16.首の行方
酒呑童子が言葉を発し終わる前に、地面が急激に隆起して大爆発を起こした。
一瞬にして、まだらの鬼の体が業火に包まれていく。
善住坊が放ったのは、「火車剣」と呼ばれる手裏剣を使った忍術であった。
火車剣は、夜討ち時の照明や、時限式の放火用具として使用されるものである。
手裏剣に火縄を巻き付けて打つ手法であるが、善住坊は、火縄の代わりに着物の切れ端を使ったのである。
善住坊は万一に備え、桑籠で運んだ大量の火薬を地面に埋め込み、切り札として残していた。
火車剣によって火薬に引火させ、爆発を起こさせたのである。
火縄銃を目立つように突き立て、あえて口にしたのは、酒呑童子をその箇所まで誘引する、操心術の一つであった。
(こ、これで奴の体は木っ端微塵だ……いくら酒呑でも、そう簡単には回復できまい……元に戻る前に、こ、この刀で……)
善住坊は近くに落ちている仕込み刀を拾うと、よろめきながら爆心地へと近づいた。
あまりの衝撃波により地面が大きく抉れており、その中心に、炭のようになった黒い物体が横たわっていた。
「酒呑……その首、も、もらったぞ……」
善住坊は刀を大きく振り上げ、中心めがけて唐竹に斬り下げた。
バスンッ! という音が、辺りに木霊する。
(……何だ!?)
善住坊は、今しがた斬った物体の手応えに、違和感を覚えた。
刀身から伝わってきた感触が、明らかに軽かったのである。
「がっ!?」
不意に、善住坊は物凄い勢いで背中から蹴られ、三間(約5.5m)ほども吹き飛んだ。
再び地面に叩きつけられた善住坊が顔を上げると、そこには、怒りの形相となった酒呑童子の姿があった。
「て、てんめぇ……一瞬、マジで駄目かと思ったじゃねえかっ! ふざけんじゃねぇぞ、この野郎っ!!」
「なっ!? なぜだ……さっきの体は? き、貴様まさか……!?」
「ふはははっ! そうだよ、お前が昨日見せた技だ! 空蝉とか言ってたっけな? なぁ、消し炭になった俺の体を見て、やったと思ったろ!? お前、さっきは隙だらけだったぜ。あれはな、脱皮した俺の抜け殻だ、バーカ!!」
「あ……あ、ああ…………」
善住坊は絶句し、ガクリと肩を落とした。
もはやこれ以上、この場に仕掛けは存在せず、忍器も残っていない。
あるのは仕込み刀ただ一本であり、絶望的な状況を前に、最後の気力も失ったのである。
「人間にしては、お前はよくやったぜ。この俺を、ここまで本気にさせたんだからな……だが、もういいだろう? 可愛い初が、あの世から手招きして待ってるぜ。くっくっ……死んでから、好きなだけイチャつけよ」
そう言うと、酒呑童子の爪は鋭く伸び、十本の小刀のようになった。
その爪を前に突き立て、善住坊へと、ジリジリにじり寄っていく。
(初……? 俺は……そうだ…………初……初のためにも、まだ死ねん…………)
善住坊は、再び顔を上げた。
「うん?」
「がああぁぁーーーー!!」
最後の力を振り絞り、善住坊が、仕込み刀をぶっきらぼうに投げつけた。
「はははっ! なんだそりゃ!?」
酒呑童子がひょいと体を傾けると、刀はクルクルと回転しながら、後ろへと飛んで行く。
「おいおい、鼬の最後っ屁ってやつか? ここに来てガッカリだな。まあ、早く地獄に……グわァッ!!?」
酒呑童子は言葉を言い終わらぬうちに、突如として、前に大きく倒れ込んだ。
「がッ……クソっ……な、何だっ!?」
酒呑童子が、信じられないといった表情で、己の背中を見る。
そこには、善住坊の刀が深々と突き刺さっていた。
善住坊は手裏剣の打ち方を応用し、刀が逆旋回するよう投げつけていたのだった。
次の動きは一瞬であった。
酒呑童子が再び前を向いた時、無言のまま間合いを詰めていた善住坊がそこにいた。
善住坊は素早く相手の背後に回ると、刀を力任せに斬り上げた。
「ぎぎギゃああアアアあぁぁーーーーっ!!」
「ぬぬぬぬおおおおおおおぉぉーーーーーーっ!!!」
鬼の強靭な筋肉に邪魔され、なかなか刀が進まないが、それでも善住坊は、全力でその刀身を押し込んだ。
「こ、これで終わりだあああぁぁぁぁーーーーーーーーっっっ!!!」
「グがガッ……ガアアッ!!!」
善住坊の刀は、背中の筋という筋を切り破り、酒呑童子の首まで一気に跳ね飛ばした。
今や完全に体から離れたその首は、空高く舞い上がった後、ドサリと地面へと落下した。
「首から上、首から上……!!」
どこにそんな力が残っているのか、満身創痍であるはずの善住坊が、首の元へと走り込む。
そして素早く首を掴むと、そのまま足を止めずに、十数間先まで進んだ。
そこには、初の死体があった。
善住坊は首を初の頭部に擦り付けると、念仏のように呟いた。
「……生き返れ、生き返れ、生き返れ、生き返れ……! どうしたっ!? 首から上に効くんだろっ!? 初は、頭が吹き飛んだんだっ! 酒呑童子の首で、治せるはずだろッ!?」
善住坊は、すでに半狂乱となっていた。
死体の頭にグイグイと鬼の首を押し付けるその様は、異様という以外に、言いようがなかった。
