42 松代
松代
夫がまた出張である。
1泊だという。
つまらない。
昔はこんなことはなかった。
一人でいてもなんともなかった。
仕事はある。
やる気がしない。
み~んな、あいつが出張するから悪いんだ。
何かしてやろう。
何が良いだろう?
そうだ! 温泉に行こう。
昔なら、一人で行った。
でも、今、一人で行ったら、泣いてしまうかもしれない。
そうだ! 登喜子と美智子を誘おう。
相手の都合も考えずに決めた。
二人に予定があっても変えてもらおう。
些かでなく、強引だった。
連絡して、直ぐにラインで返事が来た。
駄目だった。
「暇なら、手伝って欲しい事があるんだけど?」
と追記されていたので、断った。
仕事など、、したくない!
そういう事だった。
ちょうど、長野の魔女の娘「すみれ」から連絡があった。
「いま、東京に来ているの。 久しぶりだから、会いたいな。」
いつも行く原宿のカフェで待ち合わせした。
「久しぶり~~!」
きれいなお姉さんである。
ちょっと背が高めでスレンダー、目鼻立ちが整った素敵な女性である。
確か30歳くらいで、子供が2人いる筈であった。
とてもそんな風には見えなかった。
ナオミはふくれっ面をしていた。
すみれは席に座ると、両手の人差し指でナオミのほっぺたを押した。
「ぷ~」と音がしてナオミにふくれっ面が直った。
「どうした、どうした?」
妹、いや、子供をあやす様だった。
すみれはナオミにとって姉だった。
いつも優しく、我が儘を聞いてくれる。
同年代の友達はいたが、上の年齢の知り合いは少なかった。
実際の姉は、ある意味ドライだった。
「自分は自分!」
「自分で考えて行動しなさい!」
付け入る隙がなかった。
優しくないわけではなかったが、甘えさせてくれなかった。
すみれはナオミを甘やかしたが、締めるところは締めた。
締め方が絶妙だった。
真綿で締め付ける様で、最後は降参するしかなかった。
ただ、すみれは恐ろしい魔女だった。
ナオミは悪い奴らを消し去る事を躊躇しなかった。
それ相当の「報い」だと思っていた。
すみれはそんな奴らを消し去る事はなかった。
「殺してしまえば、そいつらの苦しみは終わる。」
「死んでしまえば、終わりだ! 死後の世界などない!」
「呪われて死んだ奴はいないんだ!」
「死なせない。 死なせてたまるものか! 苦しませてやる! もっと、もっと長く! もっと、もっと強く!」
「呪うんだ! 苦しませ続けなければ許せない! だから呪うんだ。」
優しく微笑む すみれからは想像も出来なかった。
「すみれお姉さん、いくつになったの?」
「二十歳!」
毎回、同じ答えだった。
聞いてしまってナオミは失敗したと思った。
「二十歳から年をとらないのっ!」
すみれの言葉に、ナオミに返す言葉はなかった。
「夫がまた1泊出張でつまらない。」
うつむきながらナオミが言った。
「しかたがないなあ。」
そう言いながら、ナオミの頭を撫でてくれた。
「長野の隣、松代の温泉なら何とかなるよ。」
ナオミはその話に乗った。
夫の出張先も長野だった。
日程は夫の出張日に合わせた。
すみれとナオミは松代の国民宿舎近くに現れた。
交通機関は使わなかった。
それぞれの自宅で、行きたい場所を思い浮かべ、指を鳴らしただけであった。
「すみれお姉さん、 子供達は大丈夫?」
「何かあれば直ぐに行けるし、母親、バアバがノリノリだから任せちゃった。」
「お姉さん、良いママだもんね。」
「うちは、おかあさん!」
「そうなんだ。」
二人で受付に向かった。
まず、部屋で用意されたお菓子を食べ、お茶を飲んで、温泉に向かった。
日帰り温泉と、宿泊者用温泉が分かれていた。
部屋に近いので、宿泊者用に行った。
「黄金の湯」と呼ばれる茶色い温泉で、鉄分を多く含んだ温泉だった。
食事も満足。
何よりも、大好きな姉と、楽しくたらふく飲んだ、それが嬉しかった。
部屋に戻って、ナオミが聞いた。
「すみれお姉さんの馴れ初めは?」
知っているつもりであったが、改めて聞いてみたかった。
すみれは結構早く結婚し、子供も早く産んでいた。
そこらへんを聞きたかった。
すみれは長野県の出身で、両親は医者だった。
東京の大学を出て、親の勧める東京の企業に就職して1年間は務めた。
だけど止めた。
違っていた?
合わなかった?
