38 登喜子
登喜子
登喜子の両親は弁護士事務所を営んでいる。
両親とも弁護士である。
その事務所にもう一人弁護士がいる。
大学在学中に司法試験に合格した秀才である。
本当は天才なのであろう。
勉強などの地道な作業を厭わなかった。
人が面倒臭くて投げ出す様な作業も、苦もなくこなした。
苦労を苦労と感じない・・・
そんな真面目な男であった。
男の名前は彰良という。
両親と妹がいた。
彰良は登喜子が通う学園の大学2年になったばかりだった。
その時、登喜子はまだ、学園の高校3年生であった。
地方の出身だったが、そこそこの裕福な生活だった。
父親はドライブが好きだった。
よく家族で出掛けた。
特にダムが好きだった。
ダムからの帰り道だった。
対向車線からトラックが大きく膨らんで、車線を越えてきた。
避けきれなかった。
10トンダンプとコンパクトカー、弾き飛ばされたのは父親の運転していた方だった。
ガードレールを突き破り、谷底に落ちた。
10トンダンプは逃げた。
山道である。防犯カメラなどはなかった。
山道を降りてから、ダンプの運転手がぶつかったところを見ると、大した傷ではなかった。
土砂を載せた時に、ブルドーザーとぶつかった傷の方が大きかった。
父親の運転する車には、ドライブレコーダーが搭載してあった。
崖下に落ちたとき、フロントガラスが粉々に砕けた際、何処かに飛んでいったのか、見つからなかった。
父親と母親は即死。
妹は少し息があった。
全員シッカリ、シートベルトはしていた。
メーカーの方も、谷底に落ちるとまでは想定してはいなかった。
彰良は、妹の入院した病院に行った。
妹の最後の声は「お兄ちゃん」だけだった。
事故が起きたと同じ時間、実家の隣が漏電で火事をだした。
おりからの強風で、実家は跡形もなく消失した。
「聖人」の様な父、母であった。
聖人の親戚が聖人である事はなかった。
父母、両方の親族が結託し、彰良を騙し、殆ど無一文で放りだした。
大学の庭の木陰に置いてあるベンチに彰良は座っていた。
もう、大学を止めなければ・・・
丁度、登喜子の父母がそばを通った。
若手の弁護士候補を探していた。
大学の学務課に優秀な学生を紹介してもらう為であった。
みつけて、自分の弁護士事務所に就職させるのが目的だった。
学務課に寄って、情報を収集した帰り道だった。
娘、登喜子に聞いていた優秀な学生が、項垂れて座っていた。
登喜子の父親は、彰良の隣に座って、言った。
「さっき、学務課で君のことを聞いた。」
「はい?」
「大変だったね・・・」
「・・・・・」
「どうだろう? 僕の提案にのってみるつもりはないか?」
「・・・・・」
「君を援助しよう。大学生のあいだ。」
「僕の弁護士事務所に就職して貰う。それが見返りだ。」
「はい。有り難う御座います。」
他に方法がなかった。生きていく方法が。
彰良はそのまま同じアパートに暮らしていた。
ひとつだけ増えたものがあった。
両親と妹がダムで撮った写真だった。
ラインで、妹が送ってきたものだった。
他には何も残っていなかった。
実家に残していたから。
火事になって、何も残っていなかったから。
結構頻繁に、登喜子の母親は彰良を食事に誘った。
自宅にも、外食にも、、強引に。
仲の良い家族だった。
彰良は、登喜子や美智子と目を合わせようとしなかった。
妹を思い出しそうになったから。
何もかも忘れたくて勉強した。
「司法試験に関する資料なら事務所ある!」
そう言われて、弁護士事務所の一角で勉強させて貰った。
恐ろしいほど勉強した。
優秀だった所為か、勉強が功を奏した所為か、大学4年生の時に司法試験に合格した。
彰良は約束通り、弁護士事務所に就職した。
2年ほど経ったとき、彰良は新宿大久保公園の近くにいた。
警視庁にいる先輩から、売春の一斉捜査があるとの情報が気になっていた。
売春防止法なるふざけた法律がある。
