表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/18

11.狙撃の意味

「……ったい! 痛いですっ! 善住坊さまっ!」

「なっ……!?」


 善住坊は我に帰ると、自分の手が、初の手首をへし折らんばかりに強く握っているのに気がついた。

 慌てて初を引き離し、己の首に手を置くと、冷や汗でぐっしょりと濡れているのが分かった。


「わ、儂は一体!?」

「ほんの一瞬でしたが我を失い、ブツブツと呟かれておりました……御気分が優れませぬか?」

「ぬうううぅ……!」


 善住坊は、憤怒の形相となった。


 先ほど脳裏に現れたのは、紛れもなく、二年前にその目で見た光景である。

 身代わりとなりながらも、鋸引きの刑に臆して裏切ろうとした影武者の喉を、善住坊は()き斬った。


 結局影武者は七日もの間生き延びたそうだが、以後はついに言葉は発せず、事が露見することは無かった。


 だが、善住坊はその日以来、先ほどの白昼夢と同じ幻影に惑わされ、苦しみ続けた。

 その理由は、自らの手で仲間を斬ったという罪悪感などでは無かった。

 ただただ、もし自分が刑に処されていたら……という、恐怖ゆえであった。


 善住坊は忍びとして、そして誇りある甲賀武士として、常に死ぬ覚悟があるつもりであった。

 しかし、それは単なる自己陶酔であったことが、あの場で(もろ)くも露呈したのである。


 捕まるのは、怖くない。

 死ぬのも、怖くない。

 ただ、首を斬られることは、物凄く怖い……


 そんな思いが頭を巡り続け、一時は気が狂いそうにもなっていた。

 だが、このマカオに来て、ようやく悪夢から解放されつつあったのだ。


「善住坊さま……?」

「すまぬ、昔のことを思い出してな……儂は……儂は何を呟いていた?」

「虚空を見つめている間、善住坊さまは……」

「なんじゃ?」

「……はい。ただひたすらに、『首、首……』と……」

「そんな事を……」

「私が首に触れてしまったせいで、何か不都合がありましたでしょうか? もしそうなら、次は決して間違えませぬゆえ……」


 そう言うと、初は再び善住坊の腕へと潜り込んできた。

 だが、すでに女を抱く気力を失っていた善住坊は、優しく初を押し留めた。


「体を売るような真似をせんでも、ここには置いてやる」

「なれど……」

「よいと申しておるではないか」

「はい……ありがとう存じます……」


 初が少し不思議そうな顔をしたのを見て間が悪くなったのか、善住坊は、わざと明るい声を出して聞いた。


「ところで、ここは気に入ったか?」

「皆さま、良い方ばかりで。本智さまには、嫌われてしまったようですが……」

「あいつもその内、打ち解けるであろう。ここには男ばかりが何人も集まっておるのじゃ。色々な考え方があるわ……お前も土門との会話で察したと思うが、儂らは元々は草の者……隠密じゃ」

「はい、存じ上げております。善住坊さまのお名前は、日本でよく耳にしておりましたわ」

「ほう? 一介の女子が、なぜ儂の名を知っておる?」

「……善住坊さまの手配書は、私のいた村にも貼り出されておりました。男の人たちは皆、懸賞金欲しさに、血眼になって探していたのを覚えています」


 初の、ややもすれば幼く見えるその顔は、いつの間にか笑顔に変わっていた。


「善住坊さまは、私のような女にも正直に話をしてくれます。本当に、嬉しゅうございますのよ」

「忍びは口が固くなくてはならんのにな。儂は、忍び失格じゃ」

「それだけ、私に心を開いてくださったという証拠でございまする……」


 そう言い終わらぬ内に、三たび初が善住坊に体をすり寄せてきた。


夜伽(よとぎ)の方は、本当によろしいのですか……?」


 初の香りが再び善住坊を包んだが、白昼夢の残像がちらつく彼は、静かに体を引いた。


「今宵はもう遅い。明日、またここに来ると良い」

「……分かりました」


 少し残念そうな顔をした初は、しかしそれ以上言葉を発する事なく、静かに部屋から出て行った。


(『心の鬼は、ゆく方もなし』……か)


 初の背中を見送った後、善住坊は、目一鬼の詠んだ歌を思い返していた。


(生首を鋸で斬り落とすなど、人の所業ではない。やはり、信長は鬼だ……だが、我が身の可愛さに仲間を斬った儂も、所詮は同じ鬼……)


 善住坊は、この世の虚しさに、人が人として正気を保ちながら生きることの難しさに、絶望すら覚え始めていた。


(目一鬼が言うように、人はみな心に鬼を飼っておるのか……ならば、儂が信長を狙撃する事に、一体何の意味があるというのだ……)


 だがこの時、善住坊は、布団に付いた初の残り香に気がついた。


(いや、初を見よ……あやつは、体まで売って弟を守ろうとしたではないか。皆がみな、鬼の心根を持っているわけではない。儂は、あのような者のためにも、信長を撃たねばならんのだ)


 善住坊は一人そのような事を考え、布団の上で項垂(うなだ)れ続けた。


第12話は、明日日曜日に投稿予定です。


もし気に入って頂けましたら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします!


面白ければ星5つ、つまらなかったら星1つ、正直なご感想でもちろん大丈夫です!


いいねやブックマークも頂戴できますと、作者が泣いて喜びます(T_T)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