月見コンテナ
「チッ…」
『Sad』を反射したミラに、『Pyrokinesis』の男は小さく舌打ちをした。
「もう1人の方…『Sad』だっけ。多分相手を悲しくさせて戦闘不能にするんだろうね。それを反射したからしばらくは悲しんでるかな。
君しか戦えないけど…さて、どうする?降参して自然エネルギーをくれないかい?」
ミラが優しく挑発すると、『Pyrokinesis』の男は手を後ろに回した。
悔しがるように、歯を食いしばってミラを見つめる。
ユキはミラの後ろで黒猫に変身した。
「ぜっ…たいに!」
『Pyrokinesis』の男は回した両手を、手の平をミラに見せるようにクロスさせながら言った。
両方の手の平には鎖のように繋がった炎が飛び出し、その炎の鎖でミラを囲った。ミラは動じない。
「諦めない!」
『Pyrokinesis』の男は物理攻撃ならミラに通じると思ったようだ。
両手を広げ炎の鎖同士の幅を縮める。やはりミラは動かなかった。
「よしっ…!」
『Pyrokinesis』の男が笑った、その時。
「僕のこと忘れるなんて、油断しすぎだよ」
『Pyrokinesis』の男は耳元でその言葉を聞いた。先程まで人間だったユキの声だ。
彼が後ろを見る間もなく、ユキは『Pyrokinesis』の男の背中あたりを蹴っていた。
「ぐはぁ…!」
男は衝撃のまま倒れてしまった。その背中をユキが踏みつける。
「それじゃあ自然エネルギー、貰ってくね」
ユキはそう言って、ミラを見た。ミラは既に『Sad』の男が持っていたアタッシュケースの中身だけ回収していた。自然エネルギーの塊が3つだ。
「お、俺のエネルギーの塊が…!取引が…!」
『Pyrokinesis』の男が嘆く。それを聞いたユキは『Pyrokinesis』の男の方を見て、
「悪いけど、僕はこの町を縄張りにしているMの一族だ。この町で悪い取引なんて、見過ごせないよ。この町でやるのは諦めな」
と言った。
「…くっそ…せっかく取引相手が見つかったってのに…!」
「そんなに見つからないのかい?取引相手」
ミラが口を挟む。
「…ああ、俺は1つしか一夜で見つけらんないんだ。取引するなら3つは必要…くっそ…お前らのせいで交渉決裂だ…!」
「大丈夫だよ、ここでしなければいい話だ。ほら、あっちで気絶してるおじさんがいるだろ?
あれあんたの取引相手だから。どっか違うところで取引してきな。そしたら金が手に入ると思うよ」
ユキがコウとメドゥーの方を指さした。
2人は気絶している『Run』を紐で縛り上げ、コウはメドゥーの昔話を聞いていた。
「…それじゃだめなんだ…セットじゃないと取引は成立しない。それじゃあ俺の借金は…!」
「ははは、よく喋るねえ、敗者なのに。気の毒とは思うけど、僕達は僕達でこれが必要なんだ。じゃあね」
ミラはそう言うと、ユキと一緒にコウたちのところに行った。
「許さねえ…絶対許さねえ…!『Metamorphose』…『Mirror』…!」
『Pyrokinesis』の男の恨み言を聞きながら。
「うわー、悪役だなー…」
磨希森市内、個人経営の小さな居酒屋「ふらすこ」の個室にて。
ミラから『Pyrokinesis』の男への言葉を聞いたコウが、唐揚げを食べながら言った。
「僕達はいつもこんな感じだよ。
一族を抜け出したあいつらはちゃんと分かってる、他の一族に手を出したら自然エネルギーを奪われるって」
ユキがポテトフライにケチャップを付けながら言う。
「でもあいつらは分かってるんだよ。他の一族に勝てたなら自然エネルギーをいっぱい手に入れられるって。
それを売ったりだの使ったりだのして、あいつらは強くなる」
ミラが300mlのフラスコに入れられたビールをメドゥーのコップに注いで言った。
「ふー!ありがとー!みら!でも、それをたたくのがあたしたちのしめいなんだよっ!」
「…だいぶ酔っ払ってるね、メドゥー」
「メドゥー、何杯飲んだ?」
コウがそう聞くと、メドゥーは指をおりながら言い始めた。
「え?えっとー、ビール2杯とー、日本酒2杯とー、サワー1杯とー、このビール!やっぱりビールはいいよねー!だから7杯!」
「…僕は日本酒の方が好きだけどね。とりあえず飲み過ぎだよ、僕も飲むからもう飲まないで」
ミラはそう言って自分のコップになみなみとビールを注いだ。
あと10ml残ったが、それはメドゥーが自分のコップに注いだ。ミラがため息をつく。
「…そろそろ帰ろうか、皆。メドゥーのためにも」
「え?なんであたし?ねえふぉーぜくん!ねえねえ、なんでってばぁ!ねえねえねえねえ!」
「全くだな」
「そうだね、ちょうど食べ終わったし。メドゥーは僕が運んでおくよ」
「ちょっとー!ねえ、みら!ねーえ!」
男3人は酒飲みの言うことも聞かずに会計をすませた。
午後9時半。
「フォーゼくんとナイフくん、ちゃんと帰れたかな…夜遅いから送った方が良かったかな…」
ミラは暗い夜の中、メドゥーを背負って歩いていた。月明かりが2人を照らす。
目指すはメドゥーの住む5階建てのマンションだが、まだその道は遠い。
「ねえー、みら!ねえ!ねえってば!」
メドゥーがミラの肩を叩く。
「もう、何?メドゥー」
ミラは1度立ちどまり、顔だけ後ろを向いた。
「ふふふー、へびー!」
メドゥーはその顔の目の前にアオダイショウを見せた。
「わぁ!?へ、蛇!?」
「なんかきたのー!えへへー!」
よく見るとメドゥーはかんざしを右手に持っていた。髪は白く、赤い目を持つ石化の蛇は真っ赤なメドゥーの顔を舐めている。
ミラは驚いて前を向いた。
「め、メドゥー!その蛇はダメだよ!早くかんざしして!」
「えー?やだー!」
メドゥーの髪の蛇がうねうねと動く。
「君の蛇自身は、石化の能力に関してはどうにも出来ない!
