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駄目(俺+魔女)  作者: モンチャン
19/167

19 優しさ?

優しさ?


女は必死になって仕事をしていた。

もう少しで終わる。もう少しで終わる。


女はある財団の理事長であった。

少し前に、愛する夫、愛する娘、そして生まれることが出来なかった娘のお腹にいた孫、この3人を無くした。



女は夫が代表を務める財団に勤めていて、こわれて結婚した。



女の結婚は遅かった。


良家の娘だった女は、見合いも恋愛もした。


美貌でスタイルも良く、聡明であった。

女子校ばかりで大人になったが、モテモテであった。



女は幼い頃高熱を出した。


最新の医療と両親の必死の看病で、完治したが後遺症が一つだけ残った。

その一つとは、卵子が成熟出来ないというものであった。



真面目で正直な性格だった。


結婚を約束した男の両親に会いに行くと、自分は子供を出来ないと話した。

相手は女の家と釣り合う良家の息子であった。


その話を聞いた男の両親は、その場では平静を装っていた。

しかし、会ってから暫くすると、男の両親から手紙が届いた。

手紙に内容は、「申し訳ないけれど、今回の話は無かったことにしてください。」。

男に会うため連絡すると、「ごめん。もう連絡しないでください。」で終わった。

男に、自分は子供が出来ないと話していた。それでも結婚したい言ってくれたので両親に会ったのに。



見合いもしたが、正直に話すとそれっきりだった。


同じ事が何度もあったが、思い出したくもなく、回数など覚えていなかった。



両親の勧めで就職した財団であった。


財団の代表は男の両親から財団を引き継いだばかりだった。

女は真面目で、何もかも忘れたくて一生懸命働いた。



代表の男は、財団の為に一生懸命働き、自分の足りない部分を補ってくれる女に好意を持った。


「付き合ってください。結婚を前提に。」男は女に言った。


「結婚」と言う言葉に女はあからさまに嫌悪感を示した。

「お断りします!」女は即答した。


断った後でも女は優しく、男を必死にサポートしてくれた。



どんなに断られても、男は諦めなかった。


断る理由を聞いた。

「そんなことは、僕が君を諦める理由にはならない!」

そう言って男は男の両親の元に連れて行った。


女が結婚を断った理由を聞いた両親は驚いた顔をしたが、ソファーから立ち上がった母親は女を優しく抱き締めた。

「うちの娘になってくれる?」

今まで聞いた事のなかった言葉だった。嬉しくて、嬉しくて涙が止まらなかった。

女が泣き止むまで、母親は女を抱き締め続けた。



両家の両親だけをよんだ結婚式だった。

幸せだった。この幸せがいつまでも続くと思っていた。



時は過ぎ、女は財団の副理事長になった。

夫の両親は既に亡くなっていたが、優秀なスタッフのお蔭で財団は安泰だった。



女はある公立の孤児院を慰問に行った。

公立という事もあり、内容はシッカリしたものだった。

女はその時はそう思った。


孤児院の中に、もうすぐ中学校を卒業して、孤児院を出て行かなければいけない娘がいた。

利発で、何となく自分に似ているその娘が気になった。



女は、その娘をどうしても忘れられなかった。


孤児院ではなく担当機関に「その娘を引き取りたい。養子にしたい。」と打診した。

担当機関の担当者から、「有り難う御座います。手続きのお手伝いはいくらでもさせていただきます。」と言われた。


夫の理事長とは、娘を養子にしたいと何度も打ち合わせをしていた。



晴れて家族になった娘は勉強熱心で、女が過去に通っていた女子校を主席で卒業し、女と同じ女子大学を経て財団に就職した。

義理ではあったが、女と娘はよく似ていた。

財団の関係者以外は本当の親子だと疑わない程に。


皆、財団の後継者はこの娘だと疑わなかった。


皆、幸せだった。このことが起こるまでは。


娘のお腹が大きくなってきたと女は感じた。

たまに洗面所で吐いていた。

どう見ても妊娠しているとしか思えなかった。

子供がいない女でも、その事は分かった。



イマドキである。

