12.伊賀忍の死
にわかに事態が動いたのは、翌朝のことであった。
「頭、起きてください! 頭!」
扉の向こうから、本智が、大声で善住坊へと声をかける。
昨夜の一件の後、善住坊は、泥のように眠っていたところであった。
「んんん……さっきから騒がしいな……どうした?」
「失礼いたします。実は昨晩……何者かによって、土門たちが殺されたようで」
「何っ!? どういうことだ!?」
「はっ! 知らせて来たのは、坂の下にある酒屋の主人でございます。曰く、店を閉める未明頃、客として残っていた土門たちが何者かに襲われ、全員が殺害されたと。殺られたのが日本人なので、主人はてっきり我らの仲間であろうと、慌てて知らせに来た次第……すぐに抜六を確認に走らせましたが、間違いなく、土門たち伊賀忍五名とのこと。また、その殺され方ですが……」
最後の言葉が終わらぬ内に、善住坊は酒屋へと駆け出し、本智も慌ててその後を追った。
◇
酒屋の前には、行商人や朝市の客、漁師、貿易商など十数名が人垣をなしていた。
「どけ、どけっ!」
それらを押し退け店に入ると、中には、凄惨な場面が広がっていた。
剥き出しの壁や床といった至る所に、べっとりと血が飛び散っているのである。
中でも、酒卓の上にある生首五本からはまだ血が滴り落ちており、その表情は、断末魔の叫びを浮かべていた。
「な、なんだこれは……?」
「うっ……!? 抜六の報告では、首が捩じ切られていたとありましたが、ここまでとは……」
「捻られた時の力で、舌や目玉まで飛び出しておる……だが、どう見てもこの首は土門たちだな」
善住坊はそう言うと、床に転がる頭の無い死体へと目をやった。
「……全員が、刀か苦無を握ったまま殺られている。不意を突かれた訳ではなさそうじゃ」
「人の力では、こんな芸当は到底無理です。爪や牙でやられた跡もありますし、間違いなく鬼の仕業かと」
「しかし、いくら酒に酔っていたにしろ、こいつら程の腕の者をこんな目に遭わせられるのは……」
「頭のお考えは?」
「……」
「やはり、酒呑童子でしょうか?」
「……主人」
「は、はいっ!」
全身から血の気が引き、顔面が真っ青になった酒屋の主人が答えた。
「昨晩あった事、委細、教えてもらいたい」
「へ、へぇ……そのぉ、私も最初は外にいたんでさ。もうあと四半刻もすれば卯の刻(日の出)という時間だったんで、店仕舞いの支度をしてて……店の裏で塵だの何だのを片付けていたら、誰かが入ってきたようでした。時間も時間だし、店にはあの五人組しか残っていなかったんで、てっきり連れでも来たのかと思って放っておいたんでさ。ところが、急に店内が騒がしくなったかと思うと……あの……ああっ……畜生、思い出したくもねぇ……お、男たちの叫び声が上がって……」
「……それで? 無理に聞いてすまんな」
「いえ……もう、その、『うぎゃあ』とか『ぐおぉ』だとか、とにかくそんな声が響いたかと思うと、急に静かになりやした。あっしはもう足がすくんじまって、しばらくその場で腰を抜かしてたんです……ようやく日も昇ってきた頃に店の中を見てみたら、もう血だらけで……」
「犯人はいなかったのだな?」
「それはもう」
「のう主人……何か、こいつらを殺した奴の手がかりでも残っていなかったか? 犯人は、おそらく鬼……それも札付きのな」
「ええっ!? お、鬼でございますかっ!? うちみたいな貧乏酒屋に来たって、奪うものなんてないのに……」
「どうじゃ? チラとでも、姿を見たりしておらんのか?」
「すいません、全く……いやぁ、まさか鬼がうちに来るとはねぇ……」
これ以上は手がかりは掴めぬと考え、善住坊と本智が店を出ようとした時であった。
「本当にお役に立てず申し訳……あっ!?」
「ん? どうした?」
「あ、いや……そう言えば、誰かが入ってきたなぁとか思ってた時に、『お前はあの時のっ!?』とかいう怒号が……いや、確かにそう言ってたました! そんなのが聞こえた後で、ドタバタ始まったんでさぁ!」
「『あの時の』か……」
「その発言に相違ないなっ!? で、では、顔見知りの犯行ではないかっ!」
本智は善住坊の方へ顔を向けると、大声で捲し立てた。
「頭! 爪や咬み傷がある以上、鬼の所業に間違いございません。伊賀忍の言葉は、酒呑が化躰した人の姿を見ての物言いですぞ!」
「土門たちが、以前に倒し損ねた鬼を見て……の発言かも知れぬぞ?」
「これ程の強さの鬼は、酒呑を置いて他はありますまい!!」
「まあ儂も異存はないが……何をそんなに興奮しておるのじゃ? 酒呑の仕業なのは、初めから分かっていたではないか?」
「拙者が申し上げたき儀は、酒呑が化けている人の方でございます」
