25 兄
兄
姉のヒロミは結婚している。
ヒロミは、結構好き勝手に遊び回っている。
ただ、浮気したり、ましてや夫が浮気出来たりはしない。
魔女の特性である。
姉の亭主のである兄、母の亭主である父。
何となく似ている。
性格も、見た目も、考え方も。
オマケに仕事までも。
職種は違うが、二人とも「単身赴任」である。
親子なので男の好みが似てくるのかも知れない。
小学生までのナオミは、低学年ではそれ程目立った子供ではなかった。
高学年になると、利発で、運動神経が良く、運動会で活躍する優等生になっていた。
私立の中学に入学し、中学でもその傾向は更に進み、美人で、スタイルが良く皆の羨望の的となった。
2年生の時、マセタ男の子がナオミにちょっかいを出した。
男の子は友達に、「ナオミに抱きついて、俺を好きと言わせてみせる!」と宣言して実行した。
男の子の父親は政治家で、ちやほやされて育った。
親の力を自分の力と勘違いしていた。
たくさん生徒が歩いている学校の廊下で、男の子は友達に「今からヤル!」と言って、ナオミに突進した。
ナオミに抱きつく寸前に、男の子は吹っ飛ばされた。
廊下に居る生徒達には、ナオミが投げ飛ばしたと見えていた。
実際は、ナオミは男の子に触れても居なかった。
落ち方が良かったのか、額から血を流す程度で済んだのは幸いであった。
一応、男の子は救急車で運ばれ、精密検査を受けたが、額についた傷だけだった。
男の子の母親は激怒した。
学校に怒鳴り込んだ。
母親の女は息子と同じに、夫の力を自分の力と勘違いしていた。
「うちの息子に怪我をさせる様な乱暴者の娘を退学させろ!」と。
「なんなら、傷害事件で告訴しても良い!」と。
私立の学校である。もしもの為に防犯カメラも設置されていた。
学園長室は広い。豪華な応接セットも用意されていた。
そこに、学園長、中学校長、バカ息子の母親、バカ親に連れてこられた夫の秘書が揃っていた。
秘書の男は乗り気ではなかった。
事の次第を調査していた男であった。
学園長がどう出てくるかを分かっている程、優秀だった。
「仰りたいことはそれだけですか?」
学園長ではなく、中学校長の言葉だった。
無駄に大きいディスプレイに映された、防犯カメラの映像であった。
「あなたのバカ息子が、このお嬢さんを襲おうとしたのは明らかです。」
「息子さんの退学の手続きをするなら、ここに書類があります。」
大きい立派なデスクの上に1枚の書類が載っていた。
「幸い、相手のお嬢さんの親御様からは、何でも無いので! とだけ言われております。」と学園長が言った。
「私の夫を誰だと思っているの!」とバカ女が全てを叫び終える前に、優秀な秘書は深々と頭を下げてその言葉を遮った。
「穏便なご処置をお願い致します。」
「停学、1週間とします。」
バカ親は秘書に促され、学園長室を後にした。
無駄に大きい車の中で、秘書の男に言われた。
「あの程度で済んだのは、大成功です。」
「あの学園長をご存じないのですか?」
女は訳が分からなかったが、本能的に喋ってはいけないと感じていた。
「あなたの夫、私の雇い主、を守る為です。」
「金にはがめつく、権力もある。しかし・・・女性関係の不祥事を忌み嫌う男です。」
「あの男に睨まれたなら、政治家を続けられることなどあり得ません。」
女は思い出した。結構お堅い週刊誌の記事を。
あの学園長の掲載写真を。
肩書きは学園長では無かった事を。
女は家に帰ると息子を叩いた。
そして言った。
「今の生活を続けたかったら、真面目に生きなさい!」
ナオミの母親が怒ったら、政治家一家もろとも抹殺された筈であった。
