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駄目(俺+魔女)  作者: モンチャン
24/168

24 準備

準備


いつもの時間に目が覚めた。


目覚まし無しでも起きられる程、早起きの習慣が身についていた。


俺より先に起きて朝食の用意をしてくれているナオミが寝ている。


俺の腕を掴んでいるナオミの手が熱い。


体温計で測ると、いつもより高い。

魔女といっても、基本は普通の女性と変わらない。


しかしそこは魔女である。

「治癒魔法」とやらが使えるらしい。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



昔、ジムでバーベルのプレートを交換する際、20kgのプレートを足の親指に落とした事があった。


結構バウンドしてプレートが戻ってきたのに驚いたが、痛みが殆ど無いのはもっと驚きだった。


直ぐに更衣室で靴を脱ぎ、足を確認した。

足の親指が結構血だらけだった。

衝撃が強いと、痛みをブロックするのかと思った。



ティッシュペパーで親指を包み、鞄に入っていたテーピングテープで強く巻いておいた。


ちょっと違和感はあったが、特に痛みは無かった。


風呂に入るとき、ビニール袋をはいて入った。

しっかり消毒をして、ガーゼを巻きテープで親指を固定した。


次の日の夜、ガーゼを外して驚いた。


親指の爪が剥がれていた。


化膿しなくて良かったと、丈夫な身体に生んでくれた親に感謝した。


ナオミと出会う前の大学生の頃の話である。



しかし、ナオミと一緒になってからも、同じ事をしてしまった。


どういう訳か、同じ右足の同じ親指であった。


今回も同じ処置をした。

特に足を引き摺っていたわけではなかった。


いつもの様に、駅からナオミと一緒に家に帰って来た。


二人の部屋に行くと、いきなりナオミに右足の靴下を脱がされた。


ナオミは俺の右足の上に手をかざし、横に動かした。

スルっとした感じで巻かれたテープが丸まったまま外れた。


結構血だらけだが、既に血は固まっていた。


ナオミはちょっと眉間に皺を寄せて「痛くなあい?」と言った。


「痛くない!」と言うと、右足の上に手をかざした。


手をどけると右足は綺麗になっていたが、結構、裂傷の痕が目立っていた。


ナオミはベッドに座ったままの俺の右足を手に取り、頬ずりをした。


暫くして右足を見ると、傷跡は跡形もなく消えていた。



夕食を食べながら、ナオミの説教を聞く。


「朝、ジムに一緒に居たでしょう!なんでその時に言ってくれなかったの?」

「ごめん。でもいつ俺が怪我した事が分かった?」

「ジムに居た時には、何となく。」


「治してくれてありがとう。」


「今度隠し事をしたら、許してあげない!」

「帰って来たら、丸裸にして身体中全部調べる!」


涙目で訴えるナオミを見て、椅子から立ち上がり、ナオミの横に立った。

「ありがとう」ともう一度言って、ナオミのおでこにキスをした。


夕食後のコーヒータイムに「治癒魔法」の説明があった。

「本当は手だけで十分なんだけど、患部に頬をあてると治りが早いの」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「風邪やインフルエンザなら、自分で治せる。」と言う言葉を聞いて、ナオミの朝食の準備をして会社に出掛けた。

