのよ。あとでまたあんたんとこ行くわよ?」

 そ、それは勘弁してくれ!

 紗耶香のお手製焼きそばで腹を満たして次は美香のクラスへ。

 噂のコスプレ喫茶だな。

 メイド喫茶とか聞いたことがあるが、近くにないから行ったことはない。それに近いものがあるんだろうと少しだけ期待して美香のクラスの教室の前へ。

 ここも賑わっている。

 さーて、美香のコスプレ姿を拝まないとな。

 ガラララ…。

「いらっしゃいま…せ…」

 教室のドアを開ると元気よく営業スマイルで美香が迎えてくれたんだけど、オレの顔を見るなり美香が固まった。

 美香はスタイルも良くかつかわいい。そんな美香が似合うコスプレなんて決まっている。

 もちろんメイドだ。

 教室のドアを開け迎えてくれたのは、メイド服姿の美香だったんだ。

「ぷぷっ、に、似合ってるじゃないか」

「せ、誠二…」

 みるみるうちに顔を真っ赤にさせてうつむく美香。

 その様子がたまらなくおもしろい。

「どうした、早く席に案内してくれよ」

「こ、こちらです」

 オレと顔を合わせようとせず、そのまま空いている席に案内された。

 そしてメニューを渡された。

「ご、ご注文は…」

「メガネだ」

「え?」

「その姿でメガネをかけた美香が見たい」

「……コーヒーですね。少々お待ち下さい」

「…………」

 さらっとスルーしやがった。

 そしてすぐさまコーヒーを持ってきた。

「お待たせしました!」

 ガチャンッ!

 おう、怒らせてしまったみたいだ。

「み、美香、そう怒るなって」

 そう言いながらコーヒーを一口…。

 !!!

「にっがっ!美香、さ、砂糖!」

「我慢して飲むんだね!ふん!」

 美香はそのまま濃いブラックコーヒーを置いて別のお客のところへ行ってしまった。オレが甘党なのを知っている美香が…完全な仕返しだな。

 このまま残すと後でまた何か言われるかも知れないと思い我慢してコーヒーをすすっていると…。

 なんだあれは…?

 教室の端の方に巨大なぬいぐるみが置いてある。

 ぬいぐるみ?

 い、いや、動いている。

 あれは某有名ゲームの最初に登場する雑魚敵のス○イム…。

 ぴょんぴょんととび跳ねながらこちらへ向かってくる。

 そして目の前までやってきた。

 ス○イムが仲間になりたそうにこちらを見ている。

 まさか…。

「勇介…か?」

 そいつはその質問にぴょんぴょんとび跳ねて答えた。

 喋れないのか?

「無様だな、勇介」

 オレのその一言に勇介は体当たりをしてきた。

 もちろんぬいぐるみだし、柔らかいし、そんなに痛くはない。

 しかし、ゲームの中ではお互いに攻撃し合うんだ。

 これからはずっとオレのターン!

 身動きがろくに取れない勇介を教室中、思う存分転がしてやった。

 オレは経験値1を手に入れた!

 さーて、経験値も手に入ったことだし、午後の絶叫もまた頑張ろうか。

 そして自分の教室へと戻り、また持ち場についた。

 オレがいない間は代わりの人がやってたみたいなんだけれど、誰だろう?お礼しなくちゃな。

 おっ、さっそく獲物が…。

「がああああああああああ!!」

「きゃあ!」

「きゃあああ!!」

 ふふふ、不本意ながら紗耶香お手製焼きそばで体力もばっちりだな。

 さー、次は…。

「がああああああああ!!」

「…………」

 あ…?

「一人で叫んでバッカみたい!いーーーっだ!」

 やられた…。美香だ。思いっきりバカにされた。

 さっきのお返しをしに来たな。

 オレはこの上ない恥ずかしさがこみ上げてきた。幸い、フランケンシュタインのマスクのおかげで真っ赤な顔は見られないで済んだけれど。

 濃いブラックコーヒーにこの仕打ち。倍返しじゃないか。

「やーい、バカ誠二ー!」

 そんなことを言いながら美香は去って行った。

 オレはその姿を茫然と見送っていた。

「あのぉ…」

「は、はい!」

 やべっ!次の人だ!

「す、すいません。もう一度最初っから来てもらえます?」

 こうして文化祭一日目は終了した。

 文化祭だからって部活が休みになるわけでもなく、明日へ向けての最終確認の曲合わせが行われた。この日の部活はさすがにしんどかったかな。

 

 文化祭二日目。

 二日目は午前中は一日目と同じように。午後からは体育館へ移動して演劇部の演劇や吹奏楽部の公演がある。

「があああああああ!!」

「うわっ!」

「きゃあ!」

 ふふ…今日もいい感じだ。

 誰しもがオレの絶叫には驚きの声を上げていた。

 言ってしまえばお化け屋敷とか関係ないよな。突然人が叫びながら現れたら誰だって驚くよな。

 次は誰かな~?

