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プロローグ

 私の名は、アナベル。永き時を生きている魔女だ。

 濃い紫色の髪に深緑色の瞳を持つ私の見た目は人でいうところの二十歳前後だが、実年齢はそれに十をかけた数……つまり、現在は二百歳になる。


 『迷いの森』と呼ばれる周囲を濃い瘴気に覆われているため人が立ち入ることのできない場所に、師と二人でひっそりと暮らしていたのだが、五十年ほど前、六百歳の天寿を全うした師が旅立った。

 私へ「これから人と交流を持ち、見聞を広めよ!」との遺言を残して。


 私としては、これからも森の中で師を偲びながら一人で生きていくつもりだったが、遺言に従い生まれて初めて森の外へ出ることを決意する。

 師も今の私と同じ年に百年間ほど世界各地を転々としていたようで、その頃の話をよく聞かされていたこともあり、特に不安はなかった。

 せっかく外へ出るのであれば師の言葉通り見聞を広めようと、悲しみの中で前を向いたのである。


 長年暮らした家は大した広さがなかったこともあり、必要物資はすべて空間魔法で作り出した収納へ入れてあったため、持ち出す荷物はほとんどない。

 森の中では自給自足の生活だったが、人の世界ではお金が必要になると聞いているので、それを獲得するための手段も考えていた。

 

 こうして、私は五十年もの間各地を転々としながら、今まで使わずに溜めてあった素材や薬草で作ったポーションを売り、同時に冒険者として活動をしながら生活を営んできたのだった。



 ◇



 この町にやって来たのは、去年のちょうど今ごろだった。

 私は一つの地域に、長くても五年以上は滞在ができない。魔女である私は人と違い、年を取っても見た目がほとんど変わらないので、周囲に怪しまれる前に別の場所へ移動する必要があったのだ。


 町の一角に借りている一軒家で朝食を済ませた私は、出かける前にいつものように魔法でアナベルの妹『マリベル(十歳)』へと変身をする。

 これは、師の遺言書に書かれていた、私が必ず守るべき注意事項に沿ったものだ。

  

【その一 絶対に、魔女と気づかれてはならない】

 歴史を遡れば、魔女が人から迫害を受けてきた時代もあったようだが、師の居た頃には、迫害ではなく利用されていたのだという。

 特に、貴族に正体を知られれば「一生、籠の鳥だぞ」と怖い顔をした師から言われ、『貴族には、絶対に近づかない!』と心に刻んだことは今でもはっきりと覚えている。


【その二 人前では見目を変えて生活をせよ】

 師によると、魔女はその魔力の影響で人の男性から好まれやすいのだそう。

 過去に迫害されるようになったのも、一人の魔女を巡って時の権力者たちが争い国が傾いたことが発端らしいので、貴族に籠の鳥にされてしまうのもこれが理由と容易に想像ができた。


 世界各地を旅していた師も、行く先々で多くの男性に言い寄られた経験を持っていた。それを避けるために師は男性に変身をしていたそうだが、私は子供になることに決めた。

 これならば、姉妹という設定で状況に応じて大人と子供を使い分けられる……そう考えたのだ。



 ◇



 マリベルになった私は、新たな依頼を確認するために町の冒険者ギルドへとやって来た。

 依頼を確認する前に、まずは依頼品を納品し依頼料を受け取ろうと思う。

 受付の職員へ、手続きに必要な登録証を二枚差し出す。


「アナベルさんの代理で手続きに来た、妹のマリベルさんですね」

 

 マリベルは未成年なので依頼を受けることはできないが、手続きだけならば問題はない。

 代金を受け取ると、すぐさま依頼票が張り出されている場所へと移動する。

 私が主に受けている依頼は採取だ。魔物の討伐依頼もたまに受けることはあるが、上位種を倒すことにより討伐のランクが上がってしまうと腕の立つ冒険者として顔が知られてしまうため、それをわざと避けている。


