森井薫子
「な、『Knife』…」
ユキは追い払った敵を見つめるコウを見て、そう呟いた。
「…この能力は…」
コウがボソリと言った。
「…この能力は、使えば、必ず人を傷つける。必ず血が流れる。この能力でいいと思ったことなんて一回もない。だから、このお守りだ」
先程キャッチした青いお守りをユキに見せる。
「これ、転校前に彼女がくれたんだ。そいつも、能力をあまり使いたがらなくて。お揃いーって、くれたんだよ。
能力を禁止させる使徒の子に頼んだって聞いたし、実際これを持つと使えないんだ…ってあれ?ユキ?」
コウがよく見ると、ユキはわなわなと震えていた。
「…彼女?彼女、だって?僕と同じ15歳なのに…彼女?」
「あ、ああ…」
その時、一瞬だけユキの姿が見えなくなった。
コウが疑問に思っていると、急に腰に激痛が走った。
「いってえ!」
「許さない許さない許さない許さない!!僕の歳で彼女持ちなんて絶対に許さない!!」
ユキがそう言って元の姿に戻ると、ふくらはぎをべしべしと叩いた。
「いたっ、ユキ、痛いって!悪かったってば!悪かったって!!」
「謝っても許さない。彼女持ちである限り絶対に許さない!!」
「痛い痛い痛い、お前奇襲攻撃しなくても普通に強いな!」
ユキがもう一度腰を蹴ろうとしたその時…
「おやめなさい!」
和子の声が道路に響いた。ユキとコウが驚いて和子の方を向く。
「味方に攻撃をするなど、言語道断です!幸道、同級生を蹴るのは酷い行いですよ!例え彼が彼女を持っているとしても、許してあげなさい!」
(筒抜けかよ)とコウが落胆したのは言うまでもない。
「…ごめん、コウ。僕、彼女を持ってるとかいう戯け事を聞いて、いてもたっても居られなくて…」
「なあ、それはいいけどさ、戯け事なのか?俺が付き合ってたことは戯け事なのか?」
「ふふ、仲良きことはなんとやら、ですね。ああ、全員やって来ましたし、フォーゼ、ナイフ。集会を始めますよ」
コウが驚いたような顔をして和子に向いた。
「…なんで、俺がナイフだと…」
和子が歩みを止め、コウの方を向く。
「…ふふ、わかる時は分かるのですわ。では、急ぎましょう」
ユキですら知らない、不敵な笑みを浮かべて。
「…というわけで、ナイフをMの一族が匿うことになりました。ただ、私の息子の同級生、というのもあり、彼はフォーゼの班に入れたいと思います。皆さん、優しくしてあげてくださいね」
集会はいつも教員室で開かれる。生徒役の子供、先生役の大人含めてだ。この後、塾の授業と称して、自然エネルギーの回収を皆で行う。ユキは、コウにそう説明した。
「はい。それぞれの班長に今週の仕事先の詳細を渡しておりますので、そちらを参考に。それでは、復唱します」
和子はそう言って、教員室のある壁が全員に見えるように移動した。そして、茶色い写真立てを近くの机の上に置いた。
写真立てには、ユキによく似た、黒髪のツインテールの少女が栗瓦高付属中の制服ではないブレザーを着て笑っていた。
コウが驚き、言葉を失いつつその写真を見ていると、
「では復唱を」
と和子が声を張り上げた。それに続き、コウ以外の全員が声を張る。
「『我ら王の帰還を待つ者。
Mの一族全て生き残らせるべし。
自然エネルギーを集め一族の拠り所とするべし。
森井薫子を殺した者を許すまじ。
Mの一族に繁栄あれ』」
コウはそれを聞き、僅かな恐怖が生まれていた。
ユキは集会が終わったあと、コウをある部屋に案内した。
202室と呼ばれるその部屋は、稼ぎ頭であるユキの班のために和子が用意した部屋だった。
部屋に着くと、ユキはコウに班員を紹介し始めた。
「こ…ナイフ、僕の班は他の班と比べて人数が少ないけど、強い2人がいるんだ」
まず、ユキは女の方を指さした。
女は長い黒髪を団子状に巻き、黄色のかんざしで止めている。
黒い目に黒いスーツと黒いハイヒール、黒いストッキングは「出来る女」のようだった。
「まず、こっちがメドゥーだよ」
「ナイフくん、『Medusa』のメドゥーよ。気軽にメドゥーさんと呼んで、よろしく!」
「ああ、よろしくメドゥーさん」
そうコウが言うと、メドゥーが震え出した。笑っているようだった。
「め、メドゥーさん…?」
「あー、メドゥー新人いじらないで。ごめんねナイフ、メドゥーは…」
「メドゥーは?」
コウが聞いた時、もう一人の男が口を開いた。
「ははっ、ごめんねナイフくん。メドゥーはくだらない親父ギャグが好きなのさ」
震えていたメドゥーが男の方に向く。
「お、親父ギャグなんて酷い!結構面白いと思っていっつもそう呼ばせて…!」
「メドゥーは言葉のセンスだけはイマイチなんだよ、服とかのセンスはピカイチなんだけど…」
「酷いわよミラ!今度ケーキ奢ってあげない!」
メドゥーが男に対して怒り出す。男は笑った。
「それは困るなあ、僕は甘いのが好きなのさ。メドゥー、僕が悪かったから、ケーキ奢って?ね?」