女は娘を責めなかった。


「良い人がいるなら、連れていらっしゃい。」と本心から優しく言った。

いつもは素直に何でも話してくれる娘であった。

何故か、この話題の時は終始無言であった。



暫くすると、娘のお腹は目立ってきて、傍目にも分かるようになった。

女は娘を結婚させたかった、幸せにさせたかった。

自分が出来なかった夢と希望を、自分の娘が果たしてくれる。

本当に嬉しかった。


娘にそう言った。

観念した娘の答えは信じられないものだった。


「お腹の子供は父の子供です。」


訳が分からなかった。慌て部屋を飛び出した後の記憶は無かった。



今までの私は何だったのか?

嫉妬と、憎悪と、ありとあらゆる悪い気持ち以外、心にはなかった。

パンドラの箱を開けた時の様だったが「希望」など残っていなかった。



女は寝込んだ。

仕事をする気にはなれなかった。


しかし、財団は運営されていた。

自分の事を馬鹿にした、夫と娘によって。


悔しくて、悔しくて、気が狂ってしまえば良いと思っていた。

自分自身を分からなくなれば、こんな幸せなことはないとしか思えなかった。



歯を食いしばって、我慢をした。

自分が子供を作れないから、と。


しかし、夫や娘と仕事をすると、普通に会話している二人に怒りしか感じなかった。

こいつら、殺してやる! 自分にこんな醜い気持ちがあるのかと思うより、当然としか思わなかった。



ある晩、持病がある夫の部屋で、「医者から発作が起きたら使うように」と処方された薬を隠した。


夫の両親ともに、男と同じ持病があり、その為に早逝した。


翌朝、夫が亡くなった。

発作によるものだった。


警察も来たが「病死」となった。


娘は泣いていた。悲しみで。

女は泣いていた。喜びで。



女は理事長になった。



いつもは財団に、運転手付きの車で通勤していた。ちょっと前までは3人で。


運転手がインフルエンザらしき症状なので、二人は電車で財団に向かった。

久々の電車で、娘は嬉しそうだった。

娘の鞄にさがるマタニティマークのキーホルダーを見ると、醜い気持ちしか湧かなかった。


顔を歪めた女に「おかあさん、具合が悪いの?」

そう言って優先席を代わろうとする娘に、憎悪しか浮かばなかった。

「大丈夫!」引きつった笑いしか出来なかった。



イライラして仕事が進まない。

心配した娘は、女を早退させようと車を手配しようとした。


「車の方が、気持ち悪くなる。」と女が言って、娘と電車で帰宅する事となった。

心から心配していた娘は、女と一緒に早退した。



駅のホームで二人が電車を待っていた。

ホームドアは設置されていなかった。


電車の接近を知らせるアナウンスが流れたとき、娘はちょっと躓いた。

女は腕を伸ばした。



傍からは娘を助ける様に見えた。

しかし、実際は娘を押していた。

振り返った娘は「おかあさん・・・」と言ったが、それ以降娘の声を聞いた者はいなかった。


不思議なことに、死んだ娘の顔は優しく微笑んでいた。



近くにナオミが電車を待っていた。

神奈川の魔女に日本語版「デジタル版魔法システム」を教えた帰りだった。

この時間なら、旦那に美味しいシュウマイを食べさせられると思っていたところだった。


直ぐそばで、女性が電車に轢かれた。

「キャー!」と叫ぶ女性客の悲鳴や、平気でスマホのカメラのボタンを押すバカもいた。


ただ、ナオミにだけは、女が娘を押したのは見えていた。


旦那のことを考える幸せになるナオミだった。

この時は少し違っていた。ナオミの幸せの中に他人の幸せの粒がほんの少しだけ入り込んでいた。



ナオミは他人の不幸などには興味が無かった。

自分や、まして旦那に危害を加えられる事さえ無ければ。


「あ~あ! 何線に乗り換えれば、うちに早く帰れるかな?」

それだけの筈だった。

この時一言だけ呟いた。「仕方ないな」。



女は家に帰って泣き崩れた。嬉しいのか悲しいのか分からなかった。3人も殺してしまった。


何故か気になっていた娘の生い立ちを調べた。

既に閉鎖になった孤児院の閉鎖の理由が不明だった。


胸騒ぎがして調べさせた。

公立の孤児院だった。不祥事でもあったのか?

