準備は大変っっと思ったら……
重い……。
何がって?
肩に食い込む食材入りのリュック。
おまけに坂道になってるから余計に辛いようっっっ。
え? あんた何処にいるのって?
お城に、食材運んでるの。
学校からお城まで、歩いて運んでるのよおおおおっっっ。
それにしても遠い……。
私は目的地を仰ぎ見た。お城はこの街でも一番の高台にある。
それと多分これは、外敵から守るためでもあるのだろう。上に行くと路面電車も無い。だから徒歩。
「お嬢様学校のはずだよね? ここ」
マリニアがゼーハー言いながら恨めしそうな顔して坂道を上る。
パンケーキを何度か試作して、材料と使う量を決定。学園に報告すると、さすがにそこは業者に注文してくれた。そこまではよかったんだけど……。
さっきも言ったけど、学園に届いた食材を、お城まで運ぶのはなぜか私達。
何故?
ここまで持ってきてくれたんなら、お城まで運んでくれてもいいんじゃないのよとマリニア。
そーだよぉ! なんで?!
周りを見ると、料理担当の他のグループが、食材入れた箱をもってヨイショヨイショと坂道を上がってきていた。
「何事も経験よ」
アナスタシアが涼しい顔で言う。経験ね……。
「だったらせめて重たい荷物は男の子に運ばせれば!」
がう、とマリニアが吠える。
「男の子に?」
返事するのもおっくうだ……ゼエハア……ダメだ。汗が目に……。息が上がる……くううっっ。
でもマリニアがそう言いたくなるのも分かる。私も含めてだけど、周り見渡すとみんな女の子ばっかり。
え? 男の子は何してるのかって? みんな寮で死んだように寝てるっっ。とゆーか、
なんか最近、男の子たち、みんなぼーっとしてるんだよね。魂が抜けたみたいに。
「ああ、それには理由があるのよ」
額から流れる汗を優雅にハンカチでふきながらそう言ったのはアナスタシア。男の子たちがぼーっとしてるのには……わけがあるってね。
その訳とは。
サプライズパーティにはもう一つ出し物がある。それは、男の子の剣技。
もちろん、つかう剣は斬れないように細工はしてあるけど、それに向けての体力作りが半端ない。
毎日毎日、学園から始まって街をランニング。その距離なんと十キロ!
戻ると休む間もなく剣術のけいこ。
教えてくれる先生は鬼の剣星と呼ばれた方々(複数)。そんな人が教えるんだからどんな事態かは察して余りある。体育館の近くを通りかかった女子生徒の証言だと、許してくれとかギャーとか殺さないでとか聞こえてくるらしいっっっ。
そりゃ、終わったらぼーっとしたいはずだ。ちなみに新入生の男の子は、サプライズパーティが終わるころには人相変わってんだって。
「荷物運びが嫌だって言うなら、剣技に参加してみる? 二人とも」
とアナスタシア。
ジョーダンじゃないっっっっ! マリニアを見たら真っ青になってブンブン首降ってた……。
お城にようやくたどり着き、入る前にチェックを受ける。
チェックをしてくれるのは、探査魔法の使い手の兵士さん。私たちの体に手をかざして呪文を唱える。何か変なの持ってたら、反応するってわけ。
「あれ? 何か入れてます?」
マリニアのボディチェックをしていた兵士さん。彼女の制服の、スカートのポケットのアタリをポンポン。
私もアナスタシアもギョッとして彼女を見る。
「あー、これは……帰りに買い食いしようと……」
えへへ、と苦笑いしながらマリニアがぼっけからコインを出す……もー、この子ったらっっ。
「マーリーニーアお前な!」
「だあってお腹すくんだもんーっ、イイでしょ?帰りにキッパーサンド(サバのサンドイッチ)を買いたいの! みんなにも奢ってあげるからさ」
キッパーのサンド……ぐうううう、とお腹が……。
塩漬けのサバをこんがり焼いて、マリネしたタマネギとマヨネーズベースのソースっ。それを軽く焼いたパンにはさんでモリモリ食べる。
入学したての頃は毎日学食で頼んでた。もー、美味しいのなんのって!
