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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ダンジョン美化計画 ~ゴミもモンスターも一掃します!~

作者: ケロ王

「今日は随分汚れているわね」


 いつもの黒を基調としたドレス風の制服に身を包んだ私は、依頼のあった渋谷ダンジョンへとやってきている。腰まである黒いストレートの髪をなびかせてゴミを片付けているのだが、この日のダンジョンの汚れ具合には正直言って辟易していた。


 あちこちに散らばる探索者のものと思しき肉片。襲われた際にぶちまけたと思われるポーション瓶の欠片。真っ二つに折れた剣やバラバラに粉砕された鎧。


 こんなに汚れていても料金はいつも通りなんだよなぁ……。思わずため息が漏れても仕方ないよね?


 手に持ったほうきとちり取りで、ゴミを集めてはゴミ専用の忍法、亜空間収納の術――通称ゴミ箱へと放り込む。ただそれだけの簡単な仕事だ。手際よく掃除をしていると、遠くの方から悲鳴が聞こえてきた。


「うわぁぁぁ、助けてくれぇぇぇ!」


 私は小さい頃から忍びの里で徹底的にしごかれてきた。死にそうになりながら戦わされたことも一度や二度じゃない。それが嫌で里を抜け出して――ニンジャを辞めて清掃員になったのだ。できることなら戦いたくない。それが私の正直な気持ちだった。


「まったく……。ゴミを増やされちゃ、困るんですよね!」


 戦いたくない。それが彼を助けない理由にはならないだろう。そこらの清掃員と違って、私には戦うための力があるのだから。


 ほうきとちり取りを手に、声のする方へと駆けだした。向かった先には、うつぶせになって倒れている探索者と思しき、私より少しだけ年上の十七、八歳くらいの男。それを小柄で緑色の肌をした醜悪なモンスターが見下ろしていた。


「ゴブリンシャーマンじゃない。この階層に出るなんて珍しいわね」


 ゴブリンは両手を挙げて呪文を唱えている。その間には巨大な火の玉が揺らめいていた。


「グギギギギィィィ」

「た、助けてくれ……」


 男は全身ボロボロになりながら、苦悶の表情を浮かべていた。質の良さそうな鎧もあちこちヒビが入っている。それでも剣と盾を手放さないのは流石だ。そんな彼を見下ろすゴブリンは残忍に笑い、恐怖に怯える様子を楽しんでいるように見えた。


「悪趣味ね。でも、都合がいいわ」


 幸か不幸か。その残忍な性格のおかげで、かろうじて彼は生きていた。そう考えると複雑な気分だが……。私は手に持ったちり取りをゴブリンに向かって投げつける。


「忍法、ちり取り手裏剣!」

「グギィ……」


 クルクルと回転しながらゴブリンの腕と首をスッパリと斬り落とした。痛みを感じる暇もなく、ゴブリンは残忍に笑ったままの頭が転がる。息絶えたことで、出していた火の玉もすぐに雲散霧消した。

 ブーメランのように手元に戻ってきたちり取りをキャッチして、倒れている彼に駆け寄る。


「大丈夫ですか?」

「あ、あ、う……」


 彼の傍に腰を下ろして具合を尋ねる。しかし、彼は焦点の定まらない瞳で、私の方を指差して何かを言おうとしていた。


「う、う、後ろ……」


 彼は、そう言い終えると同時に力尽きる。必死で絞り出した言葉がこれとは……。呆れてため息が漏れそうだ。次の瞬間、私はそのまま左手を後ろに回して、ちり取りをうなじの辺りに持ってくる。甲高い金属音を鳴らして、背後から襲い掛かってきたゴブリンのナイフをちり取りが防いでいた。


「そんなの分かっているわよ。そんな殺気駄々洩れで気付かないわけないじゃない」

「ググギギィィ」


 ちり取りを持つ手に力を込めて、ゴブリンごとナイフを弾き飛ばす。振り返りながらゆっくりと立ち上がると、体勢を立て直したゴブリンがナイフを構えて威嚇していた。


「ゴブリンストーカーか……。シャーマンといい、何でこんなところに……。今日のゴミが多かったのは、こいつらのせいね」


 無防備に肩をすくめながらため息を吐く。チラリとゴブリンの様子をうかがってみたけど、動く気配はなかった。


「あからさまな罠に引っかかるほどバカじゃないようね」

「ググギギギ……」


 ゴブリンは歯をむき出しにして唸り声を上げる。それはまるで「バカにするな」と言っているように見えた。当然ながら、何を言っているのか分からないのだが。言葉が理解できるなら、分かるような言葉を使えばいいのに……。


