14.時代の潮目
(部下に毒を盛ったこと、俺を謀ったこと……まとめて後悔させてやるっ!)
善住坊の指先が引金を引かんとした、まさにその時である。
それまでうつむき加減に歩いていた初が、顔をグッと上げ、茂みの中の善住坊を見据えた。
(くっ……!)
ドスンッ! という重たい銃声が、荒野中に鳴り響く。
ほぼ同時に、初の右目に十匁玉が喰い込み、顔の半分が木っ端微塵に消し飛んだ。
初の首は直角に曲がり、その体は、そのままバタリと地面に倒れ込む。
善住坊は、即座に次の動きに取りかかった。
鬼の再生能力は、各個体でばらつきがあるものの、善住坊の経験上、やはり上位の鬼ほどその速度は早かった。
火縄銃をその場に突き立てると、一刻も早くその首を刎ねんと、仕込み刀を構えて初へと跳躍した。
(終わりだ……!)
善住坊の刀が、初の首筋めがけて振り下ろされた瞬間である。
匂い立つような香りが、彼の鼻をついた。
だが、善住坊は構わず、そのまま振り下ろそうとする。
その刹那、
「姉ちゃん!?」
背後で発せられた子どもの声に、思わず善住坊は、刀を止めて振り向いた。
「お前は……又三郎かっ!?」
「姉ちゃんは?」
「生きておったのか。こいつは、お前の姉などではない。鬼だ! 鬼が化けているのだ! 後でちゃんと話してやる。御免!」
善住坊は再び前を向き、足下に横たわる初に、刀を振り下ろそうとした。
だが、その切先が首筋に当たる直前、顔半分に残る左目が、善住坊の目を射竦めた。
カッと見開かれた黒い瞳が、何かを訴えているような気がしたのである。
(何だ……? 待て、何かがおかしい……この違和感は、何だ……?)
その時、これまで善住坊の前方から吹いていた風が、にわかに逆方向へと変わった。
途端に初の芳香が消え去り、代わりに、生臭さと酒臭さが混じった臭気が、善住坊を包んだ。
ガキンッ!
弟の爪と善住坊の刀が、ほぼ同時にぶつかり合った。
善住房は続けざまに三方手裏剣を放ったが、弟は片腕を盾にして、それを防ぐ。
手裏剣が突き刺さった弟の手からは、緑の血が滴り落ちた。
「ぐうっ……おのれ酒呑童子! 貴様、弟の方に化けておったかっ!!」
「…………うはっ! うはははっ!!」
目の前の弟は、姿こそ又三郎のままであったが、爪だけが、鬼のそれに変化していた。
あどけない顔に変化はないが、それに似つかぬ陰湿な表情と、ニヤニヤとした笑みが浮かべられている。
「……なんだよ。お前は、初の方を疑ってたのか? あの本智って奴といい、甲賀衆は随分と見る目がねえんだなぁ……信長に滅ぼされたのも、然もありなんだぜ」
「黙れ、黙れっ! 貴様、いつから弟に化けていたっ!?」
「ああっ? そりゃマカオに着く前からに決まってんだろ? 南蛮船に潜んで日本を出た後、すぐに弟を喰ってやったさ」
「それでは、最初から……」
「波止場でお前たちが止めに入らなきゃ、とっくの昔に、伊賀者なんざ皆殺しにしてたぜ」
この時善住坊は、小太郎ほどの忍犬が、なぜあれほど興奮し、土門の方に襲いかかったのかを理解した。
小太郎は土門ではなく、土門が殺そうとしていた姉弟、否、弟に化けていた酒呑童子に反応していたのだ。
「なぜ……なぜ我らの屋敷にまでやって来た!? 殺そうと思えば、あの納屋で、我らごと抹殺することもできたであろう?」
「お前と土門との会話で、俺に大金がかかっていると知ったんでな。少し騙くらかして、賞金首をかけた奴を探ってやろうと思ってたんだ。だがお前ん家で、すぐに手配書が見つかった……もうお前らに用は無いから、毒を盛っておさらばして来たんだよ」
「……初は、なぜここまで連れてきた……」
善住坊が横目で、地面に横たわる初を見る。
その半分になった頭部から、脳髄らしき物体が、土の上にぶち撒けられていた。
「ふふふふふ……なんだよ。お前もしかして、その娘に惚れてたな? そういや昨晩、部屋から出て、お前の部屋に行ってたっけな。俺もちょっくら抜け出して、酒でも飲みに行こうとしてたんだ。初とヤることやって、情でも移ったのか?」
「下劣な事を言いおって。貴様は、畜生以下の存在だな……質問に答えろ! 初を、なぜ連れてきたっ!?」
「……あの眼だよ」
弟が、下卑た笑みを浮かべて答えた。
「お前が吹き飛ばしちまった、その眼な。いや……正確に言えば、両方の眼だな」
「訳が分からん」
