37 平常心
平常心
俺とナオミは似ている。
「おっちょこちょい」のところ。
「忘れっぽい」ところ。
だから「指さし確認」を行う。
「感情の起伏が激しい」ところ。
「短気」なところ。
ナオミは美人で可愛くスタイルが良いので、帳消しになる。
羨ましい。
あれ? それじゃあ、俺! 良いとこ無いじゃん・・・
何でナオミは俺を好きになってくれたんだろう?
ナオミは、怒ったり、泣いたり、笑ったりと忙しい。
俺はどうだろう?
そういえば、ナオミの前で怒った事はない。
怒る必要がないのである。
そうか! 俺! 幸せなんだ!
平常心は大切である。
特に車を運転する時には・・・
ナオミは怒っていた。
テレビのニュースを見て。
戦争が起きようが、殺人事件が起きようが気にしない。
自分に危害が及ばないなら・・・
しかし、ニュース内容が気にいらない。
白昼に、高齢者だけがいる一軒家に押し入った強盗殺人事件であった。
ナオミを孫のように可愛がる、近所のおばあさんのところでも同じ様な事件があった。
幸い、ナオミの活躍でおばあさんは軽傷で済んだ。
優しいおばあさんである。
ナオミに祖母の記憶はない。
祖母は、親とも兄弟とも違う関係性である。
何でも話を聞いてくれる。
我が儘を聞いてくれる。
親は当事者である、子育ては必死である。
皆、やって来たことであると、おざなりに考えるが、大変な事なのである。
自分達の未来だけではない、国の将来も担っているのである。
だから、自分達が出来なかった子供への愛情の「残り」を孫に向ける。
「残り」であるから、人それぞれである。
おばあさんは、その「残り」が些か余っていた。
孫が遠くに住んでいた所為もあったのかも知れない。
おばあさんは、タップリ余った「残り」をナオミに注いだ。
ナオミはただの魔女ではなかった。
母の元に遊びに来た、母の魔女仲間からはいつも言われた。
「最強の魔女」と。
数百年に一度の「最強の魔女」と。
何をやっても上手く出来た。
魔力を発動すれば、もっと何でも出来た。
男は嫌いだった。
何故かは分からなかった。
何をやっても面白くなかった。
直ぐに出来てしまうから。
「面白くない」という態度があからさまで、表情が乏しかった。
基本、魔女や鬼女の類いは美人である。
美人だから、怒った顔が怖いのである。
ナオミも美人であった。
表情が変わらないのが、美人度を増した。
世間や男に媚びへつらって、生きていこうとは思っていなかった。
高校生くらいまでは、一生、一人で生きていくものだと思っていた。
いきなり一緒になった夫は優しかった。
これでもかと「愛」を注ぎ込まれた。
浸されるというより、愛に漬け込まれた感じだった。
流石のナオミも優しくなった。
今までの反動か? 優しさの根源、夫を大好きになった。
結婚してから、恋愛に進んだ形だった。
おばあさんもそうだった。
優しかった。
無限大に優しかった。
だから、懐いた。
大好きになった。
そんなおばあさんを襲った犯人達を、ぶっ殺そうと思った。
犯人の個人的事情など関係ない。
人殺しを何とも思わない連中には、当然の対応である。
しかし、おばあさんに言われた。
病院で。
ベッドに寝ていたおばあさんはナオミを撫でながら、言った。
「ナオミちゃんは優しい子だよ。」
「泣かないでおくれ。優しいナオミちゃんだよ。」
ナオミには「犯人を殺したりしないように」と言われた気がした。
おばあさんはナオミが魔女だと知っていたかのように。
おばあさんの言葉がなかったら、強盗団は全員抹殺していた。
出来れば関係者、親族の類いまでも。
この様な考えの所為で、魔女は残酷で冷酷だと思われる。
しかし、魔女から行動を起すわけではない。
人間から攻撃されたので、対応しただけである。
中世のヨーロッパでは、魔女狩りが行われていた。
魔女は好戦的ではない。
好戦的なのは人間の方である。
魔女は、人間が狼に襲われたのを助けたりもしていた。
ひねくれた大人であった場合、襲った狼よりも魔女の力が気になった。
恐ろしい力だと思った。
本当は、真っ直ぐな堅い木を槍にして、狼に命中させただけだった。
魔法でも何でもなく、身体能力の高さだったのです。
ひねくれた大人はその力が自分に向けられるのではないかと考えた。
ひねくれているから、そんなことを思ったのか?