処罰されるのは売った側だけ、買った方は無罪放免。
買う者がいなければ、売る者はいない。
売るヤツがいるから悪いと言う人がいるが、売れる可能性がないものは商売?にはならないのである。
本当に売春を無くそうなどとは思ってもいない、男が自分の為につくった法律である。
その日、彰良は女性議員の懇談会に出席していた。
自分がいかに「おとこ」かを、延々と話し続けていた。
顔や姿形は女性だったが、考え方は男より男だった。
辟易として途中で懇談会を抜け出した。
「気分が悪い」と言って。
本能に気分が悪かった。
その足で大久保公園を訪れたのであった。
周りを見渡すと、それらしい女の子が立ちんぼをしていた。
それを品定めするように男が彷徨いている。
彰良は驚いた。
立ちんぼの中に妹がいた。
「そんなはずはない!」
よく見た。
近づいてよく見た。
妹だった。
彰良は女の手を掴んで走り出した。
「おい! 俺の方が先だ!」
そんな男の声を背中に聞いた。
もうすぐ、警察がくる。
妹を違う場所へ。
それ以外考えられなかった。
タクシーに女を押し込み、自分のアパートに向かった。
女と手を繋いだままだった。
大学に入るときに決めたアパートだった。
1ルームの部屋を探したが、2ルームになった。
ユニットバスで人気がなかったのか、2ルームでも同じ価格だった。
アパートの部屋に女を連れて行くと、女はベッドの横で服を脱ぎだした。
「着替えか?」
彰良は何気なく聞いた。
女は脱ぐのを止めて、ベッドに座った。
「ああ! 先に払ってよ! 2万。」
感情のない声だった。
妹だと思っていた。
流石に彰良は殴ってやろうかと思った。
深呼吸をして、財布から1万円札を2枚出した。
ベッドの横に置くと、風呂に入った。
風呂から上がると、女はベッドに座ったままだった。
「風呂に入ってこいよ。」
そう言うと、女は風呂に入った。
烏の行水か、直ぐにあがってきた。
さっき彰良が使ったバスタオルを巻いていた。
「歯を磨いてこいよ。」
旅行用に用意した新品のトラベルセットを渡した。
もう一度、女はバスルームに入っていった。
「口でも臭かったかな?」
一生懸命磨いたので、シャワーより時間が掛かった。
ユニットバスから出ると、男は寝袋で寝ていた。
「おい!」
足で彰良を蹴った。
「お前はベッドを使え。」
「楽でいいや」
女はそう思ってベッドで寝た。
洗濯機の音で女は目が覚めた。
「着るのがない。」
女が言うと、彰良が言った。
「今、洗濯してる。そこにある俺のTシャツを着てろ。」
渋々Tシャツを着ると、彰良が言った。
「朝食だ。」
小さいキッチンの前にテーブルがあり、2人分の食事が用意されていた。
彰良は女に提案した。
「俺の妹として、ここにいる事は出来るか?」
「別にイイよ。 何もしないんだから、1日一万ね! あとは皆そっち持ち!」
「名前は何と言うんだ?」
「ルミ!」
死んだ妹と同じ名前だった。
「お前を何と呼んだらいい?」
「あきら、 いや、 兄ちゃん!」
「金を持ち逃げするとかって、思わないのか?」
「そうされたら、その時だ。 妹だからな。」
「他の男と遊ぶかも知れないぞ?」
「俺に分からないようにやってくれ。 俺が分からなければ問題無い。」
そんな口約束が、決まった。
彰良は平然と合鍵を渡した。
彰良が帰宅すると、部屋が片付いていた。
物干し竿に1週間分を吊していた衣類は全て片付いていた。
元々衣服を入れる収納家具もあった。
一方の部屋を洗濯物を干す場所に決めると、部屋に張り巡らせた物干し竿で衣服を入れる必要はなかった。
以前、「風呂を沸かせっぱなしで出掛けたかも知れない!」と出張先の彰良から連絡があった。
電話を受けた母親に言われ、渋々登喜子が彰良のアパートを訪れた。
保証人も登喜子の父親がしていた。
合鍵を預かっていたのである。
「男の部屋としては良い方か?」