 そんなことを考えながら、見下したように笑う。それが癪に障ったのか、地団駄を踏んで向かってきた。


「所詮はゴブリンね。煽り耐性が無さすぎじゃないの」


 喉元を狙ってきたナイフをあっさりとちり取りで受け止めて、ほうきで反撃。素早く屈んだゴブリンの頭上を切っただけだった。そのまま反動で距離を取る。


「小癪なマネを……」

「ギギギギ」


 気色の悪い笑顔で笑うと、ゴブリンは腰のカバンからナイフを追加で四本取り出した。そのうちの三本を私に目掛けて投げると同時に、両手に二本のナイフを持って向かってくる。投擲したナイフは眉間と右肩、左脚を、手に持ったナイフは首とみぞおちを的確に狙っていた。


 一本でも食らえば致命的。辛うじて一本ははじき返したけど、残り四本が私の身体を穿つ。肉薄したゴブリンの勝ち誇ったような笑顔は吐き気がするほど気色悪い。


「くっ、や、やはり……」


 全身を穿たれた私の姿に、彼がうめき声を上げる。彼にしてみれば、残るは瀕死の自分のみ。それでも、彼は絶望で目を背けることはしなかった。


「どんな状況でも戦いから目をそらさない……。いい心がけよ」


 私の身体は黒い影となって地面へと沈んでいく。カランという音と共に私の身体を貫いたナイフが地面に落ちた。


「……グギィ?」


 勝ったと思った相手が影となって跡形もなく消える。その摩訶不思議な現象を理解できず、ゴブリンは首を傾げていた。

 地面に落ちた影はゴブリンの背後で実体化していく。その黒が墨のように流れ落ちて私のいろが現れる。


「忍法、影隠れの術」


 背後から突然聞こえた私の声に、弾かれたようにゴブリンが振り向いてナイフを振りかざす。


 ――だが遅い、遅すぎる。


 ナイフが高々と振り上げられた時には、私のほうきの柄がゴブリンの心臓をまっすぐに貫いていた。瞬く間にゴブリンの瞳から光が、全身から力が失われていく。


 ぐったりと力尽きたゴブリンだったモノを、そのままゴミ箱へと放り込んだ。近くに転がっているゴブリンの頭と胴体も回収して、額の汗を拭った。


「粗大ごみの回収は完了ね。あとは散らばったゴミを集めればお仕事は終わり! さて、そっちの人は大丈夫かしら?」


 倒れ伏した男はピクリとも動いていなかった。


「呼吸なし、脈拍なし、心拍停止、瞳孔も開いてるわね……」


 うつぶせに倒れた男を仰向けにして介抱してみたけど、どう考えても完全に死んでいた。まだ応急処置をすれば間に合う可能性は高い。


 だが、私は乙女である。ファーストキスもまだない。異性との付き合い方などとんと見当もつかない。そんな私にとってマウストゥマウスは難易度が高すぎる。


「うーん、お亡くなりになったってことにして、このまま回収しても良いんだけど……」


 探索者の遺体の回収も清掃員の仕事の一つだ。だが、この男は先ほど心停止したばかりだ。助かる可能性も十分にあるのだが……。


「ふう……。私もとことんお人よしね……」


 腕組みをして思案していた私は軽くため息をつく。腰のベルトポーチから緊急時のためと用意していた瓶を取り出す。その中には虹色のどろっとした液体が入っていた。


 ――エリクサー。あらゆる怪我や状態異常を癒し、魔力を回復させる秘薬。一本で三千万円と割高だけど、それを補って余りあるほどのメリットがある。


 瓶のふたを開けて彼の喉の奥に突っ込む。エリクサーが彼のお腹の中に注ぎ込まれ、見る見るうちに傷や火傷が治っていく。ある程度回復したところで、その男は意識を取り戻した。


