5.甲伊対決
(何事か!?)
善住坊が納屋へと走り出し、部下たちも、慌ててその後を追った。
納屋に近づくと、事態はすぐに判明した。
土門たち伊賀忍の一団が刀を振り上げ、次々と日本人奴隷を撫で斬りにしていたのである。
剥き出しの土に転がる死体は、優に二十を超えていた。
「バウッ! バウッ!」
興奮した小太郎が、狂ったように吠えたてる。
「待て、小太郎! ……おいっ! 貴様ら、一体何をしている!?」
善住坊はいきり立つ小太郎を片手で制しつつ、土門たちを睨みつけて言った。
「ん? おおっ、これは甲賀の……何をと言われても、見ての通りとしか答えられんがなぁ」
一団の頭領である土門は、不敵な笑みを浮かべて善住坊を見返した。
「貴様……この死体の山はどういうつもりだ!?」
「お前たちと同じさ。鬼狩り……酒呑童子狩りだよっ!」
「なっ!? これが鬼狩りだと!? ただの虐殺ではないか!!」
「大金の前に、そんなの関係あるかよっ! お前も知ってんだろう? 人に化けた鬼は、見つけるのが難しい。まして今回は、天下の酒呑童子さまだ。簡単には見破れねぇよ……となりゃ、片っぱしから調べる方が早いからな。まあ待ってろ、もう少しで終わるんだ」
見ると、斬られていない奴隷は、若い女と少年の二人だけとなっていた。
「まだ年端も行かぬ者にまで、何ということを……」
「それがどうした!? まさかお前、鬼は女子供に化けないとでも思っているのか?」
「殺さずとも、調べる方法はいくらでもあろう!」
「相手は酒呑童子だぞっ!? 隙を見せた瞬間に、こっちが殺られるわ!」
善住坊は怒りに震えていたが、一方で、土門たちと揉めるのは避けたかった。
下手に争いになれば、酒呑童子探しに支障が出る。
他にも鬼狩りを行っている者がいるはずてあり、こんな所で時間を食っている訳にはいかなかったのである。
「おい、その女と子供も、さっさと殺っちまえっ!」
善住坊の逡巡をよそに、土門が部下に指示を出す。
伊賀忍の一人が刀を構え、二人ににじり寄った。
「いやっ! やめて下さい! せ、せめて弟だけはっ……!」
姉と思わしき女が、弟の上にかぶさって必死に守ろうとする。
「うるさい! 問答無用じゃ、斬れっ!!」
刀が姉弟めがけて、唐竹に払われたその時であった。
「バウッ!」
と小太郎が一声吠えたかと思うと、彼らの方に飛びかかったのである。
「うぉっ!? この馬鹿犬がっ!!」
ザシュ!!
伊賀忍は一瞬たじろぐも、すぐさま刀の軌道を変え、小太郎の腹を斬り裂いた。
「こ、小太郎っ!!」
「ふんっ! よくやったぞ。人間さまに逆らったこと、あの世で思い知るがいいわ!!」
「ぬううぅ……頭! この所業、もはや黙っておれませぬっ! おい伊賀忍ども! 尋常に勝負じゃ!!」
「ま、待てっ!」
善住坊が、いきり立つ部下たちを必死に止めようとする。
だが、双方ともすでに刀を抜いており、一戦は避けられない状態だった。
(くっ、もはや後に引けんか……敵の人数は五、こちらは六。数では勝るが、腕の方は……)
善住坊は、部下と伊賀忍との実力差に、一抹の不安を抱いていた。
伊賀国と近江国甲賀郡は、高旗山を挟む地続きの土地である。
甲伊一国とも言われるように、地縁・血縁ともに深く結ばれた彼らの忍術には、共通するものも多かった。
だが一方で、伊賀忍の強さは油断できないものがあった。
彼らは八里四方の狭い土地に、三百近くの砦や館を築いていた。
これは、外敵への防衛というよりも、あまりにも内部での争い事が多く、身内への備えとして必要であったのだ。
骨肉相争う中で、彼らの忍術は、磨きに磨かれていったのである。
長く六角氏の庇護下にあった甲賀とは、別次元の強さを伊賀忍は有していたのである。
(本当に、勝てるか……?)
