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悪意と制裁

いまだかつて、だれも神を見た者はありません。もし私たちが互いに愛し合うなら、神は私たちのうちにおられ、神の愛が私たちのうちに全うされるのです。

第一ヨハネ四章十二節

――間違いない、奴らは再誕者だ。

 僅かに聞こえる会話に耳をを澄ませると平坦な顔の男が持つ実力を、耳元で飛ぶ羽虫の様に甲高く耳障りな声で女達が賞賛している。

 甲冑の男はというと寡黙を演じようとしているのか、何も考えてないのか唯、その言葉に頷いている。

 無実の人間を相手に殺戮の限りを尽くしたにも関わらず、自身の持つ力の自覚とそれを持つに相応しい倫理観、そのどちらも持ち得ていない無気力な黒髪の男がその賞賛を涼しい顔で流す。

 二十代の会話というには余りにも違和感に溢れた気味の悪い物だった。

 何か情報が聞き出せないかと思ったが、限りある時間を無駄にした事を後悔する。

 左手に拳一杯の砂を握り締め、彼らの元に歩み寄る。

 この身体は未知数だ、だからこそまずは放浪生活で培った身近な術で試す必要がある、原始的で卑劣な戦法、「目潰し」で。

 隙を作り踏み込めば、剣が届く位置まで近づくと四人は先程までの雰囲気が嘘の様に鎮まり、一同の中に緊張が走る。

 言葉が通じるかどうかは分からないが、少なくとも空気を感じ取る事はできる様だ。


「単刀直入に聞こう、あの村は貴公らがやったのか?」


 言葉は理解できても真意を理解できていないだろう黒髪の男がそうだと答える、まだ何処か他人事だと捉えているように。


「腹が減っていたから立ち寄ったら全員凄い剣幕で睨んできたんだ、まだ何もしていないのに」


「俺たちは敵じゃない、唯食糧を少し分けて欲しいと言ったら一人がクワを構えて出て行けと怒鳴ってきたんだ」


 やれやれと言いたげな顔で首を手に当てながら続ける。


「少し頭に来たから見せしめにクワだけ狙って攻撃したら勢い余って殺しちまったんだ、そこからみんな襲いかかったり逃げたりするもんだから、ちょっとやりすぎちゃって」


 何が面白いのか、照れ臭そうに笑う不躾な態度を取るアランと呼ばれる男と、それに不快感を抱かない徒党の感性に、湧き起こる殺意を抑えて問いかける。


「成程、貴公らは何処から来た?」


 敵ではないのか、とでも言いたげな間抜けな顔をした面々の中の一人、聖女を騙る白髪の女が耳障りな声と口調で返す。


「私達は東のエルズペス領に潜む悪人を討つべく、西のルカサンテから来ました」


「そこで偶然、パーティを追放されたこちらのアランと出会ったんです」


 もう十分だと言わんばかりに問うのをやめ、女に合わせる様に屈託の無い笑顔で返す。


「そんなに若いのに大義な事だ、良ければ私の食糧を持っていくと良い」


 左手を背中にやり、携えた袋から何かを探す仕草に、愚かにも興味と久方ぶりにまともな食事にありつける事への期待の眼差しを寄せる。

 警戒心が完全に消え、真意を察した魔女の格好をした金髪の女の咄嗟の警告も虚しく、徒党の目元めがけて放った砂が直撃した。

 まともに目潰しを喰らい、よろめきながら視界を取り戻そうとする隙を逃さず甲冑の大男の首元目掛けて短剣を突き刺し、そのまま喉元を引き裂きながら奇妙な帽子と杖を持った金髪の魔女の方へ突き飛ばす。

 憶測だが何らかの呪文で石造の家を破壊し、男を惨殺したのはこの二人だろう、残す二人の脅威は未知数だが先に力量が知れている方から処理しなければ行けない。

 家を破壊したであろう魔女の呪文らしき詠唱が終わる前に大男と衝突し、喉から鮮血を吹き出しながら女を下敷きにして倒れる。

 三桁前後はある総重量を乗せた衝撃が、骨が折れ、肉が潰れる音と同時に伝わる、そして剣を逆手に持ち、纏めて串刺しにするように男女の体を突き刺した。

 引き抜くと同時に、男の下から覗いていた魔女の腕が痙攣し、やがて動かなくなったと同時に、皮肉にも自身が村人にそうした様にその地に血溜まりを広げていったのである。

 残った二人が視力をある程度取り戻したようだ。

 アランは目の前の惨状に激昂し、聖女を騙る白髪の女はその場に座り両手を祈る様に握り、神父の祝福にもよく似た言葉を死体に向けて唱えている。

 祈りで友や家族が生き返るなら、既に皆教会へ殺到するだろう、或いは傷を癒す類の祈祷なのか。

 尤も、既に息絶えた存在に向けて唱えたところで神の身許へ召せる訳もなく、精々蝿と蛆がたかり腐乱臭を撒き散らしながら分解される状態になるまでの時間が多少遅くなる程度だ。