「――うげぇ、げほっ、げほっ。な、何するんだよ!」


 男は喉奥に突っ込まれたポーション瓶によって激しくむせる。そのせいで顔じゅうにべったりとエリクサーが付着していた。


「うわっ。ちょっと、吐き出さないでよ。もったいない」

「そ、そんなこと言われても……」


 文句を言う私にたじろいでいた彼だが、おもむろに立ち上がると深々と頭を下げた。


「回復してありがとう。僕の名前は山本五郎さんもとごろうだ。ポーションのお金はちゃんと払うよ」

「私の名前は影野彩愛かげのあやめよ。ポーション代は別にいいわ。どうせ払えないだろうし」

「そんなことはない! ポーション代くらい払うだけのお金は持ってる!」


 私が肩をすくめると、彼は見下されたと思ったようだ。手に力が入り、苛立ったような表情になる。


「三千万円……よ」

「えっ?!」


 そんな強気の姿勢も、エリクサーの金額を伝えるまでだった。一気に表情が抜け落ち、身体が小刻みに震える。


「そんな……。冗談だよな? たかがポーションで……」


 魂の抜けたような半笑いを浮かべながら、期待のこもった眼差しで私の顔を見つめる。


「私が使ったのはエリクサー。最高級のポーションよ」


 その期待を打ち砕くように事実を告げると、目を丸くしてうなだれた。しばらくして顔を上げると、怒りに歪んだ表情で詰め寄ってくる。


「そんなことあるわけないだろ? エリクサーなんて、こんな一般人が手を出せるような代物じゃない!」

「確かに通常の回復ポーションよりは割高だけど、それで命を買えると思えば安いものよ。何より……、あなたは一度死んでいるの。エリクサーでなければ間に合わなかったわ」

「……ッ!」


 さすがに自分が死にかけていたことは理解しているらしい。膝を折って言葉を詰まらせていた。


「エリクサーは確かに一本あたりの値段は高い。でも、一滴舐めれば回復ポーションよりも回復するの。それがエリクサーを使っている理由よ」

「どういうことだ!」

「わからない? 戦闘中に悠長にポーションを飲み干している余裕などあるわけがないでしょ」

「そ、それは……!」


 パーティーでダンジョンに来る探索者であれば、フォローし合ってポーションを飲むくらいの余裕はできるだろう。基本的にぼっちの私には、そんな悠長なことを言っている余裕はないのだ。


「ま、そういうわけだから。エリクサーのお金は気にしなくていいよ。期待はしていないし。私はここを片付けたら戻るから、先に帰っていいわ」

「……エリクサーのお金は、必ず払う。時間はかかるかもしれないけど。それから……助けてくれてありがとう」


 ずいぶんと律儀なヤツだと感心する。お礼を言う人は多いけど、たいていはエリクサーの金額を聞くと逃げるからね。


「それじゃあ、僕は行くから」


 彼は軽くお辞儀をして歩き出した――ダンジョンの奥に向かって。


「どっちに向かってんのよ。入口は逆方向じゃない」

「サークレットを取ってこないとだから……」

「それって……上層ボスのゴブリンロードじゃないの。あなたの実力じゃ勝てないわ。まして一人でなんて死にに行くようなものよ」


 彼は首を横に振って、ふたたび歩き始めた。


「パーティーの入隊試験なんです。失敗する訳には……」


 そもそもサークレットはCランク昇格のためのアイテムの一つだ。入隊試験のために取ってくるような代物ではない。


「ホント、バカばっかりで困るわ……」


 奥に向かって進んでいく彼の後頭部をほうきで殴りつける。その勢いで前につんのめって転倒した。


「な、な、何をするんですか! あなたには関係な……」


 突然、背後から襲われたことについて私に抗議しようとする。しかし私の顔を見ると、尻すぼみになっていった。


「関係ない? そんな訳ないよね。アンタを助けるためにエリクサーまで使ったのよ。何でだかわかる? ゴミを増やされると困るのよ!」

「ゴミって……」

「死んだらただのゴミよ。元がどんなに偉くても、強くても、天才でもね!」


 これまでに多くの元有能探索者というゴミを回収してきた私にとって、彼のように自らゴミになろうとする行為は許しがたいものだ。その結果として私の仕事が増えることなど微塵も考えず。くだらない自己満足のために無謀な行動をするようなヤツなど探索者を今すぐにでも辞めるべきである。