何が違っていたのか、何が合わないのかは分からなかったが、自分に合っていないのは間違いなかった。
とにかく、今の自分がやる事と、いる場所は、そこでは無いと感じていた。
長野に戻ったが、両親の住む長野市ではなく、松本市に移り住んだ。
職を探している時、「建設現場事務」が目に留まった。
すみれは「建設業経理事務士」の資格も持っていた。
すみれが務めたところは、官庁が民営化した建物で、規模の大きいビルだった。
庭の様な場所は材料等を置くスペースとされ、現場事務所はビルの屋上に設置されていた。
建築、空調、衛生、電気が分離発注で、それを管理する管理事務所の事務処理担当が仕事だった。
「総監督事務所」の事務担当であったが、総監督は新築工事に常駐で、模様替・改修工事には週1回来れれば良い方であった。
結果的に事務連絡要員としての仕事が多かった。
空調、衛生の各担当者は建築工事の所長と懇意で、建築会社社員寮に寝泊まりしていた。
別途発注の物件であったが、建築の所長が各設備会社に気の合う担当者を要求した。
結果、松本市の物件を長野市に住む人間が担当することになったのである。
電気設備は東京からの転勤者が担当した為、事務連絡が上手くいかず、電気設備の担当者だけ住まいが別だった。
電気の担当者、ゆたかは松本は不案内で、不動産屋に勧められるまま「1戸建て」を選んだ。
ちょっと年数が経っている物件だったため、アパートと金額的に変わらず、ちょっと現場からは距離はあったが、東京の感覚では「直近」だった。
何故か建築の所長は電気の担当者を気に入り、仕事の時でも、仕事以外でも、息子を扱う様に可愛がってくれた。
工事が始まって暫くして、懇親会があった。
現場担当者達は車を運転するので控えていただけで、酒席は嫌いではなかった。
ただ、何かあれば長野に車で帰らなければいけないし、別に毎日飲みたいと思うほど酒好きではなかった。
施主側の監督員連中は、酒は好きであった。
現場担当者達は、最初くらいは酒席を設けようと思ったのである。
懇親会は松本で開催された。
1次会が終わって、2次会という段になって、電気の担当者ゆたかが抜けた。
酒に弱かった。
ビール、日本酒、ワイン・・・ちゃんぽんにしたのも悪かった?
ようは、飲み過ぎ、飲まされ過ぎだった。
建築の所長にすみれは呼ばれた。
「あいつ、酒が弱いんだよ。 帰りがてら見に行ってくれないか?」
すみれはもう少し飲んでいたいと思っていたが、「はい!」と答えてしまった。
もう、いないだろうと思って表に出たら、あいつを直ぐに見つけた。
あいつは、必死になって立っていた。
あいつ、ゆたかの腕を掴んだすみれは、近くの喫茶店に入った。
夕方からはアルコールも提供する店だった。
ゆたかを座らせて注文した。
「コーヒーふたつ。 ホットとアイス!」
運ばれてきたアイスコーヒーをゆたかは飲んだ。
飲んでグラスを置くと、目を閉じた。
「寝ちゃ駄目!」
すみれが言ったが、遅かった。
すみれはホットコーヒーを飲み終えた。
ゆたかが起きる気配は無かった。
すみれはビールを注文した。
コーヒーだけで何時間も粘る客に比べれば「上客」である。
おつまみにナッツも注文した。
ジョッキのビールは直ぐに無くなった。
ビールをチビチビ飲んではいられなかった。
仕方が無いのでチビチビ飲めるものを注文した。
「ハイボール! 濃いめで!」
おつまみのナッツは殆ど無くなっていたが、追加のおつまみは要らなかった。
ゆたかの寝顔を見ているだけで、十分だった。
ハイボールが無くなる頃、ゆたかが目を覚ました。
ぬるくなった水を飲み干すと、伝票を掴んですみれに言った。
「ごめんね! 付き合わせて。」
ゆたかが会計を終えると、二人で並んで帰った。
すみれは思い出した。
ゆたかの住んでいるのは松本駅の先の国道側だったと。
駅を過ぎて暫く行くと、ちょっと大きい橋があった。
橋のたもとで、ゆたかが言った。
「もう、ここからは直ぐなので、大丈夫です。」
「今夜は、有り難う御座いました。」
ちょっとふらつきながら、手を振ってゆたかは歩いて行った。
すみれは言おうと思った。
「あたしも同じ方向なんだけど・・・」
橋の欄干に背中をあずけ、すみれは空を見ていた。
星でも月でもなかった。
ゆたかの寝顔を思い出していた。
「ふふふ・・・ 可愛かったな。」
顔を戻すと、笑っていた筈なのに、何故か涙がこぼれた。
仕事はチームプレーである。
仕事仲間の仲が良いのは優れた要素で、皆が他業種の仕事も気に掛けている為、工事の進捗のみならず安全面でもよい方向に進んだ。
施主側のお客さんとも仲良くしなければいけない。
ビル側の総務部門との親睦会を開催した。
以前、長野で同じ会社所有のビルの模様替工事の際、親睦会で野球をする事になった。
軟式野球であった。
しかし、実業団のチームを持つ会社である。
負けるわけには行かなかったのであろう。
ピッチャーに実業団OBが出てきて、コテンパンだったという。
親睦会はボウリング大会となった。
ボウリングなら互角だと思ったのである。