君は蛇を制御できても、蛇は石化の能力を制御出来ない!
それは知ってるだろう!?」
「でーもー、あたしだって、かんざしはずしたいしー、そとでのーんびり、ちからをつかわずにいたいもーん!」
もう一度メドゥーは肩を叩いた。先程よりも強く。
「そのことは同情するけど…!他の人もいるんだし!かんざし付けて!」
「やだー!」
「君の蛇がうっかりこっち向いたら、僕は反射で『Mirror』を出すかもしれない!
君は反射した君自身の能力に弱いんだから、対策してよ!僕が言うのもあれだけどさぁ!」
その言葉を聞くと、メドゥーは納得したのか面白かったのか、
「えへへー、みらがあせってるー!めずらしー!」
と言ってかんざしを付けた。
白い蛇は元の黒い髪に戻る。先程までの模様ができた黄色い目は、今は元の黒い目に戻っていた。
「はぁ…タチの悪いイタズラはやめてよ…」
「えへへへ、ごめんねーみら!でもまたやるかもねー!」
「…メドゥーが楽しそうでなによりだよ。でももうやらないでね、今度こそ本当に能力発動させるよ?」
「それはこまるー!せきかしちゃうしー!」
「そうそう、だからやらないでね」
「うん!」
メドゥーが普段見せない笑顔を見せる。ミラはそれを見て安心したように息をついた。
そして、その5分後。
「すぅ…すぅ…」
メドゥーはミラの背中の上で寝てしまった。ミラの今度の深い息はため息になってしまった。
「…マンションが見えたってのに、なんて無防備な寝顔…おーい、メドゥー?」
返事はない。
ミラは彼女の部屋に連れていくため、一度降ろしてから寝ている彼女に許可を取り、鍵を取った。そしてもう一度背負って3階に行く。
「はぁ…彼氏いないって言ってたから、変な噂たたないといいんだけどなあ…」
彼は左手の薬指をちらっと見たあと、メドゥーを背負い直した。
「…まあ、僕とは違って立派な大手旅行会社のOLだからなぁ…疲れてるだろうな、僕より。いつも大変そうだし…」
彼女の部屋を開け、中に入る。
表札には「室島」と書いてあった。
彼女の部屋は綺麗に飾られているが、ところどころに蛇のグッズや蛇のエサなどがあり、女の子らしさは感じられない。
ミラはその部屋のベッドに慣れた様子でメドゥーを寝かせた。
「置き手紙でもすればいいかな…」
そう言って付箋とペンを手に取った。その時。
「…み……お……」
メドゥーの口から、そう聞こえた。ミラは驚いて彼女を見たが、険しい顔をして寝ているだけだ。
「メドゥーが寝言なんて…珍しい」
ミラは書き終わるとメドゥーの顔をそっと撫でた。
「子供っぽいなあ…本当に。おやすみ、メドゥー」
そしてそう言って、灯りを消して出ていった。
「…楽しいですか?半径5キロ圏内の人や心を見通せる『Clairvoyance』で色々見るのは」
ここはユキたちが闘った港のコンテナの上。
薄紫のYシャツに濃い紫のネクタイをしめた彼は俺に言った。
「もちろん、俺はこういうの好きだし」
「でしょうね。それで、この町はどうですか?気に入ったでしょう、これだけ波乱があれば」
「ああ、よく見つけた。褒めて遣わす」
「ありがたき幸せ」
「まずは君が行ってきな。そのあと俺が行く。楽しそうならね」
「楽しい、ですか」
「そう!」
俺は彼に、月を背にして、彼に指をさして言った。
「なんでも楽しくなきゃ、やり遂げることは不可能なのさ!」
おはこんばんちは。朝那です。
早速、この話が三人称だと思った人、手を挙げなさい。まあ全員でしょう。
私も初めて書いてます、二人称。誰目線なのかはいずれ出てくるのでお楽しみに。まあほとんど三人称なので誰目線かくらい分かっておけば大丈夫です。ちなみに『Clairvoyance』とはフランス語になりますが透視、千里眼を意味します。
さあ、これから恐らく本編で登場しないであろうキャラのプロフィールをご紹介するコーナー!
最初のキャラは『Pyrokinesis』の男!彼の本当の名前はペティ(Petty)、外国人です。ゲームを買うために自己破産し、まあまあな借金を背負うことになりました。ゲーム内でパキラと名乗っていることが多く、そっちの名前の方が知名度が高いです。上手いので。日本に来たのは取引とゲーム機のためです。FPSが好きです。
今回はここまで!では失礼。