46 バランス
バランス
美智子もつよしも、お互いの連絡先を知らなかった。
どうしたら良いのか?
ナオミの家に行く、それ以外方法がなかった。
いつものように、美智子がナオミの家にお邪魔する。
交通機関は使わない。
自宅から、指を鳴らしただけで現れた。
そのまま、リビングに現れることもあったが、美智子も大人になったのか、玄関前に現れてチャイムを鳴らしてから入ってくるようになった。
「おはようございま~す。」
うちにいてもつまらないので、朝食を食べて片付けてから来たので、些か早めである。
「みっちゃん! 丁度良かった。 買い物行ってくるから、お留守番、お願いね。」
そう言うと、ナオミとゆたかは出掛けていった。
「折角、早く遊びに来てやったのに! どうせなら、買い物にも連れて行けよ! 」
口を尖らせても、もう誰もいなかった。
コーヒーを勝手にいれて飲み終わったが、なかなか帰ってこない。
長目のソファーに転がっていると、玄関のドアを開ける音がした。
「遅~い! 待ってたんだから。」
ドアを開けて入ってきたのは、ナオミ達ではなかった。
美智子が、本当に会いたかったつよしである。
「ご、ご免! 遅くなったのかな?」
美智子の勢いにおされた。
靴を脱いで、洗面所へ行く。
近頃のルーチンで、人の家でも入ってきたら、まず、手を洗う。
手を洗ってから、タオルハンガーをみると、タオルが掛かっていない。
つよしは自分のハンカチを探した。
後ろから美智子がタオルを渡す。
「ナオミお姉さん! いっつも忘れるんだから。」
「手を拭いたら、ハンガーに掛けておいてね。」
もう、この家の人である。
「美智子さんしかいないの?」
「うん。 二人揃って、買い物に行っちゃった。」
「あ、あのう、メールなんか交換出来る様にしたいんだけど? 」
「あ、あたしと? 」
「い、良いわよ。」
メールアドレスは長いので、電話番号を交換してショートメールにメールアドレスを送ることになった。
「住所も送ってくれる?」
美智子から送られてきた住所に、つよしは見覚えがあった。
「この住所の近くに弁護士事務所があるよね?」
「それ、私の家。」
「何で知ってるの?」
「昔、妹の件で、相談に行った事があるんだ。」
「一人っ子って言ったじゃない?」
「中学3年生の中頃からね。」
「なに、それ?」
「本当の事を言わなくて、ご免ね。」
「その時まで妹がいたんだよ。」
「いたって、どういうこと?」
「交通事故で亡くなったんだ・・・」
無免許で、飲酒運転、スピード違反で信号無視、それで横断歩道に突っ込んだ車に殺された妹の事を話した。
「忘れたかったし、忘れたと思っていた。」
「だけど、君を見て、妹が生き返ったかと思ってしまったんだ。 名前も同じ、生きていれば歳も一緒。性格や姿形も・・・。」
「でも、君は妹じゃない。妹じゃ困るんだ。」
「何故なの?」
「妹じゃ、君のこと、好きになれないじゃない。 愛しているって言えないじゃない。」
「わ、私だって、選ぶ権利があるわよ。」
「そ、そうだね。 ご免ね、一方的で。」
「・・・じゃあ、僕、帰るから。」
「もう帰るの? 用事があったんじゃないの?」
「もう、いいや。」
そう言って、つよしは出て行った。
「ねえ! 私の話も聞いてよ! 私が選んだのはあなたなのよ! 」
美智子が叫んでみたが、もう、つよしには届かなかった。
何でつよしが帰っていったのか、美智子には分からなかった。
つよしが帰ってから、暫くしてナオミ夫婦が帰ってきた。
ゆたかが聞いた。
「あれ? つよしは来てないの?」
ナオミが言った。
「みっちゃんに会いたがってたんだけどな?」
美智子が答える。
「さっき、帰っちゃった。」
「何も話さなかったの?」
「一応、電話番号の交換をして、メールアドレスの交換はしたけど・・・」
「何を話したの?」
「妹さんの話とか・・・」
「「妹じゃ、君のこと、好きになれないじゃない、愛しているって言えないじゃない。」って言われた。」
「良い感じになってんじゃない。」
ゆたかはノリノリである。
「それで、あいつ、何で帰っちゃたんだろう?」
ナオミが聞いてみた。
「みっちゃん、その後、なんて言ったの?」
「「私だって、選ぶ権利があるわよ。」って。」
「あ~~! つよしにとってはアウトだね。」
