31 夢見
夢見
夕食後、いつものように、テレビを見ながらコーヒーを飲む。
毎週、連続で見ないと、見なくても良いかなと感じてしまう。
一種のテレビ離れである。
二人の部屋で、それぞれ好きな事をする。
ナオミはパソコンを操作する。
夫はステレオコンポでFMを聞いている。
近頃は、AM局もFMで電波を飛ばしている。
今日はFMの様だ。
懐かしい曲が流れている。
「髪をほどいた~ 後ろ姿が・・・・・」
今の自分だ。
ナオミは思った。
きっと来る!
曲に合わせて。
後ろから。
「今夜君は・・ 俺のもの・・・」とか、言いながら。
パソコンのキーボードやマウスに注意をはらう。
以前、通販サイトを見ていたとき、後ろから抱きつかれて、ポチってしまった。
「さあ 来い!」 準備万端である。
エロバカ亭主である。
嫌いではない。
むしろ好きである。
まだ来ない・・・曲が終わるぞ。
このまま寝てたりしないよな?
後ろから、鼻水をすする音がする。
テッシュで鼻をかんだ音もした。
後ろを振り向くと泣いてやがる。
らしくない。
止めてくれ!
こんな、いや、この曲でスイッチが入ったのか?
風呂から上がって、二人の部屋へ。
ベッドを見ると、向こうを向いて寝ている。
ベッドに入り、夫の背中に抱きつく。
これはこれで好きである。
ナオミは気分良く寝てしまった。
どうも俺は調子が悪い。
身体の調子ではない。
ジムでバーベルを持ち上げても、いつも通りの重量、回数、セット数。
問題無い。
何か、胸の奥でモヤモヤする。
何だろう? と考えながら仕事をすると、CAD操作を間違えた。
「どうも調子が悪いんだよね・・・心の病かな?」
そう呟くと、隣の同僚から声がかかった。
「そんなことネ~よ! お前、脳天気が売りじゃね~!」
周りでマウスを動かしている連中から笑いが漏れた。
同僚はいつものように、俺が軽口で帰してくると思っていた。
返しが来ない。
横を見ると、思い詰めた男がいるだけだった。
「恋煩いか? イヤ、そんな事ね~よな。新婚だし・・・」
他の同僚から声がかかった。
「浮気か?」
「お前の筈はね~から、奥さんの方とか?」
意外な人物から声がかかった。
「マジメが服を着て歩いている」オンナ! いつも厳しい女性の先輩である。
優秀な女性で、旗印は「男に勝つ!」
今度の人事で,主任から飛び級で課長になる予定の人である。
「あの子は、そんな人ではないわ!」
まさかこんな話に乗ってくる人ではないと、皆、思っていた。
「先週、こいつと連絡が取れなくて、こいつのイエデンに電話したのよ。」
会話の途中に、ため息が入った。
「そうしたら、奥さんが出て、何故かこいつと奥さんのノロケバナシになって・・・」
「30分以上、ノロケ話を聞かされた!」
他の女子社員が繋ぐ。
「あ~! 主任が初めて会議に遅刻した時ですね。」
主任曰く「自衛隊のガンタンクみたいなしゃべりで・・・」
「息を吸いながら喋ってた。」
「負けた・・・・・!」
更に他の女子社員が「マシンガンの主任がですか?」
「完敗!」そう言って主任は項垂れた。
部長の説明が始まる。
「正式には「87式自走高射機関砲」と言って、正式な愛称は「スカイシューター」だ。」
「戦闘用ヘリでも相手にならないと言われている。」
「は~い! お仕事しましょ!」
主任の一言で、雑談は終了。
取り残され、もっと喋りたかった部長を残して、全員CADに集中した。
部長の机の上には、自衛隊戦車のプラモが飾られていた。
毎週、違うものに変えられているが、誰も気が付かない。
会社でこのザマである。
一緒に暮らすナオミに分からない筈はなかった。
俺は涙目でナオミに言った。
「同じ夢を何度も見る。」
「近頃はハッキリ覚えている。ナオミが走り去っていく夢・・・」
ナオミは平静を装いながら、何とかしようと思った。
頑張った!
