求婚
母親にポーションを飲ませてから二日、まだ彼女は目を覚まさないらしい。
――やっぱり代替えの物では、あまり効果が出なかった? それとも、私が製作に失敗した?
一人で悶々と考え込んでいる私に、ラリーは「容体はかなり安定してきたから、そのうち目覚めるよ。もう安心だ」と言ってくれる。
その言葉通り、彼は冒険者としての活動を再開させた。
今はペグが母親を看ているようで、日帰りではない討伐の依頼も受けるようになっていた。
そして、ラリーから「ついに昨日、目を覚ました!」と嬉しい報告があったのと同じ日、隣国の内乱を引き起こした反乱軍が鎮圧されたとの情報が入ってきた。
◇
この日、私はラリーから話があると家に招かれていた。
マリベルとしては何度かお邪魔したことはあるが、アナベルでは初めてなので、ラリー以外の人とは初対面になる。
皆、マリベルにそっくりな私を見て一様に驚いたような顔をしていたが、それに気づかないふりをして挨拶をした。
母親…ローラはもうすっかり良くなったようで、元気に家事をこなしている様子が見て取れ、自分のことのように嬉しくなった。
他愛ない世間話をしたあと、皆が席を立ち、部屋に私とラリーの二人だけが残された。
「実は……再来週、俺たちは国へ帰ることになった」
「えっ…だって、まだ国内には反乱軍の残党がいて危険だと、ギルドで聞いたわ」
反乱軍は鎮圧され首謀者は捕縛されたが、まだ残党が国内に逃亡中だから気をつけるように!と冒険者ギルドが隣国へ戻る冒険者たちへ注意喚起をしているのだ。
「もちろん、出立はギリギリまで様子を見てから判断をするつもりだ。それで、君に話というのは……」
一度言葉を切り、ゆっくりとお茶を一口飲んだラリーが空色の瞳を私へ向けた。
「その……俺たちと一緒に、国へ来てもらえないだろうか?」
「……うん? どういうこと?」
「アナベル、俺と結婚してほしい」
「!?」
突然ラリーから求婚をされ、私の動きが止まる。
これまで、私に対しそんな素振りは一切見せていなかった彼の行動に、頭の理解が追いつかない。
「君にとって俺は頼りない男かもしれないが、国ではそれなりの職に就いている。だから、君たち姉妹に苦労をかけることはないし、絶対に幸せにすると誓う」
「…………」
「急な話で申し訳ないが、真剣に考えてくれないか。もし受けてもらえるのであれば、マリベルを連れてここへ来てほしい。生活に必要な物は俺が全てあちらで用意をするから、君たちは身一つだけで他に何もいらない」
手渡された紙には、几帳面な彼の字で日時と場所が記載されていた。
◇
家に戻った私は、薄暗い部屋の中でじっと考え込んでいた。
最初から結論は出ている。魔女である私が、ラリーと結婚などできるわけがないのだ。
何十年も変わらない見た目、マリベルの存在……魔女であることを打ち明けなければ、説明のつかないことばかり。
それでもつい考えてしまうのは、結婚してほしいと言われたときに戸惑いと同時に嬉しいと思ってしまったから。
『過去には、人と子を生した魔女もいたらしい……』
たとえラリーに魔女であることを受け入れられて結婚をしても、いつかは彼を看取ることになる。
彼だけでなく、自分の子…孫…玄孫たちを次々と看取って、それでも最後は一人取り残されてしまうのだ。
そんなことは、私にはとても耐えられないだろう。
「迷いの森に帰ろうかな……」
私の呟きは誰に聞かれることもなく、静まり返った部屋の中に消えた。
◇
ラリーたちが隣国へ帰る日、私は待ち合わせ場所である町外れの空き地へ向かった……マリベルの姿で。
私の姿を見つけ嬉しそうに微笑んだラリーに、胸がズキズキと痛む。
「やあ、マリベル。アナベルの姿が見えないけど、遅れてくるのか?」
「……姉は来ません。私だけが見送りにきました」
「そ、そうか……」
明らかに落胆した様子の彼に、私は急いで言葉を続ける。
「あ、姉からの伝言です!『いつかラリーたちの国へも行くから、そのときは自然豊かないい国を案内して!』だそうです」
