くちなし
梅雨が終わった七月の初旬の空は快晴だった。陰りのない青いキャンバスには落とし主のわからない飛行機雲だけが残されていた。
光太郎は停留所のベンチに座りながら空を見上げては、腕時計に目をやるのだった。
彼はバスを待っていた。
今朝の準備に手間取って、いつもの時間のバスに乗れなかったのだ。学校では一限目の授業を合図する予鈴が鳴ってるはずだった。
どうやらバスは時刻表通りに運行しているわけではないようだった。長い直線が続く道路を覗き込んでも、車の影の一欠片すら見えなかった。
陽気な風に当てられて、街の時間はゆるやかに流れていた。
光太郎の耳には葉音が微かに聞こえてくるだけだった。
遅刻の言い訳を考えるのにも飽きてしまい、何か暇潰しできる物はないかと鞄の中をベンチの上にひっくり返した。
教科書と共に砂利やお菓子のゴミが落ちてきた。
光太郎はため息と共に立ち上がり、伸びをした。
世界には俺一人しかいないのかもしれない。
そんなことを思いながら、自販機で炭酸ジュースを買った。ボタンを押した後でチャリンと音がするから、お釣りが出たのかと勘違いして、手を突っ込んだが空だった。
別に恥ずかしいことは何もない。
世界には俺一人だけなのだから。
「なのだから」
こんな風に脈絡もない独り言も平気だった。
爽やかな風に吹かれて、口許からこぼれるのも構わずに炭酸ジュースを飲んだ。
熱くなった体に冷たい液体が流れていくのが分かった。
少ししてバスがやってきた。
人類は滅亡などしていなかった。
光太郎はバスには乗らなかった。
太陽が登っているのを横目に帰路に着いた。
途中でくちなしの匂いがした。
朝と昼の間にある時間の静けさは異常