「があああああああ!!」

「あ、誠二くんだ」

「つじく~ん。がああ~」

 ………おう?

「理恵先輩…アリサ先輩…」

「そんなマスク取りなよー」

 理恵先輩に無理やりフランケンシュタインのマスクを取られてしまった。

「やっぱ素顔の方がいいよ♪」

「ちょっ、理恵先輩、返してくださいよ。っていうか何でオレだと?」

「恵ちゃんが教えてくれたよ?」

 相田さん…。お化け屋敷の中身は話さないでって言ったのに…。

「はあぁ…」

「何ため息ついてるの。ほら、お姉さんの胸へ飛び込んでおいで」

 理恵先輩は両手を広げてそう言った。

「な、何を言ってるんですか」

「そうよ。誠二は私のような大人の胸の方がいいはずよ。さ、おいで」

 理恵先輩とアリサ先輩の後ろから音もなく静かに千秋先輩が現れた。

「千秋先輩、ちょっと待っててくださいね」

 オレはフランケンシュタインのマスクを理恵先輩から返してもらい…。

「があああああああ!!」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「誠二くん、それはちょっと無理があると思うな」

「同感よ、誠二」

「ば~か~」

 そ、そんなに言わなくても!こっちだってウケ狙いだってのに。

「で、誠二。どっちの胸にする?」

「胸的には私の方がお・と・な、だよ」

 なんだ?さっきからこの二人は一体何を言ってるんだ?

「さあっ!」

「決めて!誠二くん!」

 うぅ~…こうなったら。

 すみません!

 むぎゅっ。

「ほわ~?」

「あっ」

「誠二くん、そ、それは…」

 オレは覚悟を決めてアリサ先輩の胸へと飛び込んだ。

 マスクのおかげで感触は全然かんじないけど。

「なにしやがんだごるぁあ!!」

 バキッ!

「ぐぼえ!」

 な、なんだ!?何事だ!?アリサ先輩が右ストレートだと!?しかも強烈!!

「おらぁ!!」

 ドカッ!

「ぎゃっ!ア、アリサ先輩!?」

 こ、今度はソバット!?