 正気を取り戻したアランは剣を構え、素人同然の動きでこちらに向かい切りかかってくる。

 この状況を飲み込めず正気を失っているとしか思えない、壊れた様に言葉を繰り返す聖女を騙る白髪の女を片腕で首を絞めながら持ち上げ短剣を突き立て人質にする。

 辛うじて知性を残していたアランと呼ばれる男は剣を下げ、後ろへ下ると間合いを取る様にして後ずさる。

 この状況で攻撃すれば間違いなく彼女まで犠牲になる事は理解できたのだろう。

 しかし首を絞められ体を持ち上げられている状況で間合いを測ったところで、唯一の生き残りの意識は遠のき事態は悪化するだけだ。

 だが必死にもがき、泡を吹きながらも呼吸を確保しようとする白髪の女の口から言葉が漏れる。


「アラン様、私の事は…どうか、気にせず、斬って下さい」


 意外な言葉を口にしたセルジオは感心した、他者のために自身を犠牲にする尊き心を、このような外道と組んでいても尚持ち合わせていたのかと。

 その言葉が真実であるかを確かめるべくセルジオは短剣を聖女を騙る白髪の女の右目に突き立てる。

 これから何が起きるのかを二人は察すると瞬く間に顔が青くなるのが見えた。


「自身の身を厭わず、他者に尽くす心を持っているとは気に入った」


「同じ神に仕える者を自負しているのであれば、その言葉と心意気に殉ずる事ができるよう、少しでも長く耐えて見せろ」


 その瞬間、彼女の右目に向かって短剣を突き刺して、柔らかく、弾力のある物体に刃物を突き刺す感覚、そして首を締め上げられて尚劈くような叫びが森に木霊する。

 引き抜いた短剣に纏わり付いた眼球の残骸と共に、その女を地面に投げ捨てると、先ほどの清き精神は何処へ行ったのか。

 糞に塗れた豚の嘶きのような苦痛に呻く声を放り出し、地面と服を血で汚しながら蠢くだけの肉塊に成り下がった。

 暴れる「肉塊」の襟を持ち上げ再び男の前に見せる。

 男は最早戦意を喪失しており、自信満々構えていた剣は精々震える手で落とさない様にするのが精一杯の様子だ。

 理想ばかり語る詩人の謳う、輝ける英雄への物語だけを夢見て、泥を啜ってでも生き延びねばならない者たちの血と悪意に塗れた暗い物語など見向きもしなかった青二才の面々だ。

 この程度で丸腰になるのは容易に想像できた。

 恐らく再誕者の中でもかなり弱い部類の存在だろう、それでも人間からすれば脅威ではあるが、聖遺物の力を発揮できなければこの程度の実力か。

 降伏の意思を見せているらしき動きをしている白髪の女の脇腹に短剣を何度も突き立てる。

 悶絶の声と共に溢れる流血と激痛を赤く濡れた手で押さえなければ光景する光景に、男は情けなくも糞尿を垂れ流しながら後ずさる。


「貴公と命運を共にした者はとんでも無い腰抜けだ」


「こうまで自身を犠牲にしているというのに、貴公の勇敢で、敬虔な行動を示して尚、剣を握るそころか立ち上がる事すら出来やしない」


 やがて地面に血を滴らせ、変わり果てた聖女の名を騙る肉塊は、最後の力を振り絞る様に言葉を放つ。


「お前が油断していなければこんな事にならなかった、お前なんかを入れなければこんな事にならなかった、お前なんかいなければ!」


 恐怖と苦痛の極限状態に晒されたからか、もとよりこの様な性分だったからか、その姿より醜い言葉で忌み呪う様に罵るとそのまま事切れた。

 死体を落とし、そのままアランに近づく。

 最早こちらの事など見えておらず、ただ動かぬ亡骸達を前に謝罪と弁明を、まるで自身に言い聞かせる様に呟くアランの服を掴む。

 焦点の合わない目を見据えて小さく、しかし確かに殺意を込めて伝える。


「私の息子は、生きていれば貴様の年頃になり、来たる未来への想いを胸に抱き、祖国に尽くす青年となる筈だった」


 空が淀んだかと思うと、両者の顔に滴が滴り落ち始めた。

 やがて勢いは怒りも悲しみも全てを押し流すように強まっていく。

 最早声も遮る程の大粒が降り注ぐ音に包まれる中、セルジオは息子には一度もあげた事が無い怒号を放つ。


「貴様等のような害虫を、私は一匹たりとて残さず踏み潰してやる!この地に齎した苦痛を!全て貴様等に返し!貴様等がこの地から全て奪ったように、貴様等から残らず奪い取ってやる!」


 そう叫ぶと襟を離し、雄叫びを上げ、呆然と座り尽くした男の首に剣を振り翳した



 全てを包み込み押し流す大雨の中、村にはただ一人微動だにせず、父の亡骸に身を寄せる少女の姿があった。


「…終わったよ」


 そう告げるセルジオの言葉に返事はない。

 物言わぬ骸と化した少女の瞳を閉じ、どうか神の身許で永遠に村の皆と幸せに暮らしている事を願い、セルジオはアーシマの印と祝福を述べる。

 再び立ち上がり一段と険しくなった顔つきで、サンヴェルクを目指すべく国境へと歩み出した。


――もう私には教鞭を振るうどころか、息子を抱き寄せる資格すら持ち合わせていない。

だが、再び眩い笑みに溢れる世界を取り戻せるのであれば、私は幾らでもこの手を汚し、地に蔓延る害虫共を踏み潰し、何処までも暗い地獄の底にだって堕ちてやる。


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