中学校からの報告を書面で知ったナオミに母親は、ナオミに向かってこう言った。
「こんなものね。今はどうなの?」
ナオミが話した内容は処分されたバカ息子の話ではなく、その後のナオミの周りの変化についてだった。」
「女子生徒が群がるようになった。」
どおりで、近頃ナオミの帰りが遅いと思った。女の子達に誘われて、断り切れない様だった。
バレンタインデーの時の女子会の話も聞かされた。
キャスターに載せたいくらい集まった、ナオミ宛てのチョコレートの処理方法だった、
大きいズンドウ鍋に入れられた大量のチョコレートが溶かされ、ナオミの像が作られたらしい、
固まったチョコレートの像を木づちで粉々にして、20人以上で食べたらしい。
その日の夕食時、ナオミの食が細かった理由が分かった。
中学生の時だけでなく、高校生になっても、ナオミはモテモテだった。女子生徒から。
男は嫌い。
人付き合いも嫌い。
話しかけてもツッケンドン。
しかし、益々スタイルは良く美貌に磨きがかかった。
宝塚状態であった。
ある男に教わっていたので、空手も得意であった。
賞や位には興味は無く、段位は無かったが、恐ろしいほど強かった。
運動神経抜群であった。
運動会でもヒロインだった。
しかし、いくら先生に誘われても「帰宅部」であった。
空手の腕前も相当なものだと感じていた先生達は、自宅から空手道場に通っているのだろうと思い、強くは誘わなかった。
中学、高校と優秀な成績で卒業し、そのまま学園が経営する大学に進学した。
大学の校門の側で、ナオミを強引に誘おうとしたバカ学生がいた。
大学からの入学組で、ナオミの噂を知らなかった。
背は高く、顔も良い。
頭も良かったが、女に対してはバカだった。
見た目や気の利く対応に、女子学生からも人気があった。
当然、声を掛ければナオミから良い返事が返ってくると思っていた。
何も反応が無かった。
こんな筈はない。そう思って、ナオミの腕を掴もうとした瞬間、枝振りの良い植木の上に投げ飛ばされた。
バカ学生には、女の腕に触った感触すら無かった。
ナオミは男を無視して居なくなった。
近くに居たナオミを知っている女子学生に一斉に言われた。
「バ~カ!」
それから噂が広まったのか、この大学内の女子学生から無視される事が多かった。
学園内でその男を見た女子学生からは、「あ!バカが来た。」と言われ、名前では呼ばれることはなかった。
ナオミの義理の兄になる男は、地方出身だった。
親は、3兄弟を都会の大学に通わせられる程は裕福だった。
兄は次男坊だった。
親の負担を減らしたくて、国立大学を狙ったが、ナオミが通う私立大学へ入学した。
結構な有名私立大学だったが、国立大学が目標の兄は申し訳ないと思っていた。
次男坊の気持ちを察したのか、父親は「この位の学費ごとき何でも無い!」と、浪人しようかと考えていた兄を入学させた。
「浪人して、人生の無駄伝いをするな!」とも言われた。
あまり高額なアパートは選ばなかった。
人気の無いユニットバスの4畳半だった。
駅近で、大学にも近かった。
兄は文化系を選ばなかった。
独り立ちが出来ると思い、工学部を選んだ。
親の負担を減らそうとアルバイトを考えたが、甘かった。
実験と、実習、レポート作成でそれどころでは無かった。
ただ、小さい頃からやっていた空手だけは続けていた。
大学のクラブに所属していたが、他校との試合には出場するつもりはなかった。
しかし、空手に関しては天性のものが有り、クラブの優勝に貢献したお蔭で、合宿などには参加しなくても文句は出なかった。
クラブとしては、兄が止めてしまう方を恐れた。