登喜子の感想であった。
いい加減な性格ではなかった。
ただ、2部屋あるのでそのままにしていただけであった。
いつもは彰良が帰ってから夕食の用意をしていた。
暫くすると、帰宅すると夕食の用意が出来ていた。
優しい娘だった。
本当に妹が生き返ったと思った。
休みの日には一緒に買い物に行った。
妹のものを色々買ってやった。
妹は喜んでいた。
喜ぶ顔が彰良の幸せだった。
彰良は妹には言わずに、大久保公園の近くの事務所に行った。
ルミが所属?していた売春組織の事務所であった。
「あんたは誰だ?」
ガタイの良い男が言った。
椅子から立ち上がり、彰良は名刺を出した。
「ほ~! 弁護士の先生か。」
男には見覚えのある弁護士事務所の名前だった。
裏社会では絶対に手を出してはいけないとされている名前だった。
以前、暴力団が絡む事件があった。
原告は暴力団だった。
法律の隙を突く、イヤラシイやり方で土地の乗っ取りを狙ったものだった。
被告側の弁護士が登喜子の父だった。
「隙を突く」、逆を言えば「隙がある」。
圧倒的に被告側の勝利であった。
暴力団は正攻法で戦いに出た。
直接、組員に弁護士事務所を襲わせた。
弁護士事務所には、魔女と同じ能力を持った鬼女がいた。3人も。
襲撃に行った組員は、暫くすると組事務所に帰っていった。
皆、大きなゴミ袋を下げていた。
組長は言った。
「何か収穫があったか?」
「はい。」
そう言ってみせられたのは、本当のゴミだった。
組員の話では、弁護士事務所に近づくと、歌が聞こえたらしい。
気が付くと、清掃活動をして、組事務所に戻ってきたしまった。
組長は怒るよりも呆れた。
子飼いの精鋭を送り込んだ。
暴力団の組員が清掃活動をした。
それも、この前裁判に勝利した弁護士事務所の近くを。
一応、警察も人数を増やして、弁護士事務所の周りを警戒していた。
暴力団の精鋭達は本当に悪い奴らだった。
性根が腐っていた。
清掃活動をするほど、心が豊かではなかった。
精鋭達は車を広い道路に停めた。
弁護士事務所から20mほど離れていた。
いかにもという格好で車から降りた男達は、弁護士事務所のあるビルに向かった。
弁護士事務所の窓から登喜子がそれを見ていた。
いつの間に出したのか、手にはスマホが握られていた。
「ナオミ! ちょっとメンドイ事があって、今日はキャンセルね!」
それを言うと、スマホは消えていた。
ナオミはパソコンの前に立っていた。
登喜子のいるビルの近くの映像が映っていた。
「あいつら! ザケやがって!」
今日は登喜子と「花やしき」でジェットコースターに乗ってから、登喜子の恋愛の進捗状況を聞く予定であった。
何故か精鋭の男達は弁護士事務所には行かず、ちょっと離れた公園に集まっていた。
丁度、公園には誰もいなかった。
いきなり、男達は殺し合いを始めた。
暫くすると、誰も生きてはいなかった。
広い公園だった。
元々、「火葬場+葬儀場」を作る予定地だった。
必ず利用する公共施設。
図書館でも、運動施設でも。
必ず、住民の反対が起きた。
ましてや「火葬場+葬儀場」である。
大騒ぎだった。
仕方なく、公園になっていた。
暴力団の殺し合いのお蔭で、「火葬場+葬儀場」は着工する事となった。
事務所の窓から外を見ていた登喜子の母親には、男達を連れていくナオミの姿が見えた。
警備していた警察官には見えてはいなかった。
母親は言った。
「ナオミちゃんに連絡しちゃったの?」
登喜子は口を尖らして、ふてくされて言った。
「しょうがないじゃない! 花やしきに行こうって約束してたんだから。」
その言葉を聞いて美智子は怒った。
「おね~ちゃん達だけで、ズルイ!」
姉妹喧嘩が始まった。
いつの間にか母親の姿は消えていた。
母親は着物姿だった。
黒い着物だった。
微笑んではいたが、鬼女だった。
草履で暴力団事務所の扉を蹴ると、扉の枠ごと外れて素っ飛んで行った。