「それじゃあ、どうしたらいいんだよ……」

「パーティーなんて腐るほどあるわ。そんなパーティーにこだわる必要ないじゃない」

「それじゃダメなんだ。上を目指すなら、優秀なパーティーに入らないと……」


 確かに多くのパーティーはCランクやDランクあたりで現実を知って落ち着いてしまう。だから、Bランクより上に行けるパーティーはとても少ない。とはいえ、仲間たちの死や、圧倒的な上位モンスターという現実を目にした彼らを責めるのは筋違いだろう。


 そんな人たちでも無謀に命を散らすような愚か者に比べれば遥かにマシだ、私にとっては……。


「しかたないわね。言っても分からないだろうし、私も付いていくわ。でも、戦わないから戦力として当てにするのは無し。ちょっとでも、そんな素振りを見せたら、ぶん殴って入口まで引きずっていくわ」

「……わかったよ。それじゃあ、よろしく頼む」


 私は彼の後について、迷宮の奥へと進んでいくことにした。


「うりゃあああ!」

「グギギィィィィィ!」


 五郎がゴブリンウォーリアを一刀両断にする。あれから私は彼に付き添ってダンジョンの奥へと進んでいた。全く危ういところもなく。


「なんで死にかけてたんだよ……」

「えっ、そ、それは……」


 疑問を口にした私の意図を理解して、言葉を詰まらせる。ソロでこれだけ戦えるのであれば、シャーマンとストーカー相手でも互角以上に戦えたはずだ。


「それは……。僕がターゲットを固定しきれなかったからなんです……」

「どういうこと?」

「僕たちは入隊試験のために幼馴染の結衣――広瀬結衣ひろせゆい。それと、『煌星の白光(スターライト)』――僕たちが入ろうとしたパーティーのメンバー三人の計五人でやってきたんです。そこでパーティーの魔術師がファイアボルトを連発していたら、モンスターが彼女の方へ……」


 彼の話を聞いて、愕然とする。強い魔法を使うことで跳ねることは確かにあるけど、弱い魔法を連発して跳ねるなんてバカなこと。探索者なら常識中の常識である。この時点で私からみたら胡散臭さしかないんだけど、とりあえずは話を聞くことに集中する。


「慌てて引きはがしたんですが、彼女の方にモンスターが向かっていったことで、散々僕を罵ったあと、帰っていきました。リーダーは責任を取ってモンスターを食い止めるように言うと、結衣を連れて逃げていきました。みんなの気配が無くなったので撤退しようとしたところで、不意打ちを食らってしまって……。ご覧の有様です」

「うわ、最悪な連中ね……」


 誰かを囮に仲間を逃がすのは、珍しい話ではない。だが、パーティーに正規加入していない人間を囮にするなど前代未聞だ。もっとも、私にしてみれば誰かを犠牲にしている時点でクソだ。誰が死体を片付けると思っているんだ。


「結衣って幼馴染も大概クソね」


 苛立ちで、私のオブラートが完全に剥げてしまったようだ。しかし、そんな私の暴言に対しても、彼は幼馴染を庇おうとする。


「そんなことないです! 結衣は最後まで残ろうとしてくれたんです。でも、リーダーの人が彼女を引きずるようにして連れていったんです。僕としても結衣が逃げてくれないと撤退できないので……」


 分かってはいたけど、彼のお人好しには呆れてため息が漏れる。まあいい。彼とはダンジョンを出るまでの一時的な関係だ。深入りする必要は無いだろう。


「さて……。そろそろボスの部屋よ。覚悟はできてる?」

「もちろんです」

「まあ、無理だと思うけどね。頑張りなさい」


 五郎は静かに扉を開ける。その部屋の中央には漆黒の鎧に身を包んだゴブリンロードがぽつんと立っているだけだった。そのことに安堵したように見えた。その甘ったれた男を全力で殴りたいという衝動を抑えている私の気も知らずに……。


「い、行きます! おりゃああああ!」


 気合一閃。雄叫びを上げながら斬りかかる五郎。その斬撃をロードは漆黒の剣で易々と受け止めた。受け止められた反動で距離を取ると、今度は剣先をロードに向けて突進する。


「うおおおぉぉぉ!」


 ロードはわずかに重心をずらすと、五郎の剣の腹に自らの剣を軽く当てる。それだけで容易く軌道をずらされた剣は空を突く。そのまま彼の身体ごと逸らされ、勢い余って転倒した。


