10 日曜日
日曜日
日曜日、昨日は早起きだったのでぐだぐだと寝ていようと思ったが、横に寝ているはずのナオミがいない。
昨夜の不安が頭をよぎる。
ガバッと起き上がって扉を開けると階下から音が聞こえる。
おそるおそる階段を降りると、キッチンに立っているナオミが見えた。
一気に緊張が解けその場に座り込んだ。
冷たい水で顔を洗いサッサと着替えて階下に向かう。
正面からナオミを見て掠れた声で「おはよう」と挨拶した。
俺の身体から不安の影が立ちのぼっているのを察知した魔女は、一呼吸置いて微笑みながら近づいて俺の手を握りそれから俺を抱き締めた。
どのくらいの時間ナオミに抱き締めてもらったのだろう。
「ありがとう」「ありがとう」を繰り返す俺をナオミは放さなかった。
「朝ご飯を食べたらちょっと出掛けてくる」とナオミが言った。
「俺も一緒に」と言ったら、唇に人差し指を当てられてしゃべられなくなった。
「絶対にあなたの元に帰ってくる!」と海よりも深い瞳で見つめられた。
あれだけナオミに抱き締められたのに不安が消えていない。
まして今はナオミがいない。
「行ってきます」と2階に駆け上がって行ったナオミの後を追ってみたが、もういなかった。
リビングで項垂れていると、2階から誰かが降りてきた。
ナオミの歩く音ではない。
普段なら誰だと身構えるのだが、力が入らない。
階段からの扉が開いて現れたのは、ナオミに似ているが少しキツメの美人であった。
「ナオミの姉のヒロミです。あなたがナオミの亭主ね。」
立ち上がって挨拶しようとすると「そのまま座っていて」と言われ、まもなく横にナオミが座っていた。
「ナオミが急に現れても驚かないのね。」
「現れる前にナオミが来ると感じましたし。」
「ナオミ、良いところに住んでいるのね。あたしが替わってやろうか?」
そう言った途端にナオミから炎のようなゆらめきが現れた。
「ねーちゃん! 言って良いことと悪いことがあるのよ。」
そうナオミが言いながら放つ炎は天井に届いていた。
慌てたヒロミは俺に対して「は、早くナオミにキスしなさい!唇よ!直ぐ!」
最初の余裕のある言い方ではなく、切羽詰まっていた。
横にいるナオミの唇にかなり強烈なキスをすると、ナオミから出ていた炎は霧散した。
「いい!ナオミの戦闘能力は魔女随一なの。それを止められるのは亭主のあなたしかいないんだからね。」
息を荒くしながらヒロミが俺に話す。
独り言のように「昔はこんなに酷くはなかったのに」とつぶやきながら周りを確認する。
庭の奥を見たとき、俺に確認の声が響く。
「あの巻き藁は誰の?」
「あれは姉貴が20年以上使っていたやつだけど」
「もしかしてあなたはオネーチャン子だった?」
「小さい頃弱虫で泣き虫だったから、皆からいじめられる事が多くて毎回助けてもらってたけど」
「例えばあの巻き藁の関係で、オネーサンが怒った事は?」
「姉貴が高校生の頃、空手の全日本に出場しようとした時に祖母に強引に止められて、怒りが収まらなく半年くらい毎日3時間以上早朝に蹴りを入れていたけど」
「それね。ナオミ、あなたあの巻き藁を蹴ったことあるわよね?」
「初めて見たときに片足10回ずつ・・・」
ヒロミは俺に向かってナオミの取説をやり始めた。途中途中にため息を入れながら。
「ナオミは格闘家の気持ちが籠もったものに触れるとその能力を吸収出来るの。」
「あなたのオネーサンの空手能力を吸収したときに、小さい頃にあなたを守りたかった気持ちまで吸収しちゃったのね。」
「だからナオミはあなたを守りたくて仕方がないのよ。」
「だけどオネーサンは他の人と一緒になったでしょう。その時の揺れる気持ちがあなたを不安にさせているのね。」
それまでは落ち着いた声だったが、ここからは声のトーンが変わった。
「でも、、ナオミはあなた以外の人を絶対に好きにはならないの。」
「何故なら、、ナオミは最上級の魔女だからよ。」
最後に大きくため息をはいて、ヒロミは2階に続く階段への扉の取っ手を持った。
「最後に言っておくけど、ちゃんと二人で、、最低でもキスをするのよ。こんなことで毎回呼ばれたんじゃたまんないわ。」
「おね~ちゃん、ごめんなさい。」涙声のナオミ。
「出来ればもっと・・・」と言いながらヒロミは消えていった。
暫く二人でボーゼンとソファーに手を繋ぎながら座っていた。
「買い物でも行こうか」
「うん」
二人して自転車で近所のスーパーに買い物に行った。
スーパーでカートを押すナオミの後ろ姿に、惚れ惚れする感覚と安心感が自分の中に溢れているのが感じられた。
ヒロミからの
「ナオミはあなた以外の人を絶対に好きにはならない」
それとナオミが言った
「絶対にあなたの元に帰ってくる」
顔がにやけて立ち止まっていると、不思議そうな顔をしたナオミに手を握られ引っ張っていかれた。
夕食を食べながら思わずナオミに見入ってしまった。
俺の箸が止まっているのに気がつき「どうしたの?」と上目遣いに見られた。
どの角度からでも美人だ。
「あまりに美人だから、見とれてしまった」と正直に答えた。
ナオミは、胸を張って少し顎を上げ「どうだ!」というポーズを取った。
その後二人で笑い合って、仲良しの夕食が終わった。
夕食後テレビで日曜日の番組を見ていると、明日は月曜日で出勤かと憂鬱になった。
何だか久しぶりにいれた紅茶に、砂糖を入れてかき混ぜているナオミが怪訝そうに「どうしたの」と聞いてきた。
「この番組を見ると、明日からまた仕事だと思い出して憂鬱になる」と正直に答える。
コーヒーの時と同じ様にミルクの渦を作りながら少し考えた後に「よし!」とナオミが立ち上がった。
俺の手の引き立ち上がらせると、優しく抱き締められ、ミルクの渦が消えても唇にキスをされ続けた。
「どお?」と身体を斜めにして上目遣いに俺を見るナオミに、「気分爽快!」と答えた。




