57 けんか-2
けんか-2
原宿のカフェ、魔女や鬼女が屯する店である。
今日もカフェのオーナーはお出掛けである。
オーナーと美智子の母親と、また、二人で出掛けている。
オーナー代理は、鬼女の美智子である。
オーナーの指定席、、カウンターの奥に座っている。
あまり美智子が店内を彷徨くと、お客さんが皆ビビるので、奥に座って動かないようにしている。
ヒマである。
でも、寝るわけにはいかない。
美智子は真面目で、律儀の塊である。
スマホをいじっていると遊んでいると思われるので、自宅からノートパソコンを持ってきた。
カフェの売り上げ管理のシステムは、このあいだ、作ってしまった。
パソコンで、スマホの状況を管理出来るようにしておいた。
こうしておけば、仕事をしているように見える。
先週の水曜日、お兄ちゃんが項垂れていた。
何故かは知らないが、お兄ちゃんとお姉ちゃんが喧嘩をした。
いつもはゆたか、お兄ちゃんが直ぐ謝る。
例え、ナオミが全面的に悪くても・・・
まあ、力でも何でも、お兄ちゃんがお姉ちゃんに敵う筈はないので、当然だと思っていた。
ところが、シッカリ喧嘩したらしい。
ホットに殴り合った方が早く仲直り出来たりするが、ちょっとウェットな感じになっていた。
本当に殴り合ったら、お兄ちゃん、死んじゃうか入院しちゃうよね?
美智子の知る限り、初めての喧嘩だと思う。
その週の土曜日に、喧嘩をしている二人の頭を冷やす為、ナオミを無理矢理、北海道のゆたかの両親のアパートに連れて行った。
もう、仲直りしたかな~ と、思っていたら、道路側の大きいガラス窓の外を項垂れて歩いているお兄ちゃんを見つけた。
え? まだ続いているの?
慌てて、パソコンでナオミに連絡してみた。
「まだ、東京に帰らないの?」
「まだ喧嘩しているの?」 とは聞けなかった。
眠くならないように、コーヒーをお代わりした。
眠気防止効果抜群の「美智子スペシャル」である。
カフェインの量を増やし、苦みを抑えた、サッパリ系のコーヒーで、運動前に飲むとパフォーマンスが上がると、一部で人気がある。
奥の席の4人組の魔女が、大きい声で注文してきた。
「みっちゃん! 美智子スペシャル四つお願いね!」
どうやら、この後ジムでフィットネスを頑張るらしい。
「は~い! 有り難う御座いま~す!」
商売繁盛である。
自分の分を入れて5杯のスペシャルブレンドコーヒーを作って、指定席に座った。
4人分のコーヒーは、お店のお姉さんが運んでくれた。
パソコンを見ると、ナオミから返信が来ていた。
「まだ、北海道にいるよ~。 お母さんと一緒で、毎日楽しいよ~!」
おい! 亭主はそのままで良いのかよ?
本当にそう返信したくなった。
美智子の知る限り、魔女や鬼女で離婚したなどと聞いた事が無い。
もしかして、初めてのケースか?
ナオミを北海道に連れて行ったのは自分である。
このまま二人が別れたら、自分にも責任があるのかな?
思わず、頭を抱えた美智子であった。
美智子とナオミは似ている。
結婚して、直ぐに夫の家に入った。
違いと言えば、美智子にはつよしの両親がいる。
ナオミお姉ちゃんみたいに、私達、喧嘩しないもんな~。
そう思っていたが、ついこの間、つよしと口喧嘩した。
つよしは母親に言った。
「お母さん! 美智子がこんなこと言ってくるんだよ。美智子が悪いのに。」
母親はすかさずこう言った。
「みっちゃんじゃなくて、お前が悪い!」
近くにいた父親も同じ様に言った。
「美智子はお利口さんなんだから、つよしが悪いに決まってる!」
母親に抱きついていた美智子は、つよしに向かって「あかんべ~」をした。
母親は美智子の頭を撫でて笑っていた。
つよしはオマケに、父親から拳骨を喰らっていた。
後で、つよしと二人になった時、美智子はつよしに謝った。
「さっきは、ご免なさい。」
「良いんだよ。 美智子はみんなに愛されているんだもん。 勿論、僕が一番愛しているよ。」
美智子が何か失敗しても、美智子を怒る人は、家族にはいなかった。
逆に、美智子を心配してくれる人ばかりである。
美智子は家族みんなから、可愛がられているのである。
特につよしの父母は、美智子が可愛くて可愛くて仕方がないのである。
思いっ切り、甘やかされているかもしれないが・・・。
もし、夫の実家で妻の味方がいなかったら、どうだろう?
