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訪問


 次の日、私はいつものように森へ薬草採取に来ていた。

 世界各地の冒険者ギルドで経験と実績を積んで採取のランクを上げてきたこともあり、アナベルは様々な依頼を受けることができる。

 普段なら一人で依頼をさっさと片付けてしまうのだが、今日は連れがいた。

 冒険者ギルドで知り合った若い彼……ラリーが一緒だ。


 ラリーがマリベルへしたお願いとは、『アナベルから薬草採取のコツを教授してもらいたい』だった。

 内乱が起こり政情が不安定な隣国から半月ほど前に家族を連れて避難してきた彼は、家族を養うために高く買い取ってもらえる方法を私から学びたいのだそう。

 

 正直、人の男性にはあまり良い印象はない。

 家の賃貸契約や冒険者の登録はアナベルしかできないため、その時だけは私は本来の姿をさらしているのだが、周りの男性から次々と声をかけられて非常に大変な思いをしている。

 だから、彼からお願いをされたときはすぐに返事ができなかった。

 

 その場で思案すること数分、結局、私は彼のお願いを引き受けることにした。

 やはり返礼はしたかったこと、第一印象は悪くなかった彼と自分の人を見る目を信じることにしたのだ。



 ◇



「アナベル、これはどうだろうか?」


 ラリーは先日採取に失敗した植物を、復習を兼ねてより状態の良い物を見分ける練習をしている。


「ラリー、ここをよく見て。上の方は葉がいっぱい付いているように見えるけど、下を見ると……」


「ああ、なるほど……もっと、注意深く観察をして見極める必要があるのか。『採取』は簡単だと思っていたが、なかなか奥が深いな」


 持参した手帳に一生懸命に書き留めているラリーは、とても勉強熱心だ。

 家族は弟の他に母親と妹がいるとのことで、彼が一家の大黒柱として頑張っているのだそう。


 ひと月前に起こった隣国の内乱の影響で、この国へ活動の場を移す冒険者が増加していることもあり、最近は依頼票の争奪戦も起きている。

 私が受ける難度の高い依頼はそれほどでもないが、誰でもやれるような依頼はこれからますます受けるのが難しくなってくるだろう。


 ――ラリーは、大丈夫なのだろうか……



 ◇



 素材採取のコツを教授してから二週間、最近、ラリーがぱったりと冒険者ギルドに姿を見せなくなった。 

 冒険者ギルドで彼を見かけては声を掛け、その後の様子をそれとなく窺っている私に、ラリーは「今日も高く買い取ってもらえた!」と嬉しそうに報告をしてくれていたのだが。


 気になった私は顔見知りの職員へラリーのことを聞いてみたが、見かけていないという。自宅を知っているのであれば教えてほしいとも尋ねてみたが、彼も知らないとのこと。

 ラリーが別の仕事をしているのであればいいが、どうにも気になって仕方ない。

 現在の様子を確認するだけ……と自分に言い訳をして、私は探知魔法を発動させた。

 

 生き物にはそれぞれ個々の魔力の色があり、冒険者登録証はその登録された魔力の色で個人を識別しているのだ。

 ちなみに、魔力の登録が必要なのは依頼を受けて活動をする者だけなので、マリベルに魔力登録の必要はない。もし必要だったならば、私はアナベルだけで生活をしなければならず、毎日とても大変なことになっていただろう。


 先日、一日中ずっと一緒にいたので、ラリーの魔力の色はわかる。

 私はそれを辿って、ある一軒家に行き着いたのだった。



 ◇



 賑やかな通りからは一本外れた静かな住宅街に、その家はあった。

 四人家族だからか私が一人で住む家よりは大きいが、活気あふれる他の家と比べると、ひっそりと目立たず息を殺して生活をしているような印象を受けた。


 ――ここまで来てしまったけど、これからどうしよう……


 ラリーが心配で勢いだけで来てしまったが、この後どうするのか何も考えていなかった。

 『このまま帰る』か、せっかく来たのだから『訪問をする』か。

 答えが出せずう~んと唸っていたら、家の中からラリーと同じ紺色の髪の若い女性が出てきた。

 顔はあまり似ていないが、髪色が同じなので妹だろうか。

 

