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駄目(俺+魔女)  作者: モンチャン
18/168

18 冷酷

冷酷


ナオミにミスは無い。

通常の生活ではおっちょこちょいであるが、魔力を使う場面でのミスは無い。


強盗団を殲滅させた時も証拠を残すような事は無かった。

全身黒ずくめ、ほぼボディコンのミニワンピ、10cm以上のヒールを履いて180cmを超える身長、目立つ事ずくめであったにも関わらず。



ただ、帰る際の一瞬、気を抜いた。


件のビルの隣にスィーツの店があった。

「旦那に食べさせたら、喜ぶだろうな」と相好を崩してしまった。



ナオミの亭主は新しい物好きで、テレビでのラーメンの特集やスィーツの特集番組は好物である。

特に麺類は好きで、汁を最後まで啜るまでは我慢するが、ラーメンもうどんも蕎麦もパスタも好きである。

頑張ってトレーニングしているが、麺類やスィーツを我慢すればシャープな身体を得る事は難しい事では無い。

どんなに走っても、どんなにウェートトレーニングをしようとも、食べ物の効果は絶大である。



そんな旦那を思ったら、気が抜けてスィーツを眺めてしまった。


ナオミが気を入れているときは、周りの人間に存在は分かるが誰かが居た以外の記憶は残らない。


気を抜いたのは、ほんの一瞬であった。

その一瞬を覚えていた男がいた。

本当は、その一瞬だけの筈だった。



ナオミは夕方に買い物をする。

旦那と一緒に帰りたいからだ。


今日は、丁度切らしてしまった調味料を買う必要に迫られた。

夕方でも良いかなと思ったが、近所のおばあさんに声を掛けてみたら「ついでにお願い」と買い物を頼まれた。



久々に平日の昼間に、駅前のスーパーに出掛けた。


駅前近くのラーメン屋は人気ラーメン店で、昼間という事もあって長蛇の列だった。

帰り際にラーメン店の並びを見ながら帰路についた。

前に旦那と食べに来たなと思いながら。



何気ない一瞬であった。


スタイルが良い女性が通り過ぎた、ラーメン屋に並んでいた人達の感想はそんなものだった。

ただ一人の男を除いては。



男は人気ラーメン店の列に並んでいた。

以前は雑誌社に勤め、この店の特集をして上司から褒められた事もあった。



男は、幼いときに父親を交通事故でなくした。

ひき逃げだった。


田舎で、遠い昔の話である。

街灯も少なく、防犯カメラなど名前も聞いた事は無かった。



質素ではあったが、暖かい楽しい家庭であった。

残念ながら、父親をひき逃げで殺した犯人は捕まらなかった。


母一人と幼い妹。

それまで自宅の小さい畑でちょっとした農作業のまねごとしかした事のない母は、生まれて初めてパートに出た。



食べ盛り、まだ幼い二人の子供を抱えて、母親は必死になって働いた。


父親も母親も親戚は少なく、皆遠くに離れており、援助が出来る裕福な生活の者は居なかった。


それでも男の子と女の子の二人の子供を、高校までは行かせようと頑張った。

援助も無く、必死になって働いた母親は、時々病気になった。


男の子は小学生の頃から新聞配達を始めた。


母親にばかり苦労を掛けてはいけないと、女の子は中学に入るとバイトを始めた。

近所に出来たコンビニの店員である。


親切な店長さんであった。

中学生である女の子にアルバイトをさせる為、中学校に「女の子は遠い親戚で、家庭の経済状況も良くない」と説明し、強引に承諾をもらった。



周りの人の優しさで、二人は無事に高校を卒業した。

兄は東京に出て仕事をしながら、夜間の大学に通った。


手に職をつけたいとは思ったが、幼い頃からやっていた新聞配達で良く新聞を読んでいた。

新聞社に就職したかった。


妹は高校を卒業すると、地元の会社に就職した。

母と一緒に暮らしたかったから。


月日は流れ、畑だらけだった田舎にも住宅が増え、駅近くの会社だったので、妹は近くに出来た専門学校に通った。



