7.碧眼の娘
すでに納屋は大方が焼け落ち、後には、焦げた柱や藁だけが残されていた。
「お前たち、大丈夫か?」
「か、頭……このような醜態を晒し、面目次第も御座いません……」
「……この責任は、お前たちをおめおめと飛び掛からせた、俺自身にある。皆、しばらくは養生するんだ」
善住坊が、真っ二つになった小太郎の死骸に目をやった。
「小太郎……無念だったな……」
「口惜しいですな。鬼を見分けるに、優れた忍犬でございました……」
「ねんごろに弔ってやれ」
善住坊と本智がそうした会話をしていた時であった。
先ほどまで震えていた姉弟のうち、姉の方が地面にひれ伏して口を開いた。
「あ、あの……お侍さま!」
「うん? おお、お前たちも無事であったか」
「はい……先ほどは私どもの命をお助け頂き、誠にありがとうございました!」
「気にするな。お前たちも、難儀したのであろう」
「お、恐れ入ります……我ら姉弟、戦の折に乱取りに遭い、人買い商人に売られてこの地まで参りました」
そう言うと姉はスッと顔を上げ、善住坊の目を見据えた。
(こ、こいつ……!?)
先に善住坊が動き、少し遅れて、本智が抜刀する。
それぞれ、引き抜いた刀を素早く姉の喉首に突きつけた。
「お、お侍さまっ……!? いったい、何をなさいますっ!?」
「黙れ黙れっ! その方、鬼かっ!? その目はなんじゃっ!?」
本智が、目を血走らせながら姉を詰問した。
それもそのはず、姉の瞳は、左目こそ普通の日本人のそれであったが、右目は凍てつくような青色を放っていたのである。
通常、鬼と言えば赤鬼や青鬼が有名であるが、他にも、黄・緑・黒色の鬼が存在する。
これは、五蓋という仏教の五つの煩悩を示していると言われる。
善住坊たちは以前にも、人に化けた鬼が、体の一部にその痕跡を残した場面に遭遇していた。
今回も、その例と推察したのであった。
「娘! 答えんかっ!」
「わ、私の右目でございますかっ!? これが碧眼なのは、ち、父が南蛮人であったためです! 母は漁村の生まれでしたが、まだ若い頃に南蛮人に犯され、私を産み落としました……」
「なんと……その方、南蛮人との混血児なのか……」
「頭! まだ真偽の程は定かではございませぬぞっ! 御免!!」
そう言うと、本智は素早く姉の片手を取り、掌にグイと刀を押し当てて出血させた。
「赤い……」
「味は?」
本智は一瞬の躊躇の後、おもむろに姉の掌を舐めた。
「人の血の……味がしまする」
「そうか……娘、すまなかったな。本智、離してやれ」
警戒を解いた善住坊は、刀を姉の首から外しながらそう言った。
「なっ……頭!? 首を刎ねてみなければ、本当のことは分かりませぬっ!」
「血の味までは誤魔化せまい。刀を下ろせ」
善住坊の言葉を受け、渋々と本智も刀を外した。
先ほど本智が行ったのは、鬼であるかを判別する、甲賀衆のやり方であった。
鬼の血は緑や黒色をしている事が多く、またその味は、人間のものよりも酷く苦かった。
鬼は人の生き血を使った酒を好むが、それは偏に、その味のまろやかさに理由があった。
「儂らは、この港町で鬼退治を生業としておってな……娘、許せよ」
「鬼退治……でございますか。私が、その鬼に間違えられたと……」
「その碧眼が何よりの証拠じゃっ!」
「本智! この娘は鬼などではないっ! 早く行くぞっ!」
善住坊はそう言うと、倒れている仲間を両肩に抱えて去ろうとした。
だが、姉がその前に土下座をし、彼の道を塞いだ。
「お、お侍さま! 我ら姉弟は船に押し込まれ、ここが何処かも分からぬ始末……何卒、私どもを憐れに思い、お側に置いてはいただけませんでしょうか!? 婢女、奴僕、如何様にでもお使いくださいませ!」
今や、姉は声にもならぬ声で泣きじゃくり、懇願するばかりであった。
「まったく……埒もないことを申すな。大体、弟の方はまだ子どもではないか」
善住坊はあらためて姉弟を見たが、どう斟酌しても、姉は十七、八歳、弟は七、八歳程度の童にしか見えなかった。
「お、弟はまだ体は小さいですが、その分、私が身を粉にしてお仕えいたします! 炊事、洗濯は言うに及ばず……もし奥方さまがいらっしゃれば、今後は、全ての仕事を私が引き受けますゆえ!」
「我らは皆独身じゃ! 使用人も必要ないわっ!」
本智が声を荒げたが、彼女は続けて言った。
「後生でございまする! 我ら墳墓の地は信長により焦土と相成り、他の兄妹も日本で奴隷商に売られてしまいました……今、この弟を守れるのは、私しかいないのでございます! 何卒、何とぞ我らを助けると思い、お側に支えさせてくださいませ……!」
最後の方は、言葉にも成らぬ程のか細い声であった。
本智が、目線をチラリと善住坊に投げかける。
(信長……)
善住坊は、まさか目の前の娘から、その言葉が出てくるとは思っていなかった。
(酒呑童子、目一鬼、そしてこの俺……どいつもこいつも、信長から国を追われた身ばかりじゃ……)
善住坊の心を察し、本智が素早く口を開いた。
「頭……この女の雰囲気は、妙に引っ掛かります。斬らないだけでも、温情としては充分。まして世話を見てやるなど、もっての他ですぞ!」
本智の強い語気に一瞬気圧されそうになったが、憐れみの感情の方が善住坊の中で勝った。
「……まあ、よいではないか。男寡に蛆が湧く、と申すしな。我らの屋敷……まあ土で固めただけの安普請だが、さりとて女手があれば、何かと助かるというものじゃ。娘、存分に働いてくれよ? はっはっは!」
善住坊はわざとらしく大きく笑ったが、その本心を理解している本智は、苦々しい顔を見せた。
傷つく体を引きずりながら、彼はさっさと納屋から出ていってしまう。
「……あいつは、まだお前が鬼だと疑っているようじゃな。まあ、安心せい。そのうち、誤解が晴れる日が来よう……その方、名は?」
「は、はいっ! 初……と申します」
第8話は、明日木曜日に投稿予定です。
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