夢から覚めて……
果てしなく長い夢を、ずっと見ていたような気がする。
師と再会し、「ここに来るのは、まだ早い! さっきの奴も、さっさと追い返しておいたぞ」と言われたような……
マリベルになって、誰かに優しく頭を撫でられたような……
愛しい人に、抱きしめられたような……
私の名を呼び続ける、懐かしい声が聞こえたような……
◇
目を開けると、私は見知らぬ部屋にいた。
体が重くて動かすことができないので、視線だけで辺りを見回す。
師がいないということは、あちらの世界ではないのだろう。とりあえずホッとした。
しばらくすると、少しずつ体に力が入るようになってきた。試しに、右手をゆっくりと動かしてみると何かに触れる。
――手触りはサラッとしているけど、何だろう?
もう一度触ってみる。……と、その何かが動いた。「フフッ」と笑う声も聞こえる。
その声で『誰』の『何か』がわかったので、今度は遠慮なくワシャワシャしてみた。
「……アナベル、くすぐったいから止めて」
両手で、優しく手を包み込まれた。
少し乱れた紺色の髪に空色の瞳の人物が、私を見つめている。
「……ラリー、元気そうね。また会えて嬉しいわ」
「俺も…君に会いたかった。また会えて…本当に嬉しいよ」
ラリーが覆いかぶさるようにして私を抱きしめてきたが、少し重い。
彼に「重いよ」と言ったら「ごめん!」と言われ体の位置がずれた。……が、私を離す気はないらしい。
小刻みに震えている彼を落ち着かせるようと、以前マリベルにしてもらったように頭をよしよししたら、さらに強く抱きしめられた。
「もう会えないかと……思った」
「うん……」
「俺の前から、二度といなくならないで……」
「うん…」
少し体を起こしたラリーの頬にそっと触れると彼の目の下に隈ができていて、何だか顔色が悪いように見える。
術が失敗したのかと心配になった私に、「アナベルが目を覚ましたから、俺はすぐに元気になるよ」と彼は笑った。どうやら、ただの睡眠不足のようだ。
良かった……と笑う私にラリーの顔が少しずつ近づいてきて、額に口付けをされた。それから瞼、頬へと続く。
「アナベル……愛してる」
「私も……愛してる」
そして最後に……唇が重なった。
◇
目を覚ましてから一週間後、私はようやく起き上がれるまでになった。
私がいるこの部屋は、隣国の王城内にある離宮の一室。あの日、ラリーへ『死者の蘇生』を行った私は意識を失い倒れ、そのままここへ運び込まれたとのこと。
それから、二か月もの間ずっと眠っていたらしい。
「其方が『魔女の奥義』を行使したと知ったローレンスが取り乱して、あの後まったく使い物にならなかったのだ」
ベッド傍の椅子に座り、ラリーと同じ空色の瞳を私へ向けているのはテディこと、セオドア殿下。
彼は、この国の王太子殿下なのだそう。
「『王太子』とは、次期国王を継承する人のことだよ」と私に解説をしてくれたのは、反対側のベッド脇に座り私の手をずっと握りしめているラリーこと、ローレンス。
彼は、セオドア殿下の近衛騎士なのだとか。
――近衛騎士って『護衛』みたいな者だと聞いたけど、主ではなく私の傍にいてもいいのだろうか……
「お言葉ですが、私が取り乱すのは当然ですよね? 愛する人が自分のせいで死ぬかもしれないと思ったら、正気ではいられないですよ。殿下もお相手ができれば、私の気持ちが理解できるかと……」
「だからといって、空き時間や休日にずっとアナベルに付き添っていなくてもよかったのではないか? 世話をするドロレスとメーガンはいるのだし……」
ドロレスとはラリーたちの母親だった人物で、メーガンはペグのこと。
彼女たちは、テディ付きの侍女頭と侍女だったのだ。
ちなみに、ドロレスはラリーの乳母をしていたこともあり、本当の親子のような関係でもあるのだとか。
「彼女が目を覚ましたときに、傍にいたかったのです。父も、私の気持ちに理解を示してくれました」
「あれは理解を示したのではなく、叔祖父殿もお手上げの状態だったと聞いているぞ……」
二人の話は続いているが、ここで一度、私が二人から聞いた今回の出来事を整理したいと思う。
そもそも、今回の内乱が起こるきっかけとなったのが、テディの祖父にあたる前国王陛下の急逝だった。
通常であれば、王太子殿下だったテディの父が国王の位を継承し終わる話だったのだが、それに異議を唱え反乱を起こしたのが、前国王陛下の兄だった。
以前から権力欲に取りつかれていた彼は、弟に継承権を奪われたと恨み、いつか奪取してやるとその機会を虎視眈々と狙っていたとのこと。
こうして内乱は起きてしまったのだが、テディの父親側についたのがラリーの父、前国王陛下の弟だった。
そして、万が一の事態に備えテディの国外脱出を依頼されたのがラリーで、それに随行したのが母親とペグだったのだ。
その後、反乱軍は鎮圧され首謀者は捕らえられたが、反乱軍の残党がテディを人質にして身柄の交換を画策し、あの事件を引き起こす。
しかし、私によって計画は潰され、残党も一人残らず捕まったのだった。
「それで、さきほどの話だが……アナベル、引き受けてくれるか?」
「私は魔力量がかなり減りました。それでも、お役に立てるのでしょうか?」
『魔女の奥義』を行使したあと私は死ぬことはなかったが、魔力量が半減したようだ。
それが証拠に、濃い紫色だった髪は薄い紫色に変わり、瞳は深緑色から緑になってしまった。
一応まだ魔女ではあるのだが、以前のような力はない。魔力が弱まったので、師の言う通り寿命も短くなったと思われる。
転移魔法や変身魔法は使用できなくなり、空間魔法も維持することが難しくなってきたので、一度荷物の整理を行わなければならない。
そして、転移魔法が使えなくなってしまったので、簡単に迷いの森へ帰ることもできなくなった。
「私が其方に期待しているのは、知識と技術の供与だ。この国を復興していくための人材を育てる事業に、是非とも協力をしてもらいたい。もちろん、全ての情報を公開しろというわけではないし、其方が話せる範囲で構わない」
テディが言う復興事業とは、戦災孤児たちの自立支援と人材育成を同時に行うことだ。
孤児の中で魔法の適性がある子には魔法の技術を、将来、薬師や冒険者になりたい子には薬草の知識を教授する学校の講師を私に務めてほしいのだという。
ラリーは近衛騎士の仕事の合間に、騎士志望の子たちに剣術指導をするのだそう。
私としても、師から受け継いだ知識や技術を後世に残していきたいと思っているので、その申し出は大変ありがたい。
「アナベルは魔力量が減ったと言っているけど、俺たち『人』と比べたら、まだまだ十分過ぎるほどの魔力量だからね……」
そう言って、ラリーは私の隣で苦笑いを浮かべていたのだった。