兄は、真面目である。くそ真面目である。
兄はお茶の水の古本屋を回る事も好きだった。
勉強している工学系書籍の店には度々訪れた。
そんなに購入するわけでは無かったが、何回も訪れる兄を店主は覚えていた。
あるとき、気に入った書籍を見つけた。
何故かその本の隣に、訳の分からない文字?の様なもので書かれた本が置いてあった。
持ち合わせは少ないし、昼食も近くのスパゲッティ・ナポリタン大盛りを食べたかった。
気になって、気になって2冊一緒に受付へ持って行ってしまった。
「2冊かい?」と店のオヤジが言った。
いつもは1冊しか買わない兄だった。
「あれ?」と言って訳の分からない文字の本を書棚に返そうとした。
「この本はオマケだ!」
訳が分からなかったが、嬉しかった。
「書棚にある本は、全て覚えている筈なのに、この本だけは記憶に無いんだよな?」
「価格も付けていないし、良かったら持って行ってくれ。」
有り難く、1冊分の金額を払って店を出た。
表に出ると、何故か視線を感じたが、温かい視線で悪いものではないと感じた。
「スパゲッティ・ナポリタン大盛り!」と呟いて、神保町近くの喫茶店に向かった。
注文してスパゲッティ・ナポリタン大盛りが出来上がるまで、本を読んで見ようと思った。
タダで貰った本の文字は、どうやっても分からない文字だった。
本を開くと、同じ文字がビッシリ並んでいた。
読めないが、見える。
文字は分からないのに、何が書いてあるのかが理解出来た。
スパゲッティ・ナポリタン大盛りを食べながら、本を見た。
傍から見たら、漫画本を見ながら食べている様だったかも知れなかった。
カチっ!と音がした。
既に空になった大きめの皿にフォークが当たった音だった。
正直、何を食べたのか分からなかった。
「ごちそうさま」と言って支払いをして、表に出た。
結構日差しがまぶしかった。
どの路線を使って帰ろうかと、靖国通りをブラブラ歩いている時だった。
後ろから声がした。
「同じ大学に通っている方ですね?」
見た事も無い若い女だった。
学生服を着ている訳でもなく、学校名の付いた鞄や紙袋ももってはいない。
しかし、不思議な感じはしなかった。
「はい」と答えた。
若い女は「その本、読み終わったら貸してください。私はヒロミと言います。」
それだけを言うと、若い女は雑踏の中に消えていった。
気にはなったが、教えられたのは名前だけ。
住所や電話番号、メールの宛先すらも教えて貰えなかった。
「東京だから、いろんな人が居るんだな」くらいにしか思わなかった。
しかし、美人でスタイルも良くて・・・もうちょっと話していたかったな・・・
「東京の女の人は美人ばかりなのかな」と思って周りを見回したが・・・そうでは無かった。
アパートに帰って、気になっていた本の続きを読む、いや見始めた。
夕食も忘れて見続けた。
外が白み始めた早朝に、全てを見切った。
恐ろしい事にどこに何が書いてあったのか、シッカリ覚えていた。
眠くは無かったので、徹夜のままで大学に出掛けた。
本を読んだ見ただけ、運動したわけでは無い。
若いし、徹夜の1日ぐらい、と思って気にしなかった。
大学からアパートに帰った。
思い出すと、まだ、あの本の内容を鮮明に覚えていた。
魔女に関する内容だった。
工学部の実習室でレポートを纏めていた。
殺風景な部屋だった。
後はパソコン入力で終了というところで、あの若い女が入ってきた。
「読み終わったみたいね、今度借りに行くわ。」
それだけ言うと出て行った。
慌てて後を追ったが、何処にも居なかった。
土曜日と日曜日は授業も実験も無かった。
