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2.新たな依頼

「目一鬼討伐の報酬だ。ほら、銭三十貫。確かめな」


 善住房は、マカオの街中にある酒場の一角にいた。

 銭縄で結ばれた明銭の束を渡したのは、又右衛門という男である。


 彼は、マカオで日本人たちの顔役を務める人物であった。

 船荷の売買から両替商、ゴロツキたちへの仕事の斡旋など、表と裏の両方に通じているのだ。


 先にも記した通り、このマカオには、日本を追われた鬼たちが入国していた。

 これらの鬼は、誰彼構わず人を襲い、食料を奪って、生き永らえている。


 善住坊ら甲賀衆は、この又右衛門を仲介役として仕事を引き受けていた。

 いわば、傭兵業である。


 依頼者の顔ぶれは、ポルトガル商人、明の高官、イエズス会の神父など様々であったが、いずれにしろ、報酬さえ払えば誰であろうと関係はなかった。


「確かに」


 善住坊が、緡銭(びんせん)の数を確認した上で了解する。


 彼と共にこのマカオに移った甲賀衆は、十人。

 皆、甲賀五十三家の一つである杉谷家の者であった。


 異国の地では、この報酬が、部下を食わせるための唯一の命綱である。

 生きる為には、その手を、鬼の血で汚し続けなくてはならなかった。


「又右衛門、次の仕事を……」


 又右衛門は頷くと、その細い眼で酒場の様子を伺い、それから小声で話し始めた。


「あのな……今度の一件だが、こいつは今までとは訳が違う。かなり……デカい仕事だ」

「……?」


 善住坊は初めてみる又右衛門の様子に、いささか面を食らった。


 この又右衛門という男、肌艶の良さから、まだ二〇代半ばであると思われる。

 だがその顔には老獪さが滲み出ており、実際、滅多なことで動じなかった。

 その彼が、明らかに緊張と興奮を見せていたことに、驚いたのである。


「お前、酒呑童子って知ってるか?」

「……平安時代、一条天皇の御世(みよ)から悪行高い、大江山の鬼であろう? 悪鬼羅刹の頂点にして、鬼の総大将……それがどうした?」

「その酒呑さまがな、どうやら日本を追われ、このマカオに逃れてくるらしい」

「……!」


 善住坊の手が僅かに震えたが、それも無理はなかった。


 これまでも、戦国大名たちが勢いを増す度に、多くの鬼たちが棲家を追われた。

 彼らは徐々に、北は奥羽、南は九州・四国の僻地へと逃れていった。

 だが()の地においても、伊達や南部家、島津や龍造寺家などが力をつけ、結局は海外にまで落ち延びていた。


 だが、鬼の頭領とまで言われた酒呑童子が日本を追われると、誰が考えたであろうか。


「俺に、あの酒呑童子を討て……というのか?」

「ご明察だ」

「依頼人は誰だ? ポルトガル商人か? 明の役人どもか?」

「へへへ……いつも冷静なお前にしちゃ、随分と頭に血が昇ってるな。まあ相手があの酒呑となりゃ、無理もねえか」

「誰の依頼だっ!?」

「そう大きな声を出すんじゃねえ! ……依頼主は、暹羅(しゃむ)()()()豪商さ」

「……暹羅? たしか、南方にある小国だったな。そんな所の商人が、なぜ日本の鬼に用があるのだ?」

「今回の討伐には、ある条件があってな。報酬は、酒呑童子の()()()()()()()、ということだ」

「討伐の証拠として、首を差し出すのはいつものことだろう?」

「いや。この依頼主は、別に奴を殺ったという証拠が欲しいんじゃねぇ。本当に、酒呑の生首が欲しいのさ……」

「……!?」


 善住坊の頭は混乱した。

 そもそも、この話を聞き始めた時から違和感を覚えていた。


 大体において、このマカオで鬼討伐の依頼があるのは、その鬼が何か悪さをした後であるのが常であった。

 やれ船荷を奪われた、女房が(さら)われた、子どもが喰われてしまった……


 ところが今回は、まだマカオの土すら踏んでいない日本の鬼の、それも生首が欲しいという。

 その依頼内容に、言い知れぬ奇妙さを感じたのであった。


「なぜ生首など欲しいのだ?」

「なんでもな、酒呑の首には特別な魔力があるらしい……その力を使えば、首から上にある、あらゆる病が治るって噂だ」

「首から上の病……?」


 伝承では、酒呑童子が源頼光らに討たれた際、これまでの悪行を悔いて、首から上に病がある者を助けると約束したとされる。

 京都市西京区の旧道沿いにある老ノ坂(おいのさか)には、この首が埋まると伝わる「首塚大明神」がある。

 この祠の由緒書きには、「首より上の病気に霊験あらたかである」と記載されている。


「依頼主には、まだ小さい一人息子がいてな。脳内に腫瘍が出来ていて、もう治療の施しようが無いらしい。だが大富豪さまは諦めきれず、古今東西の文献を調べて首のことを知った……」

「運よくその鬼が日本から逃げ出したので、これ幸いと討伐依頼をした……ということか」

「さすが、話が早いぜ。この依頼はな、俺たち以外にも、マカオ中の日本人に話が来てるんだ。皆、色めき立っていやがる……中国人やポルトガル人の中には、日本刀を買い込んで、鬼狩りを企む奴もいるらしい」

「いくら日本刀のみで鬼が倒せると言っても、相手はあの酒呑だぞ? 生半可な腕では、返り討ちに遭う……いや、待てよ。報酬はいくらだ?」

「和銀で五万両」

「なっ……!?」


 善住坊が驚くのも無理はなかった。


 銀一万両もあれば、優に十年は遊んで暮らせる大金である。

 それが五万ともなれば、命を顧みずに酒呑童子を狙おうという者が現れても、まったく不思議ではなかった。


 善住坊の脳裡には、半ば諦めつつあった、一つの希望が蘇ってきた。


(それだけの大金……いや、その半分でもあれば、部下たちは俺無しでも十分やっていける……そして俺は、再び日本に渡り、奴の命を……!)


 善住坊は、もはや又右衛門を見ていなかった。

 彼の眼には、かつて火縄銃の銃口から捉えた、信長その人の姿が思い起こされていたのである。


第3話は、明日土曜日に投稿予定です。


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