災害対策用のお粥をメインに、梅干し、ほぐし鮭、鶏肉そぼろ・・・


会社でCADを操作しはじめて調子ののった10時頃、俺宛に電話があった。

ナオミを大好き、ナオミも大好きの近所のおばあさんだった。


結構落ち着いた声だった。


「ナオミちゃんが倒れた。」

それ以外も何か言っていたが、聞こえていなかった。


受話器を置いて、部長に話をした。


「すいません、早退します。妻が倒れた様なので。」

焦っていたのでCADの終了処理に手こずっていた。


後ろから平手で頭をたたかれた。

「サッサと帰れ!」

振り向くと、いつも俺に厳しい先輩女性主任だった。


鞄を持って、駅に向かう。


タクシーを呼ぶ事も考えた。

しかし、フライフィッシングを教えてくれた、俺の大好きな叔父の言葉を思い出して、いつもの帰り方を選択した。


「急ぐときほど、焦っているときほど、いつものように行動しろ!」


朝夕のラッシュ時と違って、電車の本数が少ない。


ベンチに腰掛け、鞄を膝において両手で顔を覆った。

手の中が涙でイッパイになった。


よく考えれば分かった事だった。

「治癒魔法」を使えるナオミだったら、俺が起床する前に治していただろうことを。


鞄の上に手を置いた。

右手が左手の薬指の上にのった。


ナオミとお揃いの指輪があった。


指輪に祈った。

「今すぐ、今すぐナオミの元に!」




駅員は気になっていた。


ベンチに座って落ち込んでいる男がいる事を。

悩みすぎて泣いている様な男の事を。


しかし、駅勤務は仕事が多い。

電車が到着し、お年寄りの誘導をしていた。


落ち込んでいる男は、まだベンチに座っている。


その男だけに集中する訳にはいかない。今、電車が扉を閉めて出発する時だから。


電車が出発して、振り向いて男を確認すると既に居なかった。


「もしかしないよな?」


男の座っていたベンチの近くを確認した。

電車が走り去った線路を。反対側の線路も。

ホームドアは設置している。しかし、その気になれば障害にはならない。



真面目で優しい性格の駅員であった。

過去にもっと乗降客の多い駅に勤務していた。


気になる男がホームに立っていた。

どうしても目が離せない男だった。だが、男が立つ反対側に電車が先に入線した。


少し遅れて入線してきた電車に、男は飛び込んだ。



もうこんな思いはイヤだ。駅員はホームに設置された防犯カメラの映像を確認した。


椅子に座って悩んでいた男が、電車に乗る姿が映っていた。


駅員の肩の力が抜けた。

「よかった!」


こんな事ばかりしてはいられない。次の電車が来る。




俺は祈った。


ナオミとお揃いの指輪に。

ナオミの元に、今すぐ行かせてくれと。


そう祈った瞬間、指輪が光った。


そして俺はもう、その駅には居なかった。

ただ、防犯カメラには俺が電車に乗るようには映っていたが。



気が付くと、俺はナオミのベッドの前に立っていた。


ナオミは安心したような顔で眠っていた。


暫く動けなかったが、扉が開く音に振り返った。

ナオミの母親が立っていた。


ナオミの母親に手招きされ、階下に降り、リビングのソファーに座った。

コーヒーが用意されていた。


自分を落ち着かせる為、ブラックで飲んだ。


相手を見ると、少し砂糖を入れてかき混ぜ、ミルクを垂らして渦を作っていた。

「親子だな」と納得した。



「今のナオミは「治癒魔法」では治せないの。病気じゃないから。」


いきなり言われて狼狽した。

「では、ナオミは何故倒れたんですか?」


「ナオミの身体の準備が整ったという事ね。」


何を言っているのか分からなかった。


「準備って?」


すかさず答えが返ってきてもっと驚いた。

「子供が出来る準備よ。」


しばし言葉が出なかった。

しかし、聞いてみた。

「子供が出来たという事ですか?」


「いいえ! じゅ・ん・び!」


やはり何を言っているのか分からなかった。


ナオミのおかあさんの説明が始まった。

魔法、魔術、魔力、何も分からないので質問もままならない。



「魔女の身体は基本的に人間と変わらないの。」

「はい。」


「魔力を持っているのを別にすると、子供の出来方が違うのよね。」

「はあ?」


「人間だと12・3歳くらいでOKになったりするけど、魔女の場合は人?魔女それぞれ」


「それに、結婚したい人が決まると、その人しか愛せなくなるの。」

「はい。」


「結婚したい人以外は身体が拒否してしまうし、元々身体を狙って魔女を襲ったりしたら、返り討ちじゃあ済まないわね。」

「・・・・・」


「ナオミの場合は、頑固だし、融通はきかないし、人の言う事は聞かないし、親の言う事はもっと聞かないし、美人のくせに可愛げはなしいし、・・・・・

・・・・・、男は嫌いだけど旦那の事は好き過ぎるし。」


最後の言葉が無かったら、ナオミの母親でも殴っていたかも知れない。


「ありがとうございます。」


「へ? まあ、良いんだけど、モロモロの反動で、旦那への感情が強く出過ぎるのよね。」


「だからか分からないけど、今頃になって準備完了になったの。」

「呆れるわね。何歳になったと思っているのかしら?」


「自分でコントロールしてたんですか?」

「いいえ!性格の問題ね!ナオミの場合は、頑固だし、融通はきかないし、人の言う事は聞かないし、親の言う事はもっと聞かないし、美人のくせに可愛げはなしいし、・・・・・」