「畏敬の力」
素直に考えれば何でもなかった。
自分達を守ってくれたのだから。
噂は広がった。
領主の耳にも噂は聞こえた。
騎士団に命令が下った。
魔女を捕まえてこいと。
騎士団長は魔女が抵抗すると思った。
しかし、魔女は何もせず、アッサリついてきた。
手枷などはしなかった。
逃げる素振りなどしなかったから。
騎士団と一緒に散歩する様だった。
領主の大きい屋敷には地下牢があった。
魔女は地下牢に入れられた。
「何もしていない自分を、ハッキリ言えば人間を助けてやった自分を、こんな所に何故入れる?」
ちょっと人差し指を立てると、領主達の話が聞こえた。
「あの魔女を処分しよう! 首を落としても災いを起すかも知れない。 火あぶりにして灰にして川に流してしまおう。」
騎士団の男達は紳士的だった。
代々、騎士団として研鑽を重ねてきていた。
領主であろうとも、間違えた指示には従わなかった。
魔女を連れてくる時、手枷はしなかった。
逃げるそぶりはなかったから。
途中、一緒に食事もした。
お茶も飲んだ。
和やかなひとときだった。
心が腐っているのは、領主とその取り巻きであるのは分かった。
魔女が指をならすと、地下牢の中には誰もいなかった。
地下牢から魔女が逃げた。
領主は騎士団に再び魔女を捉える様に命じた。
魔女が悪いものではないと知っていた騎士達は動かなかった。
あれほど優秀な騎士団が動かない。
住民達も疑問に感じていた。
討伐隊を募ったが、住民の誰一人として参加しなかった。
焦った領主は金の力で荒くれ者を集めた。
金と権力だけはタップリあった。
しかし、頭が悪かった。
人を見る目がなかった。
集まった荒くれ者達で、魔女の討伐隊が組織された。
直ぐに魔女の家は分かったが、家の中には誰も、何も無かった。
討伐隊には前金が支払われていた。
残りは魔女を連れてきてからの支払いだった。
手ぶらでは帰れない。
何か魔女の代わりが必要だった。
魔女の住んでいた所からは離れていたが、老婆が一人で住んでいた。
見た目はよっぽど魔女らしかった。
「自分は魔女ではない。」
討伐隊は、騒ぐ老婆の舌を切断した。
昔から、処刑する者が騒ぐのを止めさせる為に行われていた事である。
「舌を噛みきって自殺した」などと、もっともらしい事が言われているが、舌の根元でも切らない限り死ぬことはない。
千切れた舌が喉に詰まれば、その限りでは無いが。
老婆が魔女では無いと言い張る事を止めさせるのが目的だった。
老婆は、地下牢に入れられ、飲まず食わずの数日後、町の広場に連れて行かれた。
地下牢では拘束され、糞尿は垂れ流しであった。
汚い身なり、酷い悪臭。
元々痩せていた。
水すら与えられず、生きているのが不思議だった。
頬がこけ、畑仕事で肌は焼けていた。
頬がこけていたので、鼻が大きく見えた。
窪んだ目も大きく見える原因だった。
今に残る、絵本などの魔女の姿だった。
丸太に縛られ、沢山の薪の真ん中に空けた穴に立てられた。
老女は観念していた。
老女には家族がいた。
優しい息子と、もっと優しい嫁だった。
孫も二人いた。
愛らしい孫達だった。
息子は木こりをしていた。
家族で町に買い出しをした帰りだった。
数日続いた土砂降りで、崖崩れがあった。
息子家族はそれに巻き込まれたのである。
通っていた道は街道で、人通りも多く、定期的に整備が行われていた。
土砂崩れは「人災」であった。
賄賂ばかり受け取って、碌な整備をしない領主の責任であった。
探した。 探した。
もしかしたら。もしかしたら。
見つけた。
優しい嫁だけが、やっと生きていた。
「おかあさんは長生きしてください。」
それっきり、優しい嫁の声は聞こえなかった。
もしかしなかった。
皆死んでしまった。
老婆は何度も死のうと思った。
その度に、優しい嫁の言葉が聞こえた。
「おかあさんは長生きしてください。」
それから何年生きてきたのか覚えていなかった。
縛られて、生きたまま火が放たれた。
老婆は笑っていた。
「これで優しい息子や優しい嫁、いや、嫁と言うより愛する娘のところに行ける。」
「可愛い孫のところにも。」
笑った老女を見て、領主は叫んだ。
「見ろ! 炎の中でも笑ってる! 魔女だ!」
「もっと木をくべろ! 油もまけ!」
油を掛けると炎の勢いが増した。
「見ろ! 魔女だ!」
領主は狂っていた。
灰になるまで燃やし続けた。
太い骨も粉々に砕かれた。