頑張り過ぎたのがいけなかった。
夫を愛し過ぎているのも、影響した。
結果、自分自身で、何をやって良いのか分からなくなった。
デジタル魔法システムで、1週間の夫の行動を確認した。
いつ、何処で、誰と・・・全てが表示され、夫が歩く姿、仕事中の姿も表示された。
徹底的に確認した。
・・・・分からなかった。
ナオミはいつも夫と一者に寝ている。
エロバカ亭主である。
ちょっと誘えば、直ぐに反応した。
おかしい。
背中を向けている。
いつもは、ほぼ真っ直ぐに寝ている夫であった。
丸くなっている。
こっそり背中越しにのぞいてみると、泣いているようにもみえる。
ナオミから誘う事もある。
誘ってみると「うん・・・」しか言わない。
涙目の夫を見たら、抱き締める事だけしか出来なかった。
暫くして、一緒に寝ているとき、うわごとを言うようになった。
はじめの頃は小さくて聞き取れなかった。
そんな日が1週間ほど続いた。
寝ている時、夫は叫んだ 「ナオミ~!」
夫が右腕を伸ばし、何かを掴もうとしていた。
慌ててナオミは夫の手を掴んだ。
「ここよ! ここにいる!」
それ以上の声は出せなかった。
ナオミは自分が冷静さを欠いていると分かっていた。
デジタル魔法システムを上手く操れない。
気持ちが先行し過ぎて、イライラしてしまう。
誰かに助っ人を頼もう!
母親?・・・システム操作に不安がある。
姉?・・・・心配するのではなく、面白がられてしまう。
・・・・・・・・・
そうだ! 美智子に頼もう!
いきなり美智子のスマホが鳴った。
ナオミからであった。
喋っている内容が分からない。
こんなに焦っているナオミを知らなかった。
美智子自身の方が焦ってしまうほどに。
「直ぐ行く!」
それだけを言うと、美智子の手にあったスマホは消えていた。
スマホが消えて直ぐに、ナオミが項垂れて座っているリビングに、美智子は現れた。
こんなに落ち込んだナオミを見た事がなかった。
美智子は何と声を掛けて良いか分からなかった。
しかし、ナオミから呼ばれた内容を確認する必要があった。
自分で顔が引きつっているのは分かっていた。
とにかく微笑みながら話しかけた。
「おね~ちゃん。どうしたの?」
いきなりナオミに両手を掴まれた。
泣いていた。
誰が! 姉とも慕うナオミを泣かしたのか?
許せない! 美智子から怒りの炎が立ち上がった。
ナオミの言葉は以外なものであった。
おに~ちゃんの筈はないと思っていた。
「夫が、 夫が、 おかしいの!」
そんな筈はない!
おに~ちゃんがナオミおね~ちゃんを裏切る筈はない。
「おね~ちゃん! システムでおに~ちゃんを確認した?」
ちょっと絶叫に近い声をあげてしまった。
ナオミは頷いただけであった。
2階のパソコンの前に美智子は立っていた。
「ナオミおね~ちゃんが見たヤツ!」
そう言うと、ナオミが見た画面が映し出された。
椅子に座って、確認した。
何処かに、おに~ちゃんの動きにおかしいところが有る筈だ。
場面数が多い。1週間以上だ。
倍速で確認した。
システムに、「兄」の動きが不自然である所で、倍速を止める様に指示していた。
ナオミから教えて貰った操作方法であった。
裏画面で、ナオミの操作履歴をチェックしていた。
あのおね~ちゃんがこの操作をしていない?
驚きだった。
常に冷静で、ミスを犯さない、大好きな「姉」だった。
ディスプレイを増やし、表も裏も両方表示させていた。
暫くすると、表画面は倍速ではなくなっていた。
画面を停止させ拡大した。
映し出された「兄」の手は少し前に伸ばされていた。
前の方に何かがあるはずだ。
兄が掴もうと手を伸ばした先の画面を見た。
そこにはナオミが映っていた。
いつものナオミの姿ではなかった。
黒いミニワンピースにハイヒール。
魔女の時のナオミであった。
美智子は画面を兄に戻した。
何か、言っている。
何を言っているのか分からない。
声を出していなかった、いや、声を出せなかったのであろう。
しかし唇は動いていた。
美智子には何と言っているか分かった。
「ナオミ!」
リビングで項垂れているナオミを見た美智子は、焦っていた。
しかし、自分が冷静ではないことに気付かなかった。
パソコンの画面をそのままにして、階下に降り、美智子はナオミの側に座った。
魔女であり、完璧である姉が、魔女の姿のまま映像に映る筈はない。
それでも、確認の為に聞いた。
「おね~ちゃんの、「魔女の部分」だけで行動したことはない?」
ナオミくらいの魔女になると、本人ではなく「魔女の部分」だけを行動させる事が出来る。
「結構、やっているから~」
ナオミの曖昧な返事であった。
美智子が指を鳴らすと、テレビの画面に、先程のパソコンの映像が映し出された。