まだ合点が行かぬという顔をする善住坊を見て、意を決したように、本智が口を開いた。
「酒呑は……初に化けているのでございます!」
「なっ……!? 待て! 酒呑が人に化けていたとして、なぜ唐突に初が出てくるのじゃ!?」
「伊賀忍たちは、あの納屋で、初と会っておりまする!」
「待て待て! お前の話は飛躍しすぎじゃ! 土門たちは、納屋での前後にも、酒呑の探索を行なっていたはずじゃ! その時に会った者を指しての発言かも知れぬではないか?」
「では、なぜ土門たちが襲われたのでございまするか? 酒呑が化けたであろう奴隷の虐殺が、納屋以外で行われたとは聞いておりませぬ。もしそんな事があれば、この狭いマカオでのこと……我らの耳に入っているはずでございましょう!」
「今回の襲撃は、あの時の意趣返し……という事か……」
「左様でございまする!」
「……だがな、初は昨晩、儂と一緒におったのだぞ」
今度は、本智がポカンとする番であった。
「なっ……!? お、お頭は、あの女と寝屋を共にしたのでございますかっ!?」
「そうじゃ……と言いたいところだが、訳あって、男女の交わりまでは無かったがな。だが、一緒におったのは確かじゃ」
「古来より、金髪や碧眼は鬼の特徴とされております! 日本人でありながら、青い目を持つあの女は、明らかに警戒すべき相手ですぞっ! まったく……何か、危険な目には遭われなかったのですか?」
「うむ……」
だが善住坊も、一時とは言え色欲に動かされ、初を布団に引き入れた事を後悔し始めていた。
もしあのまま抱いていれば、あるいは絶頂を迎えた時などに、変身を解いて噛み殺されてもおかしくはないのである。
善住坊がそんな事を考えていた時であった。
「か、頭!」
下忍の一人が、興奮しながら店内へと駆け込んできた。
「た、た、大変でございまする! ち、血が……! み、みんなが……!」
「どうした!? ええいっ、落ち着かんか!」
「申し訳ございませぬ……あの……今朝方、食事をした者が……み、皆、血を吐いて倒れておりまする!!」
「何だとっ!?」
善住坊と本智の二人は、今度は酒店から坂を駆け上がり、屋敷へと舞い戻った。
◇
食堂にあたる部屋に入ると、何人もの部下が、腹を抱えて倒れているのが分かった。
粥の入った茶碗がひっくり返り、幾つも散乱しているのが見える。
「うううぅ……か、頭ぁ……」
「ぐっ……ぐぼおっ!」
「お、お前たちっ! 一体、これは何事だっ!?」
善住坊の問いかけに、先ほど急を知らせた下忍が息を切らせて答えた。
「はぁ、はぁ……ど、毒でございまする。症状からして、おそらく鴆毒の類かと……」
「そのような劇物が、なぜ粥の中に混入したのだっ!?」
「そ、それは……」
問答を行う善住坊をよそ目に、本智が台所に駆け出した。
「初! 初はどこにおるのじゃ!?」
(……初? そうであった。飯炊きは初の仕事じゃ。これは……これは、初の仕業なのかっ!?)
今度は善住坊が、初たち姉弟に貸し与えた部屋へ飛び出していく。
「初、おるかっ!?」
だが部屋の中に初たちの姿は無く、わずかに、血の付着した衣服が残されているのみであった。
(逃げたか……)
「頭! 初はおりましたか!?」
「いや……もぬけの殻じゃ」
「おのれ、あの女……やはり、本性を表しおったか!」
「見よ、この衣服は又三郎のものじゃ」
「……弟も喰われましたな」
「儂としたことが、完全にやられたわ。まんまと、酒呑の奴に騙されてしまった。部下たちに面目が立たん……」
「無事だった者に、急ぎ犀角を取りに走らせました」
犀角とは、文字通りサイの角を原料として作られる漢方である。
煎じて服用すると、解毒作用があると言われている。
「うむ。薬師から届き次第、全員で治療に当たれ。一人として死なすでないぞ」
「頭の方は?」
「儂は白を連れて初を……酒呑を追う。もはや、首などどうでもよい。奴を八つ裂きにしてくれるわっ!!」
「白は、小太郎と違って鬼を見分けられませぬ。跡を追えますでしょうか?」
「どうやったかは知らぬが、酒呑はむせ返るような女の芳香を身に纏っておった。儂の布団には、まだその香りが残っておるじゃろう。白にそれを嗅がせて追跡する」
「……承知!」
そう言うと、本智はつむじ風の如くその場から駆け去った。
(酒呑め……儂の寝首を掻かんとした事、その身で償わせてくれるわ!)
その時の彼の眼に、かつての信長と同じ鬼火が宿っているなど、善住坊に知る由もなかった。
第13話は、明日月曜日に投稿予定です。
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