鬼女は事務所を見渡した。
以前、清掃活動をしていた者達はいなかった。
組長子飼いの精鋭の残り10人程度と組長だけだった。
鬼女は若く見えた。
それでも20代のガキには見えなかった。
男達の一人が言った。
「ババア! 何か用か?」
鬼女にも魔女にも言ってはいけない言葉だった。
「ババア」は。
鬼女の美しい顔は変わった。
眼はつり上がり、口は大きく開き、角が生えた。
般若である。
美しい女でないと般若にはならない。
般若は、両手を合わせた。
一瞬の後、生きている男達はいなくなっていた。
死んだ、血まみれの男達だけだった。
般若から戻った鬼女は、後ろを振り向いて言った。
「ナオミちゃん。 今からでも花やしき、間に合うわよ。」
「悪いけど、美智子も連れて行ったあげてね。 スポンサーになるから。」
黒いミニスーツを着たナオミと鬼女は消えていった。
近くに警察官が数名いたが、2人には気付かなかった。
弁護士事務所に、ナオミと鬼女が現れた。
ナオミはお出かけの服装だった。
鬼女は着物姿ではなく、スーツ姿だった。
鬼女から母親の顔に戻って、言った。
「さあ、3人で行ってらっしゃい!」
財布ごと登喜子に渡すと、3人は出掛けていった。
事務所には彰良もいた。
パソコンを操作しながら、次の裁判の対応を考えていた。
彰良は既に知っていた。
この家族が普通でない事を。
母親、娘達、3人が鬼女である事を。
気にしなかった。
当然としか思わなかった。
売春の元締めの事務所であった。
彰良は言った。
「妹の荷物が残っていたら引き取りたい。」
ガタイの良い男は言った。
「あいつは親と死に別れて一人だと言ってたな。 まあ、どうでも良いことだけど。」
荷物は赤い小さいカートひとつだった。
「中を確かめるかい?」
中を見ると少しの衣類が入っているだけだった。
彰良はちょっと気になって言った。
「あなたは、何でこんな仕事をしているんですか?」
意外な答えだった。
男は数年前まで、建築現場で働いていた。
地山土留め、酸欠、重機・・・色々な資格を持っていた。
棒芯をしていた。
事故はひとつの要素で起こる事は希である。
2つ以上のミスによって引き起こされる。
男が現場を巡回していた。
大型のユンボが作業中だった。
作業範囲の規制をしていなかった。
男の仲間が、ユンボの作用範囲内に入っていた。
男は仲間の腕を掴もうとした時、仲間はユンボのアームで叩き飛ばされた。
仲間は即死だった。
ガンダムに生身の人間が立ち向かったのと同じであった。
男は病院で目が覚めた。
軽傷であった。
シッカリした安全装備のお蔭だった。
毎年、似たような事故がある。
ユンボの作業範囲の明確化。
ユンボ操作作業員の安全確認。
安全通路の使用。
くだらない事故である。
防げる事故である。
残念ながら、事故はみな、そんなものである。
男は仕事に復帰した。
しかし、直ぐに仕事を辞めた。
「建設機械」が怖いのである。
震えた。
吐き気がした。
男の流れた先が今の仕事だった。
男は言った。
「好きでやってる女もいる。」
「殆どは金のためだ。 俺みたいに。」
別れ際に男は言った。
「彷徨いている男達を見て見ろよ! スケベだけで生きてやがる。」
彰良はカートを持って、アパートに帰った。
妹は、少しだけの衣類を洗濯機に放り込んだ。
彰良が事務所で仕事をするとき、弁当を持ってくる様になった。
彰良が弁当を最初に持ってきたとき、登喜子も2人分の弁当を用意していた。
彰良に渡そうと思ったのである。
彰良の持ってきた弁当を見た。
ブロッコリー、海苔で渦が出来た卵焼き、タコさんウインナー・・・
色とりどりだった。
登喜子の弁当はほぼ「茶色」だった。
何食わぬ顔で、登喜子は外回りから帰って来た父親に弁当を渡した。
父親は喜んだ。
行く先々で、娘が弁当を作ってくれたことを吹聴した。