美智子は幸せ者である。
ナオミの事を考えていたら、自分の幸せを強く実感した。
たまには北海道から、ゆたかの母親が帰ってくる様だが、そんなに長くは東京にいないようだ。
だから、お姉ちゃんは私を呼び出して、色々喋りたいんだな。
私なんかより、よっぽどナオミお姉ちゃんの方が、我慢強いんだな・・・。
そうか! それで、お母さんがナオミお姉ちゃんを北海道に行かせたのか。
あの時、つよしの母親から、美智子は強く言われた。
「直ぐにナオミを私の姉、ゆたかの母親のところに連れて行って!」
美智子がオーナー代理をしている頃、ナオミはゆたかの母親と北海道大学のキャンパスを歩いていた。
「お母さん、ここの学生さん、こんな良いところで勉強出来るって、幸せですね。」
「ふふふ。 まあね。 でも講義を受けるのは、建物の中だけどね。」
「でも、講義が終わって外に出たら、この環境ですよ。」
「人それぞれかな?」
「私の知り合いも、東京の高層ビルの上の方で仕事してるけど、景色なんて1週間もしないうちに見飽きちゃうって。」
「お客さんには、良いところですねって褒められるらしいけどね。」
「でも、本音は、ビルの5階くらいまでが良いんだって。 高層階って、エレベーターがいつまでも来なくて大変らしいわ。」
「5階くらい迄なら、階段で降りた方が早いって言ってたのよ。」
「当事者じゃなければ、分からない事ってありますよね。」
「あら、ナオミ!、暗くなっちゃったじゃない?」
ゆたかの母親は、ナオミを呼び捨てである・・・自分の娘だから・・・
「い、いえ、そんなことは・・・」
「ナオミ! 明るいとこに行こうか?」
地下鉄東豊線「福住駅」からバスで到着。
母親とナオミが来たところは「羊ヶ丘展望台」である。
「うわ~、広い! クラーク博士の像って、北大の中にあるんじゃないんですね?」
「そうよ。 でも、ここの方が博士の言葉を感じられるかもしれないわね。」
ナオミは遠くに見えるビルの景色を眺めていた。
広大だ。
同じビルの景色でも、東京より綺麗である。
空気自体が綺麗だからかな?
札幌市の大きさは、実際はギザギザだが、真四角とすれば概ね「34km×34km」だという。
34kmというと、東京から横浜で29km以下だから相当な距離である。
当然、山や森、ダム湖や海に近い地域も含まれている。
それでも、日本の政令指定都市では3番目である。
因みに1位は静岡の「浜松市」、2位は同じく静岡の「静岡市」である。
隣に母親が来て、話し出した。
「この前、お父さんが会社に電話して、ゆたかの事、聞いたらしいの。」
「え?」
「主任とかに昇格するんだって。 まだ、内定だけどね。 それで、仕事、頑張ってたらしいのよ。」
「でも、ポカやっちゃって、凄く落ち込んだらしいわ。 でも、大した事はないらしくて、昇格には影響ないんだって。」
「本人は、引き摺ってるらしいのよ。 バカよね、切り替えが下手なんだから・・・ 誰に似たのかしら???」
「お父さん、物凄く怒ってたわ。 「チェック・ミス」だって。 甘っちょろいからだってず~と言ってたわ。」
「ちぇ、チェック、チェック・ミスですか?」
「そうよ。 お父さんがゆたかの上司じゃなくて良かったわ。 あの怒り方じゃ、ゆたかは昇格出来ないもんね。」
「あ、あたし、酷いこと言っちゃたかも知れない・・・」
「何か言ったの?」
「チェックしないんだからって・・・」
「気にしなくて良いわよ。」
「・・・・・・」
「駄目よ、ナオミ! そんなことで泣いたりしちゃ・・・」
「だ、だって・・・ いっつも、私の為に仕事頑張るって、言ってくれてるんだもん。」
「何言ってるの! 当然よ。 そう思いなさい!」
「お姉さんって、お母さんに似てるんですね?」
「そうよ。私の子だもん。 ナオミも私の子なんだから、メソメソしない!」
「は、はい!」
「じゃあ、帰るわよ!」
お父さんは、ナオミとの晩酌が楽しみで、早く帰って来た。
本当は、早いわけではない。
定時に帰ってきただけである。
いつまでも帰らない上司がいると、若手は帰り辛い。
工期は厳しくても、街中の工事は、近隣との約束で時間制限がある。
職人さんが帰っても、上司が残っていると、みんなの迷惑である?