「ふははははっ……! そりゃあ、お前みたいに、何も見えてない奴には、皆目分からないだろうよ。だが、俺には違って見えた……その眼はな、この俺に、新しい鬼の時代ってのを教えてくれたんだよ」
「ただの黒と青色の眼だろうがっ!」
「そうじゃねぇ!! ……おい、善住坊」
弟の顔から、笑みが消えた。
「お前ら甲賀の奴らが没落したのは、何故だ?」
「……」
「分かってんだろう? 答えはな……時代の潮目を見誤ったせいだ。たしか『勾の陣』だったか? 百年も前の栄光にすがって、いつまでも六角みたいな二流大名の庇護に甘んじやがってよ。甲賀は、時勢に乗り遅れたんだ」
勾の陣とは、長享元年(1487年)に、近江守護の六角高頼と室町幕府の足利義尚が激突した戦いである。
多数の幕府軍に対し、六角軍とその傭兵部隊である甲賀衆は甲賀山中に陣を構えた。
敵が押し寄せれば引き、敵が引けばどこからか現れて攻撃するというゲリラ戦を展開し、甲賀の勇名を天下に轟かせた一戦であった。
その後、六角氏はこの戦いに参加し、あるいは功績のあった家を「甲賀五十三家」や「甲賀二十一家」と呼んで厚遇し、結び付きを深めていったのである。
善住坊は何も答えなかったが、それは、酒呑童子の発言の容認に他ならなかった。
彼自身、六角との連合には常日頃から危機感を感じていたが、甲賀を仕切る五十三家は皆保守的で、その解消に踏み切らなかった。
甲賀が信長に降ったと聞いた時は、当然の報いだと心底呆れたほどであった。
(結局、目一鬼への言葉は、俺たち自身にも当てはまるのだ……だが……)
「その話と初の眼が、どう関係すると言うのだ!?」
「まあ落ち着けって。だからな、初の眼を見た時に、時代の潮目って奴を、俺は感じたんだ……今や人間どもの軍は何万にも膨れ上がり、鉄砲どころか、石火矢なんて代物まで出してきやがった。俺たち鬼だって、いつまでも、角だの牙だの金棒だのに頼ってていいわけがねえだろ? そこで俺が考えたのが……悪魔との混血だ」
「悪魔……だと?」
善住坊はキリシタンでは無かったが、このマカオに来て以来、至る所で宣教師たちによる布教活動を見てきた。
彼らは事あるごとに神の国を説き、人を惑わす者としての悪魔について、話をしていた。
そのため、悪魔の存在については、彼もよく知っていたのである。
「ああ、悪魔だ。マカオの方じゃ見かけないが、遠く西の果てには、うじゃうじゃいるらしい。それでな、ここからが大事なところなんだが……そいつらは、キリシタンじゃなきゃ殺せないって話なんだよ」
「……それがどうした?」
「何だよっ! ここまで教えてやってるのに、まだ分からないってのか!? だからさ、俺がその悪魔を蹂躙して、子供を孕ませたらどうなるよ? 日本刀しか効かない鬼と、神の洗礼を受けた者でなきゃ倒せない悪魔との合いの子だぜ? もはや、誰にも殺すことが出来ない、世界最強の化け物の誕生だろうがよっ!!」
「なんだと……? き、貴様、そんな事を……!」
善住坊は、まさに悪魔的とも言える酒呑童子の企みに戦慄した。
(もし、本当にそんな怪物が生まれれば、その災厄、信長の比ではあるまい……!)
「俺はな、本当は初をこの丘まで呼び寄せて、ゆっくり解剖しようと思ってたんだ。混血児ってのがどんな体の作りをしてるか、知りたくてな。邪気で溢れてるこの辺りは、残酷な作業にうってつけだったんだ……なのに、お前に邪魔されちまった」
「初は、貴様に操られて歩いていたのか……」
善住坊は、肩を落として項垂れた。
出会って間も無いが、紛れもなく、彼は初に惚れていた。
その女を自らの手で弾いてしまったことに、深い後悔と懺悔の念を抱いたのである。
「何を勝手に絶望してんだよ。ガッカリしてんのは、俺の方なんだぜ? 初をバラバラにする前に、目いっぱいその体を弄んでやろうと思ってたのになぁ」
「な、何だとおぉぉ……!?」
「おいおい。お前だって昨晩は楽しんだんだろ? へへっ、ご馳走をひとり占めはズルいぜ」
「……殺すっ!!」
善住坊は怒りに任せ、抜き身の刀ごと、酒呑童子に突進した。
第15話は、明日水曜日に投稿予定です。
もし気に入って頂けましたら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします!
面白ければ星5つ、つまらなかったら星1つ、正直なご感想でもちろん大丈夫です!
いいねやブックマークも頂戴できますと、作者が泣いて喜びます(T_T)