「頼む、頼む、頼むッ……! もう、鬼狩りなどどうでもいい! 金も要らん、忍びも辞めるッ! 甲賀再興なんてクソ喰らえだっ! ……信長とて、もう知らん……俺はただ、初と静かに暮らしたいだけだ……頼む……頼むゥ……」
その時であった。
初の体がビクンッと痙攣したかと思うと、弾けたはずの頭部からプクプクと血の泡が吹き始めた。
その泡は次々と固まり、肉塊へと変化していく。
善住坊が呆気に取られていると、肉塊の上に綺麗な皮膚ができあがり、あれよあれよという間に、初の頭は元の通りとなった。
「……うう……ううん……」
「初! 初!」
「あ……あぁ……善住坊……さま……?」
「俺はここに居るぞ! 初、大丈夫か!? すまなかった、本っ当にすまなかった!!」
善住坊は、もはや外聞も忘れ、大粒の涙を流しながら初に謝罪した。
「なぜ……なぜ謝られているのですか……? それに……ここは何処なのでしょう……?」
「それは儂が、儂が……ここは……いや、何から話すべきか……」
善住坊が逡巡したのも無理は無かった。
初が操られてここまで来たこと、自分が間違って殺してしまったこと、酒呑童子の首を使って生き返ったことなどを、どう説明すればよいのか分からなかったのである。
「……ふふふ、何か訳があるのですね。分かりました……後でゆっくり、教えてくださいまし」
「あぁ、初……」
善住坊は再び涙し、初を強く抱きしめた。
初のその菩薩のような表情を前にして、改めて、彼女と共に生きていきたいと感じていた。
「きゃっ!?」
「ど、どうした初?」
「そ、それはなんでございますか……?」
初が震える手で、善住坊の足元に転がる生首を指さした。
「これか。変な物を見せてしまったな、すまぬ。これはな……酒呑童子という、鬼の首だ」
「酒呑どう……あっ!? 大金がかかっているとか言う、あの鬼でございますかっ!?」
「そうじゃ。さっき、儂が討ち取った」
「で、ではこれで、皆さまも大金持ちでございますねっ! おめでとう存じます!!」
初が重たい体を無理に起こし、善住坊に頭を下げた。
(儂らに金が入れば、美味い食事や大きな屋敷が手に入る……この喜び様……おそらく初は、弟にいい環境が手に入ることを喜んでいるのであろう……)
善住坊は、初に弟の死を告げねばならぬ事を考えると、気持ちが暗くなった。
「初……お前に大事なことを……」
そう言いかけた時であった。
「危ないっ!!」
初がドンッ! と、善住坊の体を突き倒した。
善住坊の目の前を、歯をむき出しにした生首が、すごい勢いで通り過ぎていく。
「なっ!? き、貴様! まだ生きておったかっ!!」
見上げると、そこには首だけになった酒呑童子が、フワフワと浮遊していた。
憎々しげな目で、こちらを睨みつけている。
「ちっ……外しちまったぜ……」
「なぜだっ!? なぜ日本刀で斬られながら、生きていられるのだっ!?」
「ふん! 俺を、他の鬼と一緒にしてんじゃねぇ。ぐちゃぐちゃに切り刻まれて目まで抉られない限り、俺を殺すことなんざ出来ねえんだよっ!」
酒呑童子物語を伝える最古の資料『大江山絵詞』では、源頼光が酒呑の首を刎ねたものの、その首は飛び回り、部下の二人が両目を抉ってようやく死んだと記されている。
また、江戸時代に書かれた通俗書『前太平記』でも、首を斬り落とした後も尚動き回るため、部下四名がその体を引き裂いて倒したとある。
「おのれ……この化け物が……!」
「ひひひヒヒヒヒヒ、悔しいなぁ善住坊? 信長といい、この俺といい、結局最後は仕留めきれねぇ……」
「今度こそ、引導を渡してくれるわっ!!」
「なあ、そうカッカすんじゃねーよ? お前はよくやった方だぜ。ただ、相手がいつも大物すぎるんだ……お前の器じゃ、敵いっこねえんだよ」
「くっ……どこまでも人をこけにしおって……!」
「はーっはっは!! まあ安心しな? 俺は、信長と違って優しいんだ。お前にしつこく、つきまとったりはしねぇよ……じゃ、俺はもう行くぜ」
「なっ!?」
「言ったろ? 俺は西洋に行って、鬼と悪魔の混血児を作るんだ。日本刀が効かねえ、世界最凶の軍団だ……そいつらを従えて、いずれ日本に舞い戻ってやる。その暁には、必ず信長の首を……!」
酒呑童子の目は、すでに善住坊を見ていなかった。
その視線の先には、遙か海の彼方にいる、信長を見据えているのが善住坊には分かった。
(……こいつにとっては俺など、鬼の覇道に置かれた砂利の一つに過ぎんのだ……こいつの最終標的は、あくまで信長……俺と、同じ……)
酒呑童子が、再び善住坊たち二人に視線を送る。
その目は、どこまでも冷たかった。
「……そんなに睨むなよ。なんだか、邪気がぷんぷん匂ってるぜ? へっ! これじゃ、どっちが鬼だか分かりゃしねぇ。次会う時は、間違いなく地獄で……だな。そんじゃあよ」
そう言うと、酒呑童子の首はフッとかき消えた。
第17話は、明日金曜日に投稿予定です。
もし気に入って頂けましたら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします!
面白ければ星5つ、つまらなかったら星1つ、正直なご感想でもちろん大丈夫です!
いいねやブックマークも頂戴できますと、作者が泣いて喜びます(T_T)