延々と同じ愚痴を聞いた。


「まあ、とにかく子供を作る事が出来る準備が整ったのよ。」

「はい。」


「ただ、やっただけで、イヤ、イヤ、イヤ、愛し合っただけでは子供は生まれないの。」


「お互いに「子供が欲しい」と言う気持ちが、やった時に、イヤ、イヤ、愛し合った時に湧き上がらなければ駄目なのよね。」

「便利なようで、面倒臭いの。」


「北海道の魔女仲間なんかは、寒いもんだから、や、イヤ、愛し合いすぎて、毎回気持ちが合いすぎて、子供が多過ぎるくらいよ。」

「へえ~!何人くらいですか?」


「ちょっと前の魔女子会の時は、野球チームが出来るって言ってたけど、この間はサッカーチームって言ってたかな?」

「・・・・・」


「うちみたいに女が2人生まれる事はないから、女1人に後はみんな男。牧場を経営しているから問題無いみたい。」

「素晴らしいですね。」


「ご近所のおばあさんから電話がいったでしょう? 私が居るから大丈夫って、言ってもらった筈なんだけど?」

「ナオミが倒れた事だけしか聞けませんでした。」


「夫婦揃って、駄目ね!」


「若いうちの準備であれば軽くて済むのに、結構いっちゃってからだと、身体の怠さが凄いのよね。」

「そうなんですか。」


「急に現れたってことは、あなたも魔力が使えるのね?」

「いいえ、よく分かりません。」


「ははあ! その指輪ね。」

「・・・」


「普通の魔女にはないんだけど、ナオミの場合は生まれた時から青い石のペンダントをしていたの。」


「2番目に生まれた特別な魔女にだけ現れる現象で、青い石も意思を持っていて持ち主を徹底的に守るらしいの。」

「らしい?」


「文献だけでしか分からないし、2人目の魔女は数百年に1回とか言われているからね。」


「青い石の力はドンドン強くなって、それを持った魔女が、決められた人とやっちゃう、イヤ、イヤ、愛し合うと二つに分かれるらしいのよ。」

「・・・」


「別れた後も、青い石どうしの疎通は続いているらしいんだけど、良くは分からないわ。」

「何故、俺、いや僕は魔法を使えたんでしょう?」


「その指輪と、ナオミと愛し合ったお蔭ね。」


「僕はこれからも魔法を使えるんでしょうか?」

「多分、ナオミの為にしか使えないと思う。」


「では、僕自身を守るためには使えないんですね。」

「使えるわよ!」

「あなたを守る事はナオミの為になる事なんだから。当り前よ。」


「でも、どうやったら使えるのか分かりません。」

「大丈夫!あなたが分からなくても、指輪がやってくれる。」


「いま、2階でナオミは一人で眠っているけど、暴漢がナオミに襲いかかったら、指輪が黙っていない。」

「冷酷な時のナオミなんてものじゃない終わり方になるわね。」

「凄いですね。」


「恐ろしいくらい、凄いのよ。」


「あなたの指輪は元々ナオミの指輪と一つだったんだけど、前よりもその指輪にあなたは愛されているみたいよ。」


俺は指輪を見つめて撫でてみた。


「ほら、喜んでる! 分かる?」

「何となく。」


「それで十分!」


「あと、注意事項ね。」

「はい。」


メモを取ろうとしたら、止められた。


「このくらい、覚えなさい!」

「はい。」


「食事は食べたがらないけど、あなたが食べさせてあげれば、何でも食べられるわ。子供が出来た時も同じ。」

「へえ~。」


「ただ、副作用があって、甘えん坊になるから気を付けてね。」

「今以上ですか?」


「今の状況も、若いときの反動だから、宜しく頑張ってね!」

「はい。」


「あの~、いつ頃治るんですか?」

「いつも通りになれば。」


「いつも通り?」


「朝のいつもは?」

「俺、いや僕より早く起きて朝食を作ってくれます。」


「そうなったら、ネ!」


「それと、愛してあげればあげるほど、早く良くなるわ。」

「はい?」


「やっちゃ駄目よ。あなたの愛で包み込むの。」

「何か、言ってて、恥ずかしくないですか?」

すかさず、義理の母親に殴られた。


当然かは不明だが、不調が長引くといけないので、やる事も禁止された・・・残念!


「最後に、寝込んでいる間は、アルコール禁止!」

「生まれてくる子が、みんな、酒豪?になっちゃうわよ。ナオミみたいになっちゃうから。」


「おかあさんは、その期間にお酒を飲まれたんですか?」

「ちょっと亭主が他の女にちょっかい出しやがったのよ。」

「二度とそんな事が出来ないようにしてやったけど。まあ、やけ酒ね!」


「あなたはナオミ一筋だし、指輪もあるから心配していないわ。」

「・・・」


「じゃあ、ナオミを見てから帰るから。」

と言って、母親は居なくなった。



近所のおばあさんにお礼を言いに行って、ナオミの元へ。


パソコンに向かい、会社の勤怠システムにアクセスし届け出をして、明日、明後日の木曜日と金曜日はテレワークを申請した。

上司から「お大事に」と返信があった。


本当に大事にした。

優しくした。

大事な大事な俺の奥さんだから。



木曜日、やはりナオミの熱は下がらなかった。


「何でも食べられる」と聞いていたので、料理本片手に精のつくものを作った。


「何にも食べたくない」というナオミに、赤ちゃんに食べさせるように、お皿にとりわけ、スプーンで食べさせた。

スプーンからなら食べてくれるので、3食におやつも同じ様にして食べさせた。


食べ終わったら、ベッドに座ったまま、ちゃんと歯磨きもさせた。

口も拭いてあげた。


身体も拭いてあげた。

絶対にいやらしいことはしてはいけないと、心を鬼にして?


一生懸命ナオミの事を考えながらのテレワークだったが、後ろを向くとナオミの寝顔が見られて、仕事を頑張れた。



金曜日もナオミは寝ていたが、甘えっ子全開で、仕事がはかどらなかった。


どうも・・・既に治っている様だった。


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