20 出張(長野へ)
出張(長野へ)
会社の組織には、本社・支店がある。
各店舗の下に営業所があり、官庁工事を受注する為、各県に営業所がある。
日帰りの出来る近県は良いが、本社の営業所である長野は出張となり、たいてい泊まりになる。。
設計担当者まで常駐させられない営業所の応援は多い。
通常の設計応援業務は、本社にいたまま対応出来るが、客先との打ち合わせも行う事が多い。
その様な場合、近県なら早朝に出発してその日のうちに帰社可能であるが、長引く場合は「ウィークリーマンション」のお世話になる。
俺は東京本店勤務だ。長野の物件の設計応援を頼まれた。
営業所に確認すると、ウィークリーマンションがいっぱいで、ホテルを予約してくれと言われた。
営業所の場所も対象建物の場所も分かっていたので、俺の好みでホテルを選んで良いと、嬉しいお言葉をいただいた。
客先との打ち合わせは火曜日で、月曜日の午後に営業所に顔を出せば良いとの事。
現地確認・調整等で、木曜日で終了だという。
折角だから、金曜日を休みにして長野観光も勧められ、お礼を言ってしまった。
大ラッキーと喜んだが、うちに帰って出張の話をすると、もっと喜んでいる奴がいた。ナオミである。
新しい鼻歌を作り「出張! 出張! 信州! 長野! お泊まり! お泊まり! ・・・」。
今回の作品は歌詞が長い。
駐車所のあるホテルで、ツイン、月曜日から金曜日までの予定であった。
パソコンでホテルを検索しようとすると、先にパソコンを乗っ取ったナオミが、物凄い早さでキーボードを叩き、あっ!という間に対象ホテルを決めていた。
条件は悪くなく、朝食付きで、会社の規定金額も問題無い。
ただ、よく見ると日程が合わない。宿泊予定が月曜日から木曜日になっていた。
「大丈夫!」と胸を張るナオミに裏画面を見せられて、絶句!
キャンピングカーの予約も決めていた。それも土曜日から1週間。
てっきり、俺の車でドライブも楽しもうと思っていたが、「ガンガンと走るのも考えたけど、一回キャンピングカーに乗りたかった。」と究極の2択であったらしい。
土曜日の朝、キャンピングカーを借りに行く。
都心の店で、会社に行く途中の駅が最寄り駅。
平日は10時開店だが、土日は8時からだという。
予約番号を店員さんに示し、必要書類に記入する。
店長らしき人に「この度は有り難う御座います。」とお礼を言われたが、借りただけのお礼では無かった。
「急なキャンセルで困っておりました。」と言われ、ナオミを見たがそっぽを向いたままだった。
「運転者はどちらですか?」と聞かれ、「俺!」と答えようとした。
「二人!」とナオミが言って、書類に記入し、免許証をコピーしてもらう。
一通りのレクチャーをうけ、俺の運転で出発。
バンコンと呼ばれるワンボックスカーを改装した車である。
以前、父親が車を買い換える際、キャンピングカーを提案したが却下。
ワンボックカーを何とか購入検討対象にした。
どうせ運転手は俺だ。
俺以外の家族は、車で何処かに出掛けても昼食で一杯やりたい。
特に酒好きでもなく運転大好きな俺は、昼食後は必ず運転手であった。
ブツブツ言っていると、「試しに買ってみるか。」とのスポンサーである父の一言で決定。
俺が就職して、あまり乗れなくなった頃、今のFFセダンに代わってしまった。
「ワンボックスほど広くはないけど、快適だな。」と。
一般道を関越自動車道に向かう。
「キャンピングカーは重量がありエンジン出力が弱いので、走行車線をお願いします。」と店員に言われた事を実行する。
正直トロい。
高速に入ってから、何故かウズウズしているナオミに「三芳PAに止まろうか?」聞くと頷いた。
トイレ休憩から帰ると、降りる前に車のキーを渡しておいたナオミが運転席でスタンばっていた。
助手席に座ってシートベルトを締めると、「行くよ!」と言って出発。
駐車場は遊び場だと思っている連中に気を付けながら、本線へ。
いきなり3車線の真ん中の走行車線に入った。
ガソリン車ならいざ知らず、ディーゼルのキャンピングカーである。
しかし、俺が運転していた時よりもはるかに早い。
しかも、エンジン音は俺の時よりも小さい。
まあ、ナオミのやる事なので不思議にも思わずに景色を楽しむ。
「フフ・・・! 見晴らしがイイ!」独り言を言いながら満足げに運転しているので、運転は任せた。
藤岡JCTから上信越道へ。
ワインディングや上り坂でも、スイスイ進む。
碓井軽井沢ICで高速を降り、軽井沢駅方面へ進む。
ヘアピンの上り坂も、ものともせず、キャンピングカーは進む。俺の運転でなくて良かった。
旧軽の近くの駐車場へ停める。
ジョンレノン縁の喫茶店で、ノンビリする。
旧軽銀座とはよく言ったもので、混雑する道をブラブラする。
スタイルの良い女が、たいした事もない男の腕にぶら下がっているのが気になるのか、やたら視線を感じる。
いつもの事なので、気にもならない。
車に戻って、アウトレットに向かう。今度は俺の運転で。
時間が経ったので、ショッピングモールから離れた駐車場かと思ったら、結構近くの駐車場。
バンコンで無用に車高がが高くないので、建物の下の駐車場に停める事が出来た。
ブラブラとウィンドウショッピングを楽しむ。
「何か買ってあげる。」と言うと、前に回って振り向きざま、少しかがんだ上目遣いで「い~らない!」と言われた。
TVドラマでよく見るシーンで、大学生の頃憧れていた女のしぐさである。
一生、俺には関係ないと思っていた。もう、死んでもイイ!
