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食せ、コオロギを!

作者: 雉白書屋

 国内、及び世界的な食糧難を危惧して『コオロギ食』の研究が本格的に始動した。


 ……のは五十年前。当時、国民から多大な反発にあったコオロギ食。

政府は懇意にしている企業や研究機関に補助金として

ただ税金を垂れ流したいだけなどや

危険、キモイ、無理、コオロギ食なんて神経を疑うなどの

根拠も中身もない批判が飛び交い、そしてそれは年月を経るほどに激しくなり

デモ活動、逮捕者が出る事態にまで発展した。

 逮捕された者はコオロギの餌になったというが、それもまた根も葉もない噂である。

 だが、そんな噂が出るようになったというのも人間の遺体を再利用

つまりはコオロギの餌にするという法案が今から約四十年前に通ったからであろう。

 無論、コオロギの餌としてだけではなく作物の肥料など、他の使い方もされたが

その作物もコオロギの餌となるので大して変わりはない。

 そんな法案が通ってしまったのも人口増加、地球温暖化による天変地異が要因といえよう。

 資源不足ゆえの遺体の有効活用。エコロジー。

もっともらしい理由に納得したというよりかは

空腹と多大なストレスにより国民の脳は疲弊し、怒りを越え緩慢になっていたのだ。

 だが、それもコオロギパン、コオロギ剤、コオロギ食の影響だと一部では言われている。

コオロギ食の中に麻薬成分を含ませているのでは、と。

 尤も、それもまた根拠がない話。と、中には自分の手で調査してデータを出し

ネット上に公開した者もいたが行方不明となった。


 政治家は「コオロギ食に問題などないんです!」

と力強くテレビ、ネットで発信しているので、そうと言われればそうかぁ、と

前述のとおり、国民の緩慢な脳は受け入れるほかない。

 また、政治家及びそれと親しい者たちは依然、変わらずハキハキとしているので

麻薬成分云々はやはりデマ。もしくはコオロギ食を食べていないかのどちらかである。

 陸のエビと称しコオロギ食をマスメディアに喧伝させておきながら

自分たちは企業、研究機関の要職たちと伊勢海老、オマールエビを食い散らかし

エビラだ! 怪獣だ! と投げて遊んでいたところを

写真付きで週刊誌に報じられたこともあったがそれもデマだとされている。


 また、三十年ほど前から食品企業、その全てが

自社製品にコオロギを用いるようになり、またそれとわからぬようペースト状にして

混ぜるなど工夫、配慮を強めたのだが、それゆえに今度はこんな噂が流れ始めた。

 

 実はこれはコオロギではなく、ゴキブリなのではないか。


 その噂となったきっかけは『コオロギカップ焼きそば』にゴキブリが混入していた事件だ。

嘘だ嘘だとネット上の顔なき怪物たちから総攻撃を食らいながらも

発見者は懸命にこれは事実であると世間に訴えた。

 乾燥麺と絡み合い沈黙するゴキブリはさながら、いばら姫。

捏造は不可能とも思われたが一週間と経たずして、その発見者は声を閉ざしたので

それもまたデマだということで終息した。

 尤も国民からすればコオロギ食が販売停止になりさえしなければどうでもいい。

お湯で戻さず、コオロギが練り込まれた乾燥麺をバリボリ頬張り、口の中を切ろうとも

その目は虚ろ、あるいは血走っていた。

 そのことから、コオロギ食に何か依存性のようなものがあるのではと説が出たが

そう声を上げた大学教授も熱心なコオロギ信者によって学内で刺殺された。

 いつの間にか立ち上がっていたコオロギ教会はその後も勢力を強め

国内の一大宗教と成り上がり、政府と深いつながりがあると取り沙汰されもしたが

それに関しては始まりを考えれば不思議な事ではない上に、やはり国民は関心を抱かなかった。

 

 そして二十年前に、コオロギ食以外の食料品がスーパーから完全に消え失せ

高級を除く、飲食店などからもコオロギを使わないものは消えた。

 唯一残っているとすれば町の路地裏で隠れ営んでいるゲテモノ屋くらいなものである。

 コオロギ食その配分も、もはやパンにコオロギを混ぜるのではなく

コオロギにパンを混ぜるなど変貌を遂げた。

それもこれも世界的な食糧難が本格化したためである。

 だが、地球温暖化はコオロギに恩恵を齎した。

気温と共に彼らの平均サイズが上がっていったのである。

 爬虫類や両生類、熱帯植物に一部の生物などもその影響を受け

先祖返りとでもいうのか、かつてこの地球に君臨していた恐竜よろしく

二割から三割、大型化したわけだがその頃にはすでに見つけ次第、下級国民によって

狩られていたので、誰も知る由もなかった。

 そう、下級国民。この頃には上級と下級で国民の格差は目に見える形となっていた。

 好きな時に海老を食せるのが上級。

 コオロギ食しか食せないのが下級。

 単純明快である。


 そして十年前。格差は開く一方であり、立ち並ぶ高層施設及びそれを繋ぐ連絡路。

 上級民は上層に住み、下級民は低層で暮らすようになった。

 十階置きに検問が設置され、基本、低層階の者が上に行くことは許されなかった。

 また、上層階の者も五十階より下に行くことはなかった。

三十階より下はほぼスラム街と言ってよい。そのためである。

 低層は太陽の光を遮られ暗く、それでいて蒸し暑く

夏場のキッチン、冷蔵庫と壁の隙間のような印象を受ける。

つまりは虫たちの楽園。主にゴキブリの。そしてそれを食う人の。


 そして現在。コオロギ食はいつの間にかその名からコオロギが消え

ただのレーションとなった。

 相変わらず海に寄せ餌を撒くように国民に、主に下級民にばら撒かれたが

実際、寄せ餌に使われるオキアミも海老の仲間ではないのと同じように

それはコオロギではない。

 ただ、下級民は普段から生きたゴキブリを食しているのにもかかわらず

その味のそっくりさに気付くことも不安を抱くこともなく、おいしいおいしいと頬張り

奪い合いをする。


 このコオロギ食計画の発案者が誰なのか、これが望み通りの形なのかは

わからないが確かに人類は迫る危機に対し、見事適応したのである。


 かつて地上に君臨していた恐竜は敗れ、弱者であった鳥が生き残った。

 いずれまた必ずやって来るであろう大量絶滅の時。

それを考えれば二極化もまた、人類の生存戦略の一つなのかもしれない。

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