「金曜日に本社で会議があるから、明日の夜、東京に帰るぞ。」
「じゃあ、私はこれで帰ります。」
そう言って、ナオミは指を鳴らす真似をした。
母親が聞いてきた。
「ナオミは飛行機、いつもどんな席に座っているの?」
「エコノミーですけど。」
「お父さんと一緒だと、高いのに乗れるんだよ。 一緒に帰ろう。」
「わ~! やった~! 初めて!」
ナオミは母親と並んで、寝ていた。
眼を瞑ったら、ゆたかの顔が浮かんだ。
涙が出た・・・止まらなくなった。
母親に肩をたたかれた。
「ちょっと、行っておいで。」
ナオミは立ち上がると、涙を拭って指を鳴らした。
直ぐに、東京の家のリビングに立っていた。
もう、1階は電気も消えていた。
そおっと階段を上った。
自分達の部屋の扉のすき間から灯りが漏れていた。
音を立てないように、扉を開けた。
夫のゆたかは、パソコンに向かって仕事をしていた。
キャップをしたままのボールペンを持って、一生懸命図面のチェックをしていた。
ナオミは音を立てなかった。
だから、ゆたかは気付かないと思っていた。
「ナオミ。 来てくれたの?」
ゆたかはナオミの気配が分かっていた。
ゆたかが立ち上がると、後ろからナオミが抱きついた。
「ゆたか! ご免ね、ご免ね・・・」
「ナオミは何も悪くないよ。 俺が大人げなかった。 俺こそ、ご免ね。」
そう言って、ゆたかはナオミを抱き締めた。
「いつも、俺の為に頑張ってくれて、ありがとう。」
ナオミがいつもゆたかの為に頑張っているのを、この1週間で強く感じた。
抱き合うと、凄く、凄く懐かしかった。
抱き合ったまま、暫くするとゆたかのスマホが鳴った。
出てみると、ゆたかの母親だった。
「早くナオミを返してよこしな!」
「え! でも・・・」
「楽しみは後に残しておくんだよ。」
母親の強引な言葉で、ナオミは帰って行った。
勿論、別れ際に、タ~プリ、キスをした。
「は~・・・」
ゆたかのため息が部屋に響き渡る様だった。
帰って来たナオミに母親は聞いた。
「どうだった?」
「私の為に頑張ってた。」
「ほら、早く寝な!」
布団に入ったナオミは、母親に抱き締められ、母親の匂いを感じながら寝てしまった。
ナオミは思った・・・ゆたかの母親は、魔法を使えるのかも知れない・・・
朝、いつもより早く、ナオミは朝食を作っていた。
ただ、お弁当は二つだった。
片方のお弁当に付箋紙を付けて、ナオミは指を鳴らした。
消えたお弁当は、東京のゆたかの鞄の横に現れた。
付箋紙が貼ってあった。
「木曜日の夜、羽田に迎えに来てね ♡ 」
木曜日になった。
ナオミ達が乗る飛行機は、新千歳発18時30分である。
仕事人間のゆたかの父親である。
本当はもっと遅い時間の筈であった。
現場の仕事が終わってから、新千歳に行くつもりだったが、現場の若手に追い出された。
追い出されたと行っても、現場の定時の17時である。
既に荷物は宅配便で東京に送っている。
手荷物はショルダーバッグくらいである。
新千歳空港で父親を母親とナオミが待ち合わせである。
座席はプレミアムクラスである。
オヤジの会社の地位でいけば、常にこのクラスを使っても良いのだが、今までは頑なにエコノミー専門だった。
「同じ時間に着くのに、金の無駄だ。」
常にそう言っていたが、オフクロの策略で高級バージョンに乗ることとなった。
勿論、会社持ちはオヤジだけである。
折角なので、オフクロとナオミは家を早く出た。
プレミアムクラスなのでラウンジの利用が可能だからである。
どうせオヤジを待つのなら、快適に待ちたかったのである。
ビールなどお酒を含む無料のドリンクサービスを、二人でタップリ楽しませてもらった。
オヤジがラウンジに到着し、オヤジもビールを飲み干した。
どうして酒飲みの両親から下戸の自分が生まれたのか不明である。
どちらかと言えば、ナオミの方が本当の子供のように酒飲みである・・・?