誰もいない夕暮れ、灰は集められ、荷馬車で川に運ばれた。
海に続く川だった。
魔女の報復を恐れ、直ぐに川に流された。
灰の一欠片も残さなかった。
牧師だか神父だか分からない男が、経典の一文を唱えながら立ち会っていた。
領主と一緒に魔女を殺せと言っていた男だった。
魔女は異教徒だと信じていた。
自分の信じる宗教に災いをもたらすと。
実際、牧師だか神父だかが戦争を止めさせたと、聞いたことはない。
異教徒を根絶やしにする事を好んで行う人種である。
だから、魔女は神や仏を信じないのである。
狂った領主は、大きな屋敷の塔から落ちて死んだ。
皆、魔女の祟りだと噂した。
息子が領主になった。
親に似た馬鹿だった。
パン屋に可愛い美人の娘がいた。
結婚相手は決まっていた。
新しい領主は横恋慕した。
パン屋の娘と婚約者はピクニックに行った。
二人が少し離れた時だった。
婚約者は新領主に雇われた男に殺された。
娘が倒れている婚約者に気付き、駆け寄ると新領主に雇われた男達に捕らえられた。
手には血のついたナイフが握らされていた。
男達は言った。
「魔女が婚約者を殺した!」と。
「魔女とバレたので殺した!」と。
地下牢に入れられた娘は、夜中に新領主から言われた。
「俺の女になったら助けてやる!」と。
娘は睨み付けただけだった。
何日も同じ事を繰り返したが、娘の答えは、無言で睨み付けるだけだった。
新領主は、雇った男達に娘を縛りあげさせた。
この頃には、元々この家に仕えていた者はいなくなっていた。
新領主は娘を犯した。
何度も何度も。毎日、毎日。
それでも、娘は無言で睨み付けるだけだった。
ある夜、新領主が娘を犯した後、娘を縛った縄がほどけた。
娘は目の前にあった新領主のイチモツを噛み切った。
次の日、娘は裸のまま丸太に縛られて、町の広場の真ん中にさらされた。
前の可哀想な老婆と同じ様に。
違っていたのは、町の住民がいない事だった。
皆、町を捨てて、別の土地に移っていった。
新領主と一緒に居たのは、金で雇った荒くれ者達と、領主に賄賂を渡して裕福になった者達、そして牧師だか神父だか分からない男だけだった。
騎士団長は悩んでいた。
何とか町の人達を助ける事は出来ないかと。
悩みながら、町を歩いていると、見たことのある娘がいた。
あの時、領主に命令されて捕まえた魔女であった。
騎士団長は魔女に駆け寄り言った。
「相談がある。俺の家まで来てくれないか?」
断られるかと思ったら、ついてきた。
何故か腕を組んでいた。
騎士団長は独り者である。
騎士団長の家なので、大きかった。
使用人もいて、部屋も綺麗で男臭さはなかった。
魔女は自分の家の様に先を歩き、寝室に向かった。
魔女はベッドに腰掛けるとこう言った。
「やりたいことは分かった。ただ、条件がある。」
騎士団長は、まだ何も言ってはいなかった。
町の人を助けてくれとは一言も。
騎士団長は言った。
「条件って?」
魔女はハッキリ言った。
「お前が私と結婚する!」
騎士団長が躊躇する様に言った。
「君と一緒に歩いていた時、幸せを感じた。」
「俺で良ければ、こんな嬉しいことはないけど・・・」
魔女は少し口を尖らせた。
「煮え切らないヤツだな! ハッキリしろよ!」
ハッキリと大きい声で騎士団長は言った。
「僕と結婚してください。」
「よし!」
と魔女が言うと、夕食の時刻となった。
ダイニングでは、何故かテーブルには2人分の料理が用意されていた。
もっと騎士団長を驚かせたのは、執事やメイド達が魔女を「奥様」と呼んでいることだった。
食事が終わり、寝室に戻った。
何故かカーテンが可愛いものに変わっていた。
確か、もっと殺風景なものの筈だった。
魔女は言った。
「さあ! ヤルよ!」
「ほ、本当にいいんですか?」
騎士団長は初めてだった。
魔女は、ヤル気の割にはぎこちなかった。
終わって、ベッドの上で二人で天井を見上げていた。
「これで本当の夫婦だ!」
そう言ってベッドから魔女が立ち上がると、シーツに血が付いていた。
「おい! 怪我してるのか?」
騎士団長が慌てた声をあげた。
「お前も初めてだろうけど、私だって初めてだ!」
魔女は顔を赤くした。
「魔女って、いろんな男とやりまくっていると聞いてたけど・・・」
言い終わる前に、騎士団長は魔女に思いっ切り叩かれた。
叩かれた頬は痛かったが、嬉しかった・・・Mかもしれない?