結果は建築グループの完敗。
敵は「マイボウル+マイシューズ」の猛者ばかりだった。
結果、付け届けはするが、親睦会は何となくやらなくなった。
ゆたかは酒に弱かったが、コーヒーは好きである。
ビルの周りの殆どの喫茶店にコーヒー券を預けていた。
工事対象の客先部署との打ち合わせは重要であった。
打ち合わせは原則、会議室を借りたが、ザックバランに話す事も必要であった。
部署担当者を連れて喫茶店で打ち合わせをする事もあった。
支払いの段になり、割り勘というところで、「コーヒー券があります。」と言うと引き下がってくれた。
ある日の昼休みが過ぎた時間帯に、ゆたかが喫茶店に行くと、ビルのメンテナンス担当と会った。
趣味が一致したのか、仲が良かった。
そんな時もコーヒー券の効果は絶大だった。
コーヒー券が入っているというと、気軽にご馳走になってくれた。
当然、季節ごとの付け届けは忘れなかったが、日頃の細かい積み重ねは重要である。
人間だからミスを犯す。
大きいものなら仕方が無いが、小さい場合は「気持ち」の問題でオオゴトに発展しかねない。
電話線の切断事故が起きた。
施工前のチェックミス(忘れ)である。
緊急用の電話回線では無かったが、総務担当者の一人が怒りだした。
その時にビルのメンテナンス担当が現れ、瞬時に電話回線を復旧させた。
メンテナンス担当は言った。
「何も無かったよな!」
怒っていた総務担当者は何も言わなかった。
言えなかったのである。
ビルで何かあれば、毎回無理にでもメンテナンス担当にお願いしている総務担当者であった。
ゆたかが総務の部屋の前にいると、部屋から出てきたメンテナンス担当の男はゆたかの肩をたたき、ウインクしていなくなった。
仲の良い現場で、レクもよく行った。
普段は飲み会をしなかったためか、バーベキュー大会が多かった。
建築、各設備の担当者連中は、長野からの単身赴任者であった。
土日は長野に帰って、家庭サービスをする者達ばかりだった。
レクは土日では無く、平日に開催した。
レクを楽しくする為、レク前までの仕事の進み具合は驚く程であった。
今回のレクはゆたかが幹事で、仁科三湖のキャンプ場でのバーベキュー大会となった。
早朝、現場の近くの道路に車で集合。
ゆたかは中古ではあったが、フェアレディZで出席した。
「流石、独り者は良い車に乗ってるなあ~。」
「しかし、無駄だよな。 こんな排気量で2人乗りは。」
他の人は、ワゴンか、ワンボックスだった。
「独り者には独り者だ!」とすみれが助手席に座らせられた。
女性はすみれだけではなかったが、皆、結婚していた。
すみれが助手席から顔を出して言った。
「じゃあ、出発!」
松本市内から国道19号、国道147号を走り、国道名が148号に変わった。
千国街道(糸魚川街道)と呼ばれている国道である。
信濃木崎駅に近づくとき、すみれがハザードランプのスイッチを押した。
「速度を落として!」
調子よく走っていた速度を45km/hまで落とした。
左側の空き地に、残念そうな顔をした警察官が隠れていた。
「よく気が付いたね?」
「ちょっと、何かが光ったの。」
その後は、順調に青木湖のキャンプ場に到着した。
建築の所長から、美味しい発表があった。
「レクをやると言ったら、メーカーさんから差し入れがあった。 高級牛肉!」
「おお~~!」
レク出席者全員の雄叫びが上がった。
何せ、プロが揃っている。
鉄板も、焚き付けの木材も、机や椅子、何でもかんでも。
特に鉄板は使い込まれており、油が染み込んでいるのか、焼き具合が良い。
合羽橋でも見ないような大きな鍋が登場し、キノコ鍋が作られる。
運転する者は立候補か、くじ引きで外れの者達だった。
アルコールOKの連中は、大盛り上がり。
ゆたかは立候補側で、鉄板の前で「焼き」担当であった。
すみれはアルコールOK側だったが、若手なので、焼けた牛肉や焼きそばを運んでいた。
ゆたかに近づいた時に言った。
「次は二人で来る?」
「うん。」
ゆたかのドキドキは止まらなかった。
野外での大宴会は終了となり、恐ろしいほどの段取りの良さで、片付けが終わった。
帰りも助手席はすみれであった。
現場近くの道路で解散。
軽くクラクションを鳴らして、一人で帰った。
ルームミラーに、手を振るすみれが見えた。
各職方も地元の人間が多く、建設会社社員寮から来ている者も、皆、昼食は弁当を持ってきていた。
昼食に弁当を持ってきていなかったのは、すみれと電気の担当者のゆたかだけだった。
ゆたかは12時少し前に屋上の事務所から、建物の階段を降りて外に出た。
木曜日であった。
現場近くに有名なラーメン屋がある。
夏休みとして2週間以上、登山に出掛けるため休業する強気の店だったが、人気があった。
前を歩く女性に気が付いた。
ゆたかは、知り合いであれば、歩き方だけで誰だか分かる男だった。
ちょっと小走りに女性に近づき、声を掛けた。
「何処にいくんですか? 昼食なら、この先のラーメン屋に行きませんか?」
声を掛けてから思った。
嫌な顔をされたらどうしよう?