久しぶりにゴロゴロするかと横になっていたら、チャイムが鳴った。
売り込みだとイヤだな、と思いながらドアスコープを覗くと、あの若い女だった。
休みの土曜日なので、掃除・洗濯をして結構片付いていたので、若い女を部屋に入れた。
Tシャツにストレッチのジーンズ、カーディガンを引っ掛けた、ごく普通の格好だった。
ただ、美形でスタイルも良く、身長は高めであった。
髪はポニーテールで纏め、サラサラなのはよく分かった。
「どのくらいで読み終わった?」
いきなりの質問だった。
「徹夜したら終わった。」
「へえ~!優秀ね!」
「じゃあ、デートしよ!」
「うん!」
自分で言った言葉が分からなかったが、手を繋ぎながら、川沿いの遊歩道を歩いた。
「嬉しい?」
「うん!」
「わたし・・・ヒロミを可愛いと思う?」
「はい!」
「じゃあ、お付き合い決定!」
夢のようなお散歩でよく分からなかったが、ヒロミの握ってくれた手、組んでくれた腕の感触は忘れなかった。
ポワ~ンとしたまま、アパートに帰った。
「これ、借りて行くね」と言って居なくなった。
どうせ、もういないだろうとドアを開けたら、少し離れたところで、ヒロミは大きく手を振っていた。
大学の授業や実験が終わって帰ろうとすると、必ずヒロミが待っていた。
一緒に帰って、夕食を作ってくれた。
夜遅くに一人で帰すのは問題があると思って、「送っていく」と言ったが、毎回「大丈夫」と言いながら帰って行った。
1週間も続いた頃、ヒロミから提案があった。
「どうせ、大学から一緒に帰るんだから、私の家に下宿したら?」
「今のアパート代で食事付き。電気、水道使い放題。」
負けた。何で俺を気に入ったかは分からないが、了承した。
「でも、ヒロミのご両親とかは大丈夫なの?」
「両親からの提案よ。」
次の日、ヒロミの家に挨拶に行った。
大学に入って半年も経っていなかった。
必要最小限しか持っていなかった。
引っ越しは簡単に終わって、大学も役所の手続きも直ぐに終わった。
ヒロミは二人姉妹の姉。両親と4人家族。
父親は単身赴任で、たまに家に帰って来る。
妹を除いては皆愛想が良い。
結構鈍い兄だったが、あの不思議な本に書いてあった魔女の特徴に女性3人は合致していた。
優しいし、皆美人だし、一生懸命良くしてくれるのは分かった。
兄の判断は「魔女だからなんだ!」だった。
面倒見の良いヒロミの母親に色々助けられた。
いつの間にか、自分では、食事・洗濯の類いは出来なくなった。
取り上げられてしまったのだ。
「学業に専念しなさい。」と言われ、授業料免除を目標に勉強した。
部屋数が多い家で、大学にも近く、ヒロミの父親は凄いなと思って、自室でうとうとしていた。
扉が開いてヒロミが入ってきた。
いつもはザックリした感じの服ばかりだったが、胸元が大きく開き、ミニなのか下ははいていないのか分からなかった。
足が長いのだけはよく分かった。
「あたしのこと、好き?」
「はい・・・」
「どのくらい?」
「え~と・・・」
「結婚したい?」
「はい!」
何故かこれだけは即答した。
ヒロミはキスをして、抱き締めた。
兄は性欲ではなく、ヒロミに負けた。
男3人兄弟で、母親以外は女っ気の無い生活であった。
だから、初めて話しかけられた女性を簡単に好きになったかと、思った。
しかし、ヒロミと話すうちに、ドンドン好きになった。
愛してしまった。
こんなに好きになっても良いのかと思えるほどに、好きだった。
学校にいるときはよかったが、家にいてヒロミの存在を感じると、身体の周りから愛が立ち上っているようだった。
結婚してやる!