父親のあまりの喜び方と、母親の命令で、その後も弁当を作らされている。
「家事は女の仕事」
登喜子にとっては反吐の出る様な言葉だった。
女性タレントが言っていた。
「家事は女の仕事」と言われると発狂する女が多いと。
登喜子もその類いだった。
ナオミが料理教室に通っていた。
登喜子はナオミに詰め寄った。
「家事は女だけがするものではない!」と。
アッサリとナオミは言った。料理の準備をしながら。
「愛しちゃうと、どうでも良いんだよね~。」
「旦那も~、家事をちゃんとやってくれるし~。」
「ほら、こんなものも出来るようになっちゃった!」
テーブルに並んでいたのは「酒のつまみ」だった。
美味しそうに出来上がっていた。
ナオミが料理教室に通っていた目的は、こちらの方だと思えた。
「かんぱ~い!」
ナオミと登喜子で「昼飲み」の開始であった。
彰良は、弁当は妹が作ってくれたと言っていた。
そんな筈ははない、昔に死んでいる筈であった。
登喜子は昼間に彰良のアパートを訪ねた。
合鍵を持って。
一応、チャイムを押した。
「は~い!」
女の声がした。
扉が開いて驚いた。
以前、彰良に見せられた妹の写真、そのものの女だった。
やっとの思いで、言った。
「彰良さんの妹さんですか?」
「はい。 登喜子さんですね?」
誘われるまま、部屋に入った。
以前来た時とは見違えるように綺麗な部屋だった。
お茶を用意された。
話を聞かされた。
その女の話を。
そして、言われた。
「兄はあなたの事が好きです。」
彰良は感情を表に出さない男だった。
言われて驚いた、しかし安心した。
別れ際に言われた。
「私は長いことはありません。」
「私が死んだら、兄のことを宜しくお願いします。」
暫くしてルミの様態が悪くなった。
真面目な彰良が無断欠勤した。
直ぐに登喜子がアパートの中に現れた。
ベッドに横になっているルミも、側に跪いたままの彰良も驚かなかった。
登喜子は直ぐに病院と、民間の救急車を用意した。
医者の診断では、良くて2週間くらいだとの意見だった。
「2年くらい前だったら・・・」
そんな事も言っていた。
登喜子はナオミを呼んだ。
冷静な登喜子の声ではなかった。
直ぐにナオミは現れた。
何も言わずにナオミはルミに手をかざした。
暗い顔のナオミが登喜子を病院の屋上に連れて行った。
登喜子はディルームで良いと思っていた。
ナオミは言った。
「ごめん! 何も出来ない。」
登喜子はナオミの胸ぐらを掴んで叫んだ。
「何とかしなさいよ! 最強の魔女なんでしょ!」
ディルームでなくて良かった。
「治癒の魔法はあるの。 でも、それに耐えられる体力は必要なのよ。」
「1年前なら、 いや、 半年前なら何とかなったかな?」
登喜子は泣き崩れた。
ナオミは何も出来なかった。声も掛けられなかった。
登喜子は毎日病院に通った。
看護師からは「仲の良い姉妹」と思われていた。
姉と一緒に見舞いに行った美智子が嫉妬するくらいだった。
タイムリミットは刻々と近づいていた。
ルミは登喜子に言った。
「兄と一緒になって、幸せにしてあげてください。」
「私の分、 それ以上長く・・・」
目を閉じたルミを見て、登喜子は美智子に連絡した。
何も使わずに。
直ぐに彰良を連れて美智子が現れた。
彰良は跪き、妹の手を取った。
ルミは言った。振り絞る様に。
「お兄ちゃん! お姉ちゃんと幸せになってね!」
最後の言葉だった。
弁護士事務所の自分のデスクの前に、彰良は座っていた。
「2度も、妹を助けられなかった。」
歯を食いしばったままの声だった。
登喜子の父親も母親も美智子も何も言えなかった。
登喜子は涙目の彰良の胸ぐらを掴んだ。
思いっ切り、平手打ちをかませて、叫んだ。
「ルミちゃんと約束したんだよ!」
「お前を幸せにしてやるって・・・」
それから、登喜子も料理教室に通い出した。
茶色い弁当から卒業しようと思って。




