47 届出(みっちゃん)
届出 (みっちゃん)
美智子とつよしが付き合い始めたが、デートの拠点はナオミの家だった。
デート?の詳細は、ナオミから姉の登喜子に筒抜けだった。
美智子は家に帰る度、姉の笑い顔が気になっていた。
何かを言われる訳ではない。
言われた方が気が楽である。
しかし、美智子がもっと気になることがあった。
つよしが煮え切らないのである。
美智子を好きなのは分かったが、もう一歩がなかった。
何がもう一歩かはよく分からないが?
美智子がつよしに何となく聞いてみた。
「私とどうなりたいの?」
「今のままで幸せだよ。」
美智子はそれはそれで嬉しかったが、それでは足りなかった。
もっと、もっと仲良くなりたい。
愛していると言って欲しかった。
「俺と一緒に暮らそう」と言って欲しかった。
家に帰って、ベッドに転がって考えた。
やってしまえば良いのか?
既成事実を作ってしまえば。
しかし、自分からは誘えない。
美智子は鬼女である。
日本古来の魔女である。
自分から誘うなど、プライドが許さなかった。
よし! つよしと釣りに行って、あいつから誘わせよう。
金曜日の夜に一緒に釣りに行くことにした。
必殺!車中泊である。
また、本栖湖に行った。
今度は二人で車中泊である。
前回と同じところで車を停めた。
二人で一緒に車の中で寝袋に入った。
前回と違っていたのは、出発時間であった。
1時間ほど遅かった。
そして、途中の談合坂SAで、コーヒーを飲みながら仲良くお散歩をしてしまった。
これで更に1時間以上の時間をロスしてしまった。
月は満月ではなかったので、さっさと車の中で寝ることにした。
二人でキスをしたところまでは記憶があった。
二人とも、意識が戻った?のは、スマホの目覚ましが鳴った時だった。
二人で並んで釣りをした。
二人とも、そこそこのニジマスが釣れたので、満足だった。
ニジマスとレインボウトラウトの違いは何であろう?
30cmまでがニジマスであるなら、二人が釣ったのはレインボウトラウトと言う事になる。
釣りを終えて朝食を食べているときに、何か忘れている事に気が付いた。
「あ! やり忘れた。」
美智子が気が付いた時には、周りに釣りをしにきた車がいて、健全な朝?となってしまった。
勿論、美智子が寝た後に、つよしに襲われる筈はない。
残念ながら?そんなことをしない男だと、一番知っているのは美智子なのだから。
まあ、そんなことをする様なヤツを選ぶような、魔女や鬼女はいないのだが・・・
朝食が終わって、河口湖に行った。
向かった先は大石公園、河口湖自然生活館である。
ブルーベリーを購入した。
冷凍の大袋と生があったので、両方。
生の方は二人で食べた。
おしゃべりをしないときはブルーベリーを口の放り込んだので、直ぐになくなった。
目が良くなっちゃう??
次に対岸の道の駅「かつやま」に行った。
道の駅の前に広がる「芝生公園」が気に入ったが、ここで魚が釣れたという情報は無かった。
ただ、二人で手を繋いでのお散歩には、絶好の場所だった。
道の駅の隣の「ホテル&レストラン Y」が気になったが、今度にする事にした。
美智子が提案する。
「ねえ、おうどん食べに行こうよ!」
「何処のお店が良いの?」
「う~ん、忍野のお店。」
「ああ、Wうどん。 あそこね。」
早速、出発した。
R413を進む。
以前行った富士吉田の道の駅を過ぎて、暫くして左折する。
忍野村役場を過ぎて、ちょっと行った先を左折した。
開店時間ちょうどだったので、一番乗りである。
「肉うどん」に卵をのせたのを二つ頼んだ。
直ぐ出てくる。
すすって食べられるうどんではない。
テレビでうどんの専門家?曰く、日本のうどんで一番コシが強いのは吉田のうどんだという事らしい。
お店は座敷である。
ひとんちの居間で食べているようなものである。
長い足を器用に折りたたんで食べていた美智子が、半分ほど食べたところで、つよしが立ち上がった。
「肉うどん」をもうイッパイ注文していた。
これも直ぐ出て来た。
美智子の丼にはお肉は食べた終わって、うどんのみが残っていた。
つよしの前にある丼から、タップリ乗ったお肉を美智子がかっさらっていく。
どこかで見た光景だと、つよしが思った。
ナオミ夫婦が、外でラーメンを食べているのと同じであった。
チャーシュウ麺の場合、夫のチャーシュウは殆どナオミのものになっていた。
「ふふふ・・・ 美味しい!」
嬉しそうにお肉を食べる美智子を見て、幸せだと思った。
兄貴もこんな気持ちだったのか? そう思ってつよしも嬉しくなった。
うどんを食べ終わって、大満足。
近くのお豆腐屋さんに行く。
色々な種類のお豆腐を購入した。
次に、忍野の農協で野菜を購入した。
「どうする? 日帰り温泉に行く?」
つよしが聞いた。
「お豆腐買ったから、帰る。」
「つよしの家に行く!」
「え? 良いの?」
「うん。 何かあるの?」
「いや別に・・・。 じゃ、僕の家に行くよ!」
つよしの家に行くと、つよしの両親がリビングで寛いでいた。
「いらっしゃい、美智子さん。」
つよしの両親には会ったことがあった。
原宿のカフェである。
カフェのオーナーとつよしの母親ひとみはお友達だった。
カフェのオーナーが不在の時、カフェを切り盛りしていたのを、美智子が知っていたのである。
忍野で買ってきた豆腐や野菜を見て、母親は言った。
「夕食、一緒に作りましょう。」
母親と美智子が並んで夕食を作っていた。
つよしも父親たけしも、並んでいる二人が親子に見えた。
4人で食卓を囲む。
乾杯は、両親と美智子はビール、つよしは下戸なので炭酸水である。
和やかに夕食が進んでいった。
途中のサービスエリアで買った漬物が並んでいた。
父親のたけしが、自分の取り皿に取った漬物に醤油を掛けようとした。
「駄目! お父さん! 塩分過剰!」
美智子が怒った。
「お父さんには長生きして貰うんだから。 孫の成人式のお祝いを出して貰うんだからね。」
「はい。 これからは健康に注意します。」
本当の娘に怒られている父親のようであった。
しかし、「孫」って・・・?