イヤ!死んでたまるか!
これだ~!と顔全部を笑顔にして、ナオミと腕を組んで歩き出した。
アウトレットを後にして、俺の運転でR18を長野に向かう。
途中、追分の蕎麦屋に寄る。
奥のテーブル席に座る。
ナオミは「鴨つけめん」、俺は「天ぷらそば」と「挽きぐるみの田舎そば」で温かい方を先に出してもらう。
まず「鴨つけめん」登場。
二人揃って麺好き。ちょっと分けてもらう。
「取り過ぎ!」と睨まれる。
続いて「天ぷらそば」。天ぷらと温かい蕎麦とは別のせ。
食べ過ぎたお詫びに、ナオミに先に渡す。何故かあまり食べない。
二人で温かい蕎麦を食べ終わる前に、店員さんのお姉さんに「冷たい方をお持ちします」と言われた、
しっかり客をチェックしている様だ。
最後に「挽きぐるみの田舎そば」が出てきて、「こちらに!」と言うナオミの前に置かれてしまった。
俺に一瞥をくれて、「やっぱり、締めは冷たい方よね。」と言って半分以上平らげた。
残りの蕎麦を食べ終わって、「仲がよろしいですね」と言う店員さんに支払いをして、店を出た。
「満足!満足!」とお腹をたたくナオミを助手席に座らせ、浅間サンラインに向かう。
途中、「あ!さっきの店の製麺所。食べる事も出来るんだって。」とナオミが右側のお店を指さす。
事前調査はバッチリのようだ。
「今度、こっちのお店に来よう!」と言われ、素直に同意。
さらに「浅間山、きれい!」と大きな声。
運転中だが思わず右手を見ると、青空をバックに大きな浅間山が綺麗だった。雲一つない。
「雪が積もった浅間山も綺麗だぞ。」と言うと、ナオミは上を見ながら考えている。
「次回の予定を作ろう!」。ナオミはやる気満々である。
途中、道の駅に寄って、ソフトクリームを食べる。
雷電為右衛門の手形の大きさに驚く。
小さい声で「ナオミの方が多分強いな!」と呟いてしまった。
「なあに?」と聞かれたが、溶け始めたソフトクリームを見せながら、「美味しい!」と言って誤魔化した。
ちょっとビビったが、自分のソフトクリームを持って、乾杯するようにしてからソフトクリームを舐め始めたので、一安心。
道の駅からはナオミが運転をする。
上田を抜けて長野方面に向かう。
途中で左折して、着いた所は戸倉上山田温泉。
何故かビジネスホテルの駐車場に停める。
増築模様替えをしたホテルで、ナオミが先に入ってフロントで必要事項を記入してチェックイン。
エレベーターに乗ると、「ここの温泉大好き!」と言って上機嫌。
フロントのお姉さんが、「改装前は、ホテル玄関の扉を開けると、硫黄のニオイがしていました。」と言っていた。
初めではないようで、ナオミは今日の部屋に着くと、慣れた手つきで扉を開けた。
ツインではなく、ダブルの部屋であった。
ナオミはさっさと着替え、「早く!」と急かす。
慌ててホテルの用意した作務衣風に着替えると、ちょっと小さい。
まあ良いかと「お風呂セット」を用意して、大浴場に向かう。
途中で別れて、男湯へ。
軽く身体を洗って、お湯に浸かって「う~ん!極楽!極楽!」。すっかりトシヨリ。
ニオイもお湯も大のお好み。露天風呂やサウナはないが、必要ない。
出たり入ったりを繰り返し、取り敢えず満足して風呂を出た。
フロント前の無料コーヒーメーカーで二つ用意して待っていたが、ナオミは女性用大浴場から出てこない、
ちょっと冷め始めたコーヒーをゆっくりと飲んだが、2杯目を飲み終わった所で、ナオミ登場。
「お待たせ~。」と近づいてきた湯上がりで色っぽさがマシマシのナオミに、「こっちもさっき出たばかり」と答えながらコーヒーを用意する。