「アリサはね、自分がそんなことされるの許せないんだよね…」

 そ、それにしたって普段はあんなにおっとりしてるアリサ先輩がこんなに豹変…。

「ふーっ!ふーっ!」

 こ、怖ぇ…。

「ほら、アリサ。どーどーどー」

「ふーっ、ふー……ほわー?」

 ほっ。い、いつものアリサ先輩に戻った。

「つじく~ん、いたずらが~すぎるぞ~」

「す、すいません」

「いいよ~。でもぉ~……今度やったら…許さねぇからな…」

「は、はい!」

 影の支配者はアリサ先輩だったんだ!実は裏でこの学校を牛耳ってたり成績がトップっていうのも圧力をかけたりして…。

「それはないから安心しなよ」

 千秋先輩は読心術使うし…。

「”先輩”はいらないわよ」

 ほら、怖いよ吹奏楽部。

「り、理恵先輩にはどんな特殊能力が?」

「ほぇ?」

 そんなこんなあることないこと話して三人は帰って行った。

 やっぱりあの中でもアリサ先輩だ。絶対に怒らせないようにしよう。

 一瞬で疲れたなー。

 あっ、そうだ、相田さん。

 オレは相田さんがいる受付に向かった。

「相田さん」

「あ、誠二くん。お疲れ様」

「お化け屋敷の中身話したらダメって言ったでしょ?」

「え?誠二くんはどこ?って聞かれたから最後って…」

 うん、確かに中身というか、オレの居場所だな。

「とにかく今度誰か来たら中のことやオレがどこにいるかとか教えたらダメだよ?」

「うん、わかった」

 今度はもう大丈夫だろ。

 そう思って安心して持ち場び戻ったけれど、これ以降知り合いが来ることはなかった。

 そして午後。

 クラスごとの催しを終わり、演劇部が体育館で演劇を披露している間、オレたち吹奏楽部は部室から楽器を運んでいた。

 部室から体育館への道のりは長く、何往復もする間に少し肌寒い中でも汗をかいていた。

「よいっしょ」

 持ちにくいんだよなー、譜面台。数もあるし。

「手伝うよ、誠二くん」

「ありがとう、相田さん」

 心優しい相田さんが手伝ってくれるという。

 二人で譜面台をかかえて体育館まで歩いていく。

「お化け屋敷、成功だったね」

「うん、もう喉がらがら」

「ふふふ…頑張ってたもんね、誠二くん」

「でも、実はなかなか楽しんでたんだ。みんなのリアクションとかさ」

「うん、外に出てきた人はみんな誠二くんのとこびっくりしたって話してたもん」

 そんな、何気ない会話を交わしながら…。

 楽器を全て運び終える頃には演劇部の演劇も終わり、オレたちの出番がやってきた。

 ステージへ急いで楽器を運び入れ、準備完了。

 ステージの幕が上がり、指揮者の奈美先生が会場へ一礼した。生徒たちはもちろん、保護者の人たちもこの演奏を聞く。

 軽いチューニングの後、奈美先生の指揮棒が振り下ろされた。

 一曲目、二曲目と滞りなく演奏は進んでいく。

 でも三曲目、ふと会場へ目を向けると何人かの生徒が寝ているのを見つけた。

 オレはそれに軽い苛立ちを感じた。聞いてほしいんだ。

 そして、三曲目でオレがシンバルを鳴らす時…。

 シャーーーン!!!

 この曲では大きすぎる音を鳴らした。

 うっ…。

 それに対して奈美先生がオレを睨む、そして紗耶香、理恵先輩も同じだ。

 その音で寝ていた生徒が目を覚ましこっちに目を向けた。

 やっちゃいけないことだった。だけど…。

 三曲目も終わり、ステージの幕が下りる。会場からは拍手が巻き起こった。

「ちょっと誠二くん、さっきのはどういうつもり?」

 幕が下りきると理恵先輩がそう言ってきた。

「すいません。寝てる人を見つけて、ちょっとイラッときちゃって…」

「もう…」

 オレの言葉にため息をついてやれやれと首を振った。

「仕方ないよ。誠二くんだってこっちにいなかったら寝てたかもしれないよ?興味ない人からすればつまらない音楽かもしれないし」

「はい…すいません」

 そうだよな。オレだって吹奏楽部に入ってなかったら同じことしてたのかも。みんな好きで聞いてるわけじゃないんだよな。

「でもま、周りが見えるくらい余裕は出てきたってことか」

「あっ…」

 そっか、オレ…知らないうちに…。

「でも、もう二度とこんなことしたらダメだからね。指揮に集中するように!会場は気にしない!」

「はい」

 紗耶香はその様子を見ていたからか何も言ってこなかった。

 奈美先生からは軽く説教されたくらいだった。

 反省、だな。みんなの演奏をぶち壊したことにもなるんだな。もう二度とこんなことはしたらいけない。

 しばらくすると、生徒会の人たちがオレたちの前に立った。

『ただ今より柳ヶ浦高校文化祭、閉会式を行います』

 そして、生徒会長や校長からの話しがあって、最後の歌だ。

 オレたちの伴奏に合わせて生徒会が歌う。生徒会の人たちはステージの上で照れくさそうに歌を歌っていた。

 閉会式も無事に終わり、今年の文化祭、オレたち一年にとって最初の文化祭の幕を閉じた。

 この後はクラスの片付けだったんだけど、まずは楽器を部室へと戻すことからだった。

 楽器を片付け終わり教室へ戻ると、もうすっかりいつも通りの見慣れた教室になっていた。準備にはさんざん時間がかかったのに、こういうのって片付けるとなるとすぐだよな。それが少しだけ寂しく感じた。

「みんな、二日間お疲れ様!この後生徒会がグラウンドで後夜祭を予定してるみたいだから行ってみるといいわ。参加は自由だけど」

 後夜祭か、みんな行くのかな?今日は部活もないみたいだし。

 SHRが終わり、クラスメートはそれぞれ教室をあとにしていた。

「せ、誠二くん」

「あ、相田さん」

「あのさ、よ、よかったら後夜祭……」

 え?後夜祭?相田さんは行くのか。誘われてるのかな?

「めぐーーーー!!」

 このやかましい声は…。

「あ、紗耶香ちゃん」

「ね、めぐ、後夜祭行こう!生徒会がなんかやるみたいだよ!ほらっ!」

「えっ!あっ!ちょっと…!」

 紗耶香が無理矢理相田さんを後夜祭へ連れて行ってしまった。

 どうするか…、追いかけた方がいいのかな?