不思議な顔をしたつよしであった。
夕食が終わって、母親と美智子で片付けをする。
手伝おうとしたつよしに、入る余地はなかった。
4人で、リビングでコーヒーを飲む。
美智子は母親ひとみに別の部屋に呼ばれた。
「孫とか言ってたけど、つよしの事だから、まだなのよね?」
「は、はい。」
「やってしまいなさいとは言えないから、婚姻届を出してしまいなさい。」
「結婚して一緒のベッドに寝ていれば、つよしだってみっちゃんを愛してくれると思うんだけど・・・」
「そうですね。 その手が一番かもしれません。」
「つよしの部屋は元々娘と二人の部屋だったから、結婚したらここに住みなさい。」
「そうします。」
美智子は何の疑問も感じなかった。
この家の娘になる事が、自分の定めだと思っていた。
「この手紙をあなたのお母さん、真佐子さんに渡してね。」
手紙を持って、美智子は玄関から帰っていった。
つよしが送っていくと言ったが、玄関の外でキスをして終わった。
美智子は指を鳴らすと、霧のように消えていった。
美智子が家に帰ると、母親真佐子の部屋に行った。
つよしの母親ひとみの手紙を渡した。
真佐子は手紙の封を切らずに、中の便箋を出した。
「ひとみさんの息子さんなら、美智子でも大丈夫ね。」
美智子は何が大丈夫なのか分からなかった。
美智子は自分の部屋に戻って、机の中のファイルを広げた。
以前、姉登喜子が婚姻届の「正副」を作ろうとしていた。
しかし、コピーで済ませたので、譲り受けた婚姻届の用紙がファイルの中にあった。
よし! 婚姻届を出して、それを既成事実として、つよしと一緒になってしまおう。
そうと決まれば、美智子の行動は早い。
直ぐ、つよしにラインを飛ばした。
「明日、早朝に家に来い! 遅れたら、タダじゃ済まさないぞ!」
お願いではなく、脅迫文である。
つよしが早朝に、美智子の家に到着した。
直ぐに美智子の両親をリビングの椅子に座らせ、美智子が言った。
「こいつと結婚します。」
「良かったわね。」
母親の真佐子は、驚きもしなかった。
「え~~!」
父親の徹は、驚いて椅子から落ちそうだった。
「じゃ、じゃあ、かあさんがいない時の夕飯は登喜子が作るのか?」
「あいつが作るくらいなら、俺が作った方がマシだ。 俺の方が絶対美味いよな?」
父親が驚いていたのは、美智子の結婚ではなく、夕食を誰が作るかの方だった。
丁度、通りかかった登喜子の亭主の彰良が、話に加わった。
「僕も、一人暮らしで自炊してましたから、うちの登喜子さんより美味いものが作れますよ。 今度から当番制にしましょう。」
登喜子が朝寝坊している時で良かった。
起きていたら、どんな騒ぎになっていたか、恐ろしくて考えたくもない。
実際、美智子は料理が得意で、美味しいものを簡単に作ってしまう。
「私が結婚してこの家を出て行っても、この家は大丈夫なのかしら?」と不安になった美智子であった。
婚姻届に父親の署名捺印を貰うと、つよしの家に向かった。
つよしの両親も揃って待っていた。
二人に向かって美智子が言った。
「つよしさんと結婚します。」
つよしの母親は、美智子に言った。
「婚姻届は?」
「はい、 あとは義父さまの著名捺印だけです。」
「じゃあ、おとうさん、書いておいてね。 終わったら、つよし! 役所に届けに行きなさい。」
「みっちゃん、こっちにおいで。」
母親は美智子の手を取ると、階段を上がっていった。
扉が二つあった。
片方の扉を開けた。
つよしの部屋だった。
「元々、一部屋だったのを、娘の美智子が中学生になった時に、二部屋にしたの。」
「この間、あなたのお母さんから連絡を貰って、間仕切りを無くして一部屋に戻したのよ。」
「もう少ししたら、あなたの荷物も届く筈よ。」
「あと、つよしのベッドは大きいものに替えたから。」
「私の母をご存じなんですか?」
「同級生なの。 あなたのお母さんもあなたも鬼女だって知っているの。」
「普通の人間だと、そんな事は無いんだけど、私の姉と私は特別に魔女とかが分かる体質なのね。」
「お母さんのお姉さんって?」
「ナオミちゃんの旦那さんのお母さん。」
「え?」
「ナオミちゃんが結婚した時、羨ましかったわ。 魔女がお姉さんの娘になったんだから。」
美智子はナオミの家で、何度かそのおばさんに会ったことがあった。
北海道から、たまに帰って来ていたのである。
あまりにナオミが仲良くしているので、初めの頃はナオミの本当の母親かと思ったくらいである。
「でもね、今度は私の番。 鬼女のあなたが私の娘になってくれたんだもん。」
「名前も、死んだ娘と同じ。 こんな嬉しいことはないわ。」
「今日からあなたはつよしの嫁。 そして私の大事な娘。」
「はい。」
美智子は母親ひとみに抱きついた。
優しい母親がもう一人出来たのである。