出発の20分くらい前に搭乗がはじまるので、そのタイミングでラウンジから搭乗口に移動した。
飛行機への搭乗開始したら、「グループ2」の優先搭乗が可能である。
オフクロとナオミは並んで座り、オヤジは一人で寂しく座った。
新千歳~羽田のルートでも食事が出る。
当然、アルコール飲料も。
ノンビリ過ごす3人とは対照的に、夫のゆたかは会社から自宅へ。
自宅で着替えて、車の準備。
夕食は羽田空港で取ることにして家を出た。
首都高速を利用すると、都心環状線でも中央環状線でも渋滞箇所がある。
まあ、早めに家を出て来たので、事故等が無ければ一応大丈夫。
中央環状線利用で羽田に到着。
駐車場はそんなに混雑していなかった。
夕食のお店を探す。
高級なお茶漬けの店を発見。
3人はエコノミーではなく、プレミアムだと聞いた。
自分はエコノミー以外乗ったことは無いし、今後乗ることもないだろう。
ちょっと贅沢をしてみた。
高級茶漬け、、量が・・・料金が・・・。
美味しかったが、自分向きではないことを実感して、コーヒー持参で展望デッキに行く。
地方空港だと、自分の乗る飛行機を見るためにデッキに出たりするが、流石羽田空港、見てる間に何台も飛行機が飛び立つ。
JRの山手線並の間隔ではないだろうか?
ボ~っと見ていても見飽きない。
自分はガキだなと思っていると、結構な年齢のオジサンやオバサンもいて、安心?した。
到着ロビーへ戻って確認したが、定刻通りの到着らしい。
再び展望デッキに向かう。
途中で、明日の朝食用のパンを購入する・・・我ながら、気が利いている。
ナオミもオフクロも、空港や駅で荷物を沢山持って歩くのが嫌いだ。
多分、飛行機から降りれば、手荷物の受け取りなど無しに、サッサと外に出てくるタイプである。
嫁と姑というより、親子のように似ている。
ベンチに座って、到着時間まで飛行機を眺める・・・本当に飽きない。
到着時刻になって、伸びをしながら立ち上がる。
焦らなくても、十分間に合う。
ノンビリ、エスカレーターで到着ロビーへ行く。
多分この出口だろうと予想した通りに、親娘3人が現れた。
待っていた俺の方が婿みたいに見えそうである。
持ってあげる荷物はなく、4人で駐車場に向かう。
駐車場から出て、首都高速を走る。
中央環状線が出来てから、羽田空港は時間的に近くなった。
時間も午後9時なので車両数も少なく、アッサリ自宅に到着。
素早く着替えたナオミが、お湯を沸かし、風呂の用意をする。
夜だけど、コーヒータイム。
オヤジから一言。
「今後、こんな感じになるかもしれない。」
俺から一言。
「噂では聞いてたけど、オヤジは本社勤務になるの?」
「どうも、そうらしい。 それで、明日、本社に呼ばれた。」
ナオミからも。
「二人とも、お弁当、持っていってね。」
そう言う事で、皆、風呂に入って就寝。
パソコンでメール等の確認をしてベッドへ。
ベッドにナオミがいる・・・何となく気まずい。
お互い背中合わせ。
後ろから抱き締められた。
う、嬉しい。
向き直って、負けずにナオミを抱き締めた。
大好きな匂い、ナオミの匂いがした。
ナオミと付き合い始めた頃を思い出した。
思わず、ナオミの胸に顔をうずめた。
ナオミはゆたかが物凄く愛おしく思えた。
折角?なので冗談半分で言ってみた。
「おっぱい飲む?」
ゆたかはナオミの乳首にむしゃぶりついてしまった。
「うふふ・・・赤ちゃんみたい。」
何故か、性欲はわかなかった。
ナオミと付き合い始めた時みたいだった。
付き合う??・・・いや、いきなり一緒になった。
でも、いきなりって感じはしなかった。
ず~っと前から知っている様な、一緒になるのが不思議でも何でもない様な・・・?
腕の中にナオミがいる。
物凄く可愛い。
深呼吸をしたら、意識が・・・。