兄は大学を卒業し、新聞社に就職しようとしたが、入社試験で一緒の部屋に座った学生達は最低でも有名私立、国立大学出身も多かった。

面接は受けたが、兄の経歴を見た新聞社の就職担当者の顔色で、入社は無理だと悟った。


とにかく文字を書く様な仕事に就きたくて、色々な出版社を回った。

大手出版社の子会社に何とか就職出来た。


妹は専門学校で看護師の資格を取得し、病気がちになった母親を支えようと、駅前に出来た病院に勤めた。



妹は母親と楽しく生活していた。


兄は、雑誌の特集を任せられる程に敏腕な雑誌記者になった。ある暴力団の記事を担当するまでは。



本来真面目な男は、綿密な取材、的確な狙いが功を奏して、高く評価される記事を書いた。

それもあってか、その暴力団は壊滅した。


男は恨みを買った。表社会ではない裏社会の。

壊滅した暴力団と親しかった暴力団は、男の抹殺を図った。


ただ殺したのでは、この男に続く者が現れるかも知れない。

殺すのでは無く、潰しに掛かった。



手はいくらでもある。女、麻薬、非合法なものは揃っていた。



真面目であった男は、女に簡単に騙された。

女にもてるはずも無いのに、女から告白されて熱くなった。


何度も女とベッドを共にすると、「結婚しよう」とまで考えるようになった。


「仕事に疲れている」と言った男に、女はドリンク剤を渡した。

ごく普通に売っている精力剤であった。


過去に飲んだ事のある銘柄だったが、少し味が違っていた。

女に「少し味が」と言うと、抱き締められて、「疲れているのね、可哀想」と言われその場は終わった。


そんな事が何度もあった後、女がいなくなった。


身体がおかしい。

男は焦った。以前取材したときに知っていた覚醒剤中毒に似ている。

気付いたときは遅かった、かなりの重症だった。



街を歩くと男が寄ってきて、「良いものがありますよ」と言われて、ついて行ってしまった。


暫くすると、男が覚醒剤をやっているとの噂が流れ、雑誌社で記事を書いているときに警察に逮捕された。

事情を説明したが、戯言と相手にされなかった。

新聞にも載ってしまい、母や妹にも迷惑が掛かった。



初犯であった為、執行猶予はついたが、折角就職した雑誌社には残れなかった。

何とか頑張って、覚醒剤と分かれた。


母や妹から「帰ってこい」と手紙やメールをもらったが、都会化が進んだとはいえ田舎である。

これ以上の迷惑は掛けられなかった。



すさんだ生活が続いた。

飲めなかった酒も飲むようになり、煙を見ると反吐が出そうだったのにタバコも始めた。


覚えてしまった女の魅力に、性風俗にもよく行くようになった。


以前務めていた雑誌社の先輩が心配してくれて、何とか三流以下だが、雑誌のバイト的記者になった。



人とのつながりは大切だ。

男は真面目すぎて、他人との交流が少なかった。

落ちるだけ落ちた、今の自分ではどうしようも無かったが。



元々、記事の面白さには定評があった。

文章もうまい。

何しろ、記事になりそうなターゲットを見つける能力があった。

性や暴力といった記事ばかりであったが、巧みな取材と記事内容で人気はあった。


真面目な性格の裏返しか、取材した風俗の女性を口説くという事が多く、一部では評判がよくなかった。



ラーメン屋に列に並んで、もう少しで入店と言うときに、男は女を見てしまった。

無駄に記憶力も良い。

姿形は違うが、強盗団の抗争事件があったビルの隣のスィーツ店を覗いていた女だ。

何か記事になりそうだ。男の直感が働いた。もしかしたら金になるかも知れない。



自転車で帰っていく女には追いつかなかったが、勘と経験で探り当てた。

女が入っていったおばあさんの家を確認し、ここの孫娘だと確信した。



色々調べたが、女の素性は分からなかった。

住所は近くても、名前が違っていた。女はおばあさんの孫娘では無いのだから。



調査して記事を書くのは時間が掛かる。

あの女の件は諦めた。


