9 帰り
アウトレット
管理釣り場から裏道を通ると直ぐにアウトレットに到着。
駐車場も午前のピークを過ぎたのか空きがあった。
ここはやたら敷地が広く、店舗数も多い。
コーヒーを片手に回る順序を検討する。
ひとしきり回る店を決めると、女から「あなたの分は良いの?」と聞かれた。
俺が、「お前の為のものを買いたい」と答えると横を向いてしまった。
何かまずいことを言ったのかと心配になったが、グッと強く握られた手の温かさが不安な気持ちを吹き飛ばした。
あれこれ色々な店を回る。
まず下着。
俺の家に住むなら最低1週間分は必要だ。
多分結構な金額になるだろうと覚悟し、カード支払いで対応するつもりだ。
実際の引き落としの際はその時の自分に頑張ってもらおう。
下着も試着をするらしい。
フィッティングルームの中から「見て見て」と言われて戸惑ってしまう。
女性の店員さんに任そうとするが、「彼氏さんが選ぶのが一番」と言われて首だけ中に入れる。
色々見せられたが、どれも似合っていて言葉がでない。
結果10日分くらいを購入する。
支払いになって、女は元俺の鞄から黒いカードを取り出した。
もたもたしていると、俺が自分のカードを用意する前に支払いは完了していた。
「え?」と驚いたが、言葉にはならなかった。
「結構掛かったろう?」と聞く。
「大した事は無い」とあっさりした答えだった。
「明細を見せてくれ」と言うとレシートを渡された。
記載された金額ではなく、名前の欄に目がいった。
「NAOMI MIURA」。
名前は「ナオミ」、姓は「ミウラ」、初めて名前を知った。
「お前、ナオミっていうのか。それに姓はミウラで、俺と同じか。」
「そうだよ。姓はお前の奥さんだからミウラ。あったり前じゃん。」
「何故カードがあるんだ」と聞くと「魔女だから」と答えられて、納得した自分が不思議だ。
普段着もどんどん例のカードで買っていく。
ある店でよそ行きの服を購入する。
またも呼ばれてフィッティングルームを覗くとため息が出るほど美しかった。
支払いの段になって、事前に用意した俺のカードを店員に渡す。
「あ!」と戸惑うナオミに、これは俺に買わせてくれと頼んだ。
ちょっとうつむいたナオミは、店員にこれを着ていくからフィッティングルームを貸してくれと頼んでいた。
フィッティングルームから出てきたナオミは「お姫様」と呼びたくなるほど輝いていた。
店員の全員がポートレートにしたいと写真撮影をお願いするほどに。
店から出てきたナオミはくるっと回って見せた。
近くにいた老夫婦やカップルに拍手をされて、顔を赤くして恥ずかしがっていた。
らしくないが素敵だ。
帰宅
後部座席をナオミの服で満杯にして東名を東京に。
乗っていた車はゴルフだが、よそ行きを身に纏ったナオミが海老名SAを歩くと、何処のお嬢様かと皆道を開けた。
後ろについて歩いている俺は、さしずめ護衛かオマケだろう。
夕食を品定めして、また両手一杯の荷物を運んだ。
大和トンネルのちょっとした渋滞だけで、あっさりと環8を抜けて自宅に到着。
ナオミの荷物を下ろしてから釣り道具を下ろす。
釣り道具を片してから自分の部屋に入ると、ナオミの荷物はすっかり片付けられていた。
着替えも終わり、よそ行きから普段着に着替えたナオミがいた。
「何処に片付けたの?」と聞いたが「ナイショ」とだけ答えられて、反則の笑顔にそれ以上は聞けなかった。
ちゃちゃっと買ってきた料理を温め、向かい合って夕食。
昔買ったことがある同じ料理だが、何故か味が良くなっている気がする。
微笑みながら美味しそうに食べるナオミは、間違いなく輝いていた。
夕食が終わって、リビングで何となく今日の感想を言い合う。
ナオミが釣りが上手なこと。
ナオミが何を着ても似合うこと。
ナオミが・・・
ずっと俺がナオミのことを話している間、微笑んでいるのが嬉しい。
最後に風呂に入ろうと言ったとき、「また行こうね」と言われて深くうなずいた。
風呂の湯船に浸かると、ナオミのことしか考えられなくなっている自分に気がつく。
何故か嬉しさよりも不安が身体の中を満たしてくるのが怖くなって、頭から水をかぶった。
ベッドに入るとまたナオミが入ってきた。
この女を放したくない、一生俺のものにしたい。
背中に感じるナオミに向き直り、強く抱き締めてしまった。
また、ナオミから安心出来る匂いがした。
「どうしたの?」と聞かれ、何も言えずにもう一度抱き締めた。
涙が出て止まらなくなって、逆にナオミに抱き締められた。
ナオミに抱き締められると身体中の不安は消え去り、数回の深い呼吸でその後は覚えていない。