入学
初めての投稿です。
出来るだけ読みやすいように頑張って書いておりますが、至らない点もあると思います。
暖かい目で見守っていただけるとありがたいです。
朝、目が覚める。
ベッドから這い出てカーテンを開ける。まだ薄紫色の空になんとなく懐かしさを感じていた。
「まだこんな時間か・・・」
そんなことを一人呟いたオレは椿誠二。
この春から住んでいる地元の柳ヶ浦町にある柳ヶ浦高校に入学するしがないごく普通の高校生だ。いや、高校生になる。
普段ならまだ空が薄暗いこんな時間に起きることなんてないのに、今日は柄にもなく緊張しているのか早起きしてしまったわけだ。
このまま二度寝して初日から遅刻なんてバカなことにならないようにしないとな。
とりあえず学校に行く準備だけはしておこう。
二階にある部屋を出て顔を洗いに一階に下りる。人は第一印象が大事だ。誰かが言っていたな。身だしなみはきちんと。
「あら、あんた早いわね。ははーん、さては緊張して目が覚めたんでしょ」
「違うって。早めに準備しようとしてるだけさ。用意周到、準備万端、基本だろ?」
「そんな言葉並べてもわかるわよ。あんたはあの父さんの子よ、緊張しないわけがないわ。あーーもう、そんなとこばっかり父さんに似ちゃって。だいたい父さんったらこの間もねぇ・・・」
「あー、顔洗ってくる」
そう言ってオレは洗面所に向かった。
危ない危ない。オレの母さんはよく喋るんだ。このまま付き合っていたら朝の貴重な時間をいくらつぶされるかわかったもんじゃない。この前も近所の主婦友を捕まえて一人で延々話していたのはこの界隈では有名な話しだ。
そのまま顔を洗って自分の部屋に戻った。
まだ当然ながら真新しい柳ヶ浦高校の制服を身にまとい、朝食を頂くためにリビングへ向かった。
「朝ごはん、出来てるわよ」
「ああ、ありがと」
そんな会話を交わして食卓につく。
「ついに今日から高校生ねー。早く彼女でも作って話しに花を咲かせてね」
「興味ない」
「あんた、何しに学校に行くのよ」
いや、あんたは何しに学校行ってたんだよ。
実は恋愛なんて興味ない。なんて言ったら嘘になるんだろうけど、ちょっと怖いんだ。
前・・・中学の時に一人の女の子に告白されて付き合ったことがある。まだまだお互いに子供だったけれど、ただ告白されたってだけでなんとなく付き合って、でもやっぱり好きになれなくて・・・。そんなに時間もたたないまま別れを告げて・・・ひどく泣かせた。ひどく傷つけた。
それからかな、自分から好きになった人じゃないと恋愛できないなって思い始めたのは。
少し話しがそれたけど、今日からとりあえず高校生だ。
「いいひとがいたら紹介するのよ?」
「・・・まぁ、行ってきます」
見送りの最後まで息子の恋愛に興味津々の母さんを尻目に、オレは柳ヶ浦高校までの道のりを歩き出した。早く起きたから少し早目の出発だ。
柳ヶ浦高校はオレの家から約15分くらい歩いた丘の上にある。途中からはずっと登り坂だ。自転車じゃ逆にきつい。かと言ってバスで通う程の距離でもない。夏は灼熱の太陽に照らされ、冬は北風に凍えながら通学するわけだ。
制服は紺色のブレザーに緑色のネクタイ。ズボンは白と灰色の千鳥柄。女子はそのスカートだ。デザインは割と好きかな。
「誠二、おはよ。早いね」
「おう、おはよ、美香。そっちも早いな」
「ちょっと緊張して早く起きちゃってさ」
「ははっ、オレもだよ。入学初日に緊張しないやつっているのかな?」
「どうなんだろうねー」
今話しかけてきたのは、幼馴染の川口美香。家が近所で小さい時からよく一緒に過ごしていた。オレの母さんに口撃を受けた母親を持つ。
肩くらいまであるセミロングの茶色がかった髪で、前髪にはいつもヘアピンをつけている。本人曰くチャームポイントなんだそうな。
目は大きめでスタイルもよく、成績優秀、運動神経抜群、容姿端麗、すばらしい幼馴染だ。
当然ながらモテる。
だけどオレは幼いころから一緒に居たからか、女として意識したことがない。本当に仲が良い親友だ。周りの友達からは羨ましがられてたけれど。
幾度となく告白されたという話しを聞いてきたが美香は誰とも付き合ったことがないんだ。昔っから心に決めた人がいるらしい。そんなやつ見たことないけどな。
「おっはよー!お二人さん!」
いた・・・。入学当日っていうのに緊張しないやつが。
「おう、勇介。早いな。まさか柄にもなく緊張して早く起きたのか?」
今声をかけてきたのは堀川勇介。こいつも幼馴染だ。
身長も高くてなかなかのイケメンなんだが変態的な性格ゆえに残念ながらモテないやつだ。がっしりとした体格の割になよなよしている。
「まさか。知ってるだろ?オレ達一年の教室は校舎の三階。つまりベランダからは登校してくる女子高生の姿が一望できるわけだ。それを拝めるためにも早いとこ行かないとな。女子高生よ、じょ・し・こ・う・せ・い!この響きだけでも高校に入った甲斐があるってもんだ!」
とまあ、こんなやつだ。
「そんなんじゃいつまでたっても彼女できないよー?」
「その通りだぞ、勇介」
「お前らに言われたって説得力ねぇよ」
それもそうだ。オレ達はよく三人で遊んでいたからな。趣味もテレビゲームとよく合い、休みの日なんかは誰かの家に集まってよくゲームしてたな。恋愛なんて縁がなかった。オレは少しだけ・・・な。