しかし、再チャレンジで並んだ駅前のラーメン屋で、再び女を見た。

隣に男がいた。ガタイがよく、サングラスをしていた。あまりに女がじゃれついているので、そっち系かと思った。


昔暴力団関係者に脅しを食らった事を思い出した。

鋭い眼光は怖い。しかし、何処を見ているのか分からないのはもっと怖い。



ターゲットを女に絞った。

後に分かるが、男にとっては少ない不幸で終わる選択であった。



住宅街で張っていると、不審者と思われる。

防犯カメラも怖い。自分は前科持ちだ。

朝夕は男と一緒だ、昼間を狙う事にした。



数日後、丁度人通りが無い裏道を歩いている女に声を掛けた。

「この間の強盗団事件のビルで見かけた。」

女は表情一つ変えずに言った。「だから?」



ここで止めておけば良かった。

しかし、女のスタイルの良さに釘付けになった。

胸もでかい。

金だけの要求のつもりであったが、身体も欲しくなった。


「ちょっと、付き合って貰えるか?」

男は事前に調べてあった、工事が中断しているビルに連れ込んだ。

近くの防犯カメラは確認済みだ。この角度なら写らない。


しかし、堂々と歩く女に不安を抱くべきであった。



コンクリートの臭いが鼻につく。

解体したコンパネが無造作に積まれたちょっと広い場所だった。


暗かったが、窓になる予定の開口部から、少し差し込む光が女を輝かせていた。


男は舌なめずりをして、女に言った。「まず、服を脱げ!」


女は肩に指を動かすのかと思ったら、上げた指をただ下げた。

男が生きていて最後に見た風景だった。


「もっと苦しませた方が良かったかしら?」

そう女が言うと、真っ黒に焦げた男の死体以外、足跡も何も残っていなかった。



家に帰ったナオミはいつものように昼食の用意を始めた。

今お気に入りのピザである。オーブンが温まるまで少し待つ。


「そうだ!」と言ってパソコンを撫でた。


ディスプレイには、先程処分した男の写真と経歴が直ぐに映し出された。


アメリカの魔女仲間から譲ってもらって、ナオミが日本のデータを入力し日本語版とした「デジタル版魔法システム」である。


どんなに男が過去に苦労していようが、不幸であったかなどは興味も無い。

「ふ~ん」と言ってキーボードに手を近づけた。

ナオミに関するデータだけが光っていた。


指を鳴らすとパソコンの画面が消えた。



鼻歌をうたいながら、「今度、旦那にも食べさせようっと!」と、8等分にしたピザを置いて、コンソメスープのカップを持った。



女が指を鳴らした時、三流雑誌社の男の机の中、男のアパート、資料を隠しておいたコインロッカー、女に関する全ての資料が跡形も無く消えていった。

他に残っていたものもぐちゃぐちゃで、何を書いていたのか判別は出来なかった。

メモリーディスクのデータは、解析する事など不可能であった。


コインロッカーは、煙の発生で消防が対応した。

モバイルバッテリーの損傷が激しい事から、そこからの発火と断定された。


男の死因は自殺となった。

本人確認は難しかったが、近くに転がっていたガソリンの入ったポリタンクの指紋で直ぐに身元は判明した。


男は前科者だったから。



警察に呼ばれた母親と妹は、変わり果てた男の死体に泣き崩れた。

骨にされて小さくなった男を連れて、故郷に帰っていった。



その時間、ナオミは昼のテレビを見ていた。お笑い番組の再放送を見て笑い転げていた。



もし、男のターゲットがナオミではなく旦那の方であったなら、こんな生やさしい終わり方では済まない。

男は当然生きてはいない。


今回の消去は、ナオミに関する情報等のみだった。


しかし、旦那がターゲットだった時、ナオミは躊躇せずに男の血に関するもの全てを処分の対象とした筈だから。

その時は男の故郷の仏壇に、骨壺が三つ並んでいた事だろう。


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