知り合いの調査会社の報告書には「建物の老朽化」程度のものだった。



いきなり立ち上げてもいない目の前のパソコンのディスプレイが光った。

スイッチを押しても、直ぐには立ち上がらない筈なのに。


画面には、自分が知りたい事柄が全て表示されていた。

孤児院の閉鎖の理由は酷いものだった。


職員が孤児を性の対象としていた。男の子も女の子も。

職員達は発覚を恐れ、孤児達を洗脳していた。物心が付く前から。

担当機関は良く出来た運営報告書に満足していた。


ただ、職員が異動を希望しないのに疑問を持った担当機関の人間もいたが、聞き取り調査しても判明しなかった。

間違えても子供が出来たりしないように細心の注意が払われていた。


孤児に対して酷い事をしていると思わない人間達である。

バカ職員の一人が小学生の孤児を妊娠させてしまった。

堕胎させようと皆で相談していたが、小学校の健康診断で妊娠が発覚した。


孤児達に聞いても、何も分からなかったが。

孤児院を2年前に卒院した男の子が、事情聴取で全てを話した。


公立の組織である。

秘密裏に処理されて、公になる事はなかった。



孤児達には呪縛がかかっていた。

ベッドに寝ながら頭を撫でられ「愛している」の言葉を聞けば、身体を許す呪縛が。


涙で滲んでいたが、表示される文字はよく見えていた。

夫や娘に関することも、詳しく表示されていた。


女は思い出した。夫が弁明していた内容を。

内容は、娘に子供を作ってしまった時の状況であった。


全ては自分が悪く、娘の所為ではないことを。


ただ、男の具合が悪いとき、娘が看病してくれた。

女が出張していた時に。


ベッドに横になったまま、優しく頭を撫でて「愛している」と言ったことを。

その時、娘の目が潤み衣服を脱いで、夫に跨がってきたことを。

身体が怠く、娘をはね除けられなかったことを。

久々に気持ちが高揚し、嬉しかったことを。


その時、嫉妬に狂った女には夫の詭弁にしか聞こえなかった。

特に「嬉しかった」には我慢が出来なかった。



「たった1回」と言った夫の言葉も我慢がならなかった。

その後、何食わぬ態度の娘にも我慢がならなかった。



夫の言葉には続きがあった。

「娘は美しかった」と。

「女神のようだった」とも。



聞いた時の女には、理性の欠片も残っていなかった。

しかし夫の説明では、事が終わって呪縛から解放された娘は、裸体のまま父親の身体を優しくいたわる様に拭いてくれた。

その時の言葉だった。


その時は分からなかった、分かるはずもなかった。

今、分かった。夫も娘も悪くなかったことを。

既に全てが終わった後だったが。



娘から言われた言葉を強く思い出した。

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい・・・」

「お願いします。授かった子供には罪はありません。育てさせてください。」



そして娘の最後の言葉を思い出した。

「おかあさん・・・」とだけの記憶だったが、全てを思い出した。

「おかあさん、ありがとう。幸せでした。さようなら。」



ディスプレイに表示された最後の行に次の言葉があった。

一つだけ希望を叶えてやる。娘の封筒に入れてポストに投函しろ。



全てを理解した時、ディスプレイは暗くなっていた。

何をやっても同じ画面は表示されなかった。



既に財団の建物に残っているのは、女だけだった。

両家のお嬢様で、女子校出身。

生まれて初めて汚い言葉を叫んだ。


「チッキショ~~!」


言葉の向いた先は、女自身にだった。



その後も女は必死になって仕事をした。

