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9.深夜の来訪者

 深夜、()の刻(午前0時頃)。

 善住坊は、明日からの探索再開に向け、部屋で忍器の手入れをしていた。


(……?)


 扉の向こうから、誰かが近づいてくる気配に気づいた。


(こんな時間に……この足音は誰だ?)


 善住坊は布包の中から、研ぎ終えたばかりの苦無を二本、そっと取り出した。


「あの……初でございます。よろしいでしょうか……」


(初……? 何用じゃ?)


「入れ」


 木製の扉がキイッと軋み、初がおずおずと入ってきた。


 善住坊の部屋は、質素ながらも南蛮風の作りに出来ており、木製の机や簡素なベッドがしつらえられている。

 そのベッドに腰をかけ、善住坊は初と対峙した。


「このような時間にどうした?」

「は、はい……慣れぬ異国の地ゆえ、どうにも寝付けず……」


 初は顔を伏せて、小さくそう呟いた。

 その顔はほんのりと朱に染まっており、チラチラと善住坊の方を見ては、恥ずかしそうに目線を下に向けている。


(この娘、まさか……)


「だからと言って、なぜ儂のところに来た? 明日も、朝早くから働いてもらわねばならん。目を閉じておれば、嫌でも、いずれ朝になっとるわ」


 善住坊は、少し語気を強めて言った。


「はい……」


 初はそう言ったが、一向に部屋を出て行く様子を見せず、互いに無言の状態が続いた。

 蝋燭の火に照らされ、ただ二人の影が、ゆらゆらと部屋の中で揺れるのみであった。


 不意に、初が意を決したように顔を上げると、グッと善住坊の方へと体を近づけてきた。


「待てっ!」


 善住坊は制止したが、初は小さな体を器用に使い、彼の手をするりと抜けて胸元へと飛び込んだ。


「お頭さま、後生でございます……! どうか、この初に恥をかかせないで下さい!!」


 善住坊の夜着越しにも、ふっくらとした初の乳房の感覚が分かった。

 初の襟足から、むんと乙女の芳香が匂い立ち、善住坊の鼻腔を貫いていく。


(……こいつ、本当に只の女か? 本智が言うような鬼ではなかろうが……まさか、里が放った刺客では……?)


 俗に九ノ一(くのいち)と呼ばれる女忍者について、現存する史料には、その存在が残されていない。

 ただし、敵方の城に奥女中として奉公しながら、裏で隠密として働く女性はいたようである。

 他にも、武田信玄は歩き巫女と呼ばれる女性祈祷師を集めた諜報機関を有しており、これが九ノ一であったとも言われている。


 こうした九ノ一は、色仕掛けで男を惑わし、男女の交わり中に命を奪う術などを心得ていた。

 初の大胆な行動を見て、自分の首を狙う誰かが送り込んだ九ノ一と善住坊が疑っても、何らおかしくはなかった。


「きゃっ……!?」


 善住坊は、咄嗟に初の右胸を揉みしだいた。

 同時に、反対の手を背中に回し、素早く(まさぐ)った。

 初は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに恥じらったように目を伏せ、善住坊の動きを受け入れた。


(今の反応……武器も無い……)


 善住坊が取った行動は、相手が忍びの女性かどうかを見極める術であった。

 右胸は心臓の位置に当たり、まさに急所中の急所となる。

 相手の不意を突き、無意識に取った防御反応を見て、訓練された女子かどうかを判断するのである。

 また背中の動きは、単純に、相手の隠し武器を探るものであった。


 初の所作を見るに、九ノ一らしき片鱗は微塵も感じられなかった。

 善住坊はこれまで、白黒、すなわち素人も玄人も、数え切れぬほどの女を抱いてきた。

 だが初の反応は、まだ男を知らぬ女が示すそれであった。


「……善住坊さま?」


 善住坊の手は動きを止め、密着する初の体を静かに引き離した。


「なぜこのような真似をする?」

「……善住坊さまは、初がお嫌いでございますか?」

「嫌いも何も、お主とはまだ会ったばかりではないか」

「なれど、私に出来ることは、これしかないのでございます……未熟なれど、全身全霊を尽くしますゆえ……どうか、どうか我ら姉弟をお側においてください……」


 初は、善住坊の腕の中で泣いていた。


(そういう事か……)


 初と弟の又三郎は、まだ若い身の上で、遠くマカオの地に放り出されたのである。

 初が我が身を犠牲にしてでも、弟のために住処(すみか)を守ろうとするのは理解できた。


 乱取りに遭った日本人女性の場合、国内で売られれば遊女となる。

 また海外で売られても、買主の(めかけ)として、いずれにしろ性の捌け口の対象となるのだ。

 商船の薄暗い船底に押し込まれた際に、同胞たちからそうした話を聞き、その真似事したのであろうと善住坊は推察した。


「では、儂を満足させい」

「……はい」


 そう呟くと、初は泣くのを止め、静かに衣服を床に落とした。

 蝋燭の灯りが、初のまだ男を知らぬであろう裸体を艶かしく照らし出す。


 善住坊とて、決して聖人ではない。

 初の境遇に同情こそすれ、まだ気力体力ともに旺盛な一人の男である。

 まして、据え膳を食わぬほど、野暮な人間でもなかった。


 また初の今後を考えれば、一人前の手練手管(てれんてくだ)に調教しておく必要があると、善住坊は考えていた。

 初にあらん限りの性技を教え込み、名うての九ノ一として育て上げることで、異国の地でも生き抜ける技量を与えようとしたのである。

 善住坊は、否、甲賀の里に生まれ育った者は、どこまで行っても忍びである。

 その道以外に、(かて)を得る手段を知り得なかったのだ。


「そのように立ったままでは先に進まぬぞ。もっとこっちへ来い」

「ああっ……!」


 善住坊は、力を込めて初を引き寄せた。

 日本で乱取りに遭って以来、碌に行水もままならなかったであろう。

 それでも初の体からは甘い芳香が漂い、善住坊の脳を激しく刺激した。


「善住坊さま……」


 だが初の手が、善住坊の首筋に触れた時だった。

 突如として彼の前に、二年前、すなわち天正元年(1573年)九月における、岐阜城外での一場面が現れたのであった。

第10話は、本日正午過ぎに投稿予定です。


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