ポーションを作る
『ポーションを自作する』
我ながら名案だと、つい自画自賛してしまった。
効果の高いポーションが高額なのは、使用する素材が希少だからだ。だったら、それを自分たちで採取すればいいだけの話。
本当は迷いの森で採取した薬草が一番効果的なのだが、人であるラリーが立ち入るのは到底無理なので代替えの物で対応しようと思う。
しかし、ここで一つ問題が。
その薬草が自生している場所は、とても日帰りでは行けない場所にある。もっと言えば、往復しようとすれば軽くひと月はかかってしまうのだ。
移動時間は魔法の力で短縮させるが、それをどうやってラリーに気づかれずに行うか。
私は頭を悩ませながら、ラリーとの待ち合わせ場所にやって来たのだが……
「えっと……ラリーは、どうして馬に乗っているの?」
「採取場所はかなり遠いところにあると、マリベルから聞いた。君になるべく負担をかけないように、移動時間を少しでも短縮できるようにと俺なりに考えた結果、馬を借りることにした」
「私は馬に乗ったことが一度もないけど、大丈夫なの?」
「俺が操縦をするから、安心してくれ」
ドンと胸を叩き大きく頷いているラリーの手を借り乗せてもらうと、さっそく出発した。
生まれて初めて馬に乗ったが、思いのほか目線が高く、そして移動が速い。
「このまま、この道を真っすぐに行けばいいんだよな?」
「え、ええ……お願い」
ラリーの声がすぐ耳元で聞こえ、妙に緊張してしまう。
馬に二人で乗るときは、こんなに体が密着するものなのだろうか。ラリーは私のお腹の前で手綱を握っているので、彼に支えられて非常に安定感はあるのだが、どうにも落ち着かない。
「俺たち兄弟は、あまり顔が似ていないとよく言われるが、君たち姉妹はそっくりだよな? 髪も瞳の色も同じだし」
「そうね……よく言われるわ」
私がそのまま小さくなっただけなので、似ていて当然なのだ。
「君も、相当苦労してきたのだろう? 幼い妹を抱えて」
「私は、妹一人だけだからそれほどでもなかったけど……あなたは、家族が三人もいて大変ね」
私は一人だから、好きなように行動することができる。
しかし、ラリーはそういうわけにはいかないのだ。
「母の病気さえ治れば、俺が様々な討伐依頼を受けることができるようになって生活も安定すると思う。君たち姉妹には、本当に感謝の言葉しかないよ」
「だって、『困ったときはお互い様』なんでしょう?」
「ハハハ……マリベルから聞いたのか?」
「あっ…そうなのよ。あの子、おしゃべりだからね」
この話はマリベルしか知らなかったことを、すっかり忘れていた。
慌てて取り繕ったが、怪しまれなかっただろうか。
◇
さて、町から大分進んだことだし、そろそろ転移魔法を行使しようと思う。
「急に、霧が出てきたな……」
「この辺りは天候が変わりやすいのよ。でも、場所は把握しているから道に迷うことはないわ」
もちろんこの話は全て嘘で、霧も私が発生させたものだ。
転移する瞬間をごまかすための、目くらましの役割を果たしてもらう。
しばらく先へ進むと徐々に霧が晴れ、草原が姿を現した……ラリーに気づかれずに、上手く転移できたようだ。
「アナベル、ここが目的地なのか? 何か、少し息苦しいが……」
「ええ、無事に着いたようね。ここは空気の成分が少し違うから、あまり長時間滞在しないほうがいいのよ。では、さっそく採取をしましょう」
採取自体はとても簡単で、難しいことは何もない。ただ、この薬草の生息地が町とはかなり標高差のある場所なので、人には空気が薄く感じるのだ。
この薬草は穂の部分に薬効成分があるため、ポーション四本分の量だけを採取してすぐに離れる。
転移が完了したところで、一度休憩を入れることにした。
「ラリー、無理をせずに横になったほうがいいと思う。顔色があまり良くないわ」
「すまない。さっきから頭痛とめまいがして……」
「朝から動き詰めだったもの。ゆっくり休んでから帰りましょう」
軽く食事を取ったラリーは木陰で横になった。私もその隣に腰を下ろす。
木にもたれかかり周囲の景色をのんびりと眺めていると、爽やかな風が吹き抜け穏やかな時間が流れていく。
ふと、師と自給自足の生活をしていた頃を思い出してしまった。
「……長閑だな。この国は、平和で羨ましいよ」
「でも、内乱が起こるまでは、ラリーたちの居た国もこうだったのでしょう?」
「自然豊かな、いい国だった。今は荒れてしまったが……」
「早く、落ち着くといいわね」
やはり、故郷というのは特別だと思う。
私は帰ろうと思えばいつでも迷いの森へ帰ることができるが、ラリーたちはそれがいつになるのか。