 少し離れた場所から視力強化で依頼内容を確認すると辺りを見回して職員を探すが、応対中なのか手の空いている者が誰もいない。

 十歳の私では高い所にある依頼票は手が届かないので、いつも代わりに取ってもらうのだ。

 もちろん魔法で解決することはできるが、紙がひらひらと飛んでいたら悪目立ちすることは目に見えている。

 仕方なく、つま先立ちをしたり跳躍をしてみたが無駄だった。

 今回は手の届く範囲のものだけにしようと思考を切り替えた私の肩を、後ろから誰かがポンと叩いてきた。振り返ると、背の高い若い男性が立っていた。


「お嬢ちゃん、どの依頼票が取りたいの?」


「あっ、えっと……あの一番高い所に貼ってあるものです」


「これでいい? 他にもあったら、俺が取ってあげるから遠慮なく言って」


「あ、ありがとう…ございます」


 無事に希望の依頼票を全て取ることができた私は、彼へ深々と頭を下げた。


「おかげさまで、大変助かりました。何とお礼を申し上げたら……」


「アハハ! 君は小さいのに、よくできた子だね。ご両親の教育が良かったのかな」


 紺色の髪に澄んだ空色の瞳を持つ彼が、白い歯を見せて笑った。


「困ったときはお互い様だよ。ところで、年はいくつなの?」


「……十歳です」


「そうか、セ…弟と同じだな。見たところすごく難度の高い依頼ばかりを選んでいたけど、まさか君がやるんじゃないよね? お手伝いかな?」


「そ、そうです。忙しい家族に代わって、私が手続きに来ました」


「そうか……偉いな」


 その場にしゃがみ私と目線を合わせた彼の手が伸びてきた……と思ったら、私はよしよしされてしまった。頭を撫でられるなんて、何百年ぶりだろうか。

 初対面の男性に触れられたが、これまでと違い嫌な感じはしなかった。


「じゃあ、気をつけて帰るんだよ」


「はい」


 男性は、ニコニコしながら受付カウンターへ歩いて行った。



 ◇



 手続きを済ませた私は、さっそく森へと向かう。

 人目がないことを確認し変身を解くと、すぐに採取を始めた。

 先ほどの彼の言う通り難度の高い依頼ばかりだが、魔女である私には造作ないことばかり……無数の毒針を放ってくる草の根を綺麗に取ったり、吸い込めば幻覚を見てしまう花粉を放出する花のめしべを取ったりするだけなのだから。


 採取を終えるとマリベルに戻り、再び冒険者ギルドへ向かう。

 素材の場合、状態の良いものは依頼料に上乗せで高く買い取ってもらえるので、時間に余裕のあるときはすぐに持ち込んでいるのだ。

 買い取りカウンターへ向かうと、冒険者が受付の職員と何やら揉めている。よく見ると、あの若い彼だった。


「買い取り価格が依頼料の半分とは……もう少し高くならないのか?」


「申し訳ありませんが、こちらは花の色が薄いですし、こちらももっと葉の大きい個体を採取していただかないと……」


 視力強化で素材を確認した私は、職員の話に納得をする。


 ――あの花はもっと色の濃い物でないと香りは弱いし、あっちは葉に薬効成分があるからね……


「失礼ながら……あなたは剣の腕が立つのですから、採取ではなく討伐依頼を受けられた方が金額的にも良いと思いますが?」


「日帰りの討伐であれば喜んで依頼を受けるが、俺は家を留守にすることができないのだ」


「ラリーさんご指名の討伐依頼もあるのですが、何か事情がおありのようですね……」


 彼にはマリベルと同い年の弟がいると言っていたから、家を空けるわけにはいかないのだろう。

 少し考えたあと、私は彼の隣に立った。


「これ……私には必要がないから、あなたに差し上げます」


 自分の鞄から出すフリをして空間収納から取り出した物を、カウンターの上に置く。

 これらは依頼内容と同じ素材……ただし、百年以上前に採取した物だが。

 

「こ、これは……」


 置かれた素材を確認した職員の目の色が、一瞬にして変わった。


「こんな色の濃い花……私は一度も見たことがありません! それに、こちらの葉もこんなに大きいのに、虫食いの跡が一つもないなんて……」


 興奮し普段より声が大きくなっている彼を見て、私は自分が何かしてはいけないことをやらかしたのだと覚る。

 私が出した物は全て迷いの森で採取したものだが、周囲の瘴気が濃いため森に天敵の虫は繁殖せず、植物は独自の進化を遂げていたようだ。


「マリベルさん、これと同じ物をまだお持ちではないですか? 全て高値で買い取らせていただきますが」


「えっと……」


 空間収納にあることはある。それも、かなりたくさんの量が。

 しかし、これ以上出すのはさすがに目立ちすぎる。


「……私が持っているのは、これだけです」


「では、お姉さんのアナベルさんならお持ちですか?」


 私の言葉に諦めるかと思っていたら、職員は執拗に食い下がってきた。

 余程この素材が希少なのだろう。


「いえ、素材の在庫管理は私がしていますので、姉は持っておりません」


「そうですか……」


 残念な表情を隠しもせずに肩を落とした職員だったが、仕事はきちんとやってくれた。

 買い取り金額に目を白黒させている若い彼に「今日のお礼です」と押し付けて、私は冒険者ギルドを後にする。

 家に向かって歩いていたら「ちょっと、待って!」と声が聞こえ、若い彼が私に追いついてきた。


「やっぱり、どう考えてもお礼にしては貰いすぎだと思うんだ」


「あれは、私には必要のない物でしたし……それに、『困ったときはお互い様』なんですよね?」


「でも、君たちは姉妹二人きりの家族だと聞いた。その……生活をしていくためには、お金はいくらあっても構わないだろう? 恥ずかしながら、俺はこの歳まで生活をするのにこんなにも金が掛かるとは知らなかった」


 気恥ずかしそうな彼は、根っからの真面目な人物なのだろう。

 腕は立つのに冒険者としては駆け出しなのも、いろいろと事情がありそうだ。


「私は、ただ朝のお礼がしたかっただけなんです。だから、それを受け取ってもらえなければ、別の何かを用意するだけですが……」


「そのことなんだけど、実は君へお願いがあって……」


 澄んだ空色の瞳が、真っすぐに私を見つめていた。



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