すみれは少しだけ驚いた顔をしたが、にこやかに言った。
「え~! 行ってみたい。 行きたかったんだ。」
二人で楽しい事を喋った筈だったが、ゆたかは嬉しくて覚えていなかった。
ゆたかがまだ、東京の本社にいたとき、可愛い子がいた。
奥手のゆたかにしては、頑張ってアタックした。
言われた言葉はこれだった。
「長野に転勤したら、そっちで見つけたら。」
総務所属の女性だった。
まだ発表されていない人事情報を知っていた。
部署異動はそれ程早くには発表されないが、転勤は準備もあるので早めの内示が行われた。
それから暫くして、女性の言う通りの人事異動の内示があった。
総務の子と付き合わなくて良かったと、ゆたかは思っていた。
こんな素敵な子と、会えたのだから。
ラーメン屋は客の回転が良く、二人並んで座れた。
「ワンメン大と・・・何にする?」
「野菜ワンメン!」
注文は決まった。
鶏ガラでとったスープ、縮れた麺。
美味かった。
スープまでは完食しなかったが、二人とも満足だった。
ゆたかが二人分を支払って店を出ると、すみれが待っていた。
「いくらだった?」
そう言って財布を出したすみれに言った。
「デート代だから俺持ち!」
「うふ」っとすみれが笑った。
「ごちそうさま。」
二人で仕事場に戻っていった。
次の日の昼、12時前。
総監督事務所と現場事務所の境の扉が開いた。
現場事務所側では、早めに弁当の準備をしている者もいた。
扉から顔を出したすみれが言った。
「おい! 独り者! 弁当、作ってきてやったぞ。」
ゆたか以外は妻帯者だった。
「よかったな~」
と言って泣く真似をする者がいた。
「どんなにマズくても、美味い! って言うんだぞ。」
そう言ってはやす者もいた。
すかさず、すみれが怒鳴った。
「誰だ? 今言ったのは?」
「お~! 怒ったすみれちゃん、、可愛い!」
すみれは、みんなのアイドルだった。
二人で、総監督事務所で弁当を食べた。
茶色ではなく、色とりどりの美味しい弁当であった。
「美味しかった。ありがとう。」
使った弁当箱を洗いに行こうとした。
「私が洗っておく。 また作ったら食べてくれる?」
ゆたかは嬉しくて頷く事しか出来なかった。
町のど真ん中の現場である。
近隣住民と近隣商店主との話し合いで、工事は午前8時に開始して午後5時には片付けを含めて完了させる約束がされていた。
今日は金曜日である。
現場担当者連中は、妻帯者で長野市から単身で来ている者達だった。
週末の金曜日は、単身者は長野市に素っ飛んで帰るのを常としていた。
みな、午後5時にはダッシュでいなくなった。
午後6時近くまで仕事をしていたゆたかは、片付けを終えて戸締まりをしていた。
気が付くと総監督事務所にも電気が点いていた。
「帰るよ~。」と声を掛けてみた。
「は~い! 今、鍵を掛けま~す。」
すみれの声だった。
二人でビルの守衛に鍵を渡した。
「今日はごちそうさま。 じゃあ来週!」
そう言って別れる筈だった。
二人の帰り道は同じ方向だった。
二人で並んで歩いた。
ゆたかのそんなに面白くもない話に、すみれは笑ってくれた。
急にゆたかは黙った。
「こんなに可愛い子だから、彼氏はいるんだろうな。」
そう思ったら、声が出なくなった。
「どうしたの?」
優しいすみれの声が一層ゆたかを悲しくした。
ちょうど橋を渡った先に焼き肉屋があった。
ゆたかはちょっと掠れた声を絞り出した。
「昼食のお弁当のお礼に夕食をご馳走するよ。 そこの焼き肉屋さん、美味しいらしいよ。」
「うえ~い! 焼き肉、焼き肉!」
すみれはゆたかの手をとると、焼き肉屋の扉を開けた。
金曜日であったが、テーブル席に余裕があった。
外側から見るよりも奥があり、内側の広い店だった。
二人で席に着くとすみれが店員さんを呼んで注文した。
「牛タン塩、カルビ、ロース、2人前ずつ。」
「私はビールだけど、どうする?」
「ぼ、僕はノンアルコール・ビールで。」
「おねがいしま~す。」
ノンアルコールとビールのジョッキがぶつかって乾杯となった。
牛タンを焼きながら、ゆたかは思い切って言った。
「付き合っている人はいるの?」
「いる」と言われたら、本当に泣きそうだった。
「どう思う?」
そう言われて困った。
それでも言ってみた。
「こんなに可愛い子に、いない筈はないよね?」
その後に話す言葉は、ゆたかには残っていなかった。
焼き肉屋なんかに誘わなければ良かった。
そんな思いばかりが頭の中を渦巻いていた。
「じゃあ! あたし! 可愛くないんだ。」
ちょっと顎をしゃくる様なしゃべりだった。
ゆたかには予想外の言葉だった。
「いや! 可愛い! 凄く可愛い! 本当に可愛い! 美人だし・・・」
必死だった。
物凄く嬉しかった。
「今度、同じこと言ったら、許さないぞ!」
すみれの半笑いにほっとした。
ゆたかは安心したら食欲が出た。
「白飯、ください。」
ゆたかが焼けたカルビをのせて食べる前に、すみれが自分の口を指さした。
「あ~ん!」と大きく開けた口にカルビをのせたご飯を入れた。
「う~ん! これも捨てがたい!」
そう言いながら、すみれはジョッキを持ち上げおかわりを注文した。
