32 ルール
ルール
ルールは絶対である。
法律もルールである。
ルールは国民ひとりひとりを守る為にある。
国民ひとりひとりを守ることが、国を守るのである。
人間がつくったものである。
時代が変わって合わなくなることもある。
大した事ではない。
良いものに替えるだけの話である。
魔女の世界にもルールはある。
事細かく決まっている。
基本ルールがいくつかある。
日本国憲法の三原則と一緒である。
その中の一つが
「人間の前で魔力を行使する場合は、その場にいる周りの人間を消し去れ」
と言うものだった。
古代ヨーロッパで、盛んに魔女狩りが行われた。
その頃につくられたルールである。
色々な処刑方法があったと文献にはある。
有名なのは火あぶりである。
しかし、実際に処刑されたのは魔女ではなく、人間の女性であった。
人間ごときに掴まって、処刑される様な弱い魔女は存在しない。
しかし、何かがあってからでは遅い。
自分を、自分達を守る為、魔女のルールブックに記載されたルールであった。
「人間の前で魔力を行使する場合は、その場にいる周りの人間を消し去れ」
魔女のルール変更は、魔女の世界大会で決議された。
通常のルールは、多数決で変更が可能であった。
しかし、ルールの原則に関わる事項の変更は、簡単ではなかった。
簡単に変更出来たのでは「原則」にならないからである。
替えるには「対価」が必要であった。
原則を変更したいと宣言した魔女に対するものであった。
生やさしい対価ではなかった。
魔女自身の命、それではない。
その魔女が自分の命よりも大切にしているもの。
それであった。
現代の魔女は、昔のように人里離れた森に住んではいない。
見た目では判断ができないのである。
普通に人間の社会に入り込めば、それで事足りたのである。
従って、「人間の前で魔力を行使する場合は、その場にいる周りの人間を消し去れ」というルールは変更する必要があった。
実際は、魔力を行使しても、周りの人間の記憶から魔力に関する部分を消し去るだけなのである。
魔女は皆、対価に対する恐れがあった。
ルールブックは魔女の血によって書かれていた。
普通のルールはひとりの魔女の血で。
原則は魔女全員の血で書かれていた。
昔、世界中の魔女が集まって血を集め、書き直しを試みた。
ルールブックから拒否された。
「対価を出せ!」と。
だから、何百年もの間、変更されずに現代に至ったのである。
デパートで駅弁大会が開催されていた。
ナオミの夫は駅弁も好物であった。
人気の駅弁大会である。
夫の休みの土日は混雑していた。
TV局の中継も、わざわざ混雑している土曜日に行われるので、ナオミは平日に行く事にした。
新聞と一緒に郵便受けに入っていたチラシをチェックした。
あれも買いたい、これも買いたい。
ひとりだと大変そうだった。
隣の家に娘がいた。
スズという名の中学3年生である。
ナオミが通っていた同じ学園に通っていて、今日は学校行事で休みだった。
スズに声を掛けた。
「車で新宿の駅弁大会に行くけど、手伝ってくれない?」
大好きな隣のお姉さんである。
美人でスタイル抜群。
空手も強く、たまに教わっていた。
何より、学園で「永遠のマドンナ」との歴史が残っている女性であった。
スズは二つ返事でOKした。
スズの親もナオミと一緒なら大賛成で、自分の家の分の購入メモを娘に渡した。
地下の駐車場に車を停めた。
車から降りるとき、スズが言った。
「ナオミお姉さん! 人が変わったみたいだった。」
ナオミは車のハンドルを握ると人格が変わる方だった。
勿論、魔女になったときは、雰囲気だけでなく別人のようになるが。
「今度、高速道路でドライブしよ! スズちゃん! しょんべん、チビッちゃうぞ~!」
「ヤダ~! おね~ちゃん!!」
仲良しの二人だった。
ナオミとスズの二人で、結構な数の弁当を買い込んだ。
沢山マイバッグを用意していた。