「ギギギ、ギギギーーグギギー!」


 ロードの叫び声。部屋に向かってくる多数の足音。


「ちっ、護衛召喚が始まったわ。さて、アイツはどれくらい耐えれるかしら……」


 ボスのソロ討伐を困難たらしめているのが、この護衛召喚だ。一定時間ごとに発する雄叫びによって、十数匹のゴブリンを召喚する。その中には彼を追い詰めたシャーマンも含まれていた。


「く、くそっ!」

「ギギギー!」


 部屋の中に殺到したゴブリンはロードを取り囲み陣形を組む。こうなってしまっては、取り巻きを倒さない限り手も足も出ないだろう。


「これは無理そうか……」


 一度でも取り巻きを呼ばれてしまうと、彼の殲滅力では追いつかない。次第に増えていく取り巻きに埋もれていくのは時間の問題だった。雄叫びを上げながら剣を振り回すも、焼け石に水だ。


「ふう、やれやれだわ」


 私はモンスターに囲まれた五郎の所に降り立つと、ほうきを構える。


「忍法、竜巻旋風箒たつまきせんぷうしょうの術!」


 振り回したほうきから発生した風圧がモンスターたちを一斉に吹き飛ばす。その隙にほうきを背中に差して彼の足を持ち、同じように振り回す。その勢いで、彼を入口の扉に向かって放り投げた。


「うりゃあああああ!」

「ぐえっ!」


 思いっきり扉に衝突した彼は、潰れたカエルのようなうめき声を上げてずり落ちる。素早く彼の下に駆け寄ると、ポーチから取り出したエリクサーを数滴、彼の口に流し込む。さすがエリクサー。顔面から扉に衝突したはずなのに、傷跡一つ残っていない。


「はっ、ここは……」

「目が覚めたのなら、早く起きて。逃げるよ!」


 扉を開けると五郎の身体を蹴り出すと同時に、外に出て扉を閉めた。殺到してきたゴブリンたちも扉に阻まれて、手も足も出ないようだ。


「無事だったようね」

「……すみません」


 護衛召喚に成す術もなかった彼は、一言だけ謝罪してうなだれる。


「これで分かったでしょ。アンタじゃ力不足。さっきだって私が助けなかったら、そのままゴミになってたところよ」

「そんな……。どうしようもないのか……」

「そもそも、そんなパーティー入る価値無いわよ」


 何を言われたか知らないけど、聞く限りでは最悪なパーティーだ。こだわるような所が私には全く無いように思える。


「あのパーティーは結衣が見つけてきたんですけど、結成してから半年でDランクまで上がったそうなんです。その勢いで、すぐにでもCランクになるだろうって。Sランクを目指すなら、そこみたいに有望な所じゃないとダメだって……」


 言っていることは至極まともそうに見える。だけど、Dランクまで上げるのは意外と簡単だ。半年は……むしろ遅いくらいじゃないかな。有望かどうか……。聞く限りではダメな方だろうね。