カードで支払いをして店を出た。
「ごちそうさまでした。」
すみれが深々と頭を下げた。
「いや、とんでもない。 すみれさんと一緒に食事が出来て、最高でした。 ありがとう。」
「じゃあ、今度は上カルビと上ロースね。」
「お、おう!」
「ボーナスが出てからで良いわよ。」
すみれがゆたかと手を繋いで道を進む。
何故かどこまで行っても同じ方向であった。
「僕、渚3丁目だけど。 君は?」
「私も渚3丁目。」
「同じじゃない?」
二人で同時に声をあげた。
ちょっとゆたかの1戸建ての方が近かった。
ゆたかが鍵を開けると、すみれが先に入っていった。
「1戸建ての方が広いなあ~。」
「3部屋あって、1部屋余ってるんだよね。」
キッチン流しの前に用意してある、ダイニングテーブルの椅子に座って、向かい合って話をした。
「ふ~ん。 結構片付いているのね。」
「うちで何もしないから・・・ 洗濯くらいかな?」
「掃除してる?」
「い、いや、 たまに・・・」
「今度、してあげようか?」
ゆたかはドキドキして言葉が出なかった。
「明日、長野の営業所に書類を持って行くんだ。 夕方には帰って来るけど・・・」
「ふ~ん。 じゃあ、あたし帰るね。」
「送っていくよ。」
「だ・い・じょ・う・ぶ・・・」
ゆたかはそれでもすみれをアパートまで送っていった。
20mも離れていなかった。
2階建てのアパートで、2階の真ん中辺の部屋だった。
ゆたかは2階には上がらず、少し離れたところで、扉が閉まるまで手を振った。
いつもは一人で寂しくなかった。
今日は、自分の家までの20mは寂しかった。
何よりも寂しく悲しかったのは、すみれと手を握った感触が残っていなかったから。
柔らかかった筈であった。
温かかった筈であった。
優しかった筈であった。
何も覚えていなかった。
手を握っても思い出せなかった。
上を向くと、流石は長野、星が綺麗な筈だったが、滲んでよく見えなかった。
ゆたかは酒席の雰囲気は好きだが、酒は殆ど飲まない。
世間も変わって、昔の建築業界の様に、酒を強要する事はなくなった。
それに、無駄に真面目な性格だった。
食に拘る事もなかった。
女性との付き合いがなかったのも功を奏したのか、お金を使う事がなかった。
折角だから、今だけだからと思って、長野に来て車を購入した。
中古だが、結構程度のよい、2シーターのフェアレディZである。
一度東京の実家に行くとき、乗って帰った。
マニュアルシフトで渋滞には不向きかなと思っていたら、2速でクラッチ操作だけの「オートマチック」走行が可能であった。
父親が乗ってみて言った。
「クラッチ操作、楽勝じゃないか。 回転数を合わせる必要がなくなったんだなあ。」
「これなら、オートマで十分だと感じるんだろうな・・?」
寂しそうだった。
翌朝、ゆたかは長野市の営業所に向かった。
近頃は松本から長野まで国道19号線を使っていた。
高速道路が出来てから、車両数が減って走りやすくなっていた。
以前、長野道を使ったら楽しくなかった。
早くに目的地に到着したが。
今回も長野へ行くのには、19号線を使った。
楽しくなかった。
一人だったから?
寂しい時間を少なくしたくて、帰りの松本へは長野道を使った。
松本の家に着くと、家の電気が点いていた。
しまった、消し忘れたのか?
家の扉の鍵を開けようとすると、開いていた。
玄関にスニーカーが置いてあった。
自分のものではなかった。
「わ! 驚いた?」
すみれがいた。
「駄目じゃない! 鍵も掛けないで出掛けちゃ!」
「ご、ご免。」
「何か、家の中、綺麗になってない?」
「片付けてあげた。」
「ついでに私の荷物も運び込んでおいたわ。」
「え?」
「経費節減。 1部屋空いていて勿体ないじゃない。 シェアしよ。」
「3部屋のうちの1部屋と共用部分で、家賃の「5分の2」でよくない?」
「ちょっと待って! 考えが纏まらない。」
ダイニングテーブル前の椅子に座って考えた。
「家賃は長野からの出張扱いで、会社持ち。」
「だから君が払う必要はないよ。」
「電気・水道関係は僕が支払う。」
「私は?」
「家事は好き?」
「嫌いじゃない。」
「じゃあ、家事やってくれる? ただ・・、なんで女性ばかりが家事をやるの? って怒られると困るけど。」
「ふふふ・・・ 忙しいときはお願いね。」
「勿論!」
「あと、食費は俺でいいや。」
「じゃあ、後はその時点で調整しましょう。」
一応の決着だった。
ゆたかの心の中には、シェアとはいえ、普通の住宅に男と女が一緒に暮らして良いものかとの疑問が残った。
「あと、ベッドは私が使ってもいい?」
不動産屋が、ほぼ未使用だが買い手が付かず処分に困っていた格安のダブルベッドであった。
「ああ! 構わないよ。」
その日、その時から不思議な共同生活が始まった。
「夕飯、食べた?」
「まだ。」
「駅前ならまだお店やってるから、行こうか?」
「車で行く?」
「歩きで行く!」
手を繋いで駅に向かった。
ゆたかはちょっと前にも手を繋いだが、今回は本当にすみれの手の優しさを感じた。
こんなに女の人の手は柔らかいのか。
忘れたくなかった。
絶対に忘れない!