自分がいなくなっても、財団が運営出来るように。

夫が、娘が頑張って作ってくれた資料を確認しながら、涙を流しながら。


何度も、何度も、何度も、何度も推敲した。大好きな夫が、大好きな娘が作ってくれた資料を。



女には、娘にしたい女性がもう一人いた。


親に売られるように、中学を卒業して、自分と夫が暮らす家に住み込みのお手伝いとして入ってきた娘だった。

死んでしまった娘の4歳年上であった。


この娘も優秀であった。本人は辞退したが、命令と言って高校も大学も通わせた。


優しい娘で、孤児院から連れてきた娘を、妹のように愛しんでくれた。

仕事を持ち帰る夫や女の仕事も手伝った。

直ぐに自分達が行うよりも、娘に任せた方が、早く正確な資料を作ってくれた。


死んだ娘かこの娘が、理事長候補とも噂された。




数日経った。

終わった。


女は1枚の便箋と封筒を机の引き出しの中から取り出した。

引き出しの中には、今後の財団の運営に関する資料が入った封筒とメモリーカードが入っていた。



青色インクの万年筆で書いた。

「一人では死ねないかも知れません お手伝いをお願いします」

落ちる涙で滲んだ文字もあった。


構わず、女は折りたたんだ便箋を封筒に入れた。流れ落ちる涙が封筒を濡らしていた。

封筒には娘が高校生の時、家族3人の鉛筆書きのイラストが書かれていた。


秘書に「郵便を出しながら、家に帰ります。電車で。」と言って財団のビルを後にした。


宛名のないイラストだけの白い封筒を、女は郵便ポストに投函した。



次の日の昼間、ナオミが届いていた郵便物を確認すると、宛名のないイラストだけが書かれた白い封筒があった。

ただ、2・3日、雨も降らなかったのに水滴の跡の様なもので所々歪んでいた。


ナオミはパソコンの前に座り、封筒を開けた。

「ふうん!」とだけ言って、パソコンを撫でた。

パソコンの画面には、ある建物の映像と、日付と時間が表示されていた。



女は、来週には取り壊される予定の建物の中にいた。

家には、ただ一人残った、信頼出来る愛する娘宛ての遺書を残して。



出入り禁止の有刺鉄線の間を抜けて入ってきた。

有刺鉄線の尖った部分で、足に傷ができ、出血もしていた。



昔、娘に初めて会った孤児院であった。

取り壊されるのを待っている建物だった。


涙が滲んで、もういない筈の幼い娘が遊んでいるように感じた。


気が付くと、目の前に黒いスーツを着た女が立っていた。

ミニではあるが、シックなスーツを着ていた。

一瞬しか会っていない筈なのに、その女の顔を覚えていた。


「ごめんなさい。宜しく。」

それしか言えなかった。


バッグに入れたナイフを取り出した。大好きな娘がリンゴの皮をむいてくれたナイフであった。

ナイフを目の前の女に渡そうとすると、ナイフは手から離れ、中空に浮いていた。


黒いスーツの女が人差し指を少し下げると、浮いたままのナイフは自分に向きを変え胸に突き刺さった。

刃の向きは上を向いており、少し動いた。

胸から血が噴き出した。

ただ、刺されても痛みは感じなかった。気持ちが良かった。

薄れゆく意識の中で「ありがとう」と言って、全てが終わった。


何気なく黒いスーツの女が振り向いた。

いつもは振り返りもしないのに。


跪いてこときれた女がいた。

黒いスーツ姿の女には、その女の両脇に陽炎のような人影が見えた。

一方には微笑んだ初老の男が、もう一方には赤子を抱いて微笑む若い女が。



パソコンの前に座っていたナオミが、ある女の情報が1行追加されたことを確認した。

「自死」



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