「まあ、これで無理だと分かったでしょ? それじゃあ帰るよ」


 立ち上がろうとした私の前に彼が立ちふさがった。


「彩愛さんなら……。勝てるんですか?」

「勝てる、でも戦うつもりはないの……。邪魔するなら戦うけどね」


 彼は唐突に地面にひざまずいて土下座を始めた。


「お願いします。今回だけでいいので、手伝ってください!」

「ダメよ。他人の力で得た結果を自分のものにしたところで碌な結果にはならないわ」

「お願いします、お願いします!」


 断ろうとしているものの、彼はひたすら頭を地面に付けて頼み込んでくる。彼の一途な姿勢に絆されつつある自分に気付いて、呆れそうだ。


「分かったわ。今回だけだからね」

「あ、ありがとうございます!」

「アンタにも手伝ってもらうからね」

「もちろんです。いくらでも盾になります!」


 彼も気合は十分なようだけど、別に盾になって欲しいわけじゃない。

 ポーチを漁ってピアノ線を取り出すと彼に手渡した。


「これは?」

「見ての通り、ピアノ線よ。これを扉の前に十本ほど。高さが一メートルちょっとのところに設置して欲しいの。ハンマーと杭も使っていいから」


 不満げな表情ながらも、彼は丁寧にピアノ線を張っていく。そして、三十分もしないうちにピアノ線を張り終えてしまった。


「終わりました!」

「それじゃあ、私は中に行ってくるわ。五郎は、その辺の物陰に隠れていて」

「えっ?!」


 いよいよ戦うのだと覚悟を決めていた彼だったが、私の言葉に拍子抜けしたようだ。しぶしぶと言った様子で物陰に隠れる。


「さて、それじゃあ行きますか」


 中に入ると、二種類の液体の入った袋を部屋中にばらまく。地面に当たって袋が破けると、ダンジョンの床が水浸しになっていく。


「ギギギ、ギギギーーグギギー!」


 進入した私に気付いたロードが護衛召喚の雄叫びを上げる。それを無視して、私は外へと出て扉を閉めた。

 一方、雄叫びを聞いたゴブリンたちがボス部屋へと殺到する。


「「「「グギィ?」」」」


 召喚に応じたゴブリンたちは尽くピアノ線によって首を刎ねられていった。


「ふふふ、忍法、断頭台ギロチンの術!」


 定期的にボス部屋を目指しては、尽く首を刎ねられるゴブリンたち。一向に到着しない護衛により、ロードの雄叫びにも焦りが浮かぶ。


 しばらく聞こえてきた雄叫びも、次第に小さくなってついには消えてしまった。


「そろそろ良いみたいね」


 私が扉を開けると、ツンとした匂いがする。部屋の中央にはロードが倒れていた。


「これは一体……」


 呆然とする彼を無視して、サークレットを拾うと入口に戻る。


「忍法、毒霧の術! 『混ぜるな危険』ってやつね」


 袋に入っていたのは、それぞれ『塩素系洗剤』と『酸性洗剤』。換気しないで混ぜた結果、ゴブリンロードもイチコロだ。


「そしたら、後片付けだけね。アンタもちゃんと手伝ってよ」


 彼に総重量三十キロの訓練用ほうきを手渡す。


「それじゃあ、外の掃除をよろしく!」

「えっ、僕が? って重っ!」


 文句を言いながらも大量に作られたゴブリンの死体を集めている。その間に、私はロードの死体をちり取りで回収し、彼の集めた死体も回収した。


「ちゃんとキレイになったし、あとは戻るだけ!」

「うう、疲れた……」


 彼を急かして入口へ向かう。ボスの召喚のおかげか、帰りはモンスターに遭遇することも無かった。ダンジョンの外に出ると、受付の人が心配そうな表情で立っていた。


「影野さん! 遅かったじゃないですか! 心配したんですよ」

「ごめん。途中で生存者を見つけたから、ここまで連れてきたんだよ」


 受付の人に説明すると、納得してくれたようで胸を撫で下ろしていた。


「……わかりました。手続きしますので、こちらへお願いします」


 受付で作業報告を行う。今日はシャーマンとストーカーのせいか、探索者の遺体が多かったため、ゴミ箱から取り出して一人ずつ並べていく。関係者が来ている人もいるらしく、遺体に縋りついて嗚咽を漏らしている人も何人かいた。


「まったく……」


 そんな様子を見ても、私の心はそれほど動かない。清掃員をやっていたら、それなりに目にする光景というのもあるが、結局は自業自得だからだ。一攫千金を狙って無謀なことをする。それをハイリスク・ハイリターンとうそぶくのだから、愚かとしか言いようがない。


「五郎! 無事だったのね!」


 私が感傷に浸っていると、ホールに一人の少女が入ってきた。おそらく彼女が五郎の言っていた結衣だろう。シーフ系の探索者なのか、ジャージのような動きやすい格好をしている。

 彼女は五郎に飛び込むように抱き着いた。しばらくの間、抱き合っていた二人だが、周囲の視線を感じて、そそくさと離れる。


「そうだ、結衣! サークレット取ってきたぞ!」


 彼は懐からロードのサークレットを取り出すと、結衣に見せる。


「これが……。これで入隊試験は合格かしら?」

「そうだね。これなら文句は無いだろう」


 二人は笑顔で見つめ合う。周囲の人たちは彼らを生暖かく見守っているようだ。私だけ、彼らを冷ややかな目で見ていた。


「それはアイツらの身の丈には合わない代物。それを肝に銘じることね」


 そうつぶやいて、彼らに背を向けるとダンジョンを後にした。

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― 新着の感想 ―
忍術を駆使して、ダンジョン掃除をし、冒険者の手助けもする彩愛がかっこよかったです。 しかし、背伸びをしたがる輩は多いようで…。 彼女の戦いの日々はまだまだ続きそうですね。
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