それでも、お弁当以外に名産品を購入したので、車とデパートを2往復した。
レシートを見せて駐車券をもらった。
結構買い込んだので、2時間券だった。
「まだ、1時間近く無料駐車ができるよ! 折角来たんだから、他のお店も見てみよう。」
そう言って、アクセサリー等を売っているお店の方に地下道を歩いて行った。
いきなり爆発音がして、天井や壁が崩壊した。
ナオミは瞬時に魔力を発動し、空間を確保した。
暗闇の中だった。
急に近くが明るくなった。
スマホを持った若い女性であった。
「え~! 圏外?!」
多分、躯体のコンクリートの外側仕上げでモルタルを塗る際、メタルラスが使われていたのかも知れない。
「電磁波フリーハウス」状態であった。
ナオミは一気にコンクリートを吹っ飛ばそうと思った。
しかし思い出した。
魔女の原則ルールである。
「人間の前で魔力を行使する場合は、その場にいる周りの人間を消し去れ」
知らない人間だけなら、死のうが生きようが、何とも思わないナオミであった。
しかし、スズが隣にいた。
「クソ! 何とかならないか?」
ナオミの夫は、爆発が起きたとき、新宿の設計事務所との打ち合わせの帰りであった。
今度、再開発する予定の地下通路での爆発と聞こえてきた。
「爆弾テロ」とも聞こえてきた。
数週間前に、地下通路の現地調査に立ち会った事があった。
嫌な予感がした。
確か、ナオミが今日の夕食は「駅弁大会開催!」と言っていた。
夫は調査の際にはヘルメットを持参していた。
軽くて丈夫であったが、いささか大きかった。
折りたたみ式もあったが、安全第一である。
折りたためないヘルメットを持って歩いていた。
少し先に規制線が張られ、事故現場だと分かった。
爆発に巻き込まれた人の捜索に沢山人がいた。
見覚えのある人物を発見した。
向こうもこちらに気が付いた様だった。
地下街を管理する建築設備担当の次長であった。
手招きをされて、規制線の中に入った。
慌てて背中のバッグからヘルメットを取り出した。
規定通りにヘルメットを被り、シッカリ顎の固定を行った。
あご紐も締めず、ヘルメットを載せただけの馬鹿なヤツを見かけるが、ヘルメットを被らないより危険な場合がある。
安全第一である。
次長に図面を渡された。
瓦礫の下の何処に被災者がいるかなど、分かる筈もなかった。
夫には、何故か図面の一部が光って見えた。
「こっちだ!」
そう言うと、夫は駆け出した。
直ぐにその場所に着いた。
「ここだ!」
夫がそう言うと、一緒に走ってきた大勢と瓦礫の撤去を開始した。
慎重に鉄パイプを瓦礫のすき間に突っ込み、テコの要領で動かすと、大きなコンクリートの板で囲まれた空間が現れた。
ナオミとスズがその中にいた。
ヘルメットを被った夫にナオミが抱きついた。
沢山のカメラのフラッシュが光った。
警察関係者からの簡単な事情聴取はあったが、ナオミもスズも怪我はなかったので、直ぐに帰宅出来た。
次長からナオミは名刺を受け取った。
名刺の裏側に「駐車料不要」と記載され、サインがしてあった。
「出口の係員に渡せばそのまま出られます。無事で良かったですね。」
「旦那さんのお蔭で、被災者は皆発見されました。」
夫は会社に戻った。
ヒーロー扱いであった。
緊急対策用のTV画面に、会社のマークが付いたヘルメットが大写しになっていた。
夫が「帰るライン」をすると、「自宅で待っている。」との返事だった。
自宅に戻ると、「駅弁大会開催!」であった。
ナオミとスズの家族も一緒だった。
スズの父親と母親の両方から言われた。
「本当に、今日は有り難う御座いました。」
スズの、高校生の兄からも同じ様なお礼を言われた。
スズからはこうだった。
「お兄さん! ありがとう!」
この間、「おはよう! おじさん」と言われた記憶があった。
テレビのニュース画面に、大きく、夫にナオミが抱きついた画面が映し出されていた。
タイトルは・・・「愛の救出劇!」