魔女は怒って言った。
「それは魔女じゃなくて、痴女! 一緒にするな!」
「魔女がいろんな男とやりまくっていたら、沢山子供が出来て、世の中魔女だらけになっちまうだろう。」
二人は服を着ると、打ち合わせを始めた。
魔女が少しガニ股なのが気になったが。
「魔女にもルールがある。人間に魔法を使うところは見せられない。」
「だから、全てお前がやったことにするんだ。」
魔女がそう言うと、騎士団長が質問した。
「俺には見せてもいいのか?」
「私たちは結婚している。私はお前のもので、お前は私のものだ。」
魔女の言っている意味がよく分からなかった。
しかし、次の一言で納得した。
「だから、お前はもう、魔女の一部だ!」
領主側に付いている町民は殆どいなかった。
移動するのは大人数となる。
時間も手間も掛かる。
「大丈夫だろうか?」
夫に魔女は言った。
「私は誰?」
夫は妻に言った。
「分かった。 宜しくお願いします。」
決行の日時は決まった。
町民の誰にも、何も知らせなかった。
しかし、予定した闇夜の晩に、皆、集まっていた。
馬車も荷車も、移動中に必要な食料も準備万端であった。
子供の泣き声がした。
大きな声で喋っている者もいた。
しかし、集まった者達以外には聞こえなかった、
真の闇と静寂だけが広がっているだけだった。
騎士団長の合図で出発した。
皆、馬車に乗っていたが、手綱は持っていなかった。
全て分かっているかのように馬が進んでいたからである。
馬車に揺られながら、夫は言った。
「地下牢にいる娘は助けなくて良いのか?」
「あそこには、もう娘はいない。 いるのは「皮を被った復讐」だけよ。」
「あなたが、最初に私に会いに来た時、私を地下牢ではなくあなたの家に連れて行ってくれたら、あの子もあの子の両親も助けられたけど。」
そういった妻は、悲しげな顔だった。
「あなたが私とベッドでした時、あなたが私に注ぎ込んだのは何だと思う?」
夫には分からなかった。
「精子」と言いそうになったが、言わなかった。
「あなたから私に愛が注ぎ込まれたの。 だから、こうしてみんなを助けるの。」
「魔女は元々、自分を守る為に人間には愛を感じないの。」
「人間なんて死のうが生きようがどうでも良いのよ。」
「でも、自分の夫になる人は、何故か分かるの。」
「その人だけには愛を感じるみたい。」
夫には妻の言葉は子守歌のようであった。
妻は夫にキスをすると、抱き合うように眠りについた。
娘は既に知っていた。
親兄弟は既に新領主に殺された事を。
婚約者の家族も同じ様に。
新領主に犯される度に言われていた。
「俺の女にならないならば、一人ずつ殺してやる」と。
どうせ皆を殺すつもりなのは分かっていた。
火が放たれた。
娘は、股間が腫れて異様に膨らませていた新領主に叫んだ。
「呪ってやる!」
可愛い、美人の娘だった。
目を見開き、睨んだ顔は恐ろしかった。
しかし、丸太に縛られていたのは娘ではなく「皮を被った復讐」であった。
新領主は叫んだ。
「見ろ! やっぱり魔女だ!」
数日して新領主の股間の腫れは益々大きくなった。
色々な医者に診せたが、手遅れだった。
新領主は、もがき苦しんで死んでいった。
何故か、残っていた者達も苦しんで死んでいったという。
その後、「呪われた町」として、誰もいなくなった。
ナオミは夫が出掛ける前、約束していた。
新宿の駐車場で待ち合わせをする事を。
今日、夫は午前中で業務を終え、午後は半休であった。
二人で平日にドライブしようと目論んでいた。
「ぶっ殺しておけば良かった。」
まだ、ニュースの影響が身体に残っていた。
冷たいシャワーを浴び、リビングでノンビリしていたら、収ったようであった。
平日で、道も混んでいるだろうと思い、早めに家を出た。
裏道から幹線道路に出るのに時間が掛かった。
信号が変わっても、発進しない車がいた。
何もしないで、信号1回待ちになった。
