49 三相鎚
三相鎚
美智子はナオミに呼ばれて現れた。
暇ではない、ハッキリ言って忙しい。
美智子はつよしと結婚した。
色々やることがある。
昔の様にナオミと遊んでいるより、今はつよしといる方が楽しいのである。
あまりにしつこく連絡が来たので、仕方なく来たのである。
用意されたコーヒーを飲みながら、ナオミの話を聞く。
要するに話し相手が欲しいという事であった。
そういえば、美智子にとってお兄さん的なナオミの旦那とバッタリ会った時、仕事が忙しくて地獄だと言っていた。
夫のつよしもそんな事を言っていた。
あるプロジェクトの設計が佳境に至っているらしい。
お兄ちゃんが、ちゃんと相手をしてやらないから、周りが迷惑する!
今度会ったら、絶対、お兄ちゃんに文句を言ってやる!
ナオミ夫婦は不器用なのである。
仕事とか、一般的な事ではない。
意思疎通がかみ合わない時がある。
ナオミとゆたかが、会って直ぐ一緒になった所為かもしれない。
「めんどいな~!」
美智子はそう思ったが、声に出すと殴られそうなので、消えるタイミングを考えた。
ナオミのスマホが鳴った。
ナオミの姉ヒロミからだった。
「やった~! 帰れる!」
美智子は「今度の水曜日、原宿のいつものカフェに姉の登喜子が行くから、行ってみたら?」とメモを残して、ナオミに手を振って消えていった。
ヒロミからの電話はいつも通りの事務連絡に近いものだった。
ナオミが話そうとする前に、「以上!」と言って直ぐに電話は切れた。
メールかラインで十分じゃないか?
そう思って前を見ると、美智子のコーヒーカップの下にメモが挟まっているだけだった。
「やられた! 首に縄でも巻いておけば良かった!」
そう思ったが、既に美智子はいなかった。
ゆたかは毎週、原宿の設計事務所で打ち合わせがある。
打ち合わせが終わり、毎回、同じルートで会社に帰るのも面白くない。
原宿である。
気が付くとお店が変わっている事はよくある。
新しい店、昔からの店、名前だけが変わった店。
プラプラ歩くだけでも、面白い。
地下鉄でも、JRでも会社へは帰れる。
何の気なしに歩いていると、ナオミがよく行くカフェの前だった。
以前、ナオミと来たことがある。
店の中から外がよく見えた。
外から見てみると、時間帯の所為かもしれないが、店の奥は分からないが、窓際の席は外からもよく見えた。
窓際の4人席にナオミがいた。
楽しそうに喋っている。
喋っている相手は外からは背中しか見えないが、スーツを着た男性である。
近頃、仕事が忙しく、ナオミと会話をしていない。
挨拶や決まり切った事は話しているが、仲良しの気ままな会話はしていなかった。
一緒に朝、ジムに行くときも、時間帯が悪いのか、車内が混雑していて、碌な会話は無かった。
熟年夫婦か自分達は? 思わずそう感じた時に会社のスマホが鳴った。
せっかちな営業部の部長からのメールである。
暇だと、周りの部下に急がなくてもよい仕事をさせるので有名な男である。
今日の状況報告を直ぐに送ってこいという、
スマホで概略説明をしろという。
会社に戻れば直ぐ資料を添付した報告書を提出できるのに・・・
営業部の部長である。
ラインの部長ではないが、逆らうと後が面倒臭くなる。
仕方が無いので、丁度座れる植え込みのガードに座ってメールを打つ。
後で、義理の兄貴にしっぺ返しをお願いしよう。
不器用なのもあるが、どうもスマホの入力は性に合わない。
悪戦苦闘で何とかメールを送った。
15分くらい掛かってしまった。
ハンバーガー屋さんでもあれば、コーヒーを飲みながらやれたのにと、カフェの中を見た。
まだ、ナオミは楽しそうに喋っている。
正直、イラッとした。
嫉妬心かも知れない。
他の男と楽しげに・・・
そう思っていると、声を掛けられた。
「ユタちゃん!」
オフクロや姉や親戚の一部の人しか言わない、俺の呼び方である。
振り向くと、すみれがいた。
長野の魔女である。
「どうしたの? 顔に「嫉妬」って書いてあるわよ!」
お見通しであった。
「優しさ」と「呪い」を魔法でコントロール出来る魔女である。
以前、ナオミが言っていた言葉を思い出した。
「最強の魔女って私は言われているけど、本当の最強の魔女は、すみれお姉さんだと思う。」
すみれはカフェの中を見もせずに、俺を連れて他の喫茶店に入っていった。
席に座ると、ホットコーヒーを二つ注文した。
何も入れていないブラックコーヒーをスプーンでかき混ぜながら、聞いてみた。