「あれ?ひとつ?」と言うナオミに、「俺は水にする!」と誤魔化す。
部屋に戻るとナオミは「やっぱり、最高!」と上機嫌。
汗をかいた俺は、着ているものを脱ごうとしたが引っ掛かって脱げない。
ナオミが笑いながら手伝ってくれた。
Tシャツに着替えて、一安心。やっぱりこれが一番。
ベッドに座って髪を整えるナオミの姿にドキドキしていると、「あ・と・で!」と言われて少しガッカリ。
取り敢えず、夕食を食べに表に出た。
ちょっと寂れた雰囲気だったが、着崩した浴衣の団体が歩き回るのに比べれば、こっちの方が良い様に感じるが、地元としては厳しいのかも知れない。
ナオミお勧めの狭い通りにある、やたら玄関付近が明るい居酒屋に入る。
「お好きな席にどうぞ。」と言われて、カウンターに座る。
出てくるのに時間が掛かるのを知っているナオミは、「焼き鳥全種類2本ずつと天ぷら盛り合わせ、鮎の塩焼き、卵焼き一つずつ!」を頼んだ。
「それから、ジョッキの生一つとノンアルコール一つ、漬物と煮込みとヤッコを一つずつ!」「後はその時!」と言って終了。
二人分出てきたお通しと、漬物で時間調整。
出てきたビールを俺の前に置こうとした店員に、ナオミを指さす。
俺に「お車ですか?」と言われたが笑っただけ。
二人で乾杯して、飲み物と一緒に出てきた煮込みをシェア。
頼み方が良かったのか、丁度良いタイミングで料理が並ぶ。
値段の割に量も質も期待以上。
ジョッキの生、ハイボール、酎ハイ、日本酒と飲み続け、他にも肴を頼んでいたが良く覚えていない。
確か馬刺しも頼んだかも知れない。
「これにはワインかな?」と言ってグラスワインを飲み干し、梅割りと続いた。
ナオミは店にある殆どの種類の酒を飲んだかも知れないが、俺はノンアルコール・ビールの後はお茶だった。
最後に俺がが「おしぼりうどんを一つ!」でオーダー終了・・・本当の最後にナオミが「締めのナマ!」と追加して、直ぐにきた中ジョッキを飲み干した。
何杯飲んだかよく分からないナオミにうどんを奪われ、「辛み最高!」と言いながら半分以上がなくなった。
寂しくなった残りのうどんを平らげた。
確かに美味い。
二つ頼めば良かったと思った。
思った以上に安い金額を支払い、ホテルに戻った。
俺と腕を組むナオミの歩きはシッカリしており、「ザル」と言うより「バケツの底抜け」だと思った。
ご機嫌のナオミは、ホテル受付のお姉さんに「おやすみなさい!」と手を振って、部屋に戻る。
部屋に戻って、ナオミに水のペットボトルを渡した。
一気に500mlを飲み干し、口を拭い、右手の拳を高々と上げ、「もう一回風呂に行くぞ~!」と声をあげた。
俺もやれと言われ、ナオミに合わせて、右手の拳を上げ、「もう一回風呂に行くぞ~!」と唱和して、二人で大浴場に向かった。
1回目よりも長い時間待たされ、ちょっと心配になったが、元気に現れたナオミに安心した。
部屋に戻って、先にナオミに歯磨きをさせ、入れ替わりにユニットバスで歯磨きをした。
今夜もヤルぞ!と思いながら歯磨きをしたので、些か時間が掛かった。
よし!と、ダブルベッドに横になっているナオミの横に滑り込む。
愕然!眠っている。
ほっぺたをつついたくらいでは目を覚ます様子はなく、それ以上したら返り討ちにあうかも知れない。
ガックリしたが、お休みのキスだけはしようと近づくと、いつもの良い匂いが強い。
もしかしたら、アルコールを吸収した揮発性の香りなのかと思って深呼吸をすると、意識がなくなった。