発進しない車の運転手は、見ているのは前ではなく、手元のスマホのようだった。
常にスマホを手に持っていないと我慢出来ない、病気の人間がいる。
「モバイル症候群」である。
この病気の怖いところは、車の運転中でもスマホをいじってしまう事である。
この病気の所為で、「車を運転しているときはスマホは触りません!」と平気で嘘をつくようになってしまう。
信号待ちしている先頭の運転手は、まさにこの病気であった。
「2度目は許さないぞ!」
今日はご機嫌が悪いナオミであった。
信号が変わっても、やはり発進しない。
ナオミはクラクションを鳴らした。
ナオミだけだったら、件の運転手はキレて怒鳴り込んで来たかもしれなかった。
まあ、そうなれば半殺しは確定だったが。
キレやすいのも、この病気の症状である。
10台以上並んだ車の殆どがクラクションを鳴らした。
何とか、3台目に並んだナオミまでは信号を超える事が出来た。
普通なら、7,8台は余裕で信号を通過出来たはずである。
幹線道路に出た。
結構混んでいる。
早めに出発して正解だった。
しかし、モバイル症候群のバカ運転手が前にいる。
幹線道路とは言っても、2車線で歩道側は荷捌きの車が駐車している。
信号でなくても、おバカの発進は遅い。
反対側にある交番を過ぎた辺りで、ナオミは左手の人差し指で逆Uの字を描いた。
右手でも良かったが、ハンドルを握っていた。
直ぐにおバカの車はUターンし、交番の前をトロトロ走った。
急なUターンとノロノロ走り。
当然後ろの車がクラクション。
交番の警官が飛び出してきて、ホイッスルを鳴らしてバカ車を止めた。
降りてきたバカ運転手はスマホをいじったままだった。
そのまま交番の中に連れて行かれた。
まあまあのスピードで、新宿に向かう。
停留所から発進するバスには、道を譲る。
反対車線の一つ先の信号で、信号待ちをしている車の先頭が窓全開で大音響。
ナオミは窓を閉めているし、50m以上は離れている。
それでも音は聞こえてくる。
音量が大き過ぎて曲が分からない程だった。
ナオミは、信号が変わって走り出した大音響車に「指でっぽう」。
爆発音がして、全開の窓から白煙が上がる。
近くを転がしていたパトカーがその車の前で止まる。
大音響が止まると、物凄く大きい排気音がした。
大きい排気音が聞こえない程の大音響だったのである。
ついでに「シャコタン」。
コンビニ等の車止めは使用不可のクリアランスである。
乗っていた運転手は下ろされ、運転免許証と車検証を提出させられていた。
皆、おバカ達を見ながら、ゆっくり通り過ぎていく。
通り過ぎる時、ナオミは言った。
「ザマーミロ!」
まだ、怒りが収らず、ちょっと情緒不安定である。
信号で止まる度、深呼吸を繰り返す。
「どうも、イマイチ!」
駐車場に着くと、帰りに出しやすい場所が空いていた。
「ラッキー!」と言いながら、もう一回、深呼吸。
駐車場は地下2階。
地下1階の地下広場の横に出る。
向こうから来る夫、 発見!
ナオミは、思わず走っていって抱きついてしまった。
抱きついて直ぐに分かった。
自分の怒りが消えている事に。
手を繋いで、デパート最上階のイタリアン・レストランに行く。
結構混雑していて、空席待ちもいた。
店は広いが、テーブルの数が少ない、ユッタリ系である。
夫が受付で何やら言っている。
直ぐに二人は予約席に案内された。
予約済みであった。
夫! えらい!
注文をする。
ランチのコースにオマケを付けた。
オードブルとサラダ、それぞれに。
ピザにパスタ、お勧めをひとつずつ。
と思ったが、ピザはマルゲリータとお勧めにした。
夫は肉料理で、ナオミは魚料理。
勿論シェア予定。
(殆どナオミのものになる可能性あり!)
デザートとコーヒー、二人分。
赤ワインと白ワイン、それぞれボトルで・・・夫の大サービス!
ニコニコ顔のナオミと、それを嬉しそうに見ている夫。
周りからは、見るのも馬鹿臭い光景であった。