「ハハハ……君たちが来るのを、俺が首を長くして待っていると伝えてくれ」
「わかりました」
何年先になるかわからないが、ラリーたちの国を訪れてみようと思う。
彼が愛した自然豊かないい国が復興している姿を、この目で確認したい。
私たちが別れの握手をしていると、どこからともなく馬車が二台現れた。どうやら、ラリーたちはこれに乗っていくようだ。
他の三人にも挨拶をした私は、出発した馬車へ手を振りつつ、御者ごと強力な結界魔法を掛けた。
これで、馬車の中に居れば、たとえ魔物や盗賊に襲われたとしても問題はないだろう。
家に戻ると、私は町を出る準備を始める。とは言っても、荷物は全て空間収納へ入れてあるから掃除をするだけだ。
洗浄魔法で家中丸ごと綺麗にし、家主さんへ鍵を返却すると、その足で冒険者ギルドへ向かう。
手持ちの素材を売って旅の資金を準備し、お世話になった職員へ挨拶を済ませた。
今日は、マリベルになったりアナベルに戻ったりと忙しいが、それもこれで最後。
「マリベルは、今日もお姉さんのお手伝いなの? うちの子も、少しは見習ってほしいわね…」
ギルド内で清掃を担当している中年女性が、声をかけてきた。
彼女は私を見かける度にいろいろと世話を焼いてくれる、非常に面倒見のよい人だ。
「おばさん、私たち別の町へ行くことになったの。今まで、いろいろとお世話になりました」
「あんたたち……まさか、隣国へ行くんじゃないわよね?」
「……ん? だって、もう争いは終わったんでしょう? そんな危険なことなんて……」
情勢が落ち着いたから、ラリーたちも国へ帰ったのだ。
首をかしげる私の耳元におばさんは顔を近づけ、声を潜めた。
「冒険者たちが話していたのよ。残党狩りから逃れた者たちがこの国へも流れてきているらしくて…国境付近がきな臭いって……」
「それって、いつの話ですか?」
「今朝の話よ」
「ありがとう! おばさん、元気でね!!」
私は慌ててギルドから飛び出す。
胸騒ぎがして、気ばかりが焦る。結界魔法があるから大丈夫だとは思うが、万が一ということもある。
逸る気持ちを抑え、落ち着け!落ち着け!と自分に言い聞かせながら裏道へ入ると、すぐに転移魔法を発動させた。自分の魔力を辿れば、移動は一瞬なのだ。
移動が完了したばかりの私の目に飛び込んできたのは、複数の男たちによって馬車が攻撃されている光景だった。
◇
彼らは武器で強引に馬車の扉をこじ開けようとしているが、私の結界魔法に阻まれて扉はびくともしない。
――間に合って、よかった……
「止めなさい! それ以上続けるのであれば、あなた方へ攻撃をします」
「はっはっは、いきなり現れたと思ったら、こんな小娘が私たちに一体何ができるんだ?」
「俺たちは大義を守るためにやっている。それを邪魔する者は、たとえ子供でも容赦しないぞ」
「それは、こちらの言葉よ。では、先ほど警告はしたから遠慮なく……」
私は男たちを殺さないように、手加減をしながら火球や氷の矢を放つ。
もし私が怒りに任せて攻撃をすれば、この一帯を焦土と化することなど簡単で児戯に等しい。そうならないよう、大人のアナベルではなく子供のマリベルの姿のままでいるのだ。
彼ら全員があっけなく気絶したのを確認してから、馬車に声をかけた。
「みんな、無事ですか?」
「その声は……マリベル? どうして、ここにいるの?」
中からペグの声が聞こえ、私はホッと息を吐く。
「えっと……細かいことは気にしないでください。それより、他の人も無事なんですよね?」
「それが、ロ…兄さんとテディの乗った馬車が……」
「えっ!?」
ペグの説明によると、男たちに襲撃されたあと、扉が開かないことに業を煮やした彼らが馬車ごと連れ去ったとのこと。
朝、見送ったときは同じ馬車に乗っていたはずなのに、どうやら途中で分乗したらしい。
「私がすぐに追いかけるから、心配しないで! あと、扉は絶対に開けないでね!!」
早口で言い残すと、ペグの返事を聞く前に私は転移していた。
――どうか、二人とも無事でいて……