「何で、ユタちゃん! って言う言い方を知っているんですか?」
「私の旦那と、ナオミの旦那さん、あなたは同じ名前でしょう?」
「だから、そう呼ばれているのかなあ? って思ったの。」
「正解です。」
「あと、、嫉妬って顔に書いてあるって言うのは?」
「書いてあるわよ! ほら!」
鞄から鏡を取り出して見せられたが、分からなかった。
「ナオミと、ちゃんと話せてないでしょう!」
「はい。」
「自分の今の状況を、ちゃんと話せてないわよね?」
「今日、帰ったら、ちゃんと謝って、説明しなさい!」
「仕事が忙しいなんて、当り前なんだから・・・」
「ナオミの事が好きなんでしょう?」
矢継ぎ早に攻められた。
答えはこれしかなかった。
「はい・・・」
「じゃあ、オマケね。」
「いい! これから言う事はよく覚えておくのよ!」
「駄目よ! メモなんか取ってちゃ。 ちゃんと覚えるの!」
すみれ先生の講義が始まった。
男と女は脳みその構造が違う。
魔女も同じ。
魔女であっても「魔」をとってしまえば「女」である。
男は会話で解決しようとする。
女は会話で気持ちを聞いてもらう。
女は、会話で解決しようなどとは思ってもいないのである。
だから、女にもてる男は、女の話に「肯定」「感嘆」「催促」を上手く話の内容に合わせた相槌にして、話せるのである。
「肯定」には、「そうなんだ」、「なるほど」、 「あ! 分かる」・・・
「感嘆」には、「すごいね」、「へ~~」、「え! マジ!」・・・
「催促」には、「それでどうなったの?」、「それから?」・・・
「よ~く覚えて、実践するのよ!」
「ちゃんと相手の話を聞いてから相鎚をうたないと、大失敗するからね!」
「すみれさんがお姉さんだったら良かったな・・・」
「なに、バカ言ってんの!」
「ユタちゃんはオネ~チャン子でしょ。」
「泣かされたりした時、オネ~チャンが直ぐ来てくれなかった?」
「うん、、直ぐ来て助けてくれた・・・」
「ユタちゃんのお姉さんは、いっつも心配してあなたを見ていたのよ。」
「そうでなければ、直ぐに現れる事は出来ないでしょ!」
「さっきのカフェでナオミが話していた相手は誰だか分かる?」
言われて、思い出して、また顔に「嫉妬」の文字が現れた・・・らしい?
「ほら、グズグズしないで行くわよ!」
支払いをさせられて、さっきのカフェに近づく。
斜めからでも、ナオミが楽しそうに喋っているのが見えた。
「ほら、ナオミの隣を見てご覧!」
すみれに言われて見てみると、登喜子が座っていた。
顔は完全に呆れ顔であった。
「もしかして、あの男性は登喜子さんの旦那さん?」
「大当たり! 弁護士だから聞き上手!」
「ユタちゃんも、ナオミが話しかけてきたら、三つの相鎚! 忘れちゃ駄目よ!」
「ほら! 安心したでしょ! サッサと仕事に行きなさい!」
すみれに背中を押されて、原宿駅に向かった。
山手線に乗って、三つの相鎚を思い出しながら練習した。
ゆたかが山手線に乗った頃、すみれはカフェの扉を開けた。
ナオミが話で盛り上がる4人席の空いた椅子に腰掛けた。
すみれは登喜子に言った。
「いつまで自分の旦那さんを話し相手に貸しているの?」
「だって、止まらないんだもん!」
「いって~!」
登喜子の頭にすみれの拳骨が落ちた。
「付き合いが長いんだから、止め方くらい知ってるでしょ?」
「もう忘れた! どうしたら良いの?」
「ナオミちゃんの弱点は?」
「旦那さん?」
「旦那のユタちゃんにメールかラインをして、「ナオミを引き取って」とか連絡すれば、何とかなるわよ。」
「ユタちゃん?」
「これからは、ナオミちゃんの旦那さんを、そう呼ぶことにしたの。」
登喜子が思い出したように言った。
「そういえば、そのユタちゃんが外に居たみたいだったけど?」
「ナオミちゃんがあなたの旦那さんと楽しく話していたのを見て泣いていたわ。」
「え? 凄く勘違いなんだけど。 ハッキリ言って、こっちは迷惑を被っていたくらい・・・」
登喜子は旦那と二人でデートの真っ最中だった。
邪魔をしたのは、ナオミの方だった。
すみれの拳骨は、登喜子の旦那の頭にも落っこちた。
「あなたもプロの弁護士でしょう? 一円にもならないのに、、サッサと話を切り上げなさい!」
ちょっと強めに拳骨が落ちたらしく、登喜子の旦那は両手で頭を押さえていた。
「すみれさんの一発は、毎回効き過ぎます。」
初めてでは無いらしい?