「男が女性を守るのは当り前だな」と正直に思った。
アルプス口から駅に入った。
まだ列車が来るのか混雑していた。
駅前ロータリーの方から出て、豆腐専門店の看板を見つけた。
「お豆腐! 健康志向じゃない? 行ってみよ!」
コースを頼んだ。材料が豆腐の所為か高くない。
「飲んでいい?」
「僕が連れて帰れる程度なら。」
「ビール! 生! 大っきいヤツ!」
「美味しそうに飲むね~! 見てるだけで幸せになるなあ~!」
帰る場所は一緒。
すみれは安心して飲み続けた。
すみれは夜中に目が覚めた。
喉が渇いていた。
どうやって帰ったか、何となくしか覚えていなかった。
ゆたかと仲良く手を繋いで、途中から腕を組んで帰って来た。
腕を組んだとき、すみれの胸がゆたかの腕に当たった。
何かを話しながら歩いていた筈だったが、腕を組んでからはすみれの一方通行になっていた。
ゆたかの顔を見たとき、何か我慢をしているのは良く覚えていた。
ベッドに寝かされ、ベッドサイドに冷たい水の入ったステンレスボトルが置いてあった。
薄明かりの中、隣の部屋が見えた。
布団に包まるように眠っているゆたかがいた。
すみれは手を伸ばしてみたが、ゆたかにもゆたかの温もりにも届く筈はなかった。
「明日は優しくしてあげようかな?」
水を飲みながらすみれは思った。
次の日、ゆたかが起きると朝食の用意が出来ていた。
「もう少し、材料があれば豪華に出来たのに・・・」
残念そうなすみれに朝の挨拶をした。
「おはよう、、十分に豪華だよ。」
「昼か、夜に、また美味しい店を探しに行こうよ。」
そう言うと、すかさずすみれが言った。
「駄目! お金が勿体ない。 これからは私が作るから。」
朝食の休憩後に、買い出しに連れて行かれた。
本当に、何にもストックが無かったようで、シコタマ買い込んだ。
出掛けるときは手を繋いでいたが、帰りは二人とも両手に荷物を持っていた。
松本は最低気温がかなり低い。
立て付けの悪い家だと、夜中の結露が凍ってアルミサッシの窓が、朝、開かなくなることがある。
その日の夜はそんな夜だった。
すみれはベッド、ゆたかは布団に包まっていた。
うとうとし始めたゆたかは、寒さで身体が震えた。
もう1枚何かを掛けないと眠れない。
ふと、すみれを見た。
すみれの分も掛けるものが必要かと思った。
「ゆたか!」
初めてすみれに名前で呼ばれた。
ベッドの上の掛け布団が少し持ち上がっていた。
何の躊躇も無く、すみれの横に滑り込んだ。
暖かだった。
優しい香りで包まれた。
ゆたかは両手ですみれの顔を挟んだ。
すみれは目を背けようとしたが、出来なかった。
ゆたかは、すみれの目の奥底に魔女独特の混沌をみた。
天地万物が形成される以前の原初の状態、カオスである。
すみれは覚悟した。
魔女だと気付かれた。
もう終わった。
すみれは、自分を撥ね除けてゆたかがいなくなると思った。
強く目を閉じた。
最初からこうすれば良かった。
ゆたかはすみれを強く抱き締めた。
そしてすみれにキスをした。
ゆたかには、すみれの瞳の奥に愛が見えた。
愛する女性、愛してくれている女性を離すものか!
躊躇せず言った。
「結婚してください!」
すみれは思わず言いそうになった。
「私が魔女でも良いの?」
ゆたかは言わせなかった。
すみれの瞳から溢れる涙に口づけされたから。
「お受けします。私を宜しくね。」
もう、シェアなんてどうでもよかった。
ゆたかはすみれにもう一度キスをしたら、もう自分を止められなかった。
「下手だったかな?」
「何で自信が無いの? 仕事の時はそんなことないのに。」
「あなたが満足したなら、私だって満足しているのよ。」
「すみれを好き過ぎて、怖いんだ。」
「じゃあ、、もっと、もっと、もっと私を好きになって。 怖さがなくなるまで。」
そのまま抱き合って眠った。
寒さ対策の布団や毛布の追加は要らなかった。
魔女は自分の伴侶を厳選する。
本当に幸せになる為である。
魔女の強大な力のなせる技なのか?、もう一つ理由がある。
バカな伴侶を選んで、強大な力を持つバカを作らない為である。
外見では無く、中身で勝負なのである。
幸せは外側からでは分からないからである。
魔女自身が良いと思っても、バカを見抜けない場合がある。
そんな時、魔女の本来の力が発動し、バカは徹底的に排除されてしまうのである。
バカな男に引っ掛からない為に、魔女に本能的に備わった機能である。
幸せになりたい!、魔女は普通の女性よりも、この思い、この気持ちが強いのである。
翌朝、ゆたかは鞄からクリアファイルを取り出した。
婚姻届であった。
自分の分と、保証人の一人としてゆたかの父親が記載されていた。
「この前、オヤジに頼んで送って貰った。」
「準備が良いのね。」
「いつ、私と結婚しようと思ったの?」
「すみれに初めて会ったときに・・・」
二人で、あちこちに電話しまくった。
車で長野に向かった。
楽しく国道19号線と思ったが、移動に時間を掛けたくなかった。
長野道で、直ぐにすみれの実家に行った。
ゆたかは初めてなのに懐かしい感じがした。