「アナベルは、ずっとこの国にいるつもりなのか?」
横になったまま、ラリーは私へ顔を向けた。
多少調子が戻ってきたのか、顔色が良くなったような気がする。
「ううん。いつかは故郷へ帰るつもりよ」
「アナベルたちの故郷は、どこなんだ?」
「ここからは、ずっとずっと遠い国よ……」
私は空を見上げる。
あと五十年くらい旅をしたら、迷いの森へ戻るつもりでいるのだ。
「あのさ…もし俺が…………たら、その…迷惑かな?」
「うん? 何が迷惑なのか、よく聞こえなかったわ」
「ごめん、何でもない! じゃあ、そろそろ行くか!!」
急に慌てた様子のラリーを、私は不思議そうに眺めていた。
◇
町に戻った私は、「別の依頼があるから、後はマリベルに任せる」と告げてラリーと別れた。
そして、マリベルに変身すると道具を持ってラリーの家へと急ぐ。
私を待っていた彼から薬草を受け取ると、すぐにポーション製作を開始した。
パパッと四本まとめて作り、二本ずつラリーと平等に分ける。
私としては全てラリーへ渡してよかったのだが、彼が依頼料を支払うと言ってきたので代わりにこれを受け取ることにしたのだ。
ペグが母親のいる寝室へポーションを持っていくのを見送ると、私はホッと息を吐いた。
「君は僕と同い年なのに、本当に何でもできるんだね。まさか、ポーションまで作れるとは……」
「う、うん。姉に教えてもらったからね」
尊敬のまなざしを向けてくるテディに、私はそっと視線を逸らす。
―― 十歳でポーションが作れるって……人では普通じゃないのかしら?
五十年も人の世界で生活をしてきたのに、私の『人の常識』はまだまだのようだ。
皆の目の前で作ってしまったのでもう今さらだと開き直った私は、話題を変えるために部屋を見回した。
「ラリーの家には、本がたくさんあるんですね?」
「避難するときに、持てるだけ持ち出したんだよ。ずっと家の中にいるテディが、少しでも快適に過ごせるように」
本は高価なので、家にあっても一、二冊が普通だ。それが数冊以上あるのは、収集家と言ってもいいくらいだろう。
そんな本を、師は世界を転々としている百年の間に何十冊と集めていたのだ。もちろん、それらは全て私の空間収納に大切にしまってある。
「ちょっと見せてもらっても、いいですか?」
許可を取り、棚の上に並べられている本の背文字を順番に眺めていると、ある本の前で足が止まった。
「……マリベルは、この本が気になるの?」
気づくと、いつの間にか隣にテディが立っていた。
「そ、そうね……『魔女の歴史と秘密』なんて書かれていたら、どんな内容なのか興味はあるわ」
「これは、僕の一番のお気に入りなんだ。よかったら、本の内容を掻い摘んで話してあげるよ」
そう言って本を手に取るとテディがソファーに座ったので、私も隣に腰を下ろした。
それから、テディは饒舌に語り始めた。魔女が歴史上に現れてから、これまでに起きた出来事を。
師から聞いていた迫害の話も出てきたが、人と共存共栄していた時代もあったようだ。
「この本によると、魔女は皆『濃い紫色の髪に深緑色の瞳』を持っていて、その色の濃さは、魔力の強さが関係していると筆者は考えていたようだ。過去には人と子を生した魔女もいたらしいから、君たち姉妹はその血を多少受け継いでいるのかもしれないね」
たしかに、師も同じ髪色・瞳の色だったが、それが魔女の特徴だったなんて全然知らなかった。
でも、取りあえずは魔女とは疑われていないようなので安堵する。
「テディは、今でも魔女は存在すると思っているの?」
「彼女たちが歴史上から姿を消して百年以上になるけど、僕はまだどこかでひっそりと暮らしているような気がする。もしそうであれば、一度会ってみたいな」
「……会ってどうするの? 昔の人みたいに、どこかに閉じ込める?」
空色の瞳をキラキラと輝かせている彼へ、私は思い切って気になる事を尋ねてみた。
「ははは! 僕なら、そんな愚かなことはしない。彼女たちを庇護し共存共栄の道を目指すよ。それに、会いたいのには理由がある。『魔女の奥義』と呼ばれている術がどういうものなのか、知りたいだけだよ」
「その本には、何と書かれているの?」
「この本にも詳細は載っていない。ただ、命を削るほどの大魔法だから『行使したものは、命を落とした』と書いてあるだけだ」
「そう……」
師は術を使うと「短命になる」と言っていたが、本当のところは実際に使用してみなければわからないようだ。
まあ、使用する機会はこの先もないだろうけど。
「テディは、本当に魔女が好きだな」
ラリーが、兄の顔で優しく微笑んでいた。