いきなり話を終わらせられたナオミが言った。
「え? うちの旦那さん来てたの? 泣いてたって本当?」
「泣きながら駅の方に行っちゃったって・・・」
登喜子が意地悪な笑い顔で言った。
「え~~、どうしよう? わたし何も悪いことしてないよね?」
すみれが追い打ちを掛けた。
「さあ、どうかな?」
「ユタちゃんには、登喜子ちゃんの格好良い旦那さんの背中しか見えなかったらしいから。」
すみれは急に話題を変えた。
「今度、うちの方のユタちゃんが東京に転勤になったの。」
「単身赴任予定だったけど、最長5年間だから家族4人で東京暮らしに決定!」
「うちのユタちゃんもさみしがり屋で泣き虫だから・・・」
「すみれお姉さん、長野の魔女の代表ですよね?」
登喜子が聞いた。
「まあ、母親もいるし、何とかなるわよ。」
「じゃあ、女性関係の裁判の際は、お手伝いお願いします。」
登喜子の旦那さんは、ノリノリであった。
「登喜子ちゃんのお母さんとタッグを組めば、有罪も無罪に出来るわよ! その逆もね!」
すみれは悪そうな顔で微笑んでいたが、弁護士である登喜子の母親とも親しかった。
「ナオミちゃん! 聞いてる?」
すみれがナオミに話しかけた。
「聞いてない・・・」
ナオミは落ち込んでいた。
「もっと、旦那さんと向き合って話をしなさい!」
「そんな事だと、ユタちゃん、帰ってこなくなるぞ!」
そう言って、すみれはナオミの頭にも拳骨を落とした。
いつもの駅の改札の近くにナオミは立っていた。
すみれの拳骨はいつもより効いたのか、まだ痛かった。
旦那が改札を抜け、ナオミの隣に立った。
「お待たせ! さあ帰ろう!」
旦那はナオミの買い込んだ荷物を持つと、優しく言った。
ナオミは何を話して良いのか分からなかった。
旦那のゆたかは「三つの相鎚」をブツブツ繰り返していた。
夕食の会話は弾まなかった。
「美味しいね」程度の会話で、夕食は味気ないものだった。
夕食の片付けが終わると、ナオミはお風呂に入って寝てしまおうと思った。
ゆたかがコーヒーの用意をしていた。
「ナオミ! そこに座って!」
「今まで仕事が忙しすぎて、禄に話もしなかった。 ご免なさい!」
「すみれさんにタップリ怒られちゃった。」
「あたしだって怒られたわよ。」
「ほら、すみれお姉さんの拳骨でこぶが出来ちゃった。」
ゆたかがナオミの頭を撫でると、確かにこぶのようなものが出来ていた。
「可哀想に、痛かったろう? でも俺は拳骨、喰らわなかったなあ。」
「ずる~い!」
ナオミはゆたかに抱きついた。
ナオミを抱き締めると、ナオミの香りがした。
懐かしかった。何で懐かしいのだろう?
涙が止まらなかった。
「泣いちゃやだ!」
ナオミも泣いていた。
三つの相鎚などいらなかった?
ベッドでちゃんと抱き合った。
そういえば、近頃は背中合わせに寝ていた。
「なんか、久しぶりだね。」
「本当! なんか恥ずかしい・・・」
「新婚旅行に行こう!」
「え? 急に?」
「仕事、頑張ったから、ちょっと長目に休みが取れるよ。」
「でも、お金が掛かるし・・・」
「へへへ・・・ 旅行券ゲットした。」
「それも10万円!」
「どうやって?」
「会社と旅行会社のタイアップ企画で、申し込んだら大当たり!」
「どこ、行こうかな~~?」
「やっぱり、北海道! 食べ物も美味しいし、景色も良いし。」
「あ! 分かる!」
「折角だから、ドライブも楽しみたいし・・・、オープンカーなんか乗りたいな!」
「すごいね~。」
「北海道なら道東かな?」
「ドライブだけじゃつまらないよ、それからどうする?」
「温泉も良いな~!」
「よし、今度の休みに計画しよう!」
「やった~~!」
練習した成果が出たのか、ゆたかは三つの相鎚を使って大成功・・・?
「肯定」には、「そうなんだ」、「なるほど」、 「あ! 分かる」・・・
「感嘆」には、「すごいね」、「へ~~」、「え! マジ!」・・・
「催促」には、「それでどうなったの?」、「それから?」・・・
全てすみれお姉さんの思惑通りに進んだようです。
すみれさんは、人の顔の表情からではなく、人の心を読める能力を持っているみたいです。