「…まあいいわよ…ショートケーキでいい?」
「あははっ、ありがとう」
2人が仲直りしていると、ユキが困ったように、
「…あのー、2人とも?僕は早く自己紹介終わらせて、仕事に行きたいんだけど…」
と言った。
男が笑顔を浮かべ、
「ああ、ごめんごめん。フォーゼくん、君は班長なんだからもっと強く言ってね。
さて、僕はミラ。『Mirror』だよ。僕もメドゥーも、呼び捨てで構わない。よろしく頼むよ」
と挨拶した。スラックスに緑のニットと紺のネクタイが良く似合う彼は、深い緑の目をキラリと光らせていた。
「えっと…ナイフです。よろしく」
「ええ、よろしく」「うん、よろしく」
メドゥーとミラの声が重なった。
「僕は同級生をあだ名で呼ぶけど、いいよね?元々、ここの班は名前を明かしても大丈夫、ってしてるし」
「そうなのか?ならユキ、俺も呼ぶからな」
「うん、コウ」
ユキが笑った。
「さて、今週は…自然エネルギーの塊を闇取引してる港で自然エネルギーを奪い取る…なるほど。今日はもう遅いから、明日からだね」
ユキがメガネをあげる仕草をして、和子から貰った紙を読み上げた。
「なら、今からぱーっと歓迎会やろうか!」
「あ、いいかも。コウは転校してきたから、この辺りで美味しいものよく分からないはずだし」
「まあ、俺親戚の家に泊めてもらってるけど…いいかもな。いくか」
3人が行こうとしたのを、ミラが遮った。
「待って。ナイフくん、先に、何かわからないこととかあるかい?」
ミラがコウに尋ねる。
「…あの、集会の最後の復唱…森井薫子、だっけ?彼女は何者なんだ?」
その言葉を聞いた時、ミラとメドゥーは、しまった、というような顔をして、ユキを見た。
ユキは少し下を向く。が、すぐにコウの方を向いて、
「…うん、説明するね。森井って苗字のあたり、想像が付いてるかもしれないけど…森井薫子は、僕の実の姉だよ」
と、言い出した。
「…姉さんは、優しい人だった。僕と2歳離れてるけど、あまり母さんが家にいないうちだったから、姉さんは母さんみたいな人だったよ。彼女も使徒の子で、『Main』の能力を持っていた」
そこで、ユキの言葉が止まる。ミラが慌てて止めようとするが、ユキは「大丈夫」と言って次を言った。泣いていた。
「…でも、1年前。姉さんは、遠くの街に出張だって言って、武者修行しに行った。そして、夏祭りは好きだから帰ってくるって言って、それが最期になった。
…姉さんは、その街の近くの河川敷で、心臓を一突きされて、亡くなった」
「…!」
コウの体が震えた。本人が抑えてしまうほどに。
「…犯人は未だに分からない。犯人の痕跡が何も無いから。僕は、姉さんの復讐をしたい。
それが、今僕がここにいる理由。姉さんの復讐だよ」
ユキの赤い目がキラリと光った。
しかし、その後笑って、
「…でも、僕と皆の心は同じ。最近、そういう事件多いんだ。使徒の子が殺される事件。
僕達は、それを解決したいのもあって、闇取引とか、悪な所に喧嘩を売りに行くんだ。ほら、早く歓迎会いこうか!」
と言った。コウには、無理矢理話題を変えたようにしか聞こえなかった。
歓迎会後。夜の10時。
少年は、ギィィという音を立てて、古いアパートの端の部屋の扉を開けた。青いペンダントだけが光り輝く。
「…ただいま。灯りぐらいつけろよ」
コウは、居るはずの部屋に声をかけた。
「…おかえり、コウくん。お友達出来た?」
女の人の声が奥から聞こえた。
「まあな。やっぱりあんたも俺に興味があるのか?」
ビールの缶を片付けながら言う。机の上に大量に置かれた空のビール缶が、今1本増えた。コウが溜息をつく。
「…ふふふー、あると思う?この私が?」
「いや、ないな。あんたは「本当の親っぽくて綺麗だから」言っただけだ」
「せいかぁい。よくわかってるじゃん」
「…綺麗事しか言えないのは、今のあんたを見ればよく分かるよ。早く寝ろ。酒臭いぞ」
「そぉねぇ。コウくんも寝なよぉ?」
女の人が布団に入った。コウが帰ってきた時につけた灯りを、また消す。
「おやすみぃ、コウくん」
「…おやすみ、夏美さん」
コウは静かに女の名前を呼んだ。コウの冷たく青い目が、キラリと光る。
「また、良い夢を」
おはこんばんちは。朝那です。
今回から大人であるメドゥーとミラが登場し、やっとって感じがしています。長編を考える時にすぐに過去をばらす癖があるので、頑張って書きたいです。
ところで、ユキの班は人数が少ないという設定がありますが、他の班は大体5人くらいを想定しているので、そんなに差がある訳では無いです。まあ、元々コウが来るまで3人だったし?
あと、ユキの班のメンツは全員にイメージカラーがありますが、薫子にもあります。薫子はピンクです。新しいキャラが出てきたら、イメージカラーでもお話しましょうかね。
長くなりました。では失礼。