「んなこと言って最近、晩御飯のあとに食うもんだから太っちゃったじゃん」
アナスタシアがブチブチ。
いやほんとだ。
このところずっとサプライズパーティの下準備で忙しくて、夜中までかかることも。
当然お腹がすく……。
いけない、いけないと分かっていても……手が……手がぁぁぁぁ。
しかも最近その、こんなこと言っていいのかどうかだけど、お腹の調子が……。
なのに食欲が……。
これってすごくマズイ。はよこのパーティ終わらせたい。いやマジで。
とりあえず今日の荷物を運び終え、当日使えるようにお皿をチェック。フライパンの位置やお客様に並んでもらう場所なんかを相談。やることは山ほどある。
アナスタシアは腰に手を当てて、周りを見渡した。
「問題はバターよね。室温に戻しておく場所も決めておかないと」
「卵もだよ、割れちゃわないように置く場所慎重に決めないと」
流れ作業的に行きたいよねと二人で言いあってると「ねーねー、私の役目は?」とマリニアが割り込んできた。
「マリニアはまず、パンケーキの焼き方だよ。今日マスターして帰ろ? ね?」
私が言うと、マリニアは不服そうにほっぺを膨らませた。え? なんで? って聞いたら、
「だって焼き方練習ってことは、出来たのは試食するんでしょ? いまケーキなんか食べたら、帰りにキッパーサンド食べられないじゃない」
そこかよ! と私が心の中で突っ込む。
「でもマリニア、いまここで練習しとかないと、本番で絶対コケるってば」
アナスタシアに言われ、マリニアはしぶしぶと言った感じで練習開始。
「失敗作は、みんなで食べてくれるんだよね?」と言うマリニアに、
「失敗作はアンタが責任とって食うこと。イイね?」とアナスタシア。マリニア、そんなぁと涙目。
何度かやるうちに、上手く焼けるようになった彼女。失敗作は結局、みんなでその場で食べることにした……。
で、その帰り道のこと。
起きたんだ……事件が!
「ぜーったいキッパーサンド食べるの!」
マリニアが両手ブンブン振り回して言う。あれだけパンケーキ食ったじゃん……まだ食うの?
「だって口の中もう甘ったるくて、塩辛いモノ食べたいの!」
それは分かるけど……。
まあ、マリニア頑張ったしとアナスタシア。ご褒美ってことで、私達は寄り道して、キッパーサンド売ってる屋台に行く事にした。
じゅーっ、て音が聞こえる……うう、いかん、お腹が。
でもダメダメダメっっ。これ以上食ったら吹き出物がぁぁ。
アナスタシアと私は濃いめに入れたバラの紅茶にした。あ、これンまい。
「二人ともほんとにいいの?」
イートインスペースに陣取った私達。なんか申し訳なさそうにマリニアが言う。
もうお腹一杯だよとアナスタシア。
「駄目よ、育ち盛りなのにみんなさあ。食べないと大きくなれないわよ」
大きくなるのが横じゃなきゃいいんだけど……。
「ほら、ベアトリーチェ、半分あげる」
え?
「だあって、欲しそーな顔して見てるもん」
み、見抜かれた!
マリニアはサンドイッチを気前よく半分に割った。はい。と笑顔で私に差し出してくれる。
半分……プリっぷりのサバの身がはみ出てる……タマネギがツヤツヤ……半分だから……いいよね……。
手を伸ばす私に、太るぞ……とアナスタシアが呟く。その時だった。
私が座っている席の後ろから、何やら話し声が……。
「……だから、パーティの時に……台所に……」
「警備も手薄になっているから……チャンス……」
えっ?!
聞こえてきた話の内容に、私の体をタラタラタラと冷や汗がっ。
するとそんな私の腕を、アナスタシアが強くつかんだ。彼女も聞こえてたみたい。
「振り返っちゃダメよ。いい? ベアト」
アナスタシアはそう言って、手鏡を取り出した。そこには、怪しげな黒服の男二人が映っている。
う、映ってるのはいいけど、これからどうしたらいい?
お店の人、呼ぶ?
とにかくそうすることしか出来ない。ダメだ、頭が真っ白に……。
「どーしたの? 二人とも」
サバサンドをもごもご食ってるマリニア……そんなことしてる場合じゃないのよう。
と思ってたら!
「あーっ!」
マリニアがでっかい声で叫んだ。
「あの人たちだよっ! バザールで見かけたの!」
城の台所に忍び込むとか言ってたとマリニアが叫ぶ。馬鹿、静かにしてとアナスタシアが止めるももう遅い。私らの背後でバタバタバタって慌てる気配がした!