8 Fishing
車
必要なものを愛車のゴルフGTIに詰め込む。
オヤジの考えでは、車は実用品でゆったり安全に目的地に到着出来るものであれば十分と言うものであった。
しかしカッ飛ぶ車が欲しくて、何とか2台車をおける駐車スペースがあったので、就職3年目で中古のGTIを購入した。
大して酒を飲むわけでもなく、遊びらしい遊びをしないし出来なかった。
多少の貯金はあり、親の家からの通勤、衣食住の食・住の二つに余裕があったので購入した。
中古車の方が新車より魅力があり決めた。
しかし、排気音が低く大きめで、オフクロや姉貴からは不評であった。
ただ、オヤジの車があったので、それほど文句は出なかった。
ちょっとだけエンジンを掛けて車を外に出し、門の鍵を閉めてから再びエンジンスイッチを押そうと思った。
俺の部屋の灯りが点きっぱなし。
いつの間に開けたのか、助手席の全開の窓から女が白く長い指をくるっと回した。
部屋の灯りが消えた。
その行為に驚くよりも「便利だな、有り難う」と言ってしまった自分に驚いた。
エンジンを掛ける前に助手席の窓は閉じていた。
環8から東名へ。
近頃は土曜日の早朝でも混雑しているが、今日は快適である。
女は車載の鞄の中からCDを漁っている。
「あ、これでいいや」とユーミンの曲をセットする。
スマホから曲を決めるのかと思っていたが、スマホは持っていないようだ。
「あ、海老名だ」という女の声に間に合わず、SAを通り過ぎてしまった。
「ごめん、足柄SAに停まるから」と謝る。
ちらっと見た横顔は驚くほど美人でドキッとしてしまった。
快適に足柄SAに到着。
海老名に負けない新施設に十分満足出来る。
ホットコーヒーとマフィンのセットを二つ。
いつもは感じない周りの視線が熱い。
視線の対象は当然俺ではなく相方の女に対してである。
これだけ美人なら仕方がないと思い、気にしない。
女はコーヒーに砂糖を入れかき混ぜてからミルクを垂らして白い渦を作った。
俺は半分ブラック、残りは全部入り。
マフィンにかぶりつきながら女の鞄を見る。
俺の鞄によく似ていた。
「その鞄?」と俺が言うなり、女は鞄を肩に掛けてくるっと回って見せた。
「私のものにした」と言いながら。
周りから「ホう」と感嘆のため息が聞こえた。
男だけではなく女の声もした。
少ししてバチンとほっぺたをたたく様な音がしたので見てみた。
すると、片方の頬を真っ赤にした男が、彼女らしき女性に片方の耳を捕まれて外に連れ出されているところだった。
周りを見渡すと俺と目が合った男女全てが目をそらした。
運転する時は上着を脱いで腕をまくっている。
今日はロールアップの袖からかなり太めの腕が見えていた。
車の椅子に置き忘れて壊したことがあり、サングラスは額の上に掛けたりするが今日は掛けっぱなしになっていた。
ドスをきかしたつもりはなかったが、目の状況が分からないのは不気味だろう。
俺はガタイがよいので強そうだが見かけ倒し。
それにそんなに格好良い目姿ではないので、ここではサングラスを外さないでいよう。
ショルダータイプの鞄はいつの間にかテーブルの上に置かれていた。
「行くか」と言うと手を繋がれた。元俺の鞄は鞄のベルト自身が自分から女の肩に掛かっていったようにみえた。
釣り場
渓流などと格好良いことを言っていると碌な釣りは出来ず、フラストレーションが溜まる。
実際放流していない河川で、魚が釣れる方が希である。
管理釣り場は土曜日は結構混雑するのだが、今日はそれ程ではない、ラッキー。
管理釣り場の受付で二人分の料金を支払う。
あ~! 「二人分」=「二回分」。
管理人は相変わらず愛想がない。
しかし、相方の女が受付に入って来ると仏頂面を一変させて相好を崩し挨拶をしていた。
この野郎・・・
道具を持って桟橋に移動。幅もあって初心者でも安心だし、キャストミスをしても大丈夫。
雨降り用に準備しているグラファイトロッドを女用に準備する。
出来るだけユックリと操作方法を説明し、やらせてみる。
拍子抜けするくらい上手で、フライを付けるとあっさりと釣れてしまい、正直焦った。
自分のロッドを準備し、良いところを見せようとは思わなかったが、結構頑張ったが女の半分も釣れなかった。
昼近くになり女に「ドンマイ」と声を掛けられて昼食にする。
「どこから出したの?」と驚かれたが、組み立て式テーブル・椅子とガソリンストーブをセットしてちゃちゃっと焼き肉と焼きそばを提供した。
「美味しい!美味しい!」と反則的な笑顔で食べてくれると 「二人分」=「二回分」 の気持ちは吹き飛んでいた。
昼食後ちょっと釣りをしたが、やはり女にかなわないままで終わった。
本当は終了時間ギリギリまで釣ろうと思ったが、どうしても女の衣料品を購入したくなった。
釣りを早々に切り上げて、近くのアウトレットへ向かった。
結構有名な管理釣り場を舞台にしてみました。