それには俺の家族、ヒロミの家族、みんなを納得させなければいけない。
頑張った、入試の時よりも頑張って勉強した。
前期の成績はAよりも評価の高いSが殆どだった。
そんな頑張った成績を残しながら、ヒロミと愛し合ってしまった。
避妊具の用意などしていなかった。
丁度、単身赴任の父親が家に帰っているときだった。
朝食の時、皆が揃っているまえで言った。
「ヒロミさんとセックスしてしまいました。」
「結婚させてください。」
「学生の分際で申し訳ありません。」
兄は下を向いたままだった。
後ろで、ヒロミが「Vサイン」をしている事には気付かなかった。
父と母は何か相談しているようだった。
父が言った。
「君は次男坊だよね。」
下をむいたまま答えた。
「はい!」
有無を言わせないような強い言い方で父は言った。
「うちの婿になってもらう!」
それからの展開は早かった。
兄の両親はよばれて、父の提案を聞かされた。
「婿と決定したからには息子だ! 授業料はこちらで出す。」
兄も兄の両親も何も言えなかった。
本当は呆れて何も言えなかったのだが。
兄の両親が帰ってから、家族5人でリビングでコーヒーを飲んでいるとき、ヒロミから言われた。
「妹ともども宜しくね。」
母親がすかさず言った。
「ナオミに好きな人が出来るまでね。ナオミ!サッサと好きな人、見つけておいで!」
父親がボソッと言った。
「アア!あのことね。」
兄は何を言っているのか分からなかったが、あの本に書かれている事を思い出した。
魔女に女の子が二人生まれたら、2番目の女の子は最強の魔女になる。
ただし、2番目の女の子のツガイになる者が決まるまでは、1番目の女の子のツガイが二人を守ること。
俺? 俺が魔女二人を守れるのか?・・・とうつむいて考えていたら、母親の声がした。
「二人を守ると言うよりも、抑える!と言う事ね。」
よく分からなかったが、ヒロミの言葉で諦めた。
「何かあったら、勝手にナオミの側に立っている筈だから。」
一番最初にナオミに呼ばれた?のは、ナオミが高校生の時で、俺が大学生の時だった。
大学の廊下を歩いていたら、気が付くといきなりナオミの隣に立っていた。
薄暗い地下道だった。
向こうからチンピラが3人歩いてくる。
何かを言っているが、ろれつが回っていない。
「金と女をおいていけ!」らしいことを言っているのは理解出来た。
何でナオミも俺もこんなところを歩いているんだと思ったが、今を対処するのが先決だ。
何があっても妹ナオミを守らなければいけない。
こちらは空手の心得どころか有段者だ。
過剰防衛はまずいと思っていたら、3人ともナイフを握っていた。
取り敢えず、ナイフをたたき落として、怯んだ隙に逃げる作戦にした。
そのつもりだった。
ナオミの前に立っていた俺の横を何かが通り過ぎた気がした。
前をよく見ると、3人のチンピラが倒れていた。お互いのナイフに刺されて。
残念ながら、近くに寄らなくても生きていない事は分かった。
ナオミの手を握って、走った。
どのくらい走ったかは覚えていないが、結構走った。
明るい公園のベンチに二人で座っていた。
自販機で買った水を二人で飲んだ。
ナオミが事も無げに言った。
「慌てなくても、誰も気付かないよ。私たちが居た証拠は何も残っていないから。」
兄はイラっとした。
「仮にも人が3人死んだんだぞ!」
「だから?」
思わずナオミの胸ぐらを掴んだ。
二人以外に人が居なくて良かった。
掴んだ手を放し、冷静になって言った。
「魔女だからって、何でもして良い訳じゃ無い。今度からは兄である俺がお前を止める!」
次の日の新聞に「新宿の地下道で、覚醒剤中毒のチンピラ3人が、仲間割れで殺し合った。」と記事にあった。
強姦、強盗、覚醒剤密売、・・・悪い事は何でもやっていた連中だった。
覚醒剤を欲しがるバカどもに匿われていた為、逮捕されなかったらしい。
警察の上層部の失態も明らかにされた事件であった。
何度も同じ様な場面に遭遇させられた。
ナオミが意識的に行動している様だった。
兄は魔女の本当の力を知らなかった。
兄自身が教えられる格闘技、空手を教える事にした。
教えなくても、魔女は自分を守るくらいは楽勝であったが。
家の近くの材木屋に、枝振りが悪く、処分予定のカットしただけの丸太があった。
