13.銃口の、その先
善住坊は自室に戻るや、床の下から忍器一式を取り出した。
日本の忍者屋敷に見られる、隠し物入れであった。
忍器を前に少し思案した後、三方手裏剣と万力鎖を選んだ。
「三方手裏剣」は角が三つある手裏剣であり、よく使われる八方手裏剣や四方手裏剣よりも角が少なく、刺さりづらいという難点がある。
反面、他の角が邪魔しないため、傷が深くなるという特徴を持っている。
また、「万力鎖」は、鎖の両端に鉄の分銅が付いた武器で、相手の顔面に投げつけたり、足元に絡ませて動きを止めるといった使い方をする。
善住坊はこれらを用意した後、どこにでもあるような野良着に着替え、内側の隠しに手裏剣八枚をしまい込んだ。
続けて、万力鎖二本を手甲代わりとし、両腕に巻きつけた。
鎖帷子も着けるかを迷ったが、相手はあの酒呑童子である。
生半可な防具では鎖ごと爪や牙で抉られる可能性が高かったため、身軽さを優先して着用をあきらめた。
先ほどの忍器にしても、身に付けるものはなるべく少なくするべく、数を絞ったのである。
さらに善住坊は、壁に取り付けられた、一見すると戸棚のような木材を外す。
天井にある出っ張りに引っ掛けると簡易の階段となり、それをヒョイヒョイと登っていった。
これは隠し階段と呼ばれ、やはり忍者屋敷によく見られる仕掛けであった。
善住坊は、つしと言われる中二階に入ると、そこにずらりと並べられた火縄銃や火薬類を吟味した。
これらは、今回の酒呑童子退治のため、又右衛門から特別に仕入れてもらったものである。
無論、鬼を殺すためには、日本刀で止めを刺す必要がある。
だが、その前に火計で相手を散々に屠っておかないと、近づくことすら儘ならないと善住坊は考えていた。
「こいつしかあるまい……」
善住坊は十数挺ある銃の中から、最も口径の大きな士筒を選び出した。
士筒は十匁玉(一匁は約3.75g)を弾丸として使用する、大口径の銃である。
小筒と呼ばれる、口径一匁五分程度の一般的な銃と比べて、かなりの重量を持つ。
それゆえ、取り回しの難しさや、発砲時の反動が大きいといった欠点がある。
だが、一撃の威力は圧倒的であり、鬼の大将と対峙するには最適な銃と考えられた。
さらに幾つかの火器を取り出すと、それらを竹で編まれた大きな桑籠にしまい込み、上から布で覆い隠した。
(籠の中身を使う事態にならなければ良いが……)
色々と準備はしたものの、やはり善住坊は射撃の名手である。
士筒の一発に、全ての勝負を賭けていた。
近距離での決戦となれば、酒呑童子相手にまず勝ち目は無いと考えていたのである。
最後に、細身の刀が仕込まれた、一見すると竹製の杖に見える仕込み刀を手に取ると、再び隠し階段を降りた。
「頭」
善住坊が階下に着くと同時に、本智が、犬を連れて部屋へと入る。
「……どこから見ても、農民そのものですな。これなら初が見ても、頭とは気付きますまい」
「犀角の方は?」
「先ほど届きました。また、白はこちらに」
本智が、紐につながった犬をグイと引っ張る。
「よし、白。この布団の匂いを覚えるのだ。間違って、儂に吠えるでないぞ」
善住坊が、まだ初の残り香がうっすらと漂う布団を、白の鼻先にあてる。
すると、この忍犬はクンクンと鼻を鳴らし、バウッ! と大きく一吠えした。
「……本智。儂は、このまま酒呑を追う。お前はここに残り、治療の指揮をとれ」
「治療の目処がつきましたら、すぐにでも加勢に参ります」
「お前とて、まだ手負いの身であろう。下手に来れば、人質にでも取られかねん。来るな」
「……はっ。申し訳ございませぬ」
本智は己の至らなさにほぞを噛み、目を伏せて承諾の声を発した。
だが、再び顔を上げた時、すでに善住坊の姿はそこに無かった。
◆
「バウッ! バウッ!」
「だいぶ遠方まで来たな……」
甲賀衆の屋敷を出ると、白は、ひたすら北東の方角へと進んだ。
街を抜けても止まる様子を見せず、辺りはいつの間にか、だだっ広い平地となっている。
低い低木や茂みがわずかに点在する程度であり、遠くまでよく見渡せるような土地であった。
「むっ……!?」
善住坊は遠方の人影に気付くと、紐を引いて白を寄せ、自身も身を低くした。
まだかなりの距離があるが、そこにあったのは、間違いなく初の後ろ姿であった。
(見つけた……だが、射程に入れるには、もっと近づかねば……風の向きもまずい……)
善住坊は初の風上にいたため、いま火縄に火を入れれば、匂いに気づかれる心配があった。
「お前はここまでだ。屋敷に戻れ」
小声で白にそう指示すると、善住坊は初から距離を取りつつ、大きく迂回して追い越しを図った。
(……奴は、どこに行こうとしているのだ?)
初の様子からは、道の有無とは関係なく、ただ一直線に、遠方にある小高い丘を目指しているように思われた。
善住坊は足裏に力を込めると、驚くべき速さで、初の前方へと回り込んだ。
忍者は別名、早足の者とも言われ、俊足で知られる。
豊臣秀吉や武田家の高坂昌信に仕えた、韋駄天こと「走りの一平」という忍者は、一日に五〇里(約二〇〇km)を走破したと伝えられている。
(よし、ここが良かろう)
善住坊は丘の上に着くと、低い枯れ草で覆われた茂みを見つけ、身を低くした。
桑籠を下ろして火器を取り出すと、周囲に、素早く仕掛けを施していく。
さらに指を舐めて風向きを確かめると、背負袋から士筒を抜き取り、火挟に火縄を挟み込んだ。
(後は待つのみだ……)
善住坊の足はとうに初を追い抜かし、その姿は、もはや見えてすらいなかった。
だが、初がこの丘に向かっていると確信していた善住坊は、ただひたすらに待ち続けた。
(……来たか)
まだ点に過ぎなかったが、善住坊は視界の彼方に、確かに初の姿を捉えた。
初がゆっくりと、しかし確実にこの丘を目指して、進んでいるのが分かった。
(来い……早く、俺の射程に入ってこい……!)
先目当、前目当と呼ばれる銃先二つの照準に、初の姿が入る。
善住坊は、初の眉間ちょうど辺りに、的を絞った。
第14話は、明日火曜日に投稿予定です。
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