すみれの家族もゆたかの事を散々教えられている所為か、初めて会った気がしなかった。
「今度来るときは、ゆっくりしていってね。」
申し訳ないと思いながら、お礼を言って、ダッシュで役所に向かった。
役所に行って婚姻届を提出して、ゆたかは会社、長野営業所にも寄って、事務手続きを行った。
「おめでとう」と言われた。
「有り難う御座います。」と返した。
会社の営業所の人達より付き合いの長い人達に挨拶しよう。
二人は松本に戻った。
当然、高速道路を使って。
松本の現場に着いて、事務所に向かった。
「一緒になるのが遅いんだよ!」
本当に涙を流して喜んでくれる人達ばかりだった。
建築の所長に挨拶して、言った。
「大した結婚式をするつもりはありませんが、その際は仲人をお願いします。」
建築の所長は頷いていたが、泣いたままで声にはならなかった。
現場の隣のフレンチレストランで、結婚式が行われた。
普段の作業服ではなく、皆、正装だった。
こんなに沢山の人に祝福されても良いのかというほどだった。
寒さの所為か、ふたりは毎日抱き合って寝ていた。愛し合っていた。
やることをやってしまうと、出来てしまう事になります。
案の定、すみれのお腹も大きくなりました。
決して、運動不足ではありません。
すみれは、出産ギリギリまで働いていた。
ゆたかと出来るだけ一緒にいたかったのです。
初期のつわりはありましたが、「波田のスイカ(アルプススイカ)」と「野菜ワンメン」で乗り切りました。
工期の長い現場だったので、途中何回か部分払の為の既済検査があった。
3月の既済検査当日の朝、ゆたかとすみれの子供が生まれた。
ゆたかは書類作成は得意で、特に問題はありませんでした。
建築、空調、衛生の各工事は、検査を終えて、電気の監督員の終了待ちでした。
電気の監督員は細かい指摘をする男で、書類に記載している内容を繰り返していた。
ゆたかは仕事だから、シッカリ対応していた。
「母子ともに元気!」と連絡があったので、安心していたからです。
近くで、貧乏揺すりが止まらない男がいた。
立ったり、座ったりを繰り返していた。
ついに、我慢の限界を超え、大きい声で電気の監督員に詰め寄った。
「もう、良いんじゃないのか! 終わっているんだろう!」
建築の所長だった。
「こいつに、今日、子供が生まれたんだよ! サッサと、長野に行かせてやってくれよ!」
空調、衛生の担当者達が止めなかったら、監督員の胸ぐらを掴んでいたかもしれないくらいの勢いだった。
「焦って、事故るとマズい。」と、皆に言われて、ゆたかは電車で長野に行く事にした。
屋上の事務所から出たとき、会う職人さん達、みんなから、「おめでとう!」と言われ、照れて赤くなった。
長野駅からタクシーで産婦人科に向かい、元気なすみれと子供を見て安心した。
建築の所長の話をすると、すみれは大笑いで、看護婦さんに叱られてしまいました。
2ヶ月くらい経った時、すみれと子供を連れて現場に挨拶に行くと、皆、作業服では無く綺麗な格好をして迎えてくれました。
沢山の人に祝福された子は多いと思いますが、何十人もの人達が抱き上げてくれて祝福された子は、ゆたかとすみれの子供だけかも知れません。
後にも先にも、これだけ仲良しが集まった現場を経験することはなかった。
「こんなところかな?」
すみれは、ゆたかとの馴れ初めの話を終わらせた。
「すみれお姉さん、いいな~!」
「結婚っていうか、婚姻届も早かったんだね?」
「ず~っと一緒にいたかったんだって。」
「いいな~!」
「私だって、あの人と一緒になる為に松本に来たんだもん。」
「旦那さんと初めて会った時から幸せだったんだね。」
「ふふふ、ナオミちゃんと一緒だよ。」
すみれの優しい笑い声は、睡眠薬のようだった。
もっと、話を聞きたかったが、まぶたが重くて・・・
翌朝、二人で「日帰り温泉」の方の露天風呂に行った。
「日帰り温泉」営業前の宿泊者の特権である。
すみれが産婦人科に入院した時の話をした。
「本格的な陣痛の前にちょっと傷みがあったの。」
「夜中だったんだけど、思わず、旦那の名前を呼んじゃって・・・」
「お医者さんを呼ばなかったの?」
「直ぐおさまったから、そのまま眠っちゃたの。」
「多分、1時間経ったくらいかな? 看護婦さんと旦那が現れたの。」
「すみれに呼ばれたって言って、緊急外来から入ってきたらしいわ。」
「一応、一人部屋だったから、サブベッドに旦那を寝かせようと思ったんだけど、、泣くのよね~。」
ゆたかがすみれに話した内容はこうだった。
すみれの事を考えたら、頭の中がすみれでイッパイになって壊れそうだった。
ベッドに入っても、すみれが自分の中にいて、眠れなかった。
眠れなくて、眠れなくて、そうしているときに「ゆたか!」って呼ばれた。
気が付いたら車で病院に来ていた。
「仕方がないから、ベッドから出て、旦那に魔法をかけたの。」
「大丈夫、大丈夫、だいじょうぶ! ゆたかが笑ってくれたら、、私もあなたの子供もだいじょうぶ! って。」
「ナオミちゃんの旦那さんも似たような性格だから、覚えておいた方が良いわよ。」
朝食を食べ終わって、部屋でノンビリしてから、二人でもう一度お風呂に入った。