「あの……当家に何か御用ですか?」


 家の前を何度も行ったり来たりしている私が、さぞかし怪しかったのだろう。

 訝し気な彼女の視線が鋭く私に刺さる。


「あっ、えっと……」


「……あれ? マリベルじゃないか!」


 訪問理由を説明しようとしていた私は、声を掛けられて後ろを振り向く。

 ラリーがにこやかな笑顔で立っていた。


「兄さんの知り合いの子なの?」


「ああ。先日、俺が世話になったアナベルの妹さんだ」


「まあ、それは大変失礼しました! 申し遅れましたが、私はラリーの妹のペグと申します」


「アナベルの妹の、マリベルです」


 私たちが自己紹介をしていると、家のドアが開き男の子が顔を出す。おそらく、この子が私と同い年の弟なのだろう。


「……兄さん、立ち話も何だから中へ入ってもらったら?」


 ラリーよりも少し色の明るい青色の髪をした彼が、同じ空色の瞳で私をじっと見つめている。


「しかし……いいのか?」


「兄さんが世話になったんだろう? 僕も彼女に挨拶をしたいな」


「……わかった」


 家に招き入れられた私は、応接室へ案内をされる。そこで、先ほどの弟……テディとも挨拶を交わした。

 お茶の準備が整えられると、ラリーが私の方を向いた。


「今日は、どうしたんだ? それに……俺の家の場所を誰に聞いたの?」


「最近、ラリーが冒険者ギルドに全然姿を見せないから心配で……勝手に家を調べて来てしまいました。ごめんなさい!」


 正直に打ち明け謝罪をすると、苦笑いを浮かべたラリーから「これからは、たとえギルドの顔なじみであっても、一人で家に行ってはいけないよ!」とお説教をされてしまった。

 勝手に家に来たことを怒るのではなく、私の身を心配してくれるラリーはやっぱり良い人だ。


「君に心配をかけてしまったが、実は母が病気でね……冒険者稼業はお休みをしているんだ」


「病気? だったら、私が持っているポーションをあげます。それを飲ませて……」


「……マリベル、それはダメだよ」


 ラリーの表情が急に険しくなった。

 私が持っているポーションは師直伝の優れものだから、これさえ飲めばどんな病気もたちどころに治すことができるのに、ラリーは決して受け取ろうとはしない。

 どうしてなのか理由がわからず首をかしげる私を見て、彼はため息をついた。


「先日は、お返しという言葉に甘えて素材採取の教授をお願いしたけど、もうこれ以上は、君たち姉妹に甘えるわけにはいかないんだ」


「どうしてですか?」


「本来は、自分たちの力で何とかしなければならない問題だからだ」


 きっぱりと言い切ったラリーは、本当に真面目な人だと思う。

 過去五十年の間に関わりのあった人物の中には、私の冒険者としての能力を利用しようと画策してくる者もたくさんいた。断ってもあまりにしつこい場合には、すぐに活動地域を変更し対処したこともある。


「俺も、病気治療用のポーションを買いに行ったから知っている。君の持っているポーションは、おそらく最高ランクの物なのだろう。今の俺たちでは、とても手が出せないくらい高額の……」


 金があれば喜んで売ってもらったが、貰うわけにはいかない……そう言ってラリーは口を閉じた。


「で、でも…兄さん、このままだと母さんが……」


 これまで黙って話を聞いてたペグが、たまらずに声を上げた。


「お金はこれから少しずつ返していくことにして、一刻も早くポーションを飲ませないと、母さんが死んじゃうわ!」


「だから、今の手持ちの金で手に入れられるポーションを探しているんだ!」


 ラリーは力なくうつむき、泣き出したペグをテディが慰めている。

 私には家族と呼べる人は師一人しかおらず、いくら天寿を全うしたとはいえ、やはりお別れするのとてもつらかった。だから、血の繋がった家族ならば尚更だろう。


「国であんなことが起こらなければ……僕は、自分の無力さが本当に嫌になる」


「テディ、現状を嘆いていても何も解決はしない。今、自分たちができることを精一杯やるしかないんだ」


「マリベルと違い、僕は何もできない。ラリーやペグのように外へ働きにいくこともできずに、ただ、家の中でおとなしくしていることしか……」


「……じゃあ、テディの分までラリーに頑張ってもらいましょう。ポーションを製作するためにね!」


 私の言葉に、全員が驚いて顔を上げた。


「ポーションを作る……俺が?」


「ふふふ、ポーションを作るのは私。ラリーは、アナベルと一緒に素材採取をお願いします」




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