高校も仲良く一緒。これから先、こんな感じで登校していくんだろう。
「楽しみだなぁ、誠二。もしクラスが別れたらかわいい子の報告頼むぞ」
「知らねぇよ」
初日っからそんな余裕があるなんてなんと羨ましい。
「ねぇ誠二。部活なんだけど・・・」
「ああ、わかってるって」
「うん、多分見学とかあるだろうから一緒に行こうね」
中学までは陸上部に入っていた。こんなオレでも一応エースだったんだ。だけど高校では吹奏楽部に入ろうと思っている。中学の時の陸上があまりにきつすぎて今回は文化部にしようと思ってるんだ。幸い、美香が中学でトランペットをやっていてお誘いを受けたかたちだ。
「勇介は?」
「さあ。とりあえずはお前らについていくさ」
こいつは中学ではなにもやっていなかった。今回は特別な理由がない限り、必ずどれかの部に入部しないといけないらしい。
通学路、そんな話しをしながら柳ヶ浦高校への道を歩いていた。
柳ヶ浦高校への最後の上り坂、桜並木がオレ達を迎えるように花びらを散らせていた。
・・・なんてこった。
「せ、誠二、落ち込まないで」
「短い付き合いだったな」
「はぁー・・・」
なんでだよ、神様。
当然のようにオレは三人同じクラスだと思っていた。なにをそう思い込んでいたんだろう、美香と勇介は同じクラスでオレだけ別のクラス。だれだよ、クラス割決めたやつは。
入学式が終わった後一緒に帰る約束をして教室へ。
オレは一年一組、美香と勇介は一年二組だ。
教室に入ると何人か知った顔もあった。早く来たつもりだったんだけどな。
「おはよう。誠二くん。一年間よろしくね」
「お、渉。おはよ、よろしくな」
こいつは森田渉。
小学校からの同級生で特に仲が良かった内の一人だ。女のようなきれいな顔をしていて身長もそんなに高くない。根っからのゲーマーでよく攻略方法などお世話になっていた。
成績優秀で昔っからテストの時も助けられていたんだ。
「はーい、みんな席についてー!出席番号順に名札を置いてるからその通りに座ってねー!」
どうやら担任の先生が来たみたいだ。
女の先生。スーツを身にまとい肩くらいまでのストレートヘアーをなびかせている。
クラスメート達はそれぞれ自分の席を確認して席に着いた。
「みんなおはよう!まずは入学おめでとう。先生の自己紹介は入学式のあと、LHRでやるからね。みんなもその時に。まもなく入学式が始まるから体育館へ移動します」
それからクラスごと順番に体育館へ移動した。
入学式はこれといって特別なことはなく滞りなく終了した。
みんなやっぱりそわそわしていた感じだった。
そして教室へ戻りLHR。自己紹介だ。
それぞれ出身中学や趣味や自分の性格なんか話してたな。
オレが話した内容もそんな感じだった。
担任の先生は本田奈美。28歳。なんていうか・・・エロいね。
フレンドリーな感じの先生だ。男子からは人気が出そう。
「今日はここまでね。明日からは普通に授業が始まるから準備を忘れないようにねー!それと明日の午後からは部活動紹介があるからそのつもりで!それじゃあ解散ー!」
こんなもんか。
緊張して損したかのようにあっさりとした初日だったな。
そしてその帰り道。
「誠二、どうだったよ?クラスは」
美香と勇介と三人で帰っている。
「どうってー・・・別に普通だったけど。知ってるやつも何人かいたし」
「そんなことを聞いてるんじゃない。かわいい子はいたかってことだよ!」
ああそうか。勇介の頭のなかはそれしかなかったな。
「さあな、よく見てないから」
「はあー・・・、つまんねぇな。こっちは美香がやっぱ一番だったな」
「あら、ありがと」
まぁ、そうかもな。それくらい美香はかわいいから。
「誠二も同じクラスならよかったのにな」
美香が寂しそうに言った。
オレも心底そう思う。オレに話しを振ってくれたらいいんだけど、さっきから二人はクラスの話しで盛り上がってた。
ちくしょー。なんだこの敗北感。
でも、美香は自分が寂しいって言うよりオレの心配をしてるみたいだった。こいつは昔っから優しいやつだったもんな。
それからいろいろと話しながら家にたどり着いた。
「ただいまー」
玄関を開けてまずはリビングへ。
「あら、おかえり。どうだった?かわいい子いた?」
この人の本当の息子は勇介なんじゃないか?
自分がこの人の息子だって疑いたくなるくらいに母さんは勇介とシンクロしている。
「知らない。見てない。聞いてない」
ないない三段活用を駆使して答える。
「知りなさい。見なさい。話しなさい」
反撃か。
母さんには口では敵わないからな。
「父さんは?」
「あそこで起きてるか寝てるかわからない感じで新聞読んでるか夢を見てるわ」
ソファーに父さんらしき人物が座っている。
「ただいま。父さん」
「・・・・」
返事はない。ただの父さんの形をした置物のようだ。
そのまま父さんはスルーして自分の部屋に入り、少しだけ気疲れした体でベッドに倒れ込んだ。
使い慣れたベッドがいつもよりも気持ち良く感じてこのまま寝てしまいそうになる。
「高校生・・・か」
その響きに少しの嬉しさとプレッシャーを感じて明日の準備を始めた。
新しい教科書を鞄に詰め込み、まだ固い革の鞄を机の上に置いた。
「ご飯食べてしまいなさーい!」
母さんの声に急かされて一階へと下りる。
明日からは本格的な高校生活が始まるんだ。
期待と不安に胸を膨らませ、夕食の食卓に着いた。