「そうね。 そう言われたら、相手が自分のことを好きだとは思わないもんね。」
「そ、そうなの? 私が選んだのはあなたなのよ! 私だってあなたの事が好きって言おうと思ったんだから。」
「それは、言ってないんだよね?」
「言う前に帰っちゃたから・・・」
ゆたかが呆れて言った。
「お前ら、面倒くせえな~!」
ナオミが追い打ちを掛ける。
「そうよ! あたしなんか、最初っから「あなたの奥さんだ!」って言い切ったのよ!」
「お姉ちゃんはデリカシーが無いから。」
「みっちゃん! 今、なんて言ったの?」
「お、お姉ちゃんは決断力があるなあって。」
「ちょっと、違う気がするけど・・・ まあ、いいか。 ねえ! 男同士で何とかしてよ。」
「うん。 あ! そこにあるスマホ、つよしのじゃないか?」
「あたし、渡しに行ってくる。」
スマホを掴むと、美智子が飛び出していった。
「つよし君と連絡取れないじゃない?」
「多分、大丈夫。 あいつ真面目だから、会社のスマホも持ってるから。」
「ほら! 繋がった。」
「つよし! 個人のスマホ、忘れたろう?」
「あ! 本当だ。」
「いま、お前のスマホを美智子が渡しに行ったから。」
「お前も、せっかちだな。 もう少し、ここに座ってたら、美智子がお前のことを好きって言ってくれたのに。」
「そんな感じじゃなかったような?」
「美智子はそんなヤツなんだよ。」
「でも、僕の居る場所、分からないと思うけど。」
「大丈夫だよ。 あいつは鬼女だから。」
「何ですか、鬼女って?」
「魔女みたいなもんだな。」
「でも、美人で可愛い女の子だけど。」
「怒ったりすると変わるんだよ。 でも、お前のことが好きだから、お前の前では可愛い女の子のままだけどな。」
「ただね~、特に好きな人、、お前の事を悪く言われたりすると、そいつを殺しそうになっちゃうんだよ。」
「そう言えば、道志村の道の駅で、僕が変な奴らに絡まれた後、絡んできた3人組が救急車で運ばれたけど・・・」
「そいつら、死ななかったんだ?」
「怪我で済んだみたい。」
「つよし! お前、その時美智子と手を繋いでたりしてなかったか?」
「腕を組んでたけど。 どうして?」
「そいつら、命拾いしたな。 お前が美智子と腕を組んでいなかったら、ぶっ殺されてた筈だからな。」
「え?」
「その時には、お前は美智子のお相手に決まってたんだよ。 だから、美智子が手心を加えたんだ。」
「おまえの優しさってヤツが、美智子に伝わってたんだよ。」
「う~ん。 でも、イマイチ、鬼女って分からないな~?」
「魔女と同じさ。 日本に一番適合した魔女だ。」
「でも、美智子さんは美智子さんですよね?」
「そうだよ。 ただ、今は未完成だ。 魔女も、鬼女も、結婚して完成する。」
「今の状態は、バランスが取れていないんだ。」
「バランス? 性格とか価値観ですか?」
「性格の一致? 価値観?」
「そんなもの、合うわけなんかないだろう? 親兄弟だって、合わないときがあるんだぜ。」
「僕は人間だし、魔女みたいな人と、大丈夫なのかな?」
「それに、兄貴は何で魔女とかに詳しいんですか?」
「あれ? 知らなかったっけ? ナオミは魔女だよ。」
「え~?」
「ナオミが魔女だって、気が付かなかったんだろう? じゃあ、美智子の事も大丈夫だよ。」
「それに、人間なんて、いい加減に一緒になるから、不倫したり、別れたりするだろう?」
「魔女や鬼女はそうはいかないんだよ。」
「適合した男と一緒になって完成するんだから、慎重になるんだよ。」
「よく分からない・・・? 」
「適当に一緒になって、別れでもしてみろ。 崩壊するらしいんだ。」
「まあ、今までそんなバカなヤツはいなかったんで、どう崩壊するかは、昔の本に載っているだけだけどな。」
「周りを巻き込んで、それは大変らしいけど、詳しい事は分からないな。」
「そ、そうですか。」
「自信を持てよ。 美智子がお前を選んだ。 お前が美智子に一番適合しているんだよ。」
「あ! 美智子さんが見えました。 こっちに走ってきます。」
「きっと、美智子はお前に抱きつくぞ。 抱き締めてやれ! 思いっ切り!」
スマホから美智子の声がした。
「バカ~! あたしがつよしを大好きだって、知ってるくせに~! 」