美智子は、2階のパソコンがある方向に左手を伸ばした。
「場所と日付と時間!」
大きめの声だった。
美智子は、ナオミと同じく、自分も操作ミスや指示ミスは犯さないと思っていた。
自分が焦ってどうするんだ。
深呼吸を数回繰り返し、画面の説明をした。
「原宿の表参道と明治通りの交差点近くよ!」
「ほら、おに~ちゃんが少し手を伸ばしている。」
「この先よ。」
黒いスーツのナオミの後ろ姿だった。
「あ! アタシみたい。」
何故?と言いたげなナオミの声だった。
「おね~ちゃんは魔女の時、映像に残る様なミスはしないよネ?」
「おね~ちゃんは魔女の時、男に垂れかかる事はないよネ?」
魔女全開か、魔女部分のみで分離したナオミには、優しさは無い。
当然、男に垂れかかることは無い。
夫と一緒で無ければ。
「う~ん?」
二人で悩む。
それに表示された日時である。
この時、二人はシステムの点検中であった。この家で。
「う~~~~ん!!!」
二人で悩むが、分からなかった。
「一緒に居る男に見覚えがある。確かファッション雑誌に載っていたモデルだ!」
そう言って、美智子がパソコンの元へ走った。
美智子はパソコンに手をかざす。
思った通りのファッションモデルの男であった。
女性誌に、同じファッションモデルの女性と原宿でデートしているとの記事も思い出した。
情報源はヘアサロンの女性月刊誌である。
女性のモデルの方が「惚の字」で、見せびらかすため、定期的に原宿でデートを繰り返しているらしかった。
そんなモデルの男とナオミおね~ちゃんが・・・? 信じられない!
「この男は、今度はいつデートする?」
美智子はパソコンに指示を出した。
パソコンに表示された日時に、兄を呼び出した。
兄は、丁度その曜日のその時間、原宿近くの設計事務所との定期的な打ち合わせが終わる日時だった。
姉のナオミには、その日のその時間に、パソコンで状況を見る様に話をしていた。
大学を卒業してから、美智子は派手な服は着なくなった。
今日はミニではなく、膝下ギリギリのフレアーなスカートだった。
兄を見つけた美智子は、何も言わずに兄の腕をシッカリ掴んだ。
「どうした?」
いつもの事なので兄は驚かなかった。
周りの男性の眼は、驚きと羨望ではあったが。
「さ! こっち行こ!」と美智子に引っ張られる様に歩き出した。
明治通りを、表参道との交差点から新宿方面に少し進んだところで、件の男を発見した。
「ターゲット、発見!」
美智子は小さく呟いた。
次の瞬間、兄も美智子も立ち止まってしまった。
男にしな垂れかかって歩いていた女の後ろ姿が、ナオミにしか見えなかった。
美智子が兄を見ると、絶望的な顔をしていた。
そんな筈はない。
兄に会う前に姉のいる場所は確認していた。
家のパソコンで、美智子達を見ている事を。
兄の腕を放すと、美智子は少し早足で男達の前を通り過ぎた。
通り過ぎる時、しな垂れかかる女の顔を確認した。
あのファッションモデルの女だった。
後ろ姿は似ていた。そっくりだった。
しかし、前から見ると姉の方が数段、上だった。
胸の大きさは貧弱と言えるほどだった。
(比較する相手が悪すぎる?)
おね~ちゃんの真似なんかしやがって!
勝手に美智子は怒った。
成敗してくれる! ・・・古い?
美智子は少し妖艶なステップで歩き出した。
小さく右手で指を鳴らした。
フワっとスカートが風で持ち上がった。
ミニばかり見ていると、太ももを見たくらいでは何とも感じない。
しかし、隠されているものが見えた時の興奮度は高い。
後ろを歩いていた男達は、皆、歩みを止め、チラッとだけ見えた美智子の太ももに釘付けになっていた。
慣れというものは恐ろしい。
色々な美智子を見せつけられている兄であった。
追いついた兄は、何も感じる事はなく美智子と腕を組んだ。
交差点での羨望の眼差しの数ではなかった。
ただ、兄はナオミと一緒に歩いているので、そんなものは屁でも無かった。
後ろでバチっと大きな音がした。
美智子に見とれて立ち止まっていたファッションモデルの男に、女のビンタが炸裂していた。
女は男の腕を鷲掴みにすると、反対方向に歩いて行った。
結構汚らしく男を罵る声がした。
ナオミと全然違う女の顔に、兄は唖然としていた。
「ザマ~ミロ!」
小さく美智子が呟いたが、兄には聞こえなかった。
美智子の機嫌がやたら良い。
気分が良いときのナオミと歩いている様だった。
腕に掴まったり、手を握ってみたり・・・。
違っていたのはこれであった。
「おに~ちゃん! 大好き!」
気が付くと、明治通り沿いの新宿のデパートの横であった。
地籍は千駄ヶ谷である。
姉が見ている事を美智子は思い出した。
これ以上はまずい!