兄は値段を聞いてみた。
「これはおいくらですか?」
材木屋の答えは意外なものだった。
「処分する予定だから、持って行ってくれれば、タダでイイよ。」
「何に使うんだい?」
「空手の練習用に」
「じゃあ、そこにある藁縄も持ってきな。ついでだ。」
結構重かったが、訓練と思って頑張った。
ヒロミの母親に許可を得て、庭の端に穴を掘って、丸太を埋めて藁縄を巻いた。
結構使い勝手が良く気に入ったが、ナオミはもっと気に入った。
嫌な事があった時の憂さ晴らしにピッタリだったのである。
リビングにナオミと二人で座っているとき、強い口調で説教を始めてしまった。
「もう止めろ! 何度でもナオミを止めに行ってやるが、自分から危ないところにワザワザ行くな!」
「ナオミは大事な妹だ! 兄ちゃんにこれ以上心配させるな!」
驚いて固まっていたナオミであったが、「お兄ちゃん!」と急に抱きつかれた。
なかなか離れないナオミだった。暫く好きにさせておくかと、そのままにしておいた。
その光景をヒロミはしっかり見ていた。
「お兄ちゃんとしては正しい行動だったけど、妻の私としては少し我慢が出来ない。」
そう言うと、腕を掴まれて別室に連れて行かれた。
バッシ!!と結構強く頬を叩かれた。
「お兄ちゃん、大好き!」とナオミに抱きつかれる度に、ヒロミに毎回叩かれた。
腫れた頬を撫でながら、「お兄ちゃん、結構辛いのよ!」とナオミに言ったら、「頑張れ!」だけが返ってきた。
こんなこともあった。
結構広い道路で、暴走族がグルグル回っていた。
4台のシャコタン改造車であった。
特にナオミが狙ってこの場所にいた訳では無かった。たまたまだった。
兄はナオミの横に立っていた。
婦女暴行やATMの強奪、「うるさい!」と言った老人をひき殺した連中として有名だった。
これだけ目立つ連中が捕まらないのは、暴力団も絡んでいる為の様だった。
見てくれる観客?がいないので、面白くないと思っていた連中は、ターゲットをナオミに絞った。
歩道に立つ兄と妹の近くを、何度も行き来していたが、エンジン音や、クラクションの音、タイヤのスリップ音すら聞こえなかった。
聞こえたのは4人ずつ乗った4台の車の中で騒ぐ声だけだった。
ナオミの美貌とスタイルの良さは、騒いでいる男達の嬌声をよんだ。
が、嫉妬した女達の叫びは下卑過ぎて聞くに堪えなかった。
自分達の声しか聞こえない時点で、止めれば良かった。
しかし、狂ってしまった心は、何処にも行き場所が無かった。
ナオミは両手を連中に向けた。
ただ、それだけだった。
年々、ナオミの能力が上がり、殆ど動かなくても、強大な魔力がナオミの思い通り発動された。
4台のバカ車はスピンをしながら、車どうし何度もぶつかり、最後は殆ど原形をとどめていなかった。
音の無い世界での出来事だった。
ナオミの方を向いていた1台の車の、運転席扉だけが辛うじてマトモだった。
残りのバカどもは死んでいたが、運転していた男が窓から顔を出して、何かを言おうとしていた。
もう動かない車であった。しかし、何故かパワーウィンドウのガラスが閉じ始めた。
グシュっと言う音と共に男の首が胴体から切断された。
その後ガラスが砕け散った。
男の生首が兄の足元に転がってきた。
兄は顔色一つ変えずに「仕方が無いな」といってナオミの手を握って、歩き始めた。
慣れというものは恐ろしい。
兄は就職したが、月に1回程度は呼ばれ、ナオミの横に立っていた。
ナオミが大学を首席に近い成績で卒業すると、殆どお呼ばれはなくなった。
ナオミは就職しなかったが、メチャクチャ忙しかった。
例の「デジタル版魔法システム」の日本版作成である。
くそ真面目な性格のナオミを心配したが、義理の父親と同じく単身赴任で忙しかった。
ナオミの母親とヒロミが「今年中に頑張って何とかする。」との報告で、安心していた。
ナオミが大学を卒業してから2年ほど経過していた。
心底心配していた兄であったが、ナオミが結ばれたとの報告にホっとした。
ナオミの実家でナオミの旦那を見て、「俺に似ているなあ」と思った。
姉妹揃って、ちょっと情けないタイプがお好みの様であった。
兄はナオミと旦那の左手薬指に、あの本に書かれてあった通りの指輪が輝いていた。
安心した。
「ナオミ! 俺のいもうと! おめでとう!」