「誠二」

 そんなことを考えていると美香が教室へやってきた。

「後夜祭行くの?」

「どうしようかって考えてたとこだよ」

「じゃあ帰ろうよ、なんでもカップルだらけみたいだし」

「げっ、そうなのか?そりゃ場違いだな。んじゃ、帰るか」

「うん!」

 相田さんもカップルだらけってわかったらオレとなんて気まずいだろうし。紗耶香がいるからいいよな。

 校門を出てグラウンドの方へ目を向けると結構人が多くて賑わっているようだった。

 その様子を尻目に文化祭のことなどを美香と話しながら帰った。


 後夜祭では…。

「なーんか、カップルだらけだね、めぐ」

「うん……」

「……元気ないね、どうしたの?」

「え?な、何でもないよ」

「ふーん…。ね、めぐってさ、もしかして誠二のこと好きなの?」

「えっ!?そ、そそ、そんなこと…!」

「あっははは!焦りすぎ!めぐったら!」

「もう、紗耶香ちゃん…。……うん。そう…なんだ。私、誠二くんのこと…好きなんだ」

「うん…」

「誠二くんは私のヒーローなの。今の私があるのは誠二くんのおかげ。気がついたら目で追ってた」

「めぐ…」

「今の私にとって誠二くんが全て。誠二くんの声が、笑顔が私を元気にしてくれる。それに、か、かっこいいし」

「最後のは納得いかないけど、私はめぐを応援するよ。でも、これじゃあ美香ちゃんとライバルだね」

「え?み、美香ちゃんと?」

「うん、たぶん…ううん、間違いなく美香ちゃんも誠二のことが好きだと思う」

「……それなら…私は…」

「めぐ…自分の気持ちは大事にしないとダメだよ。たとえ美香ちゃんとライバルになったってさ」

「でも、私は…美香ちゃんと仲良くしていたい」

「仲良く…か。めぐは美香ちゃんと誠二が付き合うことになったら美香ちゃんとは仲良く出来ないの?」

「え?そ、そんなことないよ!大事な友達だし」

「それと同じだと思うな。美香ちゃんだって良い子だし、逆でも一緒だと思う」

「…………」

「自分の気持ち押さえつけてたりなんかしたら一生後悔すると思うよ、私は」

「うん…そうだね、そうだよね。ありがとう、紗耶香ちゃん」

「めぐのこと振ったりしたら誠二なんてぶっとばしちゃうんだから!」

「ふふ、頼もしいなぁ」

「なんか私たち場違いだね、フォークダンスとか始まったし。帰ろうか」

「うん!」


 後夜祭ではこんなことがあっていたんだ。

 オレがこのことを知るのはもう少し先の話しだった。

「それにしても似合ってたぞ、美香のメイド姿」

「誠二!は、恥ずかしかったんだからね!」

 帰り道、美香は恥ずかしそうに顔を赤らめていた。

「可愛かったけどなぁ」

「も、もう。おだてたって何にも出ないからね」

 似合ってたのも事実だし可愛いってのも本音だ。

 そんなこと考えていたら文化祭の前、部室での紗耶香との会話が頭の中をよぎった。

 美香のこと…好きかどうか…って…。

「ん?誠二、どうしたの?」

「な、なんでもない!」

「変な誠二」

 ダメだ、変に意識したら。

 急にそんなこと言われたって分かるわけないじゃないか!ずっと一緒に過ごしてきたんだぞ?今さら…。

「ねぇ誠二」

「ん?」

 美香が少し真剣な眼差しでオレを見つめる。

「まだ…その…優花ゆかちゃんのこと、気にしてる?」

「…………」

 優花か…。中学のときの少しばかりの彼女だった女の子。

「まだ気にしてるんだ」

「そう…だな」

 優花のことを考えると、最後に見たあの泣き顔が鮮明に蘇ってくるんだ。今はどうしてるのかわからない。オレのこと忘れてしまったのか?それなら気が楽に…って、オレがこんなこと思い続ける限りは楽にはならないか。

「優花ちゃんは別の高校に行ったんだよ?もういいんじゃない?そろそろ…前に進んだって」

「そう思うんだけどな。あの時のあいつの顔、まだ思い出すんだ」

「そっか…」

 気にかけてくれる美香には申し訳ないな。いつまでこんなんだろうな、オレ。

「でも!」

「え?」

「でも……もっと…もっと周りを……私を……」

「美香?」

「ううん、なんでもない。さ、帰ろう」

「あ、お、おう」

 美香がこの時何を言おうとしていたのか、その時のオレにはわからなかった。

 ただ何かをぐっとこらえているみたいだった。美香は何かを我慢する時には両手を後ろに隠す癖があった。それがその時だったんだ。

 オレはそれがわかっていたんだけれど、その時に口から出る言葉はなかった。

 美香はあんまり自分の弱いところを人に見せないから、オレもそのことは黙ってたんだ。

 そして季節はまた変化を見せ始めて、冬の空気が流れだしていた。


 

 

 




 

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