「じゃあね!」と言って美智子は走り出し、雑踏に消えていった。
兄は、歌の歌詞を思い出した。
「遠ざかる影が人混みに・・・」
「美智子~!」
兄は大きな声で大きく手を振った。
遠くの雑踏から、大きく両手を振っている妹が見えた。
パソコンの前にナオミは座っていた。
涙がこぼれた。
可愛い美智子に。
ただ、夫にはちょっとイラっとした。
ニヤけていたのが気に入らなかった。
会社に戻った俺は、原宿の設計事務所との打ち合わせ内容をチェックした。
直ぐに就業時間になった。
ちょっとお散歩時間が長かった所為であるが、口が裂けても会社では言えない話であった。
「帰るライン」をナオミに送った。
直ぐに返事が来た。
「今日は駅に迎えに行かない!」と。
次々に、メッセージが送られてきた。
「ケンタが食べたい!」
ナオミだ。
「オリジナルがイイ!」
美智子だ。
「コールスローも忘れるな!」
ナオミだ。
「辛いヤツも!」
美智子か?
「ナゲットが好きだ!」
誰だ?
「ポテトも忘れるな!」
ナオミか。
「新しいバーガーを食ってみたい!」
???誰???
取り敢えずスマホをオフにした。
思わず呟いた。
「どのくらい買っていけば良いんだ?」
いきなりスマホがピロリンと鳴った。
画面にはこう表示されていた。
「たくさん!!!」
家に帰った。
リビングに行くと、登喜子にナオミと美智子が説教されていた。
テレビ画面に映し出されていたのは、原宿の映像であった。
「何故、適切な判断ができない?」
画面で映されたファッションモデルの男の映像を指さしていた。
登喜子はシステムを使い熟せるようだった。
パソコンの所まで行かなくても、TV画面を利用して、リモートでパソコンを操作していた。
指で男の先を示し、連れの女の後ろ姿をアップにした。
その指を少し回すと、女の顔が大写しになった。
「わざわざ行かなくても・・・」
説教はそれから30分は続いた。
その間、俺は立ったままだった。
「女房がボンクラなら亭主も・・・」
いきなり矛先が俺に向いた。
慌てて言った。
「ケンタ買ってきた」
と、両手の大きい袋を持ち上げて見せた。
「助かった!」とばかりに、ナオミと美智子はケンタの袋を奪い取り、ダイニングに消えていった。
「よし! 食べながら説教しよう!」
そう言った登喜子に、ダイニングに連れて行かれた。
ナオミの前は美智子。
俺の前は登喜子。
「何故、ナオミを信用出来ない!」
大きな声で、登喜子の説教は始まった。
ケンタを食べながら。
ナオミと美智子は俺たちに関わらないように、違う話題で盛り上がっていた。
ビールで乾杯をしながら。
「ナオミを愛しているなら見間違える筈はない!」
怒る登喜子に謝るように言った。
「ナオミが好き過ぎて、分からなくなった。」
「だったら、ちょっと先回りして女の顔を見れば済んだだろう?」
延々と続いた。
怒った勢いと酒の勢いで、こんなことも言っていた。
「辛いヤツ、冷えちゃって辛さが感じない!」
「トースターでレンチンしてよ!」
さっと、美智子が動いた。
トースターの中にアルミシートを敷いて温め直した。
「チン」とトースターのタイマーが完了を教えた。
「レン」は無かったが、確かに「チン」という音はした。
「うん! これこれ! ナゲットも温めて!」
金曜日の夜であった。
チキンでの宴会は、延々と続いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・-
1ヶ月ほど経った。
同じシチュエーションとなった。
「髪をほどいた~ 後ろ姿が・・・・・」
もう夫もリカバリーしただろう。
そう思った。
また、鼻水を啜ってる。
おい! 止めてくれよ!
今度はなんだよ?
「・・・・・・・・・」
そろそろ、曲が終わる。
後ろから優しく抱き締められた。
耳元で囁かれた。
「ずっと君はぼくのもの・・・」
「・・・・・ うん ・・・」
うなずいてからパソコンを見たら、滲んでよく見えなかった。