「そろそろ来るわ。」
そう言って、すみれがお風呂から上がった。
「ナオミちゃんは、今日、午後帰るんでしょう?」
「はい・・・?」
「じゃあ、一緒にドライブしよ!」
国民宿舎から出ると、4WDのワンボックスカーが停まっていた。
「ナオミちゃん、久しぶり!」
すみれの旦那さんだった。
「はい! 乗って、乗って。」
すみれに背中を押されて車に乗り込んだ。
「ナオミおね~ちゃん!」
すみれの子供達もチャイルドシートに座っていた。
「この前長野に来たとき、戸隠に行けなかったでしょう?」
デジタル魔法システムの説明会で、おばさん魔女達の圧力で、戸隠のお蕎麦を断念したのをすみれは覚えていたらしい。
「はい! リベンジにシュッパ~ツ!」
すみれの合図で、子供達も一緒に手を突き上げて出発した。
観光案内のように景色の良いところを走って行く。
善光寺の裏からではなく、黒姫方面から戸隠に向かった。
戸隠の奥社にお参りした。
入り口から随神門まで約1km、ここまでは楽勝。
ノンビリ歩いて15分。
随神門から奥社まで約1km。
上りがキツくなり、石段の高さもまばら。
同じ1kmとは思えない厳しさで、30分以上掛かってしまった。
ただ、こちら側は杉並木で、木が大きい。
覆い被さるようで、荘厳である。
何故かナオミが二人の子供と手を繋いで歩いた。
随神門からは大人でもキツいが、子供達は元気いっぱい。
奥社に到着。
「夫と、もっと幸せになりますように・・・」
上りよりも下りの方が危険がイッパイ。
ナオミは子供達に神経を使う。
後ろに気配を感じた。
後ろを振り向くと、すみれが石に躓いた。
「危ない!」とナオミが子供達の手を離し、すみれの側に走ろうとした。
しかし、子供達はナオミの手を離さなかった。
子供達は言った。
「いつもの事だから。」
「馬鹿臭いから先に行こう!」
すみれが倒れる前に、旦那のゆたかがすみれを抱き締めていた。
すみれもゆたかを抱き締めると、暫く二人は動かなかった。
「ほら!」
子供達の得意げな声がした。
確かに馬鹿臭かったが、ナオミも夫と一緒の時にやってみようと思った。
お勧めのお蕎麦屋さんで、早めの昼食。
「ザルにのっているからざる蕎麦」を実感する。
一口に丁度良い大きさに丸めてある。
「おかあさん、お酒、飲んでも良いかな?」
すみれが子供達に確認する。
「沢山は駄目よ!」
小さくても女の子は、母親に厳しい。
「おかあさんが酔っ払うと、おとうさんにベッタリだからなあ!」
上の男の子が言った。
いまだにラブラブの様である。
「こら! 余計な事は言わない!」
すみれの照れ笑いが可愛い。
子供達と旦那はジュース、すみれとナオミは冷酒で乾杯。
本場のお蕎麦は美味しい。
そば粉だけではなく、水も良いのであろう。
お客さんが少ないので、ノンビリと過ごした。
七曲がりを通って、善光寺の裏に出る。
子供達はジェットコースターに乗っている様に大はしゃぎ。
長野駅の駐車場で、ナオミの夫を待つ。
「ナオミちゃんの旦那さんとうちの旦那は、名前が同じなのよね!」
すみれに言われて気が付いた。
「だから、何となく似ているのかな? ほら! あそこ!」
すみれの指さす方向にナオミの夫がいた。
5人の元に到着したナオミの夫、ゆたかが言った。
「あ! 皆さんお揃いで。 久しぶりです。」
「会って直ぐお別れで申し訳ありません。」
「ほら、新幹線、出ちゃうわよ。」
すみれに言われて、駅舎に向かう。
4人の「さよ~なら!」に手を振って答えた。
夫が新幹線の切符をナオミに見せた。
「ちょっと贅沢!」
グリーン券だった。
「次はグランクラスにしようか?」
ナオミは夫の手を握り締めた。
「贅沢は敵!」
夫の気遣いが嬉しかった。
新幹線のシートに座って、大好きな夫を見て気が付いた。
「失敗した! 来る時も一緒に来れば良かった。」
今まで書いてきた話には、ノンフィクション部分があります。
今回の話の内容は、ちょっと昔の話にはなりますが、ノンフィクション部分が多くあります。
書いている度に思い出す事が多く、時間が掛かりました。
ただ、奥様が魔女かどうかは、怖くて聞いた事がありません。
実際に、建築の所長(S建設のNさん)にはお世話になりました。
実のオヤジ以上に可愛がってくれました。
既済検査での怒鳴った場面は事実そのままで、伝説になったくらいです。
文中の「仁科三湖でのレク」でスピード違反を回避した事になっていますが、実際は捕まってしまいました。
車を7~8台連ねての移動で、先頭は私のZでした。
警察官の「団体さん、ご一行!」の声は忘れもしません。
本当に彼女はZの助手席にいました。
「豪華デート、1回分がパーになった!」
と、怒られました。
その後もスピードを出し過ぎると、思い出した様に怒られています。
皆さんも国道148号線、千国街道(糸魚川街道)を、大町から白馬に向かう際は、スピードは控えめに!
結構、思い出して書いていたら、「短編」になるくらいに長くなってしまいました。
今回の分は抜粋版です。
沢山追記した方は、短編で投稿しようと思っています。




