CAR LOVE LETTER 「The Days of Thunder」
車と人が織り成すストーリー。車は工業製品だけれども、ただの機械ではない。
貴方も、そんな感覚を持ったことはありませんか?
そんな感覚を「CAR LOVE LETTER」と呼び、短編で綴りたいと思います。
<Theme:TOYOTA COROLLA LEVIN (TE27)>
今日は気持ちのいい日曜日だ。
風も心地よいし、日の光もやわらかだ。
こんな日はリビングで日向ぼっこして昼寝でもしたら最高なんだろうが、今日は家内と娘の買い物に付き合わされている。
俺はモータースを経営している。
繁盛しているわけでもないが、田舎だから周りに車屋も無いため、ご近所さんには懇意にしてもらっている。
田舎じゃ軽トラばかりだが、街に出てくると、それこそいろんな車を目にする。
最近ではスポーツカーだけじゃなく、ミニバンもシャコタンで爆音だ。
俺にいわせれば、あんなものは車を乗りづらくして燃費を悪くしているだけだ。
車なんて走りゃいいんだよ。それが車の役目なんだ。
しかし、まったく女の買い物とはつまらん。
何件も店を回り、買うのかと思ったらまた次の店だ。
この店でもう五件目だ。
俺は店の外で一服して待つ事にした。
俺の仕事は服の批評じゃなく、荷物持ちだからな。
二本目のタバコに火をつけて、国道を快走する車の流れに目をやると、明らかに一台その流れを阻害している奴がいた。
ニイナナだ。
トヨタのカローラレビン、もう30年も昔の車だ。
走っているのを拝むのは、本当に久しぶりだ。
だがこのニイナナは、走っていると言うよりも、歩いているに近いな。
何かの不調を抱えている様だ。
上手い具合に、牛歩のニイナナは、この暇を持て余した車屋のオヤジの前で止まってしまった。
何ともうまい巡りあわせだ。
ニイナナからは若いニイチャンが降りてきた。
意外だった。
昔の思い出にすがった、俺の様な中年オヤジが降りて来ると思っていたのだが。
俺はタバコを揉み消し、ボンネットの中を覗き込むニイチャンに歩み寄る。
普段はこんなことしないんだがな。店の中の家内と娘は、まだまだ時間が掛りそうだからな。
「どうした?エンコか?」
俺の声に、不安そうな表情のニイチャンが応える。
「今朝から全然エンジンが吹けなくて。」
エンジンルームを眺める。
こんなにスッカラカンのエンジンルームは本当に久しぶりだ。
最近じゃ軽自動車にも、やれパワステだエアコンだ、いろんな物が突っ込まれている。
ニイナナにはそんな物は一切ない。まさに走る為の装備だけのエンジンルームだ。
エンジンを掛けようとするが、なかなか掛らず、掛ってもガバガバ言ってすぐに止まってしまう。
点火不良か、ガスが濃いのか。
聞くと、先週はずいぶん調子がよかったらしい。
先週まで寒かったのが、今日は急に暖かくなった。って事は・・・キャブだな。
ニイチャンは用意がよく、工具を一揃え載せていやがった。
俺はキャブのジェットを確認する。キャブなんて触るのは、本当何年振りだろうか。
やはり、この陽気にこの番手は明らかに濃すぎる。
俺はニイチャンの手持ちのジェットから、気温に合いそうな番手を探す。
懐かしい。
実は大昔、俺はレースに出る仲間のメカニックを務めていたことがあった。
車屋として独立した直後で、何とかして技術やノウハウを獲たかった。
そこでレースのメカニックをほぼ無償で引き受けたのだ。
金にはならなかったが、自分が組上げたエンジンがレッドゾーンまで一気に吹け上がったり、悩みに悩んだサスのセッティングがドンピシャで、コーナーの立ち上がりでライバルのマシンを捕えたり、そんな沢山の経験と感動を、俺はそこで獲る事が出来た。
あの時、俺にいろんな経験をさせてくれたのが、まさにこのTE27レビンだった。
レビンとは、どこかの国の言葉で「稲妻」と言う意味だと聞いた事がある。
その名の通り、レビンの思い出が俺の体を稲妻の様に駆け巡った。
部品のある場所も、ネジのサイズも、そのネジを弛める力の掛け方も、全てが鮮明に呼び起こされる。
ジェットの番手を替え、プラグを磨き、点火を確認し、再度エンジンに火を入れる。
掛った。完調ではないが、これなら十分峠でハチロクなんかを追い掛け回せる位走れるだろう。
レビンのニイチャンも驚きと歓喜の声を上げる。
しかしあんたよ、何だってこんな面倒くさい車に乗ってるんだい。
今の時代なら、もっと楽で金も掛らない、速い車がごまんと在るだろうによ。
俺はお節介な質問をニイチャンに投げ掛けた。
そうしたら野郎、くせぇ事を言いやがった。
「好き、だからですね。女性と一緒ですよ。どんなに器量よしで聞き分けもよくて、スタイルがいい子がいても、ワガママで聞き分け無くて、何か個性溢れる、そんな子が気になって仕方ない様な。僕とレビンはそんな感じなんですよ。」
車が好き、か。
俺も昔はそうだった。だから毎日車に触れられる車屋になろうと思ったんだった。
それがいつからだろうか。車がただの商売道具になっちまったのは。
まさかこんな小僧に、こんなところで再認識させられるとはな。
ニイチャンの去り際、俺は工場の住所を手渡した。
ここに持ってくれば、お前さんのレビンをもっときっちり仕上げてやるぜ、と。
だけどその時ゃ缶コーヒーじゃ済まさねぇよ。
それじゃ、明日からガッツリ残業します、とさ。
ニイナナは快音を立てて国道の速い流れに合流して行った。
たまにはあんな車をいじるのも悪くねぇな。
ふと店を振り返ると、まだ服を着たり脱いだりしてる娘の姿があった。
今度は310でもエンコしてくんねぇかな。