善住坊が躊躇う中、先に動いたのは土門であった。
袂に手を入れたかと思うと、グシャッという音とともに、掌から勢いよく粉末を投げ放った。
「なっ!?」
「ぐわっ!!」
一瞬にして、甲賀衆の視界が奪われた。
目潰しの術である。
土門が懐中で破裂させたのは、卵に穴を開けて中身を吸い出し、代わりに石灰や鉄粉、山椒などを詰めた簡易の催涙弾であった。
続いて、後方にいた伊賀忍が飛び出し、勢いよく善住坊へと跳躍する。
負けじと、善住坊の前に部下の甲賀衆が立ち塞がると、ガキキキンッ!! という刀の擦れ合う鈍い音が鳴り響いた。
斬撃が防がれた伊賀忍たちは、再度、土門の背後へと後退する。
「くぅ……包め!」
必死で目を擦りながらも、数で劣る相手をすり潰すよう、善住坊が檄を飛ばす。
甲賀衆が伊賀忍を取り囲むよう、四方へと跳ね上がった。
「甘いわっ!」
伊賀忍たちが竹筒を取り出し、火花を噴出した。
お次は、取火方であった。
竹筒内に仕込んだ鉄粉を火薬によって融解させ、激しい火花を放つ火術である。
こうした火術の着火は、火の付いた火縄を筒の中に入れた「胴火」という携帯火種が用いられていた。
「ぐわぁーーーーっ!?」
下忍たちの身体が、瞬く間に炎に巻き込まれた。
焼けた着物の中から、隠し持った苦無や手裏剣がこぼれ落ちる。
「くっ……お得意の火術か……!」
伊賀忍は、高い身体能力以外にも、火遁の術に優れることで知られている。
善住坊は、部下を迂闊に飛び込ませたことを後悔し、奥歯を噛み締めた。
「ふはははは……愚かよのう! 頭領ひとりを残し、あっという間に全滅しおったわ!」
土門は取火方を投げ捨て、声高に言い放った。
「聞けば、貴様はあの信長を弾いた杉谷善住坊と言うではないか。斬首されたと聞いていたが、大方、身代わりの術でも使って逃げたのであろう?」
「それがどうしたっ!?」
「分からんのか? お前の首を信長に差し出し、恩賞をもらおうということさ……信長が満足すれば、儂は日本に帰ることもできよう。酒呑討伐で得た金も合わせれば、城の一つも買えるであろうなぁ。くくくっ……」
「日本に戻ったところで、お前は抜け忍! 伊賀者に殺されるのが落ちじゃっ!」
「ふんっ! 伊勢の北畠家に、織田の次男が養子に送り込まれたのを知らんのか? 早晩、伊勢は信長の手に落ちよう。そうなれば、次の標的が隣国の伊賀となるは必然……伊賀の奴らは、皆殺しであろうなぁ」
織田の次男とは織田信雄のことであり、信長が伊勢の大河内城を攻めた際、北畠氏の養子となった。
これは実質的に家督を奪うものであり、事実、その後彼は岳父の具教や北畠一族を殺害し、伊勢衆を麾下に収めている。
土門は、自分を追放した者たちの苦しむ姿を想像し、涎をたらさんばかりの顔となっていた。
「人の命を毫とも思わず、かつての主家を侮辱する……伊賀者と言えど、貴様ほどの屑はおらんだろうな!」
「地獄でほざけっ!!」
土門と善住坊は怒号を発し、双方刀を構えて前へ踏み出す。
だが次の瞬間、土門が善住坊の顔面めがけて針を噴き出した。
三稜針という、断面が三角形の針を口から放つ、含み針術であった。
「むっ!?」
善住坊が上着を盾にして顔を覆い、その小針を防ごうとする。
「もらった!」
善住坊の隙を突き、土門の刀が、がら空きになった胴を捉えた。
真一文字に、善住坊の体が薙ぎ払われる。
「……ぬうっ!?」
今度は土門が混乱する番であった。
第6話